序文

 私が東大放射線科に入局した翌年の1980年に東大病院における肝細胞癌に対する第1例目の経カテーテル的動脈塞栓術(TAE)が施行された.当時の道具だては,ハンドメイドのBD7640スパイラルカテーテルと東レのスーパーセレクター程度で,動脈の走行や分岐によっては固有肝動脈にカテーテルをすすめるのに難渋することも稀ではなかった.その後の20年間に,カテーテル素材の進歩,イントロデューサーの普及,トルクコントロールが可能なテルモのラジフォーカスガイドワイヤーの開発,さらに各種のマイクロカテーテルの出現と技術革新が相次いだ結果,肝動脈の超選択的造影は大部分の症例で短時間に施行可能な手技となっている.

 しかし道具の進歩の陰で,基本的手技に関する正しい教育がなされていない傾向があるように思われる.そして血管造影に関する様々な合併症の大部分は正しい基本的知識さえあれば防げるはずなのである.したがって本書では従来ともすればなおざりにされがちであった腹部血管造影の基本的手技と脈管解剖,さらに通常の塞栓術をマスターするための基本編にかなりの頁をさき,東大放射線科が担当した.これに加えて応用編では主として上肢からのアプローチ,IVR-CT,動注用カテーテル留置を取り上げ,各々の領域のエキスパートの先生方に執筆を依頼した.

 TAEを中心としたインターベンショナルラジオロジー(IVR)の普及により,欧米と比較して規模の小さかった本邦の放射線科のマンパワーは着実に充実してきている(グラフ参照).本書をとおして若い先生方がリーズナブルな血管造影の技術を修得することができればこれにまさる喜びはない.そのことが腹部血管造影の進歩に貢献されてきた放射線科をはじめとする多くの先達の方々へのささやかな恩返しになるのではないかとの思いもいだいている.

