第3版の序

 心電図トレーニングの姉妹版として発行された「不整脈トレーニング」がお陰様で御好評を頂きロングセラーになっておりましたが,その第2版が完売になるので改訂版を出してほしいとの薦めで,この際大改定をすることにしました.本著の意図するところは,通常の不整脈の解説書ではなく,不整脈の心電図をどのように解析して判読するのかを多数の実例でトレーニングすることにあります.すなわち,不整脈のリズムを色々な切り口で順序を追って多角的に解析する方法を習得し,次いで各種不整脈の分類の項で整理し,更に実例のQ&Aで不整脈心電図判読の実践を身に付ける順番になっております.心電図や不整脈を扱うなるべく広い領域の方々に,初心者にもわかり易く,なるべく図を多く,しかも新しい知見をも入れた豊富な内容に改訂するのにはかなりの時間と多大な努力が必要でしたが,何とか満足のいくものが出来上がったと思っております.「心電図トレーニング」でも努力した心電図の実例を可能な限り綺麗な図版でという願いを,中外医学社のスタッフの方々の努力で実現できたのも嬉しいことでした.本書の専門用語は「心電図トレーニング」と同様に日本心電学会の用語集,および日本循環器学会用語集の用語を使用し標準化をはかり,また本書が医師のみならず,研修生,学生,看護師,検査技師などの多くの方々に読まれることを考えて,蛇足ではありますが重要な用語には日本語・英語(カナで表音)を表記いたしました.

 今では心電図は一部の専門家だけのものではなく,あらゆる分野で利用され,将来は家庭用心電図が普及する時代が来ることも予想されます.心電図は不整脈の診断に必要不可欠な検査法ですが,多くの方々が本書により不整脈の判読に親しみを持って頂けるようになることを願っております.使用した不整脈の心電図は,現在なお私が診療をおこなっている日本大学板橋病院の不整脈専門外来で過去から現在までの私の診た多くの患者さん方のものから選択したものが中心となっております.ここに厚く感謝の意を表します.

 そして,本書の出版に際し,日本大学総長瀬在幸安博士,我が親愛なる日本大学医学部内科学講座内科2部門の素晴らしい仲間たち,本著の第3版への改訂を薦めて下さった中外医学社の青木三千雄社長と優れた企画でいつも私を支持して下さった荻野邦義氏,および編集の秀島悟氏をはじめスタッフの皆様に感謝いたします.

  2003年8月

    著 者

 長年にわたる日中共同研究で訪れた西域のオアシスの集落には,我々の疲れを癒してくれた風物が多数ありました.本書の各部の扉にはイラストが入る予定でしたが,頭を休める意味を含めて私が撮影した写真をいくつか載せてみることにしました.勉強の旅の疲れをオアシスで癒して頂ければ幸いです.

そして,素晴らしき仲間たちとともに……

 霞のような砂塵の中から,親子3人を乗せた驢馬車が現れ,また霞の中に消えていく.ポプラ並木が交錯する薄緑の中から山羊と少年が出てきた.真紅の絹の民族衣装を着たウイグル族の美しい少女が祖父を気遣いながら手を曳いて歩いている.白く水っぽく熟した桑の実を採りながら歩ける道がある.

 私はシルクロードの砂漠のまち,ホータン地区サンプラ郷の村の中にしばし呆然と佇んでいた.

 この約20年間,中国新疆医科大学との交流と西域の少数民族を対象にした日中共同研究で毎年のように中国西域を訪れ,天山北路・天山南路・西域南路の平原やオアシスの郷を車で走り回った.延べ数万キロになる道はしかし私には果てしない,遥かなる道であり,今もなお行き着く先がないかのようである.

 彼方の峠まで延びている一本の道,峠を越えるとまた更に遠くまで伸びた道の先に次の峠がある…….医学部4年生のときに出会った心電図から既に40有余年経て,私は未だ心電図に関わっている.素晴らしい人々との出会いがあり,喜びがあり,悲しみがあり,そして更にその先の峠を目指して素晴らしい仲間たちと今もなお歩き,私の夢は果てしない.そして私とともにこの長き掛け替えの無い道を常に一緒に歩き続けてくれた妻千代子に心から感謝の意を表したい.……有難う!

