To cure sometimes, to relieve often, to comfort always. ヒポクラテス

 私の座右の銘である.私は,医学部卒業後,自分の力だけで患者を治したという実感を得たことは無い.こういうとよく同僚の医師に叱られるのだが,治る人は別に誰が診ても(ほとんど患者自身の力で)治るという気がしてならないし,医師という職業が“楽しくて楽しくて仕方がない”仕事と感じることに難を覚えている.しかし,不思議ではあるが,それでも患者はそんな医師にすがるものである.それは医師に comfort(慰め)を求めているからではないかと思わざるを得ない.私にはそこに医師が人間でなければならない最大の理由があると思うし,自分が医師になって良かったと唯一思えるところなのである.つまり,もし単に知識や技術だけが医師に求められるものであれば,コンピューターやロボットが医師に取って代わる時代がくるであろうし(その方が,医療過誤もなくなるであろう),私としても医師という職業に魅力を感じなくなる気がする.しかし,患者が comfort を医師に求めるのは,医師という professionalism への信頼と敬意を持っているからに違いない.そうであれば,医師はその期待に応えるべく,恥ずかしくない技術と知識を常に蓄えるべきであろう.そこに,我々臨床医が良心を持って,常に患者のためになりうる臨床の知識と技術を磨かなければいけない大きな理由がある.それを持って,苦しみを共有し,常に comfort を与えられるような医師になるのが,私の目標である(この点に関し,私は未だに医師としても人間としても未熟で,先は長いが).

 この本は私が日本と米国での臨床研修の中で得てきた知識や技術をまとめたものである.私には新たな知識や技術を自ら生み出す能力はあまり無いが,多くの人たちから教えを受け,学んだことをまとめたりする能力は少々あると思っている.私が学んだ知識や技術はまだまだ不十分なものではあるかも知れないが,私が今まで数々の尊敬する先生方に教えて頂いたことをまとめて,若い医師の人に少しでもそのエッセンスを伝えることも,私を信頼してくれる患者に対して私ができる数少ない“報い”ではないかと思っている.

 本の内容についてだが,いわゆる“保存期腎不全”を念頭においている.透析期の管理に関する本は非常に多くの優れた本が存在するが,保存期腎不全に焦点をおいた本は数少ないからである.

 最近,アメリカで腎不全を含めた腎機能低下・腎障害を慢性腎臓病(CKD: chronic kidney disease)という言葉で統一する動きがあり,日本にも急速に浸透しつつあるため,本書でも腎不全と CKD をほぼ同義的に(実際は違うが)使っている,また第 2 章で CKD の概念について触れることにした.この本はいわゆるマニュアル本と違い,一度,きちんと理解を深めたい医師を念頭において,細かい点にまで触れている.一方で,基本的に“総論”に重点をおいている.各論は細かくなりすぎるきらいがあると思われるので,できる限り簡潔にしたつもりである(著者の性格上,それでも細かい点はあるかも知れないが).また,治療などは日進月歩であり,ある日の常識は次の日には非常識となっていることも実際ありえる.なるべく最新の情報となるように努めたが,すぐに古い内容になる可能性も高く,そのあたりは御勘弁を頂きたい.また本書は全て 1 人で担当しているが,その欠点(著者の理解度によって内容に差が出るなど)もあるが,良い面(一貫した内容となるなど)も多いと個人的には思っている.

 最後に,この本を出版するにあたり,私に知識や技術を授けて下さった数多くの恩師や同僚,そしてこの本の出版に尽力下さった中外医学社の皆様に御礼を申し上げたい.そして,何よりも,いつも心の支えになってくれている私の家族に感謝の気持ちを記したい.