1999年8月

大友 邦 

目 次

●基本編●

I.基本手技  河内伸夫  3

 A.適応と禁忌  3

  1.適応  3

  2.禁忌および慎重施行  4

 B.インフォームドコンセント  5

  1.治療目的の血管造影に必要なインフォームドコンセント  5

  2.診断目的に行われる血管造影のインフォームドコンセント  6

 C.前処置  6

  1.検査前のチェック事項  6

  2.前処置  7

 D.大腿動脈穿刺からシース挿入まで  7

  1.患者の足はかえる足  8

  2.大腿動脈は大腿骨頭中央部のレベルで穿刺する  8

  3.大腿動脈穿刺部位を触診で決定してから透視で確認する  11

  4.大腿動脈の皮膚からの深さに応じて皮切部位を決定する  11

  5.正確に動脈の走行を把握するコツ  11

  6.局所麻酔は大腿動脈を全周性に取り囲むように行う  13

  7.皮切を置くとき左手は穿刺をシミュレーションする  13

  8.浮き出た動脈硬化の強い動脈は指で挟み込んで穿刺する  14

  9.single wall punctureかdouble wall punctureか  14

  10.サーフローを引き戻しガイドワイヤーを挿入するときは左手の安定性が重要  14

  11.ガイドワイヤーは軽くもち,大きなストロークでゆっくり挿入  15

  12.ガイドワイヤーがサーフローの先端でつかえる場合の処置  15

  13.ある程度ガイドワイヤーが進んでからつかえる場合の処置  16

  14.ガイドワイヤーの行き先は必ず透視で確認する  16

  15.シース挿入時の注意点  16

  16.腸骨動脈の蛇行が強い場合の処置  17

  17.大腿静脈穿刺の注意  18

  18.小児の大腿動静脈穿刺の注意  19

 E.用具の選択と取り扱いの基本  19

  1.シースイントロデューサー  19

  2.カテーテルの常備  19

  3.基本形状のカテーテル操作  21

  4.成形自在カテーテルの使用  23

  5.マイクロカテーテルの使用  24

  6.ガイドワイヤーの選択と扱い方  25

 F.造影剤注入量と撮影のタイミング  27

  1.造影剤注入量と速度の原則  27

  2.撮影タイミングの原則  28

 G.検査に際し留意すべきこと  29

  1.検査を効率よく進めるために  29

  2.用具を準備する際の注意  30

  3.基本操作に起因する合併症を防ぐために  31

  4.事故を起こさないための心構えと管理  34

 H.術後処置  35

  1.シース抜去  35

  2.用手的圧迫止血  35

  3.穿刺部の圧迫固定  36

  4.術後安静  36

  5.術後観察  37

  6.輸液  37

 I.レポートの書き方  37

  1.血管造影室でのみ使用する情報とそうでない情報を分けて記載する  37

  2.必要とされている情報をよく考えて書く  37

  3.positiveな所見ばかりが情報ではない  37

  4.検査から得られた情報はきちんと整理してレポートする  37

  5.初心者は詳細に記載する  38

  6.図に頼らず文章で表現する  38

  7.略語の使用はなるべく控える  38

  8.所見を表現する慣用句はなるべく使用しない  38

  9.教科書,症例報告,学会発表などの表現を模倣する  39

  10.IVRでは手技の内容に重点を置いて記載する  39

  11.血管造影の実力は,手技上のテクニック半分,レポートの記載能力半分  39

 J.安全管理  39

  1.X線防御  39

  2.血液,針など危険物の扱い  40

II.腹部血管のX線解剖と造影手技  44

  1.腹部大動脈  <阿部 敦>  44

  2.下大静脈  <阿部 敦>  46

  3.腹腔動脈,総肝動脈,左胃動脈,脾動脈  <宮澤昌史>  48

  4.固有肝動脈,左右肝動脈  <宮澤昌史>  51

  5.胆嚢動脈  <宮澤昌史>  54

  6.胃十二指腸動脈,右胃動脈  <宮澤昌史>  56

  7.膵頭部アーケード  <宮澤昌史>  58

  8.背側膵動脈,横行膵動脈,大膵動脈,脾動脈  <宮澤昌史>  60

  9.下横隔動脈  <大友 邦>  62

  10.上腸間膜動脈  <赤羽正章>  64

  11.下腸間膜動脈  <赤羽正章>  67

  12.上下腸間膜動脈,肝内門脈枝  <赤羽正章>  69

  13.腎動脈本幹  <阿部 敦>  72

  14.腎動脈分枝  <阿部 敦>  74

  15.腎静脈  <阿部 敦>  76

  16.上中下副腎動脈  <吉岡直紀>  78

  17.右副腎静脈,左副腎静脈  <吉岡直紀>  80

  18.肋間動脈,肋下動脈,腰動脈  <吉岡直紀>  82

  19.総腸骨動脈  <山田晴耕>  84

  20.外腸骨動脈  <山田晴耕>  86

  21.内腸骨動脈  <山田晴耕>  89

III.経カテーテル動脈塞栓術  93

1.塞栓物質の種類と適応  <岡田吉隆>  93

 A.選択の考え方  93

  1.一時的塞栓物質と永久塞栓物質  93

  2.塞栓される位置の違い  93

 B.一時的塞栓物質  93

  1.ゼラチンスポンジ  93

  2.リピオドール  94

 C.永久塞栓物質  94

  1.金属コイル  94

  2.N-ブチル-2-シアノアクリレート(ヒストアクリル)  94

  3.ポリビニルアルコール(Ivaron)  94

  4.無水エタノール  94

  5.絹糸  95

  6.detachable balloon  95

