われわれは痛みを経験しても普通は時とともに忘れてしまうものである.どんなに強い痛みでもそれが無くなって過去のものとなれば痛みを思い出すことは難しくなる.更に悪いことにほかの人間の痛みをわれわれは感じることができない.ほかの人間の痛みを感じることができるのは想像力豊かな感性の高い人である.しかし病変を手術などで取り除くことができなくなった癌患者さんの痛みは永遠に続くのであってその痛みを生きているうちにとってあげてこそ安らかな死を迎えられるものである.一般の人は痛みに苦しんでいる両親や兄弟の痛みを想像力豊かに受けとめることはできても,痛みを取ることに役立つことは難しい.しかし医師は癌患者さんの痛みを取り除きあるいは和らげることができるばかりでなく,患者さんのそばで同じように痛みを感じている家族の心の痛みを取ることができる.
 ある高名な文学者がその弟子の高名な作家にあるとき次のことを言われたといいます.「死ぬことは怖くない.」「しかし,そのときに痛みが少ないことだけを願っている.」これはすべての人の思いであろう.いまや多くの癌患者さんは一人一人にあった薬物療法などによりほとんどの癌性疼痛を取り除くことができるようになった.しかし現実に目を向けるとどうであろうか.先進諸国と比較して,わが国では癌の痛みに関して十分な治療が行われているとは言い難い.これには文化の違い,麻薬系鎮痛薬に対する根強い偏見,教育不足など多くの要因がある.本書は患者さんの主治医になる一人一人が緩和医療の知識を持つ必要があると考えて,編集者らが中心となって病院の医療端末に掲載した緩和医療のためのマニュアルに加筆したものである.研修医,主治医,看護師など多くの医療従事者に読んで頂き,癌性疼痛に苦しむ患者さんと家族のために役立つことを願っている.

平成19年2月19日
東京医科歯科大学大学院心肺統御麻酔学教授 槇田浩史


目次

第1章 総論的知識
1.がん疼痛治療の概要
 A.世界の動きと日本の位置づけ
 B.医療用麻薬に対する誤解
 C.わが国におけるがん疼痛治療の整備
 D.緩和ケア病棟,緩和ケアチームが必要
 E.在宅緩和への流れ

2.WHO方式がん疼痛治療法
 A.がん疼痛治療の目標
 B.鎮痛薬投与の基本原則
 C.WHO方式がん疼痛治療法の有効性

3.副作用対策
  ■悪心・嘔吐
  ■便秘
  ■眠気
  ■呼吸抑制
  ■幻覚,錯乱
  ■口内乾燥,口渇
  ■発汗
  ■そう痒感
  ■排尿障害
  ■ふらつき,めまい

4.がん性疼痛に対する神経ブロックの有効性
 A.適応基準
 B.神経ブロックの利点・欠点
 C.神経ブロックの種類

5.放射線治療
 A.がん緩和医療における放射線治療の適応
 B.主な対象
  ■骨転移
  ■脊髄圧迫症候群→緊急照射の適応
  ■Pancoast型腫瘍
  ■脳転移
  ■腫瘍からの出血
  ■上大静脈症候群
  ■閉塞性黄疸
 C.放射線障害
 D.放射線治療にかかる費用

6.経口製剤
 A.NSAIDsの使い方
 B.NSAIDsで除痛効果が不十分のときは
    経口オピオイド
 C.即効性オピオイドの使い方
 D.モルヒネ徐放製剤
 E.オキシコドン徐放製剤
 F.経口オピオイドの増量のしかた
 G.経口摂取が不可能になったとき
 H.いつオピオイドは中止すべきか

7.注射製剤
 A.持続皮下注入法と持続静脈内注入法
  ■デバイス
  ■投与量の決定
  ■持続皮下注入法
  ■持続静脈内注入法
 B.硬膜外投与法およびくも膜下投与法

8.フェンタニル貼付剤(デュロテップパッチ)

9.鎮痛補助薬
  ■鎮痛補助薬とは
 A.使用原則
 B.主な薬剤
  ■抗けいれん薬
  ■抗うつ薬
  ■抗不整脈薬
  ■ケタミン(ケタラール)
  ■デキストロメトロルファン(メジコン)
  ■コルチコステロイド
  ■ビスホスホネート(アレディア,ビスフォナール,ゾメタ),
   カルシトニン(エルシトニン)
  ■バクロフェン(ギャバロン,リオレサール)
  ■クロニジン(カタプレス)
  ■オクトレオチド(サンドスタチン)
  ■ガバペンチン(ガパペン錠)

10.がん患者の苦痛,がん疼痛の評価
 A.がん患者の全人的な痛み
 B.痛みの評価法

第2章 具体的対応
1.オピオイド開始時の処方例
 A.オピオイド投与開始時に同時に処方されることの多い薬
 B.処方例
  ■処方例1(経口投与の例)
  ■処方例2(経直腸投与の例)
  ■処方例3(静脈内投与の例)
  ■処方例4(皮下投与の例)
  ■処方例5(骨転移痛を伴う場合)
  ■処方例6(小児の場合)
  ■処方例7(高齢者の場合)

2.腎・肝機能障害時の減量処方
 A.腎機能障害時の減量処方
 B.肝機能障害時の減量処方

3.オピオイドによる鎮痛が不十分な場合の対応
 A.オピオイドの投与量が疼痛のレベルに対して少ない
 B.オピオイドが効きにくい疼痛

4.オピオイドローテーション
 A.オピオイドローテーションを考慮する状況
 B.投与経路,オピオイドの選択
 C.モルヒネ投与経路の変更のしかた
 D.モルヒネ,オキシコドンからデュロテップパッチへの変更のしかた
 E.デュロテップパッチからモルヒネ,オキシコドンへの変更のしかた
 F.大量のオピオイドからのローテーション

5.疼痛以外の症状への対応
 A.口腔ケア・口腔内の症状
  ■口腔ケア
  ■口内乾燥
  ■口内炎
  ■味覚の変化
 B.消化器の症状
  ■嘔気・嘔吐
  ■食欲不振
  ■脱水
  ■嚥下困難,食道狭窄
  ■胸焼け,胃もたれ
  ■腹痛と機械的消化管閉塞
  ■便秘
  ■下痢
  ■腹水
 C.呼吸器の症状
  ■胸水
  ■呼吸困難,呼吸困難感
  ■死前喘鳴
  ■吃逆
  ■咳嗽
 D.皮膚の症状
  ■褥瘡ケア
  ■悪臭
 E.不眠の分類と治療
 F.高カルシウム血症
 G.全身倦怠感
 H.苦痛緩和のための鎮静

6.精神症状の評価と対応
 A.抑うつ
 B.不安
 C.せん妄

第3章 環 境
1.麻薬の管理と実際
 A.麻薬取扱者免許と事務手続
 B.麻薬の施用・交付・処方せんの交付
 C.麻薬の管理
 D.その他
  ■携帯輸入・携帯輸出

2.医療ソーシャルワーカーの役割

3.在宅ケア,ホスピス,緩和ケアと相互の連携

付録 参考図書
   参考HP
   薬剤一覧

 事項索引
 薬物索引