21世紀に入り,わが国にも本格的な少子高齢化社会が到来しました.2004年4月現在,65歳以上の高齢者人口割合は19.3%になり,世界でも最も高齢化の進んだ国のひとつに位置づけられました.過去10年の間に高齢者の割合は30%以上増加しました.その主な原因として,寿命の延長と出生率の低下が上げられます.
 簡易生命表による2003年の寿命は,男子78.36年,女子85.33年です.男子はアイスランドと1位を争っていますし,女子は他の追随を許さない状態で第1位を独走しています.
 一方出生率は,1970年代前半の第2次ベビーブーム以降長期にわたる低下傾向が続き,2003年の出生数は,わが国がこれまでに経験したなかで最も少く,112万人にまで減少しました.この数字は,ひとりの女子が生涯に1.29人の子どもを生むこと(合計特殊出生率という)に相当し,今後一層高齢者人口の割合が増加することを表しています.
 このような状況は,国民の健康にも大きな影響を及ぼし,必然的にがん,循環器疾患,糖尿病などの生活習慣病や寝たきり,老人性痴呆などの障害が増加します.
 国民が健康で豊かな生活ができる期間(いわゆる健康寿命)をいかにして延ばすかというところに焦点を当てた公衆衛生活動に重点を置いた健康政策を実践しなければなりません.10年,20年先を見越した生活習慣の改善をはじめなければなりません.
 公衆衛生学には,生活習慣病の予防,少子対策のほかに母子保健,精神保健,感染症予防,食品保健,産業保健,環境問題,社会保障など,幅広い分野の課題が含まれています.これらの課題の解決のためには,保健医療を取り巻くいろいろな分野の専門職であるコメディカルの方々の参画が必要です.
 本書は,保健師・助産師・看護師,理学療法士・作業療法士,臨床検査技師,管理栄養士,歯科衛生士などいわゆるコメディカルの専門職を目指す学生に対して,公衆衛生学の基礎を学ぶための教科書として編集執筆しました.医療人に必要な基礎知識をできるだけわかりやすく解説することに努めました.皆様方の座右の書として活用されることを願っています.
 コメディカルのための「公衆衛生学」の出版にあたり,煩わしい仕事を快く引き受けて下さった中外医学社のスタッフ各位に厚く御礼申し上げます.

  2004年9月
  編集者を代表して 柳川 洋


目次

1.公衆衛生の意義  <柳川 洋>  1
  1.公衆衛生の目指すもの  1
  2.健康と公衆衛生  2
  3.疾病予防の段階  3
  4.健康管理  5

2.地域保健と医療制度  <久保訓子>  6
  1.地域保健  6
   a.保健行政の歩み  6
   b.地域保健法の概要  6
   c.保健所活動  10
   d.市町村保健センターの事業  11
  2.医療制度  11
   a.医療法の概要  11
   b.医療施設  12
   c.保健医療従事者  13
   d.医療計画  14
   e.医療保険と国民医療費  14

3.国際保健  <萱場一則>  17
  1.保健水準の国際比較  17
  2.世界人口と人口問題  18
  3.環境保健  19
  4.感染症  20
   a.急性重症感染症  20
   b.マラリア  21
   c.結核  22
   d.後天性免疫不全症候群  22
  5.WHOとわが国の国際保健活動  23
   a.世界保健機関  23
   b.わが国の国際保健活動  25

4.疫学概論  <柳川 洋>  26
  1.疫学の定義  26
  2.疫学の発展に寄与した人物  28
   a.ヒポクラテス  28
   b.グラウント  29
   c.スノー  29
   d.パーヌム  30
   e.グレッグ  30
   f.リンド  30
   g.高木兼寛  30
   h.ゴールドバーガー  31
  3.疫学の応用  31
   a.疾病発生要因の追求  31
   b.疾病自然史の解明  32
   c.疾病予後要因の解明  32
   d.疾病頻度の将来予測  32
   e.疾病対策の企画・評価  32
   f.健康水準の測定,地区診断  33
   g.臨床医学への応用  33

5.疫学指標  <神田 晃>  34
  1.割合・比・率  34
   a.割合  35
   b.比  35
   c.率  36
  2.よく用いられる疫学指標  37
   a.罹患率  37
   b.累積罹患(率)  39
   c.有病率  39
   d.死亡率  40
   e.致命率  40
   f.相対頻度  41
  3.相対危険と寄与危険  41
   a.相対危険  41
   b.寄与危険  43
   c.寄与危険割合  43
   d.集団寄与危険  43
   e.集団寄与危険割合  44

