この十年で実験科学研究の検証方法は, かなり改善してきているように思う. 大学における統計の講義や実習も増え, ソフトウェアの発達もあいまって, 一応の形式は整ってきたようである.

 しかし, その一方で, わけのわからないままソフトにデータを入力し, ブラックボックスのように有意確率を得る研究家がまだまだ多いことも事実である. このひとつの原因は, 統計学の教科書が, 一見高級な−実はせいぜい大学教養課程程度−数学的表現により語られていることであろう. なにしろ, 序文に「難解な数式を理解する必要はまったくない」と公言しているガイド本も存在するくらいである. 学問の中には, 数学のように系統的に学ぶことが絶対に要求されるものと, 医学のように, 部分的にフレームを構築していくのが早道であるものがあるようである.

 統計学は, その両者の中間に位置付けられるように思える. 全体像を理解するには, やはり系統的な学習は不可欠であろう. しかし, 実用上統計手法を利用することを目的として, 統計学そのものにはまったく関心のない人にとっては, 必要な部分だけを学び, 解析例を雛形にしてスピーディに自分の仮説を検証することこそ本来の興味の対象であろう.

 以前に, 「ケーススタディでみえる医学統計学」(中外医学社) を執筆させていただいたが, 理論と実践の両面を追いかけて, どっちつかずという印象の仕上がりになってしまった. 自分では不完全燃焼の印象が非常に強い. かなりの訂正や改良を要すると反省していたのであるが, 筆不精 (というより遊び好き) が使命感よりはるかに勝り, 今日に至ってしまった. 今回, JMPの日本語版の登場と, StatViewの販売中止, ヒューリンク社がJMPへの乗り換えをサポートしたことなど, いくつかの要因が重なってようやく重い腰をあげる気分になった. 阪神タイガースの大躍進によりシーズン序盤早々にプロ野球観戦に興味を失ったことも一役買っている. 筆者は生粋の巨人ファンである.

 前回の反省から, 理論面を大幅に縮小し, 思い切って総論は付録にまわした.

多少軽薄な感じがないでもないが, 以前から実用書の重要性は頭ではわかっていた. 今まで, 知性と品性が邪魔をして (?!) 執筆はできなかったが, 筆者も年齢的に少しは丸くなったのかもしれない.

 本書は, JMPを用いたケーススタディの形式で統計解析の手法を解説している. ある程度「区分的」に読むことはできるが, 先へ進むほど問題が複雑化されていくというストーリィなので, 時間が許すのであれば, 最初から読んでほしい. ディテールにこだわらなければ, 半日で読める内容と思う. 各手法の解説の後にその都度「統計的詳細」を設けたが, これは眺める程度にしてほしい. かなり省略して結果のみを記しているので, 理論に興味のある読者にはかえって読みにくいだろう. 理論面は拙著「数理統計の理論と応用」(デュナミス出版) で十分な紙面をさいているので, 筆者までメールを送ってほしい.

 実は, 筆者がJMPユーザーになって早くも10年になる. 95%の医学論文がt検定を用いていた時代に, 「医学を客観的に語りなおしたい」という野心 (見栄とも言う) を抱いて, 前東京大学第三外科教授大原毅先生にわがままを聞いていただいた. 当時大東文化大学情報処理センター所長をされていた長岡亮介先生 (現放送大学教授) の研修生として, 統計学の勉強を始めたのであるが, 先生が筆者のためにJMP (v2 だったように思う) を研究費で購入してくださった.

   「統計学は仮説検証の道具ではなく, 気品をもって抑制するためのものである」

という先生の言葉が今も印象に残っている. 数年を要したが, 最近になってようやくこの意味がわかってきたつもりである. 両先生には心より感謝したい.

 今回, JMPジャパン事業部井上憲樹, 竹中京子の両氏のご好意により, 製品版出荷前のversion 5.1β 版を試用し, 一部は新バージョンに基づいて執筆した. この場を借りて感謝の意を表したい.

 中外医学社企画部小川孝志氏にも感謝したい. 前作も担当していただいたが, 今回は, 図々しい筆者の出版のお願いにご理解を示され, 発刊にご尽力いただいた.

 本書が, 実験科学研究に携わる研究者の皆様のデータ解析のお役に立てれば, 望外の幸せである.

  2003年9月13日

    野口 千明

    cnoguchi@plum.plala.or.jp

    www12.plala.or.jp/cnoguchi/


目次

はじめに

 0.1 JMP入門

 0.2 データテーブルの作成

第1章 二標本問題

 1.1 応答に正規分布を仮定できる場合

 1.2 応答が名義尺度の場合

 1.3 応答が順序尺度の場合

 1.4 対応のある場合

第2章 一元配置

 2.1 応答に正規分布を仮定できる場合

 2.2 正規性が仮定できない場合

 2.3 多重比較

 2.4 応答が名義尺度の場合

 2.5 応答が順序尺度の場合

 2.6 水準に順序のついている場合

 2.7 ブロック実験

第3章 二元配置

 3.1 二元配置分散分析

 3.2 交互作用解析

 3.3 応答が順序尺度の場合

 3.4 Mantel-Haenszel検定

 3.5 生存時間解析

第4章 分割実験

 4.1 分割実験

 4.2 反復測定データ

付録A 統計学の基本

 A.1 確率変数

 A.2 多次元確率ベクトルの分布

 A.3 確率分布論

 A.4 検定の基礎概念

 A.5 推定の基礎概念

索引