改訂9版の序
 免疫学の急速な進歩に対応すべく,2年ごとに大幅な改訂をするという方針を貫いてきたので,本書は初版刊行から16年目の刊行になる.このような対応が可能なのは単独著者だからであろう.一人で免疫学の広範な分野をカバーするのは容易でないが,できるだけの努力をしてきたつもりである.今回も図表を23新しく追加し,26の図表を作りかえた.本文にもかなり手を加えた.
 本書のコンセプトのひとつは初学者にもわかりやすくということで,理解を助ける図表を多くし,文章の表現もできるだけ平易にした.もうひとつのコンセプトは,重要な情報はより詳細なものも盛り込むということである.この2つは互いに矛盾する局面もある.そこで,初学者には高度すぎると思われるものはAdvanced Knowledgeあるいは【註】として別に記載した.図表についても番号にアンダーラインを引いたものはそれに属するものである.初学の方はその部分を飛ばして通読して頂き,関心のある話題だけ適宜参照下さればよいと思う.逆にある程度知識のある方は,本文を流し読みしAdvanced Knowledgeで未だ御存知でなかった情報をえて下さればと思う.
 第3のコンセプトは単に基礎免疫学の解説というだけでなく,臨床の分野に免疫学がどのように関連しているのかを紹介することである.いかなる学問も結局は人類に恩恵をもたらすものであることが望まれる.本書はその点にも気を配ったつもりである.
 これまで多くの方に御愛読頂いた.それを励みに改訂のための努力を重ねてきた.本書もまた多数の方のお役に立てればと思っている.

   2005年3月
   著者

 免疫学の教科書はすでに多くの優れたものが出版されている.あえて本書を世に送ろうと意図した理由にはいくつかある.とかく難解であるといわれるので,なんとか内容を噛みくだいて読む人がアプローチしやすいようにしたいということがひとつである.難解であるとされる理由の一部は,いきなり新しい概念の用語が出てくることにあると思われるので,なるべく簡単な用語の説明をそえながら記載することとした.また免疫学に固有な概念については,卑近な例をひいて説明を加えるようにした.さらに,なるべく多くの模式図や表を載せて理解を助けるようにした.
 もうひとつの本書の特徴は臨床医学にたずさわる方を念頭においたという点である.臨床の場では免疫学を応用した検査や治療が数多く行われているし,疾患の病態の理解に免疫学の知識が要求されることも多い.基礎的な事項であっても,それが臨床にどう結びついていくのかということに常に留意した.しかし一方では,なるべく最新の免疫学の知見も盛り込むよう心がけた.
 各章の冒頭に要約をかかげる試みも行った.重要なポイントをまとめてある.本文を読んだ後に知識を整理するのに役立つであろうし,時間のない方は,この部分だけ読み本文中の図表だけを参照することでも,ある程度の知識が得られるであろう.学生諸君には試験直前の追い込みに有用と思う.
 なお,本書は単行本として上梓すべく,まず雑誌「臨床医」に1987年11月号より1989年12月号まで連載し,その後の新しい知見を加え,また読者の便宜のために「序説」や「要点」の項を追加したものである.
 臨床医学を学ぶにあたっては基礎医学の知識が欠けていては充分な理解は不可能である.逆に,臨床の場において何が求められているかという動機に導かれて基礎医学を学ぶこともまた重要である.免疫学のこのような基礎と臨床との橋渡しに本書が役立てばと願っている.
  1989年8月
    著  者 


目次

1.免疫とは −免疫系概説−
  1.免疫系の生体における役割  1
  2.どうやって“非自己”を識別するか  2
  3.無数に近い種類の抗原レセプターをどうやって用意するのか  5
  4.“非自己”の認識から“非自己”の排除へ  5
  5.反応の増幅と制御  7
  6.リンパ球にはいくつかの異った性質のグループがある  8
  7.原始的な“非自己”の認識と排除の機構  10
  8.“非自己”の排除には“自己”の犠牲も伴う
                ─アレルギーとの関係  12
  9.免疫と臨床  12

2.抗体についての基礎知識
  ■要点   14
  1.抗体とはどのようなものか  17
  2.抗原とはどのようなものか  19
  3.抗体の分子構造  21
  4.免疫グロブリン  24
  5.免疫グロブリン各クラスの特性  28
  6.血清免疫グロブリン値と疾患  37

