Evidence-based medicine(EBM : 根拠にもとづく医療)は近年,診療のスタンダードとして,臨床の現場で急速にその概念が定着しつつあります.EBMは確かな情報にもとづいて個々の患者さんに対し,最適な医療を行うことを目的としておりますが,精神神経疾患では環境や性格などの複雑な要因によって症例間のバリエーションが大きく,かつ診断や治療に生物学的データをほとんど使えないため確かなエビデンスを出すことが難しい状況にあります.それにもかかわらず精神神経科領域でも急速にエビデンスの量が増加しているのが昨今です.
 本書は精神科治療(主として薬物療法)のグローバルスタンダードを代表的な重要文献に基づいて示す実践的な臨床書を目指しました.そのために薬物療法上の問題点を代表的なエビデンスの成績をもとに解説し,今日の時点における最新の治療法,考え方がわかるように致しました.臨床上重要な疾患の診療で判断に迷うような事柄,問題点の指針になるようになっています.各項目は「序論」「指針」「エビデンス」「根拠となった臨床研究の問題点と限界」「本邦の患者に適応する際の注意点」「コメント」「文献」の順に配列されています.
 精神神経科領域においてもEBMは次第に臨床に浸透してくることが予想されますが,その際臨床医が心すべきことは,個々の患者さんの個別性,特殊性に留意して得られた情報を勘案し,病気をトータルにとらえる姿勢であるといえましょう.一方,積年の経験や勘に基づく技術,判断は決して軽視されるべきものではありません.患者さんの主観的な自己決定権を最大限に尊重し,経験そしてエビデンスを融合した良質な臨床実践こそ本書の目指したものです.
 最後に本書の刊行に御尽力いただいた中外医学社の皆様に厚く御礼申し上げます.

2005年12月
上島国利 


目次

◆ 総論 ◆
 1.エビデンス精神医療 --その意義と課題-- <渡辺範雄 古川壽亮> 2
 2.エビデンス精神医療とナラティブ精神医療 <加藤 敏> 10
 3.エビデンスに基づいた診療ガイドライン <樋口輝彦> 13
 4.EBMは医療を変えるか? <北村俊則> 17

◆ 各論 ◆
I.統合失調症 22
 1.どこまで脳器質性障害といえるか? <山末英典 管 心 笠井清登> 22
 2.器質性変化は臨床症状や社会的予後と関連するか?
                    <管 心 山末英典 笠井清登> 28
 3.どこまで遺伝性疾患といえるか? <南光進一郎> 34
 4.再発を予測する因子は何か? <中込和幸> 37
 5.認知機能は社会的機能と関連するか? <池淵恵美> 43
 6.新規抗精神病薬と従来型抗精神病薬の効果の比較は?
                    <元 圭史 諸川由実代> 49
 7.定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬とでは再発予防に差があるか?
                    <宮田量治> 54
 8.肥満,糖尿病惹起作用はオランザピンに特異的か?
                    <三澤史斉 藤井康男> 60
 9.第一世代抗精神病薬は認知機能障害を引き起こすのか?
                    <久住一郎 小山 司> 66
 10.抗パーキンソン病薬はできるだけ併用するべきでないか?
                    <岩本邦弘 徳倉達也 稲田俊也> 70
 11.非定型抗精神病薬は認知機能を改善するか? <伊藤千裕 齋藤 淳> 77
 12.薬物療法はいつまで続けるのか? <石郷岡純> 81
 13.単剤治療より有効な併用療法は存在するか? <小林啓之> 85
 14.急性期治療におけるベンゾジアゼピン併用の是非? <宮本聖也> 90
 15.精神運動興奮(易怒性,攻撃性)に対して気分安定薬は有効か?
                    <寺尾 岳> 95
 16.回復期のうつ状態に有効な薬剤はあるか? <友竹正人> 99
 17.デポ剤は経口投与より再発予防効果があるか? <林 公輔 稲垣 中> 104
 18.SSTは症状改善・再発予防に有効か? <安西信雄 佐藤さやか> 111
 19.心理社会的治療は社会機能やQOLを改善するか?
                    <龍 庸之助 水野雅文> 115

