このたび「図説 よくわかる臨床不妊症学 生殖補助医療編」を上梓する運びとなりました.
 このテキストは図説により初心者にも理解しやすい内容を目指し,現在本邦において生殖補助医療(ART)のフロントラインでご活躍されている先生方から,斬新かつ質の高い原稿を頂戴し,発刊させていただきました.また引き続きまして,本編の姉妹編である「図説 よくわかる臨床不妊症学 一般不妊治療編」も完成間近でございますので,ご期待下さい.
 現在わが国におきましては,少子化問題が深刻です.様々な原因が想定されていますが,男性の精液所見が徐々に低下してきていることを懸念する報告もあります.一方で男女ともに晩婚化が進み,しかも女性の社会進出はごく自然な形態という現実とは裏腹に,仕事を持つ女性が安心して妊娠・出産に臨んだり,育児のかたわら元通り職場へ復帰することが決して容易ではないことも,大きく関わっているのではないでしょうか.
 かねてより挙児を希望するにもかかわらず,その願いがかなわぬ不妊症のカップルは多数存在しました.ところがこのような現代社会におきましては,前述のような社会的要因によりタイミングを逸して高年齢になり,さあ子づくりを,と思い立った時はすでに卵巣予備能の低下をきたし,本来ならしなくてもよかった苦労を背負うカップルも増えてきているように思います.
 ところでわれわれ生殖医療の臨床現場に身を置く者は,不妊治療を提供することにより,少子化問題の解決への一助となることが可能であります.実際のところARTに限定しましても,現在国内で誕生する子供のうち,なんと65人に1人はART成功後の出産であることが発表されています.今後ますます不妊治療,ならびにARTの果たす役割が重要になってくることは明らかです.
 わが国では1980年台前半にARTの臨床応用が開始されましたが,四半世紀を経た現在,すでに世界でも超一流の水準に達しているものと考えられています.しかしながら,この領域はまさに日進月歩の勢いで進化を続けています.挙児を望むクライアントに対し,より確実性と安全性が高い診療を提供することにより,明るい未来に繋がるものと確信しています.不妊治療の現場で活躍される皆様が様々な疑問点に遭遇されました際に,このテキストが少しでもブラッシュアップに貢献できましたら幸いでございます.
 本編の構成は,「ARTの基本」と「ARTの実践」の2本立てとしています.前者ではARTに関わるサイエンスを中心に,一方後者ではARTの実践業務,ならびに将来展望をテーマとして取り上げました.是非とも多くの皆様にご覧いただければ幸いに存じます.
 末筆になりましたが,たいへんご多忙のところご執筆を賜りました先生方に,編集者一同,心より感謝申し上げます.

2007年7月吉日

柴原浩章
森本義晴
京野廣一


目次

【1】ARTの基本
1 受精 〈長谷川昭子・香山浩二〉
  A.精子側からみた“受精”
  B.卵子側からみた“受精”

2 培養環境の管理とリスクマネジメント 〈西原卓志・森本義晴〉
  A.培養室の設営と品質管理
  B.培養室内の機器と点検
  C.消毒・滅菌法
  D.リスクマネジメント

3 ICSIの基礎研究 〈柳田 薫〉
  A.上原らの研究成果
  B.Thadaniらの研究成果
  C.精子への物理的化学的刺激に対する受精能の安定性
  D.精子細胞の個体発生能

4 time-lapse cinematographyによるヒト初期胚発生の形態学的連続観察
                        〈上野ゆき穂・見尾保幸〉
  A.対象と方法
  B.初期胚発生過程の連続観察結果
  C.初期胚発生の時間経過
  D.IVF卵子とICSI卵子の胚発生速度の比較
  E.胚発生速度と胚のクオリティー
  F.細胞内小器官の動態
  G.卵割様式
  H.考察

5 胚の呼吸能の測定 〈阿部宏之〉
  A.電気化学的計測法と呼吸測定装置
  B.胚の呼吸量測定
  C.胚発生過程における呼吸量変化
  D.呼吸活性を指標にした胚のクオリティー評価
  E.呼吸測定装置の臨床応用

6 卵巣予備能の評価 〈吉田 淳〉
  A.年齢
  B.FSH
  C.E2
  D.卵巣容積
  E.胞状卵胞数
  F.喫煙
  G.その他
  H.卵巣予備能を評価した適切な卵巣刺激法

7 GnRH製剤の特徴 〈伊藤理廣・峯岸 敬〉
  A.GnRHとは
  B.体外受精の卵巣刺激
  C.GnRHアゴニスト
  D.GnRHアンタゴニスト

8 子宮内膜と着床 〈原 鐵晃〉
  A.いつ胚は着床するのか―implantation window―
  B.どこに胚は着床するのか―子宮内膜とは―
  C.どのように胚は着床するのか―着床過程とは―