3.抗体のもたらす反応とそれを利用した検査
  ■要点   39
  1.凝集反応  43
  2.赤血球凝集反応  44
  3.菌凝集反応  46
  4.受身凝集反応  46
  5.沈降反応  46
  6.ゲル内沈降反応  48
  7.補体結合反応  50
  8.免疫溶菌反応  51
  9.細胞傷害試験  51
  10.免疫粘着反応  52
  11.中和試験  53
  12.標識抗体法  55
  13.ラジオ イムノアッセイ(RIA)  56
  14.エンザイム イムノアッセイ(EIA)  60
  15.その他のイムノアッセイ  60
  16.ウエスタン ブロット法  61
  17.免疫画像診断  63

4.抗体を利用した疾患の予防と治療
  ■要点  64
  1.抗体をどのようにして入手するか  66
  2.ウイルス感染症の発症予防  69
  3.細菌感染症の治療  70
  4.無・低ガンマグロブリン血症の感染予防  71
  5.血液型不適合妊娠における感作の予防  72
  6.がんの治療  72
  7.血小板減少性紫斑病の治療  73
  8.自己免疫病,免疫複合体病の治療  73
  9.川崎病の治療  75
  10.免疫抑制療法  75
  11.アレルギーの治療  75

5.リンパ球の働き
  ■要点   76
  1.体液性免疫と細胞性免疫  81
  2.T細胞の発生  82
  3.T細胞の抗原認識  82
  4.T細胞の機能  84
  5.B細胞の発生と機能  100
  6.K細胞  100
  7.NK 細胞  101
  8.NKT 細胞  110
  9.LAK 細胞  112
  10.リンパ組織  113

6.細胞表面機能分子接着分子など
  ■要点   123
  1.細胞表面分子の CD 表示  124
  2.接着分子の種類  138
  3.表面機能分子の役割  142

7.B細胞の分化と機能発現
  ■要点   148
  1.免疫グロブリン遺伝子の再編成  151
  2.免疫グロブリンのクラススイッチ  158
  3.B細胞系の分化過程  163
  4.自己反応性B細胞の除去  165
  5.B細胞の由来  167
  6.B細胞の活性化  169
  7.B細胞の増殖・分化へのT細胞の関与  173
  8.抗体産生  179

8.T細胞の分化と機能発現
  ■要点   186
  1.T細胞レセプター(T細胞抗原レセプター)  190
  2.T細胞の抗原認識  194
  3.T細胞の活性化  199
  4.抗原の処理と提示  211
  5.T細胞の分化過程  225
  6.T細胞の分化と胸腺  230
  7.T細胞の動態  237

9.リンパ球の検査
  ■要点   244
  1.リンパ球系の状態の把握  247
  2.リンパ球亜群の測定  247
  3.T細胞サブセット  249
  4.T細胞のクロナリティ  251
  5.リンパ球の機能検査  252
  6.特定抗原に対するリンパ球の感作の有無の測定  257

10.補体とその働き
  ■要点   259
  1.補体とは  261
  2.活性化補体の作用  262
  3.補体の活性化  265
  4.活性化補体の不活化  269
  5.補体レセプター  272
  6.補体の産生と消費  273

11.サイトカインとその働き
  ■要点   276
  1.インターロイキン  281
  2.TNF(腫瘍壊死因子)  302
  3.インターフェロン(IFN)  306
  4.その他のリンホカイン  308
  5.TGF-β・その他の細胞増殖因子  309
  6.白血球遊走にかかわるサイトカイン(ケモカイン)  310
  7.造血に関与するサイトカイン  315
  8.サイトカインのレセプター  317
  9.サイトカインの治療への応用  319

12.食細胞好中球とマクロファージ
  ■要点   320
  1.好中球の貪食作用  323
  2.好中球の殺菌物質  327
  3.好中球による組織傷害  330
  4.マクロファージとその働き  330
  5.マクロファージの活性化  335
  6.マクロファージの多様な機能  341

13.感染防御免疫機構
  ■要点   345
  1.局所免疫  350
  2.ウイルスの排除  351
  3.ウイルスの拡散の阻止  359
  4.ウイルス感染の予防  361
  5.化膿菌の防御  364
  6.細胞内寄生性細菌,真菌の防御  369
  7.寄生虫の防御  375
  8.感染防御における自然免疫と獲得免疫  379
  9.感染症診断のための免疫学的検査  380