II.気分障害  119
A.大うつ病性障害
 1.うつ病における自殺の発生率 <高橋祥友> 119
 2.治療の第一選択薬はSSRIか? <渡辺義文> 123
 3.治療抵抗性うつ病の治療アルゴリズムは? <井上 猛 小山 司> 129
 4.抗うつ薬はいつまで継続するべきか? <野崎昭子> 135
 5.漢方薬・代替医療にエビデンスがあるか? <山田和男> 141
 6.うつ病性障害?精神療法はどのように行うか? <藤澤大介> 146
 7.電気けいれん療法は薬物療法より有効か? <平田卓志 本橋伸高> 152
 8.電気けいれん療法はパルス波治療器で行うべきか?
                    <上野雄文 前田典子> 155
B.双極性障害
 1.気分調整薬の選択・使用方法にエビデンスはあるか? <鈴木映二> 160
 2.急性期治療のガイドラインは? <大嶋明彦> 175
 3.慢性期でも抗精神病薬を使用するべきか? <坂井俊之> 183
C.特殊な病型・ライフサイクル
 1.気分変調症に有効な薬物療法はあるか? <野崎昭子> 187
 2.ラピッドサイクラーの薬物治療にアルゴリズムはあるか?
                    <吉邨善孝> 191
 3.季節性感情障害の治療第一選択は高照度光療法か?
                    <石崎潤子 三村 將> 195
 4.老年期うつ病,血管性うつ病では第一選択薬は何か?
                    <下田健吾 木村真人> 199

III.神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害  205
A.パニック障害
 1.まず薬物療法を行うべきか? <高塩 理> 205
 2.認知行動療法の効果は薬物療法と同等か? <竹内龍雄> 209
B.全般性不安障害
 1.全般性不安障害に対する薬物療法のガイドラインは? <大坪天平> 214
C.強迫性障害
 1.OCDの治療:行動療法と薬物療法どちらが有効か?どちらを先に始めるか?
                    <宍倉久里江> 218
 2.治療に反応するのは強迫観念か強迫行為か?
                    <伊豆本種野 多賀千明> 221
 3.SSRI,SNRIとクロミプラミンの有効性に違いがあるか? <高橋克朗> 226
D.社会不安障害
 1.薬物療法と認知行動療法はどちらが有効か? <菊地俊暁 大野 裕> 234
 2.社会不安障害と対人恐怖は違うのか? <朝倉 聡 小山 司> 237
E.(心的)外傷後ストレス障害
 1.治療は早期介入すべきか? <大渓俊幸> 241
 2.なぜ,トラウマを負ってもPTSDを発症する人としない人がいるのか?
                    <前田正治 大江美佐里> 246
F.抗不安薬
 1.ベンゾジアゼピンは常用量使用でも問題があるか? <尾鷲登志美> 252
 2.ベンゾジアゼピンの離脱,反跳,再発の違いは? <伊豫雅臣> 259
 3.不安の治療薬としてのベンゾジアゼピン,SSRI,β遮断薬,
   セロトニン1Aアゴニストの効果の比較は? <石田琢人 渡邊衡一郎> 262

IV.生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群  268
A.摂食障害
 1.神経性無食欲症と神経性大食症は異なる疾患か? <篠原 学> 268
 2.有効な薬物療法はあるか? <切池信夫> 273
 3.家族療法やその他の心理的治療法はどの程度有効か?
                    <西園マーハ文> 278
 4.行動療法はどの程度有効か? <庄司 剛> 282
B.非器質性睡眠障害
 1.薬物療法のガイドラインは? <今井 眞 大川匡子> 287
 2. 睡眠薬の半減期の違いは臨床に反映されるか?
                    <田ケ谷浩邦 内山 眞> 290
 3.ゾルピデムやクアゼパムはω1選択性のない
   (非)ベンゾジアゼピン系睡眠薬より優れているか? <中島 亨> 300
 4.睡眠時遊行症,睡眠時驚愕症,悪夢に対する有効な治療法は何か?
                    <本多 真> 306
C.性機能不全
 1.有効な治療法は何か? <吉原一文> 312