6.疫学調査方法  <坂田清美>  45
  1.疫学研究方法の分類  45
  2.観察研究  46
   a.記述研究  46
   b.分析研究  46
  3.介入研究  51

7.保健統計資料の活用  <三浦宜彦>  54
  1.人口静態統計  54
   a.人口ピラミッド  54
   b.人口の年齢3区分の推移と現状  55
   c.人口の将来予測  57
  2.人口動態統計  58
   a.出生  58
   b.死亡率  59
   c.乳児死亡率  62
   d.死産率  62
   e.婚姻率  63
   f.離婚率  64
  3.国民生活基礎調査  65
  4.患者調査  67
  5.国民栄養調査  70

8.生活習慣病の疫学  72
 A.循環器疾患の疫学  <萱場一則>  72
  1.循環器疾患  72
  2.危険因子  73
  3.わが国における罹患率の年代推移  74
  4.国内の地域差  76
  5.国際比較  76
  6.予防  77
   a.予防の概要  77
   b.1次予防  77
   c.2次予防と臨床試験  78

 B.がんの疫学  <三浦克之>  79
  1.がんの発生状況  79
   a.がん全体の状況  79
   b.がんの部位別の状況  80
  2.がんの生存率  83
  3.がんの一次予防  83
   a.がん全体としてのリスク要因  83
   b.がんの部位別のリスク要因  85
  4.がんの二次予防  87

 C.糖尿病の疫学  <萱場一則>  90
  1.糖尿病  90
  2.糖代謝異常と糖尿病の定義  90
  3.有病率と罹患率  92
   a.国際比較  92
   b.わが国の現状  93
  4.予防  94
   a.生活習慣改善による発症予防  94
   b.スクリーニングにおける検査法  94

9.母子保健  <小林正子>  95
  1.母子保健の動向  95
  2.母子保健の水準・指標  96
   a.出生率・合計特殊出生率  96
   b.乳児死亡率  97
   c.周産期死亡率  99
   d.妊産婦死亡率  99
   e.幼児および児童の死亡率  100
  3.母子保健行政  100
   a.母子保健法  101
   b.児童福祉法  101
  4.主な母子保健活動  102
   a.健康診査  102
   b.保健指導  103
   c.医療援護  104
   d.母子保健の基盤整備  104
  5.母子保健の現状と課題  105
   a.少子化  105
   b.生活習慣の乱れ  106
   c.20歳未満の人工妊娠中絶の増加と性感染症の増加  106
   d.親子の地域からの孤立  107
   e.児童虐待  108
  6.健やか親子21  109
  7.リプロダクティブ・ヘルス/ライツとバース・ライツ  110

10.学校保健  <三浦克之>  112
  1.学齢期の健康状況  112
   a.死亡  112
   b.疾病・異常  112
   c.体格・体力  114
  2.学校保健の概要  115
  3.保健教育  115
  4.保健管理  116
   a.健康診断  116
   b.伝染病予防  117
   c.学校環境衛生  117
   d.学校医の任務  121
  5.学校安全・学校体育・学校給食  121
   a.学校安全  121
   b.学校体育  121
   c.学校給食  121
  6.学校保健の最近の課題  122
   a.喫煙・薬物乱用防止教育など  122
   b.暴力行為・いじめ・不登校  122

11.老人保健・福祉  <坂田清美>  123
  1.老人保健  123
   a.老人保健対策の歴史  123
   b.老人保健法  123
   c.老人保健法による保健事業  124
   d.がん検診  127
  2.老人福祉  128
   a.老人福祉法  128
   b.老人福祉対策  129
  3.介護保険法  132
   a.介護保険法の意義  132
   b.保険者,被保険者,保険料の徴収方法  132
   c.給付の利用手続き  133
   d.保険給付の内容  135
   e.介護保険の費用負担  135

12.精神保健福祉  <久保訓子>  136
  1.精神障害者の現状  136
  2.精神保健対策の歩み  137
  3.精神医療  138
   a.入院形態  138
   b.精神障害者の入院に対する保護の申請・通報・移送  139
   c.通院医療  140
  4.地域精神保健福祉と社会復帰対策  141
   a.精神障害者社会適応訓練事業  142
   b.精神障害者保健福祉手帳制度  142