14.免疫不全
  ■要点   384
  1.免疫不全とは  388
  2.免疫不全と感染  388
  3.免疫不全症の成因  392
  4.原発性免疫不全症の主な病型  394
  5.免疫不全症の治療  404
  6.免疫不全症の検査  405
  7.好中球異常症  409
  8.好中球機能検査  412
  9.好中球異常の治療  414
  10.補体欠損症  414
  11.続発性免疫不全症  416

15.免疫応答の制御および免疫トレランス
  ■要点   422
  1.抗イジオタイプ抗体  425
  2.免疫制御T細胞  427
  3.T細胞以外の免疫制御細胞  433
  4.免疫グロブリンのクラス特異的サプレッサーT細胞  433
  5.Fc レセプターを介する免疫抑制  435
  6.細胞死による抑制  436
  7.抑制シグナルを送る表面分子  438
  8.シグナル伝達制御分子  441
  9.免疫トレランス  441

16.アレルギー
  ■要点   450
  1.I型アレルギー  455
  2.I型アレルギーの検査と治療  467
  3.II型アレルギー  469
  4.III型アレルギー  475
  5.免疫複合体の測定  479
  6.IV型アレルギー  479

17.自己免疫現象と自己免疫疾患
  ■要点   485
  1.自己免疫と自己免疫疾患  488
  2.自己免疫の成因  489
  3.臓器特異的自己免疫疾患  500
  4.抗核抗体  506
  5.全身性自己免疫疾患  509
  6.自己免疫疾患の治療  515

18.輸血と臓器移植
  ■要点   519
  1.血液型  526
  2.輸血反応  535
  3.血液型不適合妊娠  535
  4.組織適合抗原  536
  5.HLA 抗原の決定法(タイピング)  541
  6.拒絶反応の機序  542
  7.移植細胞対宿主反応  548
  8.移植拒絶反応の抑制  549
  9.各臓器の移植  552
  10.免疫応答遺伝子と組織適合抗原  556
  11.HLA 抗原と病気  557
  12.血液型,組織適合抗原以外の同種抗原  560

19.腫瘍と免疫
  ■要点   562
  1.腫瘍に対する免疫は存在するか  564
  2.腫瘍関連抗原  565
  3.抗腫瘍免疫のメカニズム  568
  4.抗腫瘍免疫が回避されてしまう機序  572
  5.腫瘍の免疫療法  576

20.生殖と免疫
  ■要点   583
  1.胎児の免疫学的拒絶(流産)の阻止機構  585
  2.原発性習慣性流産  589
  3.妊娠中毒症  590
  4.胞状奇胎  591
  5.抗精子抗体と不妊  591
  6.抗卵透明帯抗体と不妊  592
  7.自己免疫性卵巣炎,精巣炎と不妊  593
  8.母親からの抗体による児の疾患  593
  9.児のリンパ球の侵入による母の病気  595
  10.妊婦の免疫機能  595

21.免疫系の発達と老化
  ■要点   596
  1.免疫系の系統発生  598
  2.ヒトにおける免疫系の個体発生  601
  3.免疫系の老化  608

附.免疫学に応用されている分子生物学的研究法
  I.特定の DNA を増幅する方法: ポリメラーゼ連鎖反応  612
  II.特定の DNA の検出と異常の解析  612
  III.遺伝子異常の解析法  614
  IV.DNA 塩基配列の決定法(シクエンシング)−dideoxy 法−  615
  V.特定の mRNA の検出法  617
  VI.特定の mRNA を増幅する方法: 逆転写 PCR 法  618
  VII.転写因子と DNA の結合の検出法  618
  VIII.DNA シスエレメント/転写因子の活性解析  619
  X.特定の遺伝子の発現を抑える方法  620
  IX.細胞への遺伝子導入法  621
  XI.遺伝子(cDNA)のクローニング  624
  XII.遺伝子ターゲッティング/遺伝子ノックアウト  627
  XIII.遺伝子導入マウス(トランスゲニックマウス)  629
  XIV.DNAマイクロアレイ  629

和文索引   631
欧文索引   639