序
近年の画像診断学の進歩は,ご多聞にもれず他の技術のそれと同様に指数関数的であり,単純X線写真の時代から,超音波画像,X-CTあるいはMRIの導入と共に,急に著しくなり,目をみはるものがある.ことにコンピュータの進歩などと相まって高速撮影が可能となり,その結果病変の質的診断の領域においても著しい進歩をみている.そのために,生化学の分野と同じように画像診断学においても,領域によっては1年前のデータはもう陳腐といわれる.このように情報生産のサイクルが短くなっている今日,準備段階から日の目をみるかでに半年あるいは1年を要する雑誌では,内容によってはもう遅すぎるといわれる.いわんや,企画から出版までに数年を要する成書となると,出来上がった時にはすでに価値が半減しているということに,成りかねない.
このような時代にあっても成書を出版する意味があるのだろうかとの議論もあるが,ものごとの基本を説く成書は何時の時代にあっても重要である.本書はまさにそれであり,次のような特筆すべき点をもっているので,これから画像診断学を志す人にとって役立つ成書として,ながく生き続けるだろうと期待できる.
(1)病理組織的裏づけに基づいて画像を説明している.画像が出来る機序を病理学的所見にとどまらず病変部の生化学的特質に立ち返って説明している.このような立場に立つ成書は従来,少なくとも和書には,欠けていた.常に,『何故』『どうして』,という視点で読影するようにリードしている.単に癌は白,炎症は黒というような単純化したパターン認識から診断するのでなく,何故癌は白になるのかの説明がある.それによって灰色の症例をどのように読影,解釈すればよいのかを説いている.
(2)総合画像診断の立場をとっている.単純X線写真,超音波画像,MRIにとどまらず,日常用いられる全ての方法を駆使して,それぞれの方法の得失を考慮しつつ,総合的に病変の存在診断,そして質的診断をすることを説いている.
(3)分担執筆でありながら単著とかわらないほど,スタイル,文章ともに統制がよくとれていて読みやすい.
編者の本田 浩をはじめ分担執筆者は,全員同じ教室員であり,腹部領域の診断グループのメンバーである.各臓器をそれぞれのエキスパートが担当し,病理所見については,病理学教室で大学院生として訓練を受けてきた者が担当している.腹部診断グループの今日までの研究の集大成でもある.全員昼間の日常診療をこなした上での研究活動ののち,1日を25時間にしてがんばってくれた.その意味では,これは執筆者1人ひとりが家族の一人ひとりに捧げる書でもあろう.使用されている画像は全て,九州大学医学部附属病院並びに関連病院で撮影されたものである.一枚いちまいには数知れぬ多数の技師の情熱が込められているのがみえる.
本書がこれから画像診断学の道を進もうと志す若い学徒に,考える画像診断学への道標として,ひろく用いられることを願っている.
九州大学医学部 放射線科教授
増田 康治
自序
本書は,腹部領域の画像診断について,解説した.画像診断はこの20年で,飛躍的に進歩した.この激変を比較的初期の頃から肌で感じることができたのは,大変幸せなことである.私の放射線科医としての歴史は人との出会いであった.
昭和54年卒業の私には,放射線科のベッドサイドで見せられたCT画像の印象が今も鮮明に残っている.頭の中が見えることへの驚愕と同時に,当時九州大学講師であった沼口雄治先生(現米国ロチェスター大学教授),小牧専一郎先生(現鹿児島市豊島病院院長)の,「20年後にはCTは別のものに置き換わる」とのお言葉に,画像診断の限りない可能性を感じた.そうして,放射線科の門を叩き,同時の松浦啓一教授(元佐賀医科大学学長,現聖マリア病院顧問)のご指導を仰ぐこととなった.その後,渡辺克司教授(現宮崎医科大学病院長・副学長)のもとへ出張した際,CTを1年間担当させていただいた.その後,中田肇教授(産業医科大学)に診断医としての基礎を作っていただいた.九州大学へ帰学時には西谷弘先生(現徳島大学教授),鬼塚英雄先生(現田主丸中央病院副院長)の指導を受けた.その間,米国アイオワ大学留学中に,Franken主任教授,Lu教授のもとで働く機会があったことが,現在私が腹部画像診断を専門に行うきっかけとなった.
特筆すべきは増田康治九州大学医学部放射線科教授の,「画像診断は疾患の上に成り立つ」との信念に基づき,それまでのモダリティー別から臓器別へと診療・研究グループを再編された御英断であった.このことにより,私は腹部領域を専門とする放射線科医として,第一歩を踏み出すことができたのである.また,自由に研究できる環境を整えていただいたことにも大変感謝している.