2006 年初夏
東京大学医学部附属病院 腎臓内分泌内科 
柴垣 有吾


目 次

第 1 章◆はじめに:症例からみる腎不全患者管理における幅広い視点の必要性  1

第 2 章◆慢性腎臓病とは? 慢性腎不全とは?  4
A.腎不全の分類とCKDの概念  5
  1.従来の腎不全の分類
  2.新しい腎不全の分類:CKD(Chronic kidney disease)の概念
B.CKD発症のリスクファクター  7
C.腎機能の評価法  8
  1.腎機能の指標としての血清クレアチニン値
  2.クレアチニン逆数(1/Cre)プロットによる経時的腎機能評価
  3.血清クレアチニン値からの糸球体濾過率GFRの推定法
  4.血液検査と蓄尿検査からの推定法(クリアランス法)
  5.核医学検査を用いた方法
D.腎障害の評価法  19
E.尿蛋白の評価法  20
  1.尿蛋白とは?
  2.尿蛋白の定性的検出法
  3.尿蛋白量の定量的評価法
  4.微量アルブミン尿
F.腎不全,CKDの進行と自然経過  24
G.CKDのアウトカムとしての合併症  27

第 3 章◆腎不全を診るためのテクニック  31
A.腎不全・CKD患者の病歴聴取のポイント  31
B.腎不全・CKD患者の身体診察法のポイント  37
 B−0.尿毒症の身体所見  38
 B−1.バイタルサイン  38
  1.血圧・脈拍
  2.体重
  3.尿量
 B−2.浮腫  40
  1.浮腫のメカニズム
  2.全身性(非局所性)浮腫の原因
  3.浮腫の診察
 B−3.頚静脈の評価  42
 B−4.脱水症の身体所見からの診断  43
  1.脱水症の分類
  2.脱水症における身体症状・所見
  3.断水症の診断
 B−5.動脈硬化・血管雑音  46
  1.末梢血管動脈硬化病変の診察
  2.腎動脈狭窄の診察
 B−6.重要な皮膚所見  48
C.腎不全における腎臓病診断のための検査  49
 C−1.尿検査から得られる情報  49
  1.尿定性検査
  2.尿沈渣
 C−2.各種臨床状況における診断のための検査  53
  1.蛋白尿・糸球体性血尿がある(糸球体腎炎が疑われる)場合
  2.尿細管・間質障害が疑われる場合
  3.進行した慢性腎不全が疑われる場合
  4.急性腎不全が疑われる場合
  5.脱水が疑われる場合
D.腎不全における画像診断の役割  57
  1.腎臓超音波検査(腎エコー検査)
  2.ドップラー腎エコー検査
  3.CT・MR
  4.血管造影,CT Angio,MR Angio
  5.尿路造影
  6.核医学検査
E.腎不全における病理診断(腎生検)の役割  66

第 4 章◆腎不全の初期対応における思考プロセス  69
A.腎不全における緊急的対応が必要な状況とその対策  70
  1.高カリウム血症
  2.溢水などによる呼吸不全
  3.高度の尿毒症
  4.代謝性アシドーシス
B.急性(可逆的)な腎障害の原因を同定し,是正する  77
C.慢性腎不全と急性腎不全の鑑別  78
  1.病歴
  2.症状・身体所見
  3.検査所見
  4.その他の鑑別点
D.腎不全の原因疾患の特定  85

第 5 章◆腎不全保存期自体への対応と治療  89
A.プライマリケア医の役割と腎専門医へのコンサルトのタイミング  89
B.保存期腎不全(CKD)治療の総論  91
  1.腎不全治療のABC
  2.集人材的ケア(Multidisciplinary Care)の必要性,患者教育の重要性
C.保存期腎不全(CKD)治療の各論  94
  1.腎不全進行の病態生理
  2.現時点での腎不全CKD進行抑制のための具体的対策
  3.降圧療法
  4.RAS阻害薬による抗蛋白尿療法
  5.食事療法
  6.その他の腎保護効果を目指した治療
  7.生活指導

