臨床医は大変である.とくに循環器をやっている医師は本当に忙しい.でも,忙しい,忙しい,と言っているだけで,自身に磨きをかけることを怠ると,社会が許してくれないし,自分も満足できない.
 何年か前に教科書を一通り読んだことはある.でもそれだけで循環器の日常臨床を無難に続けられるだろうか.時代遅れの医療を提供しようものなら,何と不勉強な,と業務上過失を問われかねないご時世である.患者のためにも,自分のためにも,もっと新しい知識を身につけたいし,それを日常診療に活かしていきたい.皆,そう願っている.
 しかし,である.情報過多の時代,毎日のように世界中から新しい情報が押し寄せてくる.幸か不幸か,優秀なインターネットはそれをまたすべて伝えてくれる.重要な情報と,取るに足らない情報とが一緒になって表示されることもあれば,ロングテールの末端に,これは,という味のある知見に遭遇することもある.この膨大な情報の波に,我々はどうすれば溺れずに立ち向かって行けるのだろうか.どうやって忙しい診療の合間にそれらを取捨選択し,身につけ,最新最善の医療として患者に還元することができるのだろうか.
 賢人によれば,この無尽蔵な世界で求められるのは,リファレンスポイント,だそうである.ランダムなデータベースではなく,むしろ識者によって人為的に選別された座標軸,といった意味合いであろうか.そのようなリファレンスポイントが介在して初めて,我々は無尽蔵な世界の中から,重要な情報を引き出し,活用することができる.では,我々が循環器の臨床を行っていく上で,一体何をリファレンスポイントとすべきか.まさにそこに本書の存在価値がある.この「EBM 循環器疾患の治療」は,循環器臨床のリファレンスポイントとなるべく編集されたエッセンスにほかならない.
 おかげさまで本書は初刊から好評をいただいてきた.しかしそれに安住することなく,本書の使命であるアップデートを常に心がけ,今回で4期目の刊行となる.虚血,心不全,不整脈,高血圧,といった循環器病の主要なテーマについて,教科書的な記述ではなく,日常診療で感じるちょっとした疑問や,あるいは,こんなときはどうしようか,と悩むような具体的な問題を取り上げ,それに関わるエビデンスを専門家が解説する形式をとっている.なかには,そこまで細かい相談に応えられるエビデンスはまだ得られていないかもしれない.あるいは海外のエビデンスがあっても,日本では通用しないこともある.しかし,今現在,ここまではエビデンスがありますよ,ということを紹介したつもりである.しかしそれだけでは何となく味気ないので,さらに各執筆者の独断と偏見を交えた,血の通ったコメントも添えていただくこととした.
 このリファレンスポイントをどう活用するかは,ひたすら賢明な読者諸兄の裁量にかかっている.役に立った,とすれば,それは本書のせい,とこちらとしては言いたいところだが,実のところ,現場でリファレンスをプラクティスに応用し実践した読者当人の功績に違いない.そうなっていただければ,執筆者,編者にとってこれ以上の喜びはない.大いに期待するところである.