さらに,私が腹部領域を担当するようになって,多くの優秀な後輩に恵まれた.本書の共同執筆者になって下さった諸君はほんの一部であり,本書の内容は彼らの蓄積があってこそできたものである.そのため,協力者として記載させていただいた.
こうして,多くの良き指導者,先輩・後輩に恵まれ,まがりなりにも今日このようなテキストを作らせていただいた.このように豊富な症例を経験できる九州大学で働いていることを幸せに思うとともに,本書が,各読者の目的に応じて活用していただき,診療の一助となればこれにまさる喜びはない.
本書の刊行にあたって,ご指導賜った増田康治教授,多くの症例を提供し,日々の診療も含めてご指導賜った,杉町圭蔵 第2外科教授(現九州大学医学部長),田中雅夫第1外科教授,内藤誠二 泌尿器科教授,嘉村敏冶産科婦人科助教授,恒吉正澄第2病理学講座教授,その他多くの教室の諸先生方に深謝申し上げます.また,本書執筆の機会を作ってくださった大友 邦 東京大学医学部放射線科教授,刊行に多大なご努力をいただいた中外医学社,小川孝志,秀島 悟両氏をはじめとする関係各位に深謝いたします.
1999年 3月
本田 浩
目次
第1章 肝臓 本田 浩 1
A 正常解剖 1
a)区域 1
b)血管系: 動脈,静脈,門脈 1
c)リンパ流 3
B びまん性疾患 4
1.肝硬変 4
2.ヘモジデローシス,ヘモクロマトーシス 6
3.脂肪肝 7
4.不均一な脂肪沈着 9
5.糖原病(Glycogen storage disease) 10
6.アミロイドーシス 11
7.急性肝炎・劇症肝炎 12
8.Budd-Chiari症候群 12
9.トロトラスト沈着症 14
10.放射線肝障害 14
C 非腫瘍性非炎症性病変 15
1.肝嚢胞 15
2.polycystic disease 16
3.peribiliary cyst 17
4.ciliated hepatic foregut cyst 17
5.サルコイドシース 18
D 炎症性病変 19
1.炎症性偽腫瘍 19
2.膿瘍: 細菌,アメーバー,真菌 19
3.肉芽腫: 幼虫移行症 24
4.日本住血吸虫症 (schistosomiasis) 25
5.肝蛭症(Fasciliasis) 27
6.肝吸虫症(Clonorchis sinensis) 27
7.肝包虫症(エヒノコッカス症): 単包条虫,多包条虫 28
8.結核腫 29
E 腫瘍類似病変 30
1.限局性結節性過形成(focal nodular hyperplasia) 30
2.Peliosis hepatis 32
3.限局性脂肪変性(focal fatty change) 32
4.脂肪肝内のfocal spared area 34
F 良性腫瘍 35
1.肝血管腫 (hemangioma) 35
2.肝腺腫 36
3.血管筋脂肪腫 (angiomyolipoma) 39
4.小児性血管内皮腫(肝血管腫) 41
5.胆管嚢胞腺腫 42
6.脂肪腫 42
G 悪性腫瘍 44
1.肝細胞癌 44
2.胆管細胞癌 55
3.転移性肝癌: 多血性,乏血性 58
4.嚢胞腺癌 60
5.血管肉腫(angiosarcoma) 60
6.上皮様血管内皮腫(epithelioid hemangioendothelioma) 60
7.悪性リンパ腫 61
文献
第2章 胆嚢 吉満 研吾 73
A 正常解剖 73
a)胆嚢,胆管 73
b)血管: 動脈静脈 73
c)リンパ流 74
B 腫瘍性・偽腫瘍性疾患 76
1.胆嚢癌: 内腔型,壁肥厚型,塊状型 76
2.ポリープ(コレステロール,過形成,炎症性) 79
3.腺腫 83
4.胆嚢転移性腫瘍 84
C 炎症性病変 84
1.急性胆嚢炎 84
2.慢性胆嚢炎 85
D 胆石症 87
E 胆嚢腺筋症 88
F 浮腫性胆嚢壁肥厚 90
3章 膵臓 入江 裕之 95
A 正常解剖 95
a)膵 95
b)血管系 95
c)リンパ流 98
B 炎症性疾患 99
1.急性膵炎 99
2.慢性膵炎 103
C 腫瘍性疾患 110
1.膵癌 110
2.インスリノーマ 119