 医学部教授を定年退職した後の現在も,客員教授として付属板橋病院の不整脈専門外来を担当しているのも,斉藤穎教授をはじめ素晴らしい第二内科の仲間たちに囲まれているからである.また,私どもの所で研究された新疆医科大学の仲間たちも帰国して素晴らしい活躍をしている.ここにその仲間たちの名を記念に記しておきたい.

〈日本大学医学部〉

小沢友紀雄(医学部第二内科学教室前教授:現日本大学客員教授・新疆医科大学客員教授)

斉藤 穎(日本大学医学部教授:循環器部長)

以下内科2部門心臓研究班のスタッフたち.

渡辺一郎(講師),森内正人(医長),本江純子(医長),笠巻祐二(室長),鎌田智彦,荒木康史,梶田潤一郎,小島利明,近藤一彦,花川和也,神田章弘,國本聡,堀内孝一,高岩良明,中井俊子,柳川新,高山忠輝,矢嶋純二,押川直広,中山清和,飯島潔,杉村秀三,猿谷忠弘,進藤敦史,知久正明,大久保公恵,東海康太郎,橋本賢一,山崎陽子,正木理子,小船達也,名和剛,安藤英之,原澤一雄,遠藤正賢,小谷素子,高木康博,脇田理恵,山田健史,石川範和,大矢俊之,奥村恭男,川内千徳,赤羽正史,芦野園子,大田昌克,小船雅義

教授秘書:小林絵利 心臓班秘書:西宮沙和子

〈新疆医科大学〉(日大第二内科心臓研究班への留学経験者)

何乗賢(教授),肉孜阿吉(教授),程祖享(教授),楊新春(現北京首都医科大学教授),張幼怡(現北京医科大学教授),馬依彰(教授),穆玉明(教授),買蘇木馬合木提(教授),徐新娟(助教授),多里坤(講師),托哈依加孜那(講師),朱馬白麦薫帯(講師),布加爾(講師)