2007 年 8 月
編 者


目次

I.虚血性心疾患

A.急性冠症候群
 1.臨床症状から心電図所見,血清マーカーを含め,どのような組み合わせを
   用いると精度の高い急性心筋梗塞の診断ができるか? 〈佐藤直樹〉
 2.急性期のリスク層別化は? 〈佐藤直樹〉
 3.primary PCI は血栓溶解療法より有効か? 〈中尾浩一〉
 4.ST 上昇型心筋梗塞: primary PCI の成績に影響を与える因子は―患者側因子
                            〈石原正治〉
 5.ST 上昇型心筋梗塞: primary PCI の成績に影響を与える因子は―医療施設,
   PCI 施行者側因子 〈石原正治〉
 6.ST 上昇型心筋梗塞: 冠動脈内血栓吸引療法と distal protection の効果と評価は?
                         〈平山篤志 齋藤 穎〉
 7.ST 上昇型心筋梗塞: primary PCI における DES(drug-eluting stent)使用は
                         〈平山篤志 齋藤 穎〉
 8.ST 上昇型心筋梗塞: open-artery hypothesis による late reperfusion は有効か?
                         〈西山信一郎〉
 9.ST 上昇型心筋梗塞: 急性期の抗凝固療法,抗血小板療法の種類と投与量は?
                       〈比企 誠 島田和典〉
 10.ST 上昇型心筋梗塞: 梗塞サイズ縮小,心室リモデリング予防を考慮した
   急性期の薬物療法は? 〈島田和典 廣瀬邦章〉
 11.合併症を伴う場合の緊急管理のプロトコールは?―急性肺水腫 〈百村伸一〉
 12.合併症を伴う場合の緊急管理のプロトコールは?―低心拍出量・心原性
   ショック                     〈百村伸一〉
 13.急性期の心室細動,心室頻拍に対する治療は?―欧米と日本の現状
                           〈梅村 純〉
 14.長期予後を考慮した薬剤選択は?―β遮断薬 〈筒井 洋 池田宇一〉
 15.長期予後を考慮した薬剤選択は?―ACE 阻害薬,ARB 〈筒井 洋 池田宇一〉
 16.長期予後を考慮した薬剤選択は?―スタチン 〈河村 彰 朔 啓二郎〉
 17.長期予後を考慮した薬剤選択は?―硝酸薬 〈檜田 悟 朔 啓二郎〉
 18.不整脈治療は?―心室性不整脈に対する薬物治療と ICD の適応は?
                          〈梅村 純〉
 19.クリニカルパス導入の利点は? 〈中尾浩一〉
 20.不安定狭心症・非 ST 上昇型心筋梗塞: リスク層別化は? 〈浅野竜太〉
 21.不安定狭心症・非 ST 上昇型心筋梗塞: 薬物治療の有効性は?
   ―β遮断薬,硝酸薬,Ca 拮抗薬,抗血小板薬,血栓溶解薬,スタチンについて
                              〈浅野竜太〉
 22.不安定狭心症,非 ST 上昇型心筋梗塞: 血行再建の適応と効果,DES の
   使用は? 〈宮崎俊一〉

B.慢性冠動脈疾患
 1.診断のための検査: 負荷心電図,負荷心エコー,負荷心筋シンチグラムの
   有用性と適応は? 〈平野 豊〉
 2.冠動脈狭窄診断のための冠動脈 CT の現状は? 〈木原康樹〉
 3.心臓 MRI の現状は? 心筋障害評価,冠動脈評価にどの程度使えるか?
                            〈作田晶子〉
 4.薬物療法: 持続性硝酸薬,ニコランジル,Ca 拮抗薬は有効か? 〈島本 健〉
 5.1枝病変に対する PCI: 症状改善のみならず予後改善効果が認められるか?
                             〈伊藤 彰〉
 6.多枝病変に対する PCI vs CABG は? 〈伊藤 彰〉
 7.慢性閉塞病変(CTO)に対する PCI の現状―症状改善のみならず
   予後改善効果が認められるか? 〈芦田和博 落合正彦〉
 8.冠攣縮性狭心症の薬物治療: Ca 拮抗薬の中での選択は?
   β遮断薬はいかなる場合も禁忌か? 〈小川洋司〉
 9.無症候性心筋虚血: リスク評価は? 〈小川洋司〉
 10.無症候性心筋虚血: 治療の意義,血行再建(特に PCI)の評価は?
                     〈小山 豊 一色高明〉
 11.IVUS guide stent は再狭窄防止効果があるのか?
          〈川野太郎 高山忠輝 本江純子 齋藤 穎〉
 12.再狭窄の関連因子は? 〈石井信朗 高山忠輝 本江純子 平山篤志 齋藤 穎〉
 13.薬剤溶出性ステント(DES)時代の PCI: 適応が拡大した病態は? 〈中村正人〉
 14.薬剤溶出性ステントの問題点: ステント血栓症,
   late incomplete malapposition,DES 後の再狭窄について 〈中村正人〉
    a.BMS とステント血栓症
    b.late incomplete malapposition
    c.DES 後の再狭窄について
 15.リハビリテーションの有効性は? 〈木庭新治 伊東春樹〉

