医療のあり方を考えようとするとまず最初に思いつくのが医学の父とよばれるヒポクラテス Hippokrates(BC 460-375年頃)である.彼は古代ギリシアの医学者で,観察と経験をもとに経験科学としての医学の基礎を築き,また医師の倫理についても多くの足跡を残した.彼の名を冠した「ヒポクラテスの誓い」はアスクレピアード(BC 5年頃)という医師集団の倫理規範といわれている.その特色は自律倫理であり,その倫理の核心は,恩恵義務(自己の技術の最善を尽くし,患者の最大利益を実現する)と 無危害義務(患者に危害を加えず,不利益を最小にする)である.この患者のためにという思想がパターナリズム(父権主義)を生み,「知らしむべからず,依らしむべし」という医師・患者の上下関係をつくり出した.この「ヒポクラテスの誓い」は,1948年に世界医師会作製の初の倫理綱領,「ジュネーブ宣言」に強い影響を与え,医療の専門化,高度化などもあり,しばらくは,医療のパターナリズムの時代が続いた.

 しかし,医療費の高騰,医療ミス,患者の知る権利,情報公開など,世界的潮流と合致するごとく,医療の世界も変化してきた.その大きな流れが,クリティカルパス,DRG/PPS,マネイジドケア,EBMとなって,北米,西欧諸国から世界へと伝搬している.

 日本は健康水準は世界一,そのコストは先進諸国では最低の部類といわれ,優等生の医療政策,医療保険を堅持してきた.しかし,新興感染症の攻勢,急速な高齢化など,日本を取り巻く医療福祉環境も変化してきており,対策として,感染症新法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律,1999年施行),老人保健法(1983年施行,その後数回改正),介護保険制度(2000年施行)などが実行に移されている.

 くわえて,クリティカルパス,DRG/PPS,マネイジドケア,EBMの流れも,本格的なものとなり,一部は我が国に導入され,一部はその兆しがみられている.

 本書では,EBMという視点からクリティカルパスとその周辺領域の流れを諸外国との対比を含め,解説し,いくつかの実例を紹介している.

 本著は数名の著者で記載しているため,用語の統一,一冊の本としての流れの一貫性などには編著者,分担著者が細心の注意を払った.しかし,編集・校正期間の制限などもあったため,不完全の部分があるやもしれない.この点に関しては読者の皆様方の忌憚のない御意見をいただきたい.

 また,類似した図表が何カ所かにみられるが,これは一箇所にまとめるよりも,適宜必要箇所で参照できた方が煩雑さがなくなり,理解を助けるものと判断したので,そのような形式とした.これらの点に関しても読者の皆様方の御批判,御意見をいただきたい.

 企画から,校正,編集に至るまで長期にわたり,ひとかたならぬ協力と激励をいただいた中外医学社の小川孝志氏,森本俊子氏をはじめとする編集スタッフ一同には心から感謝を申し上げたい.また,著者らの原稿を精読し,貴重なコメントをいただいた西岡真樹子医師,中村晃士医師(東京慈恵会医科大学大学院)をはじめとする関係諸氏にも深く感謝したい.さらに,資料整理,イラスト・図表作成などにご協力をいただいた縣千聖氏,縣賢太郎氏には最大の謝意を表したい.

  2001年5月

    縣 俊彦


目 次

1.EBMと並ぶ医学界の潮流: クリティカルパス  1

  クリティカルパスへの動き  1

  クリティカルパスとは  2

  DRG・メディケア・メディケイド  6

  DRGの長所,短所  9

  日本のDRG  12

2.クリティカルパスの基本型  15

  クリティカルパスの背景と目的  15

  クリティカルパスの基本型  20

  ヴァリアンス分析とPDCAサイクル  21

3.クリティカルパスとDRG/PPS  24

  日本の医療費  24

  DRG/PPS  31

  DRG/PPS作成の必要事項  33

  諸外国のDRG/PPSの現状  37

4.クリティカルパスとマネイジドケア  40

  マネイジドケアの出現拡大の背景  40

  医療保険の仕組み  43

  マネイジドケアの功罪  46

5.マネイジドケアの詳細  51

  主要なマネイジドケアの特徴  51

  医療費抑制の効果  54

  医療の質の程度  54

  マネイジドケア組織と医師・病院  55

  HMOのタイプ  56

  医療費支払い  58

  医療管理  60

6.クリティカルパスとEBM  65

  PDSとPDCAサイクル  65

  EBM(evidence-based medicine)とは  67

  EMBの指標と実践の5ステップ  69

7.クリティカルパスと診療ガイドライン  79

  診療ガイドラインの作製ステップ  89

8.クリティカルパスと電子カルテ  93

  施設間のデータ交換技術の標準化  95

  電子カルテの論理構造,内容  97

  コンピュータ化された患者記録の情報のモデル  98

  「文書領域」での「シート」  101

  情報処理の効率化,共通インフラによる効果  103

9.米国クリティカルパス事情  106

  米国における医療背景とマネイジドケアの台頭  106

  クリティカルパスの理論,名称と定義,仕様,導入のターゲット  112

  米国におけるクリティカルパスの具体例  114

  クリティカルパスの導入効果  115

  我が国の医療現状に照らして  125

  クリティカルパスが与える可能性  127

  これからの課題  128

10.クリティカルパスの実例  132

  東京慈恵会医科大学病院の場合  132

  その他の病院の例  139

11.「腹腔鏡下胆嚢摘出術」のクリティカルパスウェイ  147

  当院の「腹腔鏡下胆嚢摘出術」クリティカルパスウェイ    148

  「腹腔鏡下胆嚢摘出術」パスウェイのヴァリアンス分析      155

12.クリティカルパスウェイを使った看護の実際  159

  クリティカルパスウェイを使った看護の実際  162

13.クリティカルパスにおけるインターネット活用

  ML,インターネット活用方法,クリティカルパスの探し方,実例紹介,関連サイトの紹介  168

  インターネットの活用  170

  クリティカルパスの関連サイト  174

索引  180