情報は世界を駆け巡っている.成人の臨床では患者さんがevidence-based medicine(EBM : 根拠に基づいた医療)を医師に要求する時代にすでに入った.しかしながら,小児の臨床ではエビデンスに基づいた医療の実践が成人に比べて大変に遅れている.
 EBMを構成する大きな柱に内的妥当性と外的妥当性の二つが存在する.「内的妥当性がある」とは研究自体が科学的に正しい方法を採用していることである.例えば臨床試験の場合,患者さんをランダム化して治療成績を比較している時にエビデンスのレベルが高い研究となる.しかしながら,小児は成人に比べ薬剤の市場規模が小さいために,製薬会社は一般に小児の比較臨床試験に対して積極的でない.さらに,小児の臨床試験では患者を二群にランダム化することが難しい場合が少なくない.このような理由で,内的妥当性の高いランダム化比較試験による小児の臨床研究は世界的にみても少ない.一方,「外的妥当性がある」とは研究の対象となった集団が特異でなく試験研究の結果を一般化して他の集団に当てはめることができることを意味する.しかしながら,たとえ内的妥当性の高い臨床研究であっても外国で行われた結果をわが国にそのまま当てはめられるのかと問われた場合,自信を持ってYesと答えられない場合もありうる.
 このような困難を理由にしてわが国の小児科医が現状を放置する限り,患者さんからも医学界からも私たちは信頼されることはないだろう.EBMを自ら作り出すことのできない医師集団は尊敬してもらえない.今後は小児の臨床医学のすべての分野において,私共小児科医が進んで質の高いEBMを作り出し世界に発信する作業に協力しなくてはならない.
 医師は先行する臨床試験の結果を批判的に吟味してそのEBMを自ら評価し,医師としての経験と判断力に基づいて自らの臨床にそれらの結果を応用することが求められる.即ち,EBMを生かすのも殺すのも医師の側にある.しかしながら,現実には日々発表される内外の膨大な数の論文の中に目を通すに値する論文を選定する作業自体が簡単なことではない.
 本書では,編集委員が小児科の各分野から選び出した治療に関する重要な課題に関して,専門家が現時点で得ることのできるできるだけたくさんのEBMを示し,それらを批判的に評価し,導かれる結果について解説した.その中には現時点では質の高いEBMがないと結論づけられた課題も見受けられる.第一線の臨床現場に臨む小児科医は本書を通して自分の専門領域だけでなく関連する分野の治療に関するEBMとその評価結果を知り,今後の臨床に生かして戴きたい.

2006年12月
編 者


目次

I.呼吸器
 1.EBMに基づくARDSの治療は? 〈上田康久〉
 2.EBMに基づく肺嚢胞性疾患・先天性肺気腫の診断・治療は? 〈鹿田昌宏 王 康雅〉
 3.EBMに基づく気管支喘息の急性期治療は? 〈田中泰樹 西間三馨〉
 4.EBMに基づく気管支喘息の慢性管理は?
   アレルギー素因・吸入ステロイド製剤の役割など 〈富川盛光 海老澤元宏〉
 5.EBMに基づく小児の特発性間質性肺炎の診断・治療は? 〈望月博之〉
 6.EBMに基づく反復性気道感染症の治療法 : 少量マクロライド療法の位置づけについて
                        〈上原すゞ子 石和田稔彦〉
 7.EBMに基づく急性細気管支炎の治療は? 〈山田裕美 吉原重美〉
 8.EBMに基づくクループ症候群の治療は? 〈木村光一〉

II.循環器
 1.遺伝子診断に基づく先天性心疾患へのアプローチは? 〈荒巻 恵 山岸敬幸〉
 2.EBMに基づく心不全治療 : 両室ペーシングの適応と効果は? 〈安河内 聰〉
 3.EBMに基づく胎児心臓病の診断治療 : 胎内治療の可能性は? 〈前野泰樹〉
 4.動脈管開存症への治療的アプローチは? 〈上田秀明 康井制洋〉
 5. 小児のカテーテルインターベンション :
   ステント留置術の適応効果,末梢性肺動脈狭窄,大動脈縮窄について 〈富田 英〉
 6.EBMに基づく心房中隔欠損症に対するカテーテル治療 : 手術療法との住み分けは?
                                〈小林俊樹〉
 7.EBMに基づく小児不整脈の管理および治療は? 〈安田東始哲〉
 8.Fontan手術後患者の管理および遠隔期の治療はどのように行えばよいか?〈森 善樹〉
 9.EBMに基づく肺高血圧症の治療戦略は? 〈佐地 勉 中山智孝 松裏裕行〉
 10.EBMに基づく左心低形成症候群への治療的アプローチは? 〈宮地 鑑〉