2.肝腫瘍  <岡田吉隆>  96

 A.治療の原理  96

 B.適応と禁忌  96

 C.手技の実際  96

  1.使用器具  96

  2.手順  97

  3.塞栓物質の注入  97

 D.亜区域塞栓術  97

 E.合併症  98

  1.肝組織の障害  98

  2.塞栓物質の肝外への流出  98

  3.その他  100

 F.治療効果の判定  100

 G.再治療時の問題  100

  1.側副血管塞栓の必要性  100

  2.下横隔動脈  101

  3.胃十二指腸動脈  103

  4.内胸動脈  104

 H.破裂肝細胞癌  104

3.腎腫瘍  <南 学>  106

 A.適応  106

  1.手術中の出血を減らすための術前の塞栓術  106

  2.姑息的治療としての塞栓術  106

  3.出血を生じた腫瘍の塞栓術  106

 B.実際の手技  107

  1.大動脈造影  108

  2.選択的腎動脈造影  108

  3.栄養血管からの塞栓術  108

  4.塞栓効果の確認の腎動脈造影  108

  5.その他の栄養血管からの供給が疑われる場合その血管の選択的造影

    もしくは大動脈造影   109

 C.合併症  109

4.術後,外傷,血管性病変  <南 学>  110

 A.適応  110

  1.出血中もしくは出血を繰り返す病変を治療する  110

  2.根治的治療としての塞栓術を行う  111

 B.実際の手技  111

 C.合併症  115

●応用編●

IV.上肢からのアプローチ  松岡俊一,荒川泰行,武藤清臣  119

 A.適応  119

 B.前処置  119

  1.剃毛  119

  2.浣腸  119

  3.食事  119

  4.血管確保  119

  5.前投薬  119

 C.Seldingerテクニック  120

 D.カテーテルの選択  122

 E.カテーテル,ガイドワイヤーを扱う基本  123

  1.カテーテル導入法(穿刺部より腹腔内まで)  123

  2.カテーテル操作法(選択的,超選択的)  124

  3.カテーテル抜去法および止血法  125

 F.撮影の実際  126

 G.合併症  129

 H.後処置  130

  1.穿刺部の弾性包帯による圧迫の解除  130

  2.補液,食事  130

  3.治療(TAEなど)後合併症の対策  130

  4.翌朝圧迫解除後の注意  130

  5.入浴  130

 I.左上腕動脈経由と大腿動脈経由との対比〜まとめ  131

V.IVR CT/angio system  佐竹光夫  132

 A.angio-CTを理解するために  132

 B.CT検査  132

 C.経静脈性造影CTのtime density curve  132

 D.angio-CT(肝血流二重支配の分離した断層像)  133

 E.IVR CT/angio systemの概要  135

 F.IVR CT/angio systemの適応  136

 G.CTAP  137

  1.CTAPの造影経路  137

  2.CTAPの順序  138

  3.層流の回避  139

  4.良好なCTAPのまとめ  142

 H.CTA  142

  1.CTAの応用  144

  2.側副血行路のCTA  144

 I.angio-CTによる肝細胞がんの経過観察  146

 J.TAEの進歩(segmental TAE)  149

 K.CTAのsegmental TAEへの応用  149

 L.IVR CT/angio systemの応用  153

  1.IVR CT PEI  153

  2.CT透視法  154

  3.percutaneous CT fluoroscopic gastrostomy  155

VI.動注用カテーテル留置  荒井保明  158

 A.適応  158

 B.血流改変術  158

 C.穿刺術  160

  1.左鎖骨下動脈からのアプローチ  160

  2.下腹壁動脈からのアプローチ  161

 D.カテーテルの選択とカテーテル,ガイドワイヤーを扱う基本  161

  1.カテーテルの選択  161

  2.カテーテルとガイドワイヤーを扱う基本  161

 E.リザーバー留置手技  161

  1.肝動注化学療法用カテーテル留置

   (胃十二指腸動脈を用いた側孔型カテーテル先端固定留置法)  162

  2.骨盤領域への動注化学療法のためのカテーテル留置

   (上殿動脈を用いた側孔型カテーテル先端固定留置法)  164

 F.リザーバー留置技術の種々の応用  164

  1.対象領域  165

  2.技術の応用  165

  3.治療内容への応用  165

 G.動注療法の実際  165

 H.前後の処置と合併症  167

  1.前後の処理  167

  2.合併症  167

VII.その他のIVR  169

1.PTA  <吉岡直紀>  169

 A.ASO(arteriosclerotic obliterans)  169

 B.renovascular hypertension  171

2.門脈系に対するIVR  <赤羽正章>  174

 A.バルーン下逆行性経静脈的塞栓術(B-RTO)  174

 B.門脈塞栓術  176

 C.経皮経肝門脈採血(PTPV sampling)  177

 D.経皮経肝静脈瘤塞栓術(PTO)  178

 E.経頚静脈的肝内門脈静脈短絡術(TIPS)  179

3.下大静脈に対するIVR  <宮澤昌史>  183

 A.Budd-Chiari症候群  183

 B.IVC filter  184

索引  187