序文

 頭が切れ,弁が立ち,筆が立つ.これが私の持つ岩田先生のイメージだ.私は同世代・同業の者として彼の発する情報には非常に関心があり,早くからから注目してきたつもりだ.彼は感染症を得意分野とするので,振ってくる話題も感染症のものが多い.日々の感染症の診療を行うなかで,岩田先生の示されることは確かに非常に役に立つ.しかし私は,彼の発するものの真骨頂は実は別にあると思っている.彼が感染症の話題を入り口にしながら,更に高い一般的な観点からモノを言うときこそが,実は面白い.私は彼の発言に感嘆してきたし,自分自身がくさっているときには彼の言葉に溜飲を下げてきた.自分の眩んだ目を見開かされたことも一度や二度ではない.

 その彼が再び筆を執った.感染症の本ではある.確かに実際の臨床の場に生かすべき大切なことが書かれている.が,この本はたんなる臨床感染症の本の枠には到底収まりきっていない.

 第 I 章では,臨床感染症の現場に多く存在する誤謬や,根拠のない有害な経験則を岩田先生がばったばったと斬ってくれている.痛快だ.でも斬りっぱなしではない.実際の臨床の現場では本当に判断に悩む場面やいわば落とし穴がある.難しい場面での対応をどうすべきか,岩田先生はここを自身の貴重な経験をもとに説いてくれている.ここには岩田先生の痛みが詰まっている.だからこそ,たんなるテキストブックにはない説得力がある.

 第II章からは岩田先生のプロフェッショナルとしての矜恃がびんびんと伝わってくる.彼自身がどのように彼自身を作り上げてきたのか,その過程で何を考え感じ,積み上げてきたのか,を知ることが出来る.そこから導き出される教育への考え方,プロフェッショナルについての考え方には,同じ領域で仕事をする者として,私自身大きな刺激を受けている.

 第III章には目をもっと見開け,眩まされるな,自分の眼で見たものを自分のアタマできちんと判断しろ!という,岩田先生の我々に対する強烈な問いかけがある.例えば日本の医療が論じられる場合,日米比較という形を取られることが多いわけだが,岩田先生は単純な日米比較や,そこから導かれる安易な日本医療の卑下,米国医療をたんなる憧憬の思いのみで一面的にみてしまうことへの警鐘をならしている.「グローバルスタンダード」という名の米国式手法に目を眩まされることの危険性をも説いている.彼は日本,英国,米国,ペルー,中国,カンボジアにて様々な経験を積んできた.だからこそ単に日米比較という一方向の観点からではないものの見方が出来るのだろう.そこから我々にどう感じ・考えるべきか,ということを説いてくれている.

 本書は,岩田先生らしい型破りの本だ.若い学生や若い医師,感染症に興味のある医師ばかりでなく,多くの医療者に是非読んで頂きたい.

2007年8月
静岡県立静岡がんセンター感染症科
大曲 貴夫


目次

第 I 章 悪魔だって風邪をひく

1.なぜ,感染症を勉強するのか?
 A.あなたを取り巻く感染症
 B.歴史的な経緯
  ■1 感染症黎明期
  ■2 近代感染症学の発展
  ■3 先人達から学ぶこと
  ■4 日本の感染症界の変遷
2.一般臨床医のレベルアップを
3.ボストン赤潮事件
4.あなたに何が期待されているのか?
5.奇妙な紹介状
6.病歴からは,この診断でいいと思います
7.熱もCRPも下がったから抗生剤を切ろう
8.臨床的に良くなっているから?
9.ニューキノロンでよいのか?
10.MRI正常でした
11.上気道炎です?
12.コモンセンスは大事
13.論よりハリソン
14.今の抗生剤,当たっているからこのまま使おう
15.そうでないとしたら?
16.in spite of
17.意識障害,高齢者,CT?
18.ナースは大事にしよう.けれども
19.お尻にワクチン打っていませんか
20.熱=感染症?
21.インフルエンザ様の熱だが…
22.見たことないと,診断できない?
23.ベテランの「俺の経験では」
24.その情報はどこから?
25.MRさんが胆汁移行性がいいといったので…
26.アイデンティティはゴキブリほいほいである
27.免疫が弱っているから,予防の意味でも抗生剤を使っておこう
28.ステロイドという秘密兵器
29.特に,ステロイドの使用が検討されるケース
 A.低酸素血症を伴うカリニ肺炎(ニューモシスチス肺炎)
 B.ベル麻痺
 C.細菌性髄膜炎
 D.敗血症性ショック
 E.結核
 F.ARDS
30.その呼吸不全は,ARDSか?
31.チエダラよさらば
32.感染症診療は,おっぱいである
33.インフルエンザに抗菌薬を出してはいけない
34.珍しくはない,心内膜炎
35.QuantiFERONはどこへいく?
 A.活動性結核に対するQFTの価値は?
 B.潜伏結核に対するQFTの価値は?
  ■現時点における,QFTの使用に関する考え方
36.変わらない,には要注意
37.MRSAを経験する?
38.咳には抗生剤か
39.また便培養?
40.同時に打っても良いの?
41.選択肢を増やせ
42.グラム染色で見えなかったので…
43.カビが生えたら

第II章 悪魔が爪を研げば

1.魂(たましい)語録
2.喜舎場先生のこと,続き
3.喜舎場先生が怒るということを考える
4.アメリカには本当のプロフェッショナリズムはない
5.評価するとはどういうことか?
6.これぞモンスター
7.ケテック,ケテック
8.添付文書という怪文書
9.勝者には何もやるな
10.手技をしなくなる米国一般内科医
11.エイズケアの黎明期を振り返る
12.病気を売っちゃえ
13.感染症を簡単にマスターする方法
14.総合医はゲートキーパーになるか?
15.メディアと医療の話
16.誤解と戦略性
17.マズローはまずかろう

第III章 悪魔でもバカの壁は壊せない

中国の風邪症候群に対する現状
北京でSARSの準備をする
月と地球は離れているか?―米国と日本の感染管理
 ■月と地球はどのくらい離れているか
 ■米国のガイドライン,マニュアル主義
 ■医療従事者の安全が最優先される職場環境
 ■彼我のabuse
 ■質の高いガイドラインの特徴,その功罪
 ■格差が生む断絶と質の低下
 ■日本に必要なもの
米国におけるバイオテロ,日本への提言
 ■バイオテロとはなにか
 ■臨床的アプローチとのアナロジー
 ■リスクマネジメントのシンプルな,しかし効果的なメンタリティー
 ■バイオテロの難しさ
 ■日本におけるバイオテロ対策
 ■一番大事なこと
米国における理想と現実のギャップ なぜそこから目をそらすのか
 ■米国の薬害エイズ
 ■理想と現実のギャップ
タバコ産業とタバコ対策のギャップ
エイズワクチンをめぐる人々
 ―なぜ大新聞はワクチン・トライアルに正反対の見出しをつけたのか
 ■エイズワクチンを巡る歴史的背景
 ■賛否両論のクリニカルトライアル
海外臨床医への道
 ■研修医時代に得たモノ
 ■いざ,アメリカへ
 ■魅力的な道
 ■私の眼差し

付録 天使のおまけ:筋骨格系感染症丸わかりノート
あとがき
悪魔の用語辞典