III.川崎病
 1.EBMに基づく免疫グロブリン治療は? 〈石井正浩〉
 2.EBMに基づくガンマグロブリン治療不応例への再治療は? 〈森 雅亮〉
 3.EBMに基づく川崎病後遺症としての冠動脈病変への治療は? 〈小川俊一〉

IV.肝臓・消化器
 1.乳児下痢症に対する経口補液療法(ORT)の効果は? 〈関根孝司〉
 2.肥厚性幽門狭窄症に対する内科的治療法は? 〈古村 眞 金森 豊〉
 3.虫垂炎に対する抗生物質投与はどこまで有効か? 〈内田広夫 岩中 督〉
 4.小児H. pylori感染症の最新知見とEBMに基づいた治療は? 〈奥田真珠美〉
 5.小児炎症性腸疾患の最新知見とEBMに基づいた治療法は? 〈米沢俊一〉
 6.小児の劇症肝炎に対するプロトコールは? 〈乾 あやの 十河 剛 小松陽樹 藤澤知雄〉
 7.B型慢性肝炎に対するEBMに基づいた治療法は? 〈田尻 仁〉
 8.C型慢性肝炎に対するEBMに基づいた治療法は? 〈長田郁夫 村上 潤 飯塚俊之〉
 9.小児期のシトリン欠損症の最新知見とEBMに基づいた治療法は? 〈田澤雄作〉

V.神経・筋
 1.脳性麻痺の治療の効果をどう評価するか? 〈高橋秀寿〉
 2.熱性けいれんの再発予防 : 発熱時ジアゼパム間歇投与の効果をどうみるか?
                                〈奥村彰久〉
 3.けいれん重積の治療プロトコール : ミダゾラムとフェニトインの位置づけは?
                               〈浜野晋一郎〉
 4.てんかんの薬物治療とそのエビデンス(総論) 〈金澤 治〉
 5.West症候群の薬物療法は発作と発達をどれくらい改善するか? 〈大塚頌子〉
 6.小児の片頭痛の治療はどう進めたらよいか? 〈藤田光江〉
 7.不随意運動に対する機能的脳神経外科療法はどれくらい有効か? 〈谷口 真〉
 8.亜急性硬化性全脳炎に有効な治療法は? 〈細矢光亮〉
 9.筋ジストロフィーに対する副腎皮質ステロイド治療は? 〈近藤恵里 斎藤加代子〉
 10.小児のGuillain-Barre症候群・慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)における
   治療のエビデンスは? 〈西本幸弘〉
 11.神経・筋疾患の呼吸管理の適応と方法は? 〈石川悠加〉

VI.内分泌・栄養・代謝
 1.成長ホルモン(GH)分泌正常の低身長児に対するGH治療は有効か? 〈田中敏章〉
 2.思春期早発症の小児に対するGnRHアナログ治療は成人身長を改善するか?
                                〈立花克彦〉
 3.卵巣機能不全の思春期・若年女性に対するEBMに基づいた性ホルモン補充療法は何か?
                              〈横谷 進〉
 4.Basedow病のEBMに基づいた治療は? 〈佐藤浩一 石川直文 佐々木 望〉
 5.思春期における先天性副腎皮質過形成症のEBMに基づいた薬物療法はあるか?
                           〈朝倉由美 安達昌功〉
 6. 1型糖尿病における超速効型および持効型インスリンアナログ製剤の導入は,
   小児の糖尿病のコントロールを改善したか? 〈菊池信行〉
 7.小児期・思春期における2型糖尿病のEBMに基づいた薬物療法はあるか?
                              〈浦上達彦〉
 8.ムコ多糖症における骨髄移植はどの程度有効か? 〈田中あけみ〉
 9.先天性代謝異常症における酵素補充療法はどの程度有効か? 〈井田博幸〉

