改訂にあたり
 ちょうど,5年前,2000年3月に,本書の初版が上梓され,幸いにも,多くの読者を得ることができました.そして,この5年間に,放射線治療をとりまく環境は大きく変化しました.
 高齢化に伴って,癌による死亡が急増するなか,放射線治療にますます注目が集まっています.現在,癌患者の4人に1人が放射線治療を受けていますが,2015年頃には,世界各国なみの2人に1人の割合になります.そのころには,国民の2人に1人が癌で死亡しますので,単純に計算すると,日本人全体ののべ,4人に1人程度が放射線治療を受ける計算になります.放射線治療が,メディアなどでも取り上げられる機会も増えました.この治療が,日本社会にとって,重要なインフラであるという認識は深まってきたといえるでしょう.
 一方では,定位照射や強度変調放射線治療などの新たな治療技術が,一般の方にまで知られようになった反面,誤照射事故が多数報道されました.放射線治療の品質管理を担当すべき物理専門家が不在であることも,問題となりつつあります.相変わらず,放射線治療の専門医も500名程度と,信じがたい人手不足のままです.人材育成が今後の大きな課題でしょう.
 こうした流れを意識しながら,最新の情報を加えながら,本書の改訂を行いました.改訂版でも,放射線治療の入門書として広い読者層を想定しています.特に,放射線治療を専門としない各科の医師,診療放射線技師,看護師,さらには医学生,技師学生,看護学生でも読みやすいように配慮している点は,初版と変わりません.また,医学物理士などに関心のある技師諸君や理工系の人材にとっても,癌診療と放射線治療のよい入門書となると期待します.
 今回の改訂でも,中外医学社の小川孝志氏に大変お世話になりました.この場を借りて,感謝の意を表します.

   2005年3月
   東大病院 放射線科助教授  中川恵一



 私が入局間もない頃に出席した日本医学放射線学会関東地方会で,当時の放射線治療の大御所の先生が「放射線治療の成否は7割が病理組織型に,2割が治療する側の熱意に,残りの1割が装置(すなわち治療法)に依存している.」といわれたのを記憶している.放射線治療に限らず,すべての治療の成否は相手とする疾患の悪性度に大きく依存していることを冷静に分析した上でのご意見であったのだと思われる.しかしそれにしても治療法の内容が寄与する度合いが低すぎはしないだろうか? このような治療法への過少評価が,放射線照射を行いさえすれば詳細は関係なしとする風潮につながり,ひいては我が国における放射線治療の方法論の標準化や最適化に対する取り組みを遅らせてきた一面がありはしないだろうか?

 1970年代後半以降,X線CT,MRIそして各種の造影剤などの放射線診断あるいは画像診断の技術革新はめざましいものがある.ともするとその影に隠れがちではあるが,放射線治療の分野でも定位放射線治療,粒子線治療,そして病巣の線量分布の最適化をめざすIntensity Modulated Radiotherapy(IMRT)と続々と新たな技術が診療に導入されている.このような「切れ味の鋭い」最新の治療法を,照射方法の詳細を問わない従来の姿勢で使いこなすことはできるのだろうか?

 中川恵一講師が執筆した「癌放射線治療ハンドブック」はこのような危惧に対する放射線治療専門医からの一つの解答である.本書では放射線治療の理論的背景と主な方法論をまとめた総論に引き続いて,放射線治療の対象となりうる全身の悪性疾患を26のカテゴリーに分類し,それぞれについて治療方針とその判断基準となる病期分類,具体的な治療方法,いままでに集積された治療成績が記載されている.特にこれまでに報告された知見を「エビデンス」としてまとめた点に,個人的な思い入れを排除した客観性の高い放射線治療の確立をめざす執筆者の明確な意図が感じられる.

 放射線治療に携わっている医師,診療放射線技師の方々は知識の整理とリフレッシュのために,これから放射線治療の専門家をめざす若い方々は最適の入門書として,おおいに本書を活用されることを願っている.

2000年3月6日

東京大学医学部附属病院放射線科 大友 邦


目次

1.総論  1
  A.治療に用いられる放射線の種類と装置  1
  B.治療計画と線量分布  2
    治療計画  2
    照射技法  3
    強度変調放射線治療
       (intensity modulat-ed radiation therapy: IMRT)  4
    照合  5
    密封小線源治療  5
    定位照射  5
  C.放射線生物学  6
    時間的線量配分  6
    放射線効果の修飾  7
    正常組織耐容線量と腫瘍致死線量  9
  D.放射線治療の適応  10
    TNM分類  10
    適応の決定  11
    根治的放射線治療  11
    姑息的放射線治療  12
2.脳腫瘍  13
3.口腔・口唇癌  17
4.上顎癌  21
5.上咽頭癌  23
6.中咽頭癌  26
7.下咽頭癌  29
8.喉頭癌  32
9.食道癌  35
10.胃癌  39
11.肝・胆道癌  40
  A.胆管癌  40
  B.胆嚢癌  41
  C.肝癌  41
12.膵癌  43
13.肺癌  45
14.縦隔腫瘍  49
15.乳癌  50
16.直腸癌  57
17.子宮頸癌  59
18.子宮体癌  63
19.膀胱癌  65
20.前立腺癌  67
21.睾丸腫瘍  71
22.Hodgkin病  73
23.非Hodgkinリンパ腫  77
24.白血病  81
25.骨腫瘍  83
26.軟部組織・皮膚腫瘍  85
27.小児癌(Wilms' tumor,neuroblastoma)  87

索 引  91