9 黄体機能と着床 〈沖 利通・堂地 勉〉
  A.黄体機能不全の定義
  B.自然周期とその妊娠周期における黄体機能維持のメカニズム
  C.ARTにおける黄体機能維持の特殊性
  D.不妊治療における黄体機能不全の治療理論

10 着床前診断 遺伝病のPGD,習慣流産のPGS 〈竹下直樹〉
  A.着床前診断法
  B.遺伝子診断
  C.遺伝病のPGD
  D.習慣流産のPGS
  E.日本の現状と将来

【2】ARTの実践
1 体外受精・ICSIの適応 〈清水康史・久保田俊郎〉
  A.体外受精の適応
  B.ICSIの適応

2 外来管理法 〈笠井 剛〉
  A.卵巣刺激法
  B.正常群に対する卵巣刺激法
  C.低反応群に対する卵巣刺激法
  D.高反応群に対する卵巣刺激法
  E.ゴナドトロピン製剤について
  F.卵胞発育のモニタリング
  G.黄体期管理
  H.妊娠判定

3 採卵法 〈京野廣一・戸屋真由美・宇都博文〉
  A.採卵時に使用する資材
  B.採卵のタイミング
  C.麻酔法
  D.採卵の実際
  E.採卵時・後の合併症

4 体外受精に用いられる培養液 〈荒木康久・八尾竜馬・荒木宏昌〉
  A.胚培養液の種類
  B.培養液中の成分
  C.培養成績に影響する因子
  D.IVF-ETに用いられる各種培養液
  E.微小滴培養法とミネラルオイル

5 精子採取・調製法 〈黒田優佳子〉
  A.近年,男性不妊が増加する背景
  B.男性不妊治療にあたり認識すべき必要知識
  C.精子評価の重要性
  D.精子調製法・精子選別の重要性

6 手術的精子採取法 〈近藤宣幸・島 博基〉
  A.精巣上体からの採取法
  B.精巣からの採取法

7 標準体外受精の手技 〈角田啓道〉
  A.採卵前日の準備(Day−1)
  B.採卵当日の手技(Day0)
  C.受精確認(Day1)
  D.Day2における分割確認,初期胚移植
  E.Day3における分割確認,初期胚移植
  F.Day4における分割確認,桑実胚移植
  G.Day5における分割確認,胚盤胞移植
  H.成績

8 ICSIの実際 〈柳田 薫・片寄治男・藤倉洋子〉
  A.適応
  B.ICSI手技の実際
  C.成績
  D.安全性

9 卵の体外成熟(IVM) 〈森本義晴〉
  A.適応
  B.当院のIVMプロトコール
  C.IVMにおける投薬
  D.採卵方法
  E.培養法
  F.臨床成績と安全性

10 孵化補助法 〈矢野浩史・久保敏子・大橋いく子〉
  A.孵化補助法の種類と実際
  B.孵化補助法はどのような症例に用いられるのか?
  C.孵化補助法はどのように変化した透明帯に有効か?
  D.孵化補助法と一卵性双胎の発生
  E.考察

11 配偶子・胚の移植法 〈小林眞一郎〉
  A.経頸管的移植
  B.経子宮筋層移植
  C.卵管内移植

12 配偶子・胚の凍結保存法 〈向田哲規〉
  A.凍結保存についての概略
  B.胚の低温保存の方法・手順
  C.胚の低温保存の臨床成績
  D.精子の凍結保存法
  E.未受精卵の低温保存法
  F.胚の低温保存に関する考察

13 ARTによる多胎妊娠の発生予防法 〈柴原浩章〉
  A.多胎妊娠の問題点
  B.不妊治療と多胎妊娠
  C.eSET,eDETは妊娠率の低下なく多胎妊娠発生予防に貢献する

14 米国における日本人患者の非配偶者間生殖医療の現状 〈川田ゆかり〉
  A.IFCプログラム概要
  B.配偶者間体外受精プログラム
  C.着床前遺伝子診断プログラム(PGD/PGS)
  D.卵子提供プログラム
  E.代理出産プログラムおよびドナー卵子・代理出産プログラム
  F.非配偶者間生殖医療プログラムが米国加州で安全に行われている理由
  G.日本在住の患者が海外プログラムに参加することの負担
  H.潜在的な患者層
  I.日本での容認と実施への願い

15 生殖医学の将来展望―生殖再生医学の提唱 〈森 崇英〉
  A.生殖再生医学とは
  B.クローン技術と生殖再生医学
  C.胚性幹細胞
  D.生殖幹細胞
  E.エピジェネティクス
  F.生殖医療とエピジェネティクス

索引