C.冠危険因子
 1.メタボリックシンドロームの実態と予後に対する影響は?
                       〈藤井徳幸 土橋和文〉
 2.冠危険因子の管理: カテゴリー別の治療目標とその根拠は?
                       〈長谷 守 土橋和文〉
 3.生活習慣改善の効果とその根拠は?: 運動 〈斉藤秀典 伊藤智範〉
 4.生活習慣改善の効果とその根拠は?: 栄養 〈斉藤秀典 伊藤智範〉


II.心不全

A.心不全の診断と予後予測
 1.自覚症状と身体所見で収縮不全と拡張不全の区別がつくか? 〈佐藤 徹〉
 2.女性の心不全は特別に扱う必要があるか? 〈天野恵子〉
 3.運動負荷試験(6 分間歩行を含む)は予後の指標になるか?
                     〈合田あゆみ 小池 朗〉
 4.心不全管理にバイオマーカー(BNP,NT-proBNP)をどう役立てるか?
                            〈芦澤直人〉
 5.心不全管理に心筋傷害マーカー・炎症マーカーは役に立つのか? 〈清野精彦〉
 6.心不全管理に核医学イメージングは有用か? 〈森田浩一 玉木長良〉

B.慢性心不全の治療
 1.第1選択薬は ACE 阻害薬か? 〈岡田吉弘〉
 2.ARB は ACE 阻害薬にとってかわるのか? 〈高田佳史 山科 章〉
 3.ACE 阻害薬と ARB の併用は有用なのか? 〈鈴木 純〉
 4.エプレレノンはスピロノラクトンにとってかわるのか? 〈武田仁勇〉
 5.β遮断薬はすべての心不全(NYHA I〜IV まで)に必要か? 〈岡本 洋〉
 6.強心薬はまだ必要か? 〈安村良男〉
 7.ループ利尿薬の使い方にエビデンスはあるのか? 〈中西啓太〉
 8.段階的治療は確立されているか? 〈山崎 力〉
 9.ガイドラインどおりに治療されないのはなぜか? 〈長谷川仁志〉
 10.拡張期心不全の治療法は確立されたのか? 〈山本一博〉
 11.右心不全に確立された治療法はあるか? 〈京谷晋吾〉
 12.心不全の分子メカニズムを考えた治療法にエビデンスはありそうか?
                       〈赤澤 宏 小室一成〉
 13.合併する貧血は治療する必要があるのか? 〈猪又孝元〉
 14.睡眠時無呼吸は原因なのか結果なのか? 治療にエビデンスはあるか?
                       〈臼井靖博 山科 章〉
 15.運動療法は QOL と予後を改善するか? 〈長山雅俊〉
 16.温熱療法は QOL と予後を改善するか? 〈宮田昌明 鄭 忠和〉
 17.食事指導,服薬指導などの疾病管理プログラムは QOL と予後を改善するか?
                        〈眞茅みゆき 筒井裕之〉
 18.心臓再同期療法は QOL と予後を改善するか? 〈松本万夫〉
 19.心不全に対する外科治療は予後と QOL を改善するか? 〈堀井泰浩〉
 20.補助人工心臓は治療法として確立されたか? 〈山嵜健二〉
 21.再生医療にエビデンスはあるのか? 〈田中君枝 佐田政隆〉
 22.高齢者の心不全治療に違いはあるのか? 〈土持英嗣〉

C.急性心不全の治療
 1.第1選択薬は利尿薬か血管拡張薬か? 〈山本 健〉
 2.ジギタリスの急速飽和は今でも必要か? 〈加賀谷 豊〉
 3.カテコラミンとイノダイレーターの使い分けにエビデンスはあるのか?
                      〈安岡良典 佐々木達哉〉
 4.NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)は第1選択である
                  〈黒田浩光 升田好樹 今泉 均〉
 5.急性心不全では洞調律でもヘパリンが必要か? 〈後藤信哉〉


III.不整脈

A.ペースメーカー
 1.洞結節機能不全例に入れるペースメーカーは AAI でよいか,DDD に
   すべきか?              〈戸叶隆司 中里祐二〉
 2.発作性心房細動停止直後に long pause があればペースメーカーを入れる
   べきか?               〈戸叶隆司 中里祐二〉
 3.EF<35 %で QRS 幅>130 ms ならば全例 CRT を入れるべきか?
                          〈中井俊子〉
 4.CRT だけでなく,CRT-D にすべき場合とは? 〈中井俊子〉