V.器質性精神障害  317
A.アルツハイマー病
 1.スクリーニングテストでどこまでアルツハイマー病を診断できるか?
                    <博野信次> 317
 2.診断・治療予側に有用な生化学的・生理学的所見は何か?
                    <東海林幹夫> 321
 3.コリン作動薬は中核症状の進行をどのくらい遅らせることができるか?
                    <北村 伸> 327
 4.コリン作動薬はいつからいつまで使用すべきか? <目黒謙一> 333
 5.非薬物療法に治療有効性のエビデンスはあるか? <三村 將> 338
 6.行動・心理症状に対する薬物療法のガイドラインは? <本間 昭> 345
 7.行動・心理症状に抗精神病薬を用いると認知機能は低下するか?
                    <山本英樹 三村 將> 350
B.その他の痴呆性疾患
 1.血管性痴呆にコリン作動薬は有効か? <織田雅也 宇高不可思> 355
 2.レビー小体型痴呆にコリン作動薬は有効か? <井関栄三> 359
 3.前頭側頭型痴呆に有効な薬物療法はあるか? <池田 学> 363
 4.神経梅毒/進行麻痺のペニシリン治療はどのように行うか?
                 <長根亜紀子 鈴木利人 新井平伊> 368
C.せん妄
 1.せん妄の治療にはアルゴリズムがあるか? <中村 満 一瀬邦弘> 374
 2.睡眠薬は使用するべきでないか? <松木秀幸 堀川直史> 381

VI.物質関連障害  384
A.アルコール関連障害
 1.アルコール離脱(退薬症候)に対する薬物療法は?
                    <宮里勝政 金井重人 大住 誠> 384
 2.抗酒剤の有効性にエビデンスはあるのか? <松下幸生 樋口 進> 388
 3.AA・断酒会などの自助グループ活動の有効性にエビデンスはあるのか?
                    <吉野相英> 395
 4.再飲酒を予測するのに有用な指標は何か? <森山 泰 吉野相英> 399
B.その他の依存性薬物
 1.中毒性精神病に対する薬物療法のガイドラインは?
         <岸本英爾 山口哲顕 遠藤桂子 大槻正樹 小林桜児> 403

VII.成人の人格および行動の障害  409
 1.パーソナリティ障害に対する第一選択薬と禁忌は? <岡島由佳> 409
 2.パーソナリティ障害に有効な精神療法は? <平島奈津子> 414
 3.パーソナリティ障害の予後を規定する因子は?
                    <吉田公輔 西村良二> 417
 4.性同一性障害の診断と治療の手順はどうあるべきか?
                    <加澤鉄士 山内俊雄> 423

VIII.精神遅滞  427
 1.妊娠中の飲酒の影響はどの程度あるか? <山下 洋> 427
 2.出生前の遺伝学的検査は精神遅滞の診断に有効か? <奥山虎之> 432

IX.心理的発達の障害  437
A.自閉症
 1.自閉症は増加しているか? <岡田 俊> 437
 2.自閉症の治療薬 <宮尾益知> 446
B.アスペルガー症候群
 1.アスペルガー障害は反社会的行動への脆弱性を有するか?
                    <十一元三> 450
 2.成人アスペルガー症候群の診断と治療は? <田中 究 内藤憲一> 455

X.小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害  462
A.多動性障害
 1.多動性障害の第一選択薬はメチルフェニデートか? <上林靖子> 462
 2.多動性障害にチック障害が併存したときの薬物療法は?
                    <柳下杏子 齊藤万比古> 467
B.行為障害
 1.有効な治療法はあるのか? <原田 謙 今井淳子 酒井文子> 471
C.ド・ラ・トゥレット症候群
 1.第一選択薬はクロニジンか? <桑原 斉 金生由紀子> 476
D.気分障害
 1.小児にうつ病は存在するか? <傅田健三> 482
 2.児童・思春期の気分障害の第一選択薬は? <笠原麻里> 488

索引  493