3.粘液産生膵腫瘍 122
4.漿液性嚢胞腺腫 125
5.転移性腫瘍 128
6.Solid and cystic tumor 129
D 非腫瘍性非炎症性疾患 129
1.脂肪浸潤 129
2.Von Hippel-Lindau disease 131
3.Pancreas divism(膵管癒合不全) 131
4.Cystic fibrosis(嚢胞線維症) 133
文献
第4章 脾臓 入江 裕之 137
A 正常解剖 137
B 炎症性疾患 137
1.膿瘍 137
2.炎症性偽腫瘍 137
C 腫瘍性疾患 139
1.血管腫 139
2.過誤腫 140
3.血管肉腫 140
4.悪性リンパ腫 140
5.転移性腫瘍 141
D その他 142
1.副脾 142
2.脾腫 142
3.嚢胞 142
4.外傷 143
5.梗塞 143
6.Gamna-Gandy結節 145
文献 145
第5章 腎・尿路系 相部 仁 本田 浩 147
A 正常解剖 147
a)腎 147
b)尿管 149
c)膀胱 150
d)リンパ流 150
B 先天奇形 151
1.重複尿管 151
2.位置異常 153
3.馬蹄腎 153
C 非腫瘍性嚢胞性疾患 155
1.単純性腎嚢胞 155
2.Complicated renal cyst 155
3.多嚢胞症 157
D 血管性疾患 157
1.腎梗塞 157
2.腎動静脈奇形 160
3.腎動脈瘤 161
E 出血 163
被膜下血腫,腎周囲腔内血腫 163
F 炎症性疾患 164
1.腎結石,尿管結石 164
2.腎石灰化症 167
3.急性腎盂腎炎 169
4.気腫性腎盂腎炎 171
5.腎膿瘍 171
6.腎結核 173
7.黄色肉芽腫性腎盂腎炎 175
8.Replacement lipomatosis of the kidney 176
G 腎腫瘍 178
1.腎細胞癌 178
2.嚢胞性腎癌 183
3.Multilocular cystic nephroma 184
4.Bellini duct 腎癌 187
5.Oncocytoma 188
6.血管筋脂肪腫 189
7.悪性リンパ腫 191
8.転移性腎癌 192
9.腎盂移行上皮癌 192
H 膀胱の炎症性疾患 196
1.気腫性膀胱炎 196
2.嚢胞性膀胱炎 197
3.膀胱憩室 198
I 膀胱腫瘍 199
1.膀胱移行上皮癌(膀胱癌) 200
2.尿膜管癌 202
3.平滑筋肉腫 205
文献 206
第6章 副腎,後腹膜 田島 強 本田 浩 211
A 正常解剖 211
a)副腎 211
b)後腹膜腔 212
B 副腎の良性腫瘍 214
1.副腎腺腫 214
2.褐色細胞腫 215
3.副腎骨髄脂肪腫 219
4.副腎血管腫 221
C 副腎の悪性腫瘍 221
1.副腎皮質癌 221
2.転移性副腎腫瘍 223
3.神経芽細胞腫 225
D 副腎の非腫瘍性疾患 227
1.副腎皮質過形成 227
2.副腎血腫 228
3.副腎嚢胞 228
E 後腹膜腫瘤性疾患 229
1.脂肪肉腫 229
2.神経節細胞腫 231
3.神経鞘腫 231
4.類皮嚢胞,奇形種 232
5.平滑筋肉腫 234
6.下大静脈腫瘍 234
F 後腹膜非腫瘍性疾患 234
1.後腹膜線維症 234
2.後腹膜血腫 237
文献 237
第7章 男性生殖器 黒岩 俊郎 金子 邦之
A 前立腺 239
正常解剖 239
1.前立腺肥大症 240
2.前立腺癌 242
3.前立腺肉腫 244
4.前立腺嚢胞 245
B 睾丸および陰嚢 248
正常解剖 248
1.睾丸の腫瘍性疾患 249
2.睾丸の非腫瘍性疾患 250
第8章 女性生殖器 黒岩 俊郎 金子 邦之 257
A 子宮 257
正常解剖 257
1.発育異常(奇型) 258
2.子宮筋腫 258
3. 子宮腺筋症 263
4.子宮頚癌 265
5.子宮体癌 266
6.子宮内腫 271
B 卵巣 271
正常解剖 271
1.卵巣腫瘤 271
C 卵管 282
1. 卵管留膿腫,卵管卵巣膿瘍 282
2.卵管癌 283
D 絨毛性腫瘍 284
文献