VII.感染症
 1.細菌性髄膜炎のEBMに基づいた治療法は? 〈森川嘉郎〉
 2.市中肺炎の診療ガイドラインの根拠は? 〈上原すゞ子〉
 3.急性中耳炎治療のEBMに基づいた治療法の実際は? 〈矢野寿一 沖津尚弘 小林俊光〉
 4.麻疹・風疹の流行状況とMR(麻疹・風疹混合)ワクチン推進の根拠は?
                              〈寺田喜平〉
 5.インフルエンザ脳症ガイドラインが勧めたいこと 〈水口 雅〉
 6.EBウイルスの病態の多様性とEBMに基づいた治療戦略は? 〈渡邊友紀子 木村 宏〉
 7.ヘルペス群ウイルスに対する抗ウイルス薬の処方根拠は?
                 〈佐藤哲也 前田明彦 脇口 宏〉
 8.インフルエンザに対する抗ウイルス薬の処方根拠は? 〈三田村敬子〉
 9.アスペルギルス感染症のEBMに基づく治療法は? 〈森 雅亮〉
 10.小児結核の診断法の革新とEBMに基づく治療法は? 〈黒澤るみ子〉

VIII.免疫 ・リウマチ性疾患
 1.自己炎症性疾患の臨床所見と遺伝子異常を基礎とした治療は? 〈西小森隆太 斉藤 潤〉
 2.サイトカイン調節異常からみたウイルス関連血球貪食症候群の
   EBMに基づく治療法の進歩は? 〈森本 哲〉
 3.先天性免疫不全症の診断の進歩とEBMに基づく治療法の実際は?
                 〈金兼弘和 宮脇利男 今井耕輔〉
 4.後天性免疫不全症(AIDS)のEBMに基づく治療最前線は? 〈早川依里子 松下竹次〉
 5.若年性特発性関節炎のEBMに基づく治療ガイドラインは? 〈横田俊平〉
 6.サイトカイン遮断療法導入の根拠は? 〈今川智之〉
 7.小児期発症の全身性エリテマトーデスの段階的診断法と治療法の組み立て方は?
                               〈岩田直美〉
 8.小児期のリウマチ性疾患に対するシクロスポリンの有用性とevidenceは?〈武井修治〉
 9.若年性皮膚筋炎の免疫抑制療法の根拠は? 〈梅林宏明〉
 10.小児期発症Sjo¨gren症候群の治療適応の根拠は? 〈冨板美奈子〉
 11.小児期発症Behcet病に対するサリドマイド適用の根拠は? 〈安井耕三〉

IX.腎・泌尿器
 1.膀胱尿管逆流を有する患児への抗菌薬少量予防投与は急性腎盂腎炎の再発防止に有効か?
                                〈倉山英昭〉
 2.小児のIgA腎症に対するEBMに基づいた治療は何か? 〈吉川徳茂〉
 3.微小変化型ネフローゼ症候群(初発例,再発例)に対するステロイドの使用は
   どのようにするのが勧められるのか? 〈都築一夫〉
 4.ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群に対する治療法は何が最も推奨されるのか?
                                〈飯島一誠〉
 5.Dent病に対する腎機能低下の進行防止を目的とする治療法は? 〈松山 健 池田昌弘〉
 6. 保存期腎不全患者の腎機能低下を予防する治療法としてACE inhibitorやARBは有効か?
                           〈高松昌徳 香美祥二〉
 7. 運動後急性腎不全を発症する腎性低尿酸血症患者に対する有効な腎不全再発防止策は
   あるか? 〈大田敏之〉
 8.腸管出血性大腸菌感染症の初期に抗生物質を投与すると溶血性尿毒症症候群の
   発症リスクは低下するか? 〈五十嵐 隆〉
 9.停留精巣の手術はいつまでにすべきか? 〈浅沼 宏 宍戸清一郎 佐藤裕之〉

