はじめに

 神経疾患に苦しむ患者さんの数は多く,しかも高齢になるほどその数が多い.このことは,神経疾患に対する正しい理解がどんな医者であれ必要であるということを意味している.例えば,外科と神経内科というのはあまり関係がないように思われがちである.高齢になって発症することが多い病気の1つに,パーキンソン病という病気がある.この病気を有する方が,胃がんと診断されたとしよう.手術を目的に外科の病棟に入院することになった.このような場合,外科医はパーキンソン病にはどのような薬が用いられているか,手術をする時その薬を急に中止せざるを得ないことがあるがその時何がおこりうるのかなどの,パーキンソン病についてのごく初歩的な理解が必要である.これはほんの一例であるが,このようにどの科の医者であろうが,将来どの科を専攻しようが,医者を続けていく限り神経疾患を有する患者さんに会わないようにしていくことは不可能である.
 しかしそういわれても現実には「神経疾患は難しい」と一般の医師,研修医からは敬遠されがちである.それはなぜであろうか.
その理由として,神経疾患の種類の多さがまずあげられる.神経疾患は中枢神経系の病気,末梢神経系の病気,筋肉の病気などに分けられている.それぞれについて数限りない病気が存在する.
 しかし,病気の種類が多いことだけが問題なのではないと考えられる.まじめな医師ほど“神経の病気の理解には,まず神経系の解剖,神経系の機能,神経系の薬理を理解しなくてはならない”と考えたのではなかろうか.そして勉強を始めてみたものの,例えば顔面神経の走行などすぐ忘れてしまう.とても神経の病気の全体的な理解など無理だと思って,本を投げ出してしまったのではなかろうか.
 この本は,いろいろな用語をまず定義して,それから個々の神経疾患の解説をするという書き方はしていない.また神経解剖,分子遺伝学などについてもごく簡明にしか触れられていない.特に前半をお読みいただければおわかりになると思うが,実際の臨床場面でどういう神経内科臨床が行われているのか,神経内科医はどう考えて日々の臨床を行っているのかが書かれてある.
 本書の構成を述べる.この本の前半部分は,ある医学部の学生2名と神経内科専門医との対話が書かれている.その専門医のもとに,夏休みを利用して2名の学生が病院実習にくる.かれらの対話を通して,神経疾患の診断とは何か,筋疾患,末梢神経疾患,脊髄疾患,脳幹,大脳疾患などについてそれらの部位が障害されるとどうなるか,またその部位に病気があると推定する診察の仕方はどうであるか,またその部位に病気があることをどの検査で確かめるのかがだんだんと説明される.後半部分は,神経疾患のうちで比較的頻度が高いものを取り上げて説明している.この本の前半でわからないことがでてきたら,ちょっと後半の担当箇所をみていただきたい.また後半でわからないことがでてきたら,前半を読み返していただけると幸いである.前半は武田が担当し,後半は水野が担当した.
 この「はじめての神経内科」は,本格的に神経内科を学ぼうとする人にとって,神経内科の一歩手前を解説したものである.この本をきっかけにして神経内科の方に一歩踏み出していっていただけたら,これは著者にとって大きな喜びである.
 今回中外医学社から「研修医,学生向けに神経内科の本を」とお申し出をいただいた.一部拙著「やさしい神経疾患」(日本医事新報社)を参照したが,内容は一新されている.担当された中外医学社小川孝志さんに感謝申し上げる.

2007年6月
武田克彦


目次

Part1 はじめての神経内科

第1章 東京の暑い一日
 神経内科の外来にて
 神経内科の病棟にて
 実習初日の朝 病院にて
 神経内科における診断とは
 筋肉が障害されると

第2章 実習2日目
 筋肉に障害があることを確かめる方法について
 末梢神経の障害について
 筋電図,末梢神経の伝導速度について
 末梢神経伝導速度の測定

第3章 実習3日目
 2人は筋生検をみる
 筋生検とその後の処理について
 神経生検について
 単ニューロパチーについて
 脊髄が障害されるとどうなるかについて
 脊髄の障害を確かめる方法について

第4章 実習4日目
 脳神経が障害されるとどうなるかについて
 脳幹が障害されると
 小脳が障害されると
 大脳が障害されるとどうなるか(視床,内包,基底核)
 大脳が障害されると(大脳皮質)
 脳幹・大脳の障害を確かめる方法

第5章 実習5日目
 神経疾患の診察法
 5日目午後 続き

第6章 5日目の夜
 高次脳機能障害について
 その日の夜,お酒を飲みながら


Part2 神経内科領域の主要疾患

第1章 筋肉の病気
 A.皮膚筋炎,多発性筋炎,封入体筋炎
 B.進行性筋ジストロフィー
 C.筋緊張性ジストロフィー
 D.周期性四肢麻痺
 E.甲状腺機能低下症に伴う筋障害
 F.アルコールミオパチー

第2章 神経筋接合部の病気
 A.重症筋無力症
 B.ランバート−イートン症候群

第3章 末梢神経の病気
 A.ギラン−バレー症候群
 B.慢性炎症性脱髄性多発神経根ニューロパチー
 C.多巣性運動ニューロパチー
 D.M蛋白血症に伴うニューロパチー
 E.血管炎によるニューロパチー
 F.感染によるニューロパチー
 G.糖尿病性ニューロパチー
 H.尿毒症性ニューロパチー
 I.ビタミン欠乏性ニューロパチー
 J.重金属によるニューロパチー
 K.薬剤性ニューロパチー
 L.遺伝性ニューロパチー
 M.遅発性の尺骨神経麻痺
 N.手根管症候群
 O.特発性の末梢性顔面神経麻痺(Bell麻痺)

第4章 脊髄疾患
 A.脊椎椎間板ヘルニア
 B.変形性頸椎症
 C.脊髄空洞症
 D.脊髄動静脈奇形
 E.脊髄梗塞
 F.脊髄炎
 G.ヒトTリンパ球向性ウイルス1型関連脊髄症

第5章 脳血管障害
 A.脳梗塞
 B.一過性脳虚血発作(TIA)
 C.血管性痴呆
 D.脳アミロイドアンギオパチー
 E.CADASIL
 F.脳出血
 G.クモ膜下出血(脳動脈瘤)
 H.脳動静脈奇形
 I.もやもや病(Willis動脈輪閉塞症)
 J.高血圧性脳症

第6章 変性疾患
 A.アルツハイマー病
 B.前頭側頭葉変性症
 C.皮質基底核変性症
 D.進行性核上性麻痺
 E.パーキンソン病
 F.びまん性レビー小体病
 G.多系統萎縮症
 H.脊髄小脳変性症
 I.筋萎縮性側索硬化症(運動ニューロン疾患)

第7章 てんかん

第8章 代謝疾患
 A.肝性脳症
 B.亜急性連合性変性症
 C.ウェルニッケ脳症
 D.遺伝性代謝疾患

第9章 脱髄疾患
 A.多発性硬化症
 B.急性散在性脳脊髄炎

第10章 感染症
 A.細菌性髄膜炎
 B.結核性髄膜炎
 C.ウイルス性髄膜炎
 D.真菌性髄膜炎
 E.脳膿瘍
 F.硬膜下膿瘍
 G.ウイルス性脳炎
 H.進行性多巣性白質脳症
 I.HIV脳症
 J.プリオン病

第11章 頭 痛
 A.片頭痛
 B.群発頭痛
 C.緊張型頭痛
 D.特発性頭蓋内圧亢進症

索 引