目 次

第I部 不整脈判読に必要な基礎知識とそのトレーニング  1

A.不整脈の理解に必要な刺激伝達系の基礎的知識  2

 1.洞結節  2

 2.結節間伝導と心房の興奮  3

 3.房室結節  4

 4.ヒス束  5

 5.右脚と左脚  5

 6.プルキンエ線維  6

B.不整脈の心電図波形に馴れるためのトレーニング  7

 1.心電図の波形の意味は?  7

 2.心電図波形はどう表現するか?  8

  心電図波形の種類と命名  8

  (1)P波とTa波  8

  (2)P波の形と極性(陽性か陰性か)  9

  (3)QRSの形と命名  9

  (4)T波とSTの形とQT時間(QT間隔)  11

  (5)実際の不整脈の心電図波形の命名  12

 3.波形のタイミングの見方は?  13

  (1)P波が他の波形に重なったときの判別  14

  (2)P波同士とQRS同士のタイミングをよくみましょう  15

  (3)QRSの形が変わるとT波の形も変化します  15

  (4)不整脈の実例でPBP間隔とRBR間隔のタイミングをみましょう  16

 4.幅の狭いQRSと広いQRSとは?  17

 5.心拍数の簡単な見方は?  18

第II部 不整脈判読のポイント  19

A.基本になっている調律は何か?  20

 1.洞調律の判定  21

 2.異所性調律の判定  23

  I.上室調律の判定のポイント  24

  (1)心房(上部)にペースメーカーがあるとき  25

  (2)左房にペースメーカーがあるとき  26

  (3)房室接合部付近(心房下部を含む)にペースメーカーがあるとき  28

  (4)移動性ペースメーカー  32

  II.心室調律の判定のポイント  33

  III.心房粗動の判読のポイント  38

  IV.心房細動の判読のポイント  42

B.不整脈のおこり方はどうか?  48

 1.基本調律が整な場合  48

 2.基本調律が不整な場合  58

 3.RBRが途中で突然長くなった場合  60

  (1)洞結節からの刺激がときどき出なくなる場合(洞停止)  60

  (2)洞結節から刺激が規則的に出ていて,ときどき心房へ伝導されない場合  61

  (3)洞調律の心房の興奮がときどき心室へ伝導されなくなる場合  61

  (4)心室に伝導されない上室期外収縮  64

 4.RBR間隔が長い場合  65

  (1)P波とともに長い場合(洞徐脈)  65

  (2)PBP間隔の整数倍の長さのRBR間隔を示す場合  65

  (3)P波が不明な場合(洞停止あるいは洞房ブロック)  65

  (4)P波とQRSが無関係な場合(完全房室ブロック)  66

まとめ  67

C.不整脈出現時の波形の区別の仕方  68

 1.通常の洞調律のときの各心拍の波形はどうか?  68

  (1)洞調律の心電図波形  68

  (2)正常洞調律の時間関係  71

 2.P波を他の類似波形から区別するためには  72

 3.P波が他の波形に重なっているのを見分けるには  73

 4.幅広く変形したQRSをみたときにはどう考えたらよいか  76

  (1)ペースメーカーは房室接合部より上部にあるが,心室内伝導異常がみられるもの  76

  (2)不整脈発生の源が心室内のヒス束を除いてそれよりも下方にあるもの  78

  (3)心房の興奮が正常の伝導路を通らずに心室へ伝えられるとき  80

D.頻脈発作の心電図判読のポイント  82

 1.幅の狭いQRSの頻拍(narrow QRS tachycardia)  83

  I.発作性上室頻拍の機序による分類  84

  (1)洞結節リエントリー(回帰)性頻拍  84

  (2)心房内リエントリー(回帰)性頻拍  84

  (3)房室結節リエントリー(回帰)性頻拍  85

  (4)房室リエントリー性頻拍  89

  II.房室リエントリーの3つの型  90

 2.幅の広いQRSの頻拍(Wide QRS tachycardia)  93

  (1)心室内伝導異常のある上室頻拍  93

  (2)心室頻拍  95

  (3)偽性心室頻拍  96

E.不整脈の解析図の作り方  98

 1.洞調律の場合  98

 2.上室不整脈の場合  99

 3.心室不整脈の場合  102

F.どんな誘導が不整脈の解析によいか  103

G.不整脈判読のヒント  105

第III部 主な不整脈の種類と所見のまとめ  107

A.頻脈性不整脈  108

 1.洞頻脈  108

 2.期外収縮  109

  I.上室期外収縮  109

  II.心室期外収縮  113

 3.副収縮  119

 4.上室頻拍  120

 5.心室頻拍  123

 6.心房粗動と心室粗動  133

 7.心房細動と心室細動  136

  I.心房細動  136

  II.心室細動  138

B.徐脈性不整脈  140

 1.洞不全症候群  140

  I.I型 洞徐脈  140

  II.II型 洞停止と洞房ブロック  141

  (1)洞停止  141

  (2)洞房ブロック  142

  III.III型 徐脈頻脈症候群  143

 2.房室ブロック  144

  I.第1度房室ブロック  144

  II.第2度房室ブロック  145

  (1)第2度I型(Wenckebach型)房室ブロック  145

  (2)第2度II型(Mobitz II型)房室ブロック  147

  (3)2:1房室ブロック  147

  III.高度房室ブロック  148

  IV.第3度(完全)房室ブロック  148

C.心停止  151

D.人工ペーシングの心電図  153

  (1)心房ペーシング  154

  (2)心室ペーシング  155

  (3)心房心室ペーシング  157

  (4)ペーシング不全とセンシング不全  160

第IV部 不整脈判読のトレーニング  163

  (Case 1〜Case 74のQ&Aによるトレーニング)

巻末部 不整脈の治療と電気生理学的基礎知識  351

巻末第1部 不整脈治療の要点  352

 1.不整脈の診断と治療の要否  352

 2.治療を要する不整脈は?  353

  (1)致死的およびそれに移行する可能性のある不整脈  353

  (2)血行動態を悪化させる不整脈  353

  (3)症状の強い不整脈  353

  (4)頻脈発作の引き金になる不整脈  354

  (5)突然死を起こす可能性のある特殊な不整脈  354

  (6)慢性心房細動  354

  (7)慢性心室性不整脈の治療の判定  355

 3.抗不整脈薬  357

巻末第2部 不整脈の判読に必要な電気生理学的基礎知識の要点  360

 1.静止電位と活動電位  360

 2.心臓内の主な部分の活動電位の特徴  361

 3.活動電位の発生と伝導の機序の要点は?  363

  (1)細胞膜の静止状態でのイオンの分布はどのようになっているのでしょうか?  363

  (2)活動電位の成立メカニズムはどうなっているのでしょうか?  364

  (3)活動電位と不整脈の関係  366

 4.不応期と過常期  367

掲載心電図一覧  369

索引  377