X.血液・悪性腫瘍
 1.再生不良性貧血における免疫抑制療法のEBMは? 〈小阪嘉之〉
 2.血友病に対する定期補充療法の有用性は? 〈瀧 正志〉
 3.自己免疫性溶血性貧血に対する標準的治療は? 〈三浦琢磨〉
 4.重症ITPにおける標準的治療のEBMは? 〈白幡 聡〉
 5.急性リンパ性白血病(ALL)の中枢神経再発予防のEBMは? 〈小川千登世〉
 6.小児11q23転座型ALLの第一寛解期における移植の有用性は? 〈齋藤正博〉
 7.思春期白血病は小児科と内科のどちらで治療するべきか?
   ―急性リンパ性白血病について― 〈川村眞智子〉
 8.ALL(急性リンパ性白血病)における維持療法の有用性は? 〈康 勝好〉
 9.Down症候群における重症TAM(transient abnormal myelopoiesis)
   /TMD(transient myeloproliferative disorder)の治療についてのEBMは?
                            〈嶋田 明 林 泰秀〉
 10.急性骨髄性白血病に対する造血幹細胞移植の有用性は? 〈田渕 健〉
 11.悪性リンパ腫における治療の標準化はどのようになされているか? 〈菊地 陽〉
 12.進行神経芽腫に対する造血幹細胞移植の有用性は? 〈滝田順子〉
 13.1歳未満のstage 4の神経芽腫は予後不良群か? (治療のEBM) 〈家原知子〉
 14.横紋筋肉腫における大量化学療法の安全性と有用性は? 〈井上雅美〉
 15.難治性肝芽腫の肝移植の適応は? 〈松永正訓 菱木知郎〉
 16.髄芽腫/PNET(primitive neuroectodermal tumor)における集学的治療の
    EBMは? 〈原 純一 坂本博昭〉
 17.悪性腫瘍における化学療法中の好中球減少時における抗真菌薬の使用についての
    EBMは? 〈奈良妙美 三間屋純一〉

XI.こころ・小児保健・思春期
 1.思春期の月経異常は治療を要するか? 〈河野美代子〉
 2.思春期にメタボリックシンドロームは存在するか? するならばその治療法は?
                               〈児玉浩子〉
 3.小中学生の低身長の治療適応はどのように決めるか? 〈望月 弘〉
 4.不登校に対して登校刺激は有効か? 〈沢井 稔〉
 5.ADHDに対してメチルフェニデート(リタリン)は有効か? 〈安原昭博〉
 6.ADHDへのPT(parent training),SST(social skills training)は有効か?
                               〈岩坂英巳〉
 7.Asperger症候群に薬物療法の適応はあるか? 〈宮尾益知〉
 8.学習障害の児童は通常学級で指導できるか? 〈平谷美智夫〉
 9.思春期のこころの問題に対するネットワークの作り方は? 〈二宮恒夫〉
 10.思春期のうつ病にSSRIは有効か? 〈高橋礼花 小尾央桂 金生由紀子〉
 11.PTSDの診断と治療の選択は? 〈奥山眞紀子〉
 12.小児科外来での児童虐待発見の契機と対応は? 〈田辺卓也〉
 13.乳歯のう蝕は永久歯のう蝕につながるか? 〈渡部 茂〉
 14.事故予防キャンペーンは子どもの不慮の死亡を減少させたか? 〈掛札逸美 山中龍宏〉
 15.妊娠中や育児中の喫煙は子どもの疾患のリスクを増強するか? 〈加治正行〉
 16.テレビの視聴が子どもの成長に悪影響を与えるという根拠があるか? 〈谷村雅子〉

XII.新生児・未熟児
 1.分娩室における新生児の蘇生と酸素投与の是非は? 〈一ノ橋祐子 草川 功〉
 2.正常新生児の出生後のルチーン(点眼,ビタミンK2,臍帯の消毒)は必要か?
                                〈瀧川逸朗〉
 3.母乳栄養の意義は? 〈瀬川雅史〉
 4.新生児の感染対策の基本的な考え方と消毒薬 ・抗菌薬は? 〈高橋尚人〉
 5.インドメタシンの予防投与で脳室内出血は防げるか? 〈平野慎也 藤村正哲〉
 6.脳室周囲白質軟化症の予防対策は? 〈島 義雄〉
 7.新生児の呼吸障害に応じた適切な呼吸管理方法の選択は? 〈奥 起久子〉
 8.早産児循環管理における心エコー検査と治療法の選択は? 〈豊島勝昭 猪谷泰史〉
 9.新生児遷延性肺高血圧症に対するNO吸入療法の適応と効果は? 〈鈴木 悟〉
 10.未熟児晩期循環不全とは何か,どこまで解明できているか? 〈小山典久〉
 11.未熟児網膜症の診断と治療の基準は? 〈平岡美依奈〉
 12.未熟児貧血の治療は? 〈楠田 聡〉
 13.未熟児と先天性代謝異常スクリーニング : 未熟児での取り扱いはどうすべきか?
                                〈九島令子〉
 14.未熟児代謝性骨疾患の診断と治療は? 〈板橋家頭夫〉
 15.新生児聴力スクリーニングによって子どもの難聴の予後は変化したか? 〈福島邦博〉

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