B.上室性不整脈
 1.薬剤抵抗性の発作性心房細動例にはアブレーションを勧めるべきか?
                       〈大塚崇之 山下武志〉
 2.心不全を合併した初発の持続性心房細動はレートコントロールで十分か,
   リズムコントロールを試みるべきか? 〈大塚崇之 山下武志〉
 3.心房細動を繰り返す高血圧例には降圧剤に ACEI/ARB を優先して使用
   すべきか? 〈杉 薫〉
 4.電気ショックによる除細動時にあらかじめ抗不整脈薬を投与しておくべき
   か? 〈杉 薫〉
 5.初回の電気ショックによる除細動後に抗不整脈薬を使用すべきか?
                        〈小松 隆 中村元行〉
 6.アスピリンやチクロピジンは心房細動に伴う脳梗塞を減らすか? 〈井上 博〉
 7.何歳以上であればアスピリンよりワルファリンを勧めるか? 〈是恒之宏〉
 8.心房粗動でもワルファリンを投与すべきか? 〈是恒之宏〉
 9.心房細動発作が夜間型か昼間型によって予防薬を変えるか?
                       〈小松 隆 中村元行〉
 10.慢性心房細動のリズムコントロールは薬剤あるいはアブレーションで可能か?
                              〈井上 博〉

C.心室性不整脈
 1.電気ショック抵抗性の心室細動にはリドカインかニフェカラントか?
                   〈網野真理 吉岡公一郎 田邉晃久〉
 2.慢性心不全例に非持続性心室頻拍の合併があればアミオダロンを内服させる
   べきか? 〈網野真理 吉岡公一郎 田邉晃久〉
 3.ICD 患者には抗不整脈薬を併用すべきか? 〈古嶋博司 相澤義房〉
 4.器質的心疾患例の VT/VF 予防の第1選択はアミオダロンか,ソタロールか?
                         〈古嶋博司 相澤義房〉
 5.器質的心疾患に伴う持続性心室頻拍中の血行動態に問題がなければ
   アブレーションを行うべきか? 〈丹野 郁 小林洋一〉
 6.器質的心疾患例が原因不明の失神を起こしたら EPS を行うべきか?
                        〈丹野 郁 小林洋一〉
 7.原因不明の失神例において,EPS にて VT/VF が誘発されなかったら,
   ICD は不要か? 〈宮地晃平 草野研吾 大江 透〉
 8.coved 型 ST 上昇を認める無症状の例に EPS は必要か,EPS で VF が
   誘発されたら ICD を植込むべきか? 〈西井伸洋 永瀬 聡 大江 透〉


IV.高血圧,高脂血症

 1.アンジオテンシン II 受容体拮抗薬は空咳のない ACE 阻害薬と考えてよいか?
                              〈佐藤敦久〉
 2.アンジオテンシン II 受容体拮抗薬で心筋梗塞は予防できるか? 〈原田和昌〉
 3.アンジオテンシン II 受容体拮抗薬間に臨床的有用性の違いはあるのか?
                             〈桑島 巌〉
 4.早朝高血圧の抑制は,本当に重要なのか? 〈石川譲治 苅尾七臣〉
 5.正常高値血圧例に対して,対策は必要か? 〈原田和昌〉
 6.降圧薬選択では,新規糖尿病発症予防効果を重視すべきか? 〈桑島 巌〉
 7.家庭血圧の測定は,診察室血圧測定よりも予後を正確に予測できるか?
                         〈大久保孝義〉
 8.高度の腎不全(creatinine 3.0 mg/dl 以上)を合併した高血圧では
   レニン-アンジオテンシン(RA)系阻害薬を継続すべきか? 増量すべきか?
                              〈後藤淳郎〉
 9.透析患者の治療抵抗性高血圧にはどのように対応すべきか? 〈後藤淳郎〉
 10.日本人の高脂血症においてスタチン薬はどのレベルから開始すべきか?
                          〈森 聖二郎〉
 11.メタボリックシンドロームは日本人においてそれほど重要なのか?
                    〈上竹勇三郎 下澤達雄〉
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