13.感染症対策  <土井由利子>  144
  1.感染症対策の原則  144
  2.感染症の予防および感染症の患者に対する医療に
            関する法律の概要  144
   a.総論  145
   b.基本指針,予防計画,特定感染症予防指針  148
  3.検疫法の概要  149
  4.予防接種法の概要  150
  5.結核予防法の概要  150
  6.最近のトピックス  152
   a.結核  153
   b.HIV/AIDS  153
   c.SARS  154

14.健康づくり  <大木いずみ>  157
  1.国民栄養の現状  158
   国民健康・栄養調査の概要  158
  2.健康日本21  162
   a.健康日本21の考え方(総論)  162
   b.健康日本21─目標値の設定  165
   c.喫煙と健康  169
   d.健康増進法  172

15.食品保健  <谷原真一>  175
  1.食中毒の原因  178
  2.食中毒の現状  180
  3.食中毒原因調査  180

16.産業保健  <黒沢洋一>  183
  1.産業保健とは  183
  2.産業保健体制と労働衛生管理  184
   a.産業保健体制  184
   b.労働衛生管理  185
  3.労働災害と職業性疾患  186
   a.労働災害  186
   b.職業性疾患  187

17.環境衛生と公害  <黒沢洋一>  194
  1.生活環境  194
   a.空気と健康  194
   b.温熱環境  195
   c.上水道  196
   d.下水道  197
   e.住居環境  197
   f.衣服衛生  199
   g.廃棄物  199
   h.電磁波と電磁界  200
  2.公害  201
   a.公害とは  201
   b.大気汚染  201
   c.水質汚濁  202
   d.慢性砒素中毒症  202
  3.環境基準と現状  203
   a.大気汚染  203
   b.水質汚濁  203
   c.騒音  204
   d.振動  204
   e.化学物質  204
   f.その他  205
  4.地球規模の環境問題  205
   a.温暖化  206
   b.酸性雨  207
   c.オゾン層破壊  207
   d.砂漠化  207

18.社会保障・社会福祉  <朝日雅也>  209
  1.社会保障と社会福祉  209
   a.健康で文化的な生活の保障  209
   b.社会福祉とは何か  209
  2.医療保険制度  212
   a.医療保障の構成  213
   b.国民皆保険  213
   c.医療保険の種類と対象  213
   d.医療保険制度の内容  214
   e.保険診療の仕組み  216
   f.老人保健制度  216
   g.医療保険の課題  217
  3.身体障害者福祉の概要  217
   a.障害とは何か  218
   b.障害の3つのレベル  218
   c.障害者の実態  219
   d.身体障害者の福祉サービス  220
  4.生活保護  227
   a.生活保護制度とは  227
   b.生活保護の原理と原則  227
   c.生活保護の種類  228
   d.生活保護の給付  228
   e.生活保護の行政主体  228
   f.生活保護の実態  229

19.統計解析の基礎  <三浦宜彦>  230
  1.データの種類  230
  2.記述統計  230
   a.数量データの記述統計  230
   b.質的データの記述統計  234
  3.確率分布  235
   a.離散確率分布  235
   b.連続確率分布  235
  4.統計的推定  241
   a.点推定  241
   b.区間推定  242
  5.仮説検定  244
   a.平均値の検定  244
   b.平均値の差の検定(対応のない場合で母分散は
            未知であるが等しいと仮定できる場合)  245
   c.平均値の差の検定(対応のある場合で
            母分散が未知の場合)  246
   d.割合(比率)の検定  247
   e.割合(比率)の差の検定  248
   f.分割表による検定  249
   g.対応のあるデータの検定  252
   h.検定における留意点  255
  6.相関と回帰  256
   a.相関係数の推定  256
   b.回帰直線の推定  256
   c.検定  257
  7.ノンパラメトリック検定  257
  8.寿命データの計算  259
   カプラン-マイヤー法  259

20.よいグラフの作り方  <柳川 洋>  260
  1.よいグラフとは  260
  2.棒グラフ  260
  3.帯グラフ  262
  4.円グラフ(パイグラフ)  263
  5.線グラフ  264
  6.ヒストグラム(度数分布図)  266
  7.散布図  267
  8.地図  268

索引  271