第 6 章◆腎不全保存期の合併症の治療と健康管理  116
A.血液異常  117
  1.貧血
  2.出血傾向
B.カルシウム・リン・骨代謝異常  125
  1.腎不全(CKD)患者の骨病変のスペクトラム
  2.骨回転異常症
  3.骨粗鬆症・骨減少症
  4.異所性石灰化(特に血管石灰化)
C.心血管病変  138
  1.総論
  2.心不全
  3.動脈硬化性疾患(虚血性心疾患,脳血管障害,末梢動脈閉塞性疾患)145
D.代謝異常  149
  1.高脂血症
  2.糖代謝異常
  3.高尿酸血症
E.栄養障害  158
F.CKD患者における妊娠  161
G.CKD患者の健康維持  165
  1.ワクチン接種
  2.悪性腫瘍スクリーニング
  3.禁煙指導,運動指導,体重コントロール
H.腎不全患者の周術期管理の注意点  169
  1.溢水にも脱水にもなりやすい(ナトリウムバランスの異常)
  2.低ナトリウム血症にも高ナトリウム血症にもなりやすい(水バランスの異常)
  3.高カリウム血症をきたしやすい
  4.高血圧にも低血圧にもなりやすい
  5.出血傾向や創傷治癒遅延傾向がある
  6.急性腎不全・心血管疾患の合併に注意が必要である

第 7 章◆腎不全における薬物投与の注意点  176
A.腎不全におけるACE阻害薬,アンギオテンシン受容体拮抗薬,
           抗アルドステロン薬の使用法と注意点  176
  1.進行した腎不全におけるRAS阻害薬の有効性を示す論文
  2.RAS阻害薬の副作用(低血圧,急性腎不全,高カリウム血症)
  3.RAS阻害薬投与後の腎機能悪化への対応
  4.RAS阻害薬による高カリウム血症に対する対策
B.腎不全患者における造影剤の使用法と注意点  182
  1.造影剤による腎障害のメカニズムと臨床
  2.造影剤使用の実際
C.腎不全患者での解熱鎮痛剤(NSAIDs,aspirin,acetaminophen)の
           使用法と注意点  186
  1.非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)による腎障害
  2.アセトアミノフェンと低用量アスピリン
D.腎不全患者での抗生剤投与  189
  1.抗生剤の腎機能障害時の減量法
  2.薬剤性急性間質性腎炎
  3.薬剤血中濃度モニタリング
           (TDM:therapeutic drug monitoring)が必要な抗生剤
  4.その他で腎不全で気をつけるべき抗生剤
E.CKD 患者での利尿薬の使用法  194
  1.GFR が正常の場合の利尿薬の効果発現機序
  2.GFR が低下した状況における利尿薬の選択
  3.ループ利尿薬の使用法
F.腎不全患者での薬物投与量調整の基本  198

第 8 章◆腎不全の主要な原因疾患 各論  200
A.糖尿病性腎症  202
  1.糖尿病性腎症の疫学
  2.糖尿病性腎症の診断
  3.糖尿病性腎症の自然経過
  4.糖尿病性腎症の治療
  5.腎不全の際のインスリンと経口血糖降下剤の使用における注意点
  6.腎不全の際の血糖コントロールの指標
B.糸球体腎炎  210
  1.糸球体腎炎のスペクトラム
  2.糸球体腎炎の臨床症候(診断)の定義
  3.腎炎の鑑別診断
  4.IgA腎症
  5.膜性腎症と巣状糸球体硬化症
  6.急速進行性糸球体腎炎
C.(高血圧性)腎硬化症  220
  1.高血圧による末期腎不全のリスクはいかほどか?
  2.高血圧性腎硬化症の臨床的特徴
  3.高血圧性腎硬化症の治療
D.動脈硬化関連腎症  222
  1.動脈硬化性腎動脈狭窄症(虚血性腎症,腎血管性高血圧)
  2.コレステロール塞栓症
E.常染色体優性多発性嚢胞腎  230
  1.日本における常染色体優性多発性嚢胞腎の疫学
  2.ADPKDの自然経過と進展のメカニズム
  3.ADPKDの診断
  4.ADPKDの腎保護を目的としたマネージメント
  5.ADPKDの腎症状および腎外症状とそのマネージメント
F.急性腎不全  237
  1.急性腎不全の定義(ARFからAKIへのパラダイムシフト)
  2.急性腎不全の分類
  3.急性腎不全の診断に役立つ病歴・身体所見と検査
  4.急性腎不全の診断と治療のプロセスの概要
  5.急性腎不全の治療
  6.急性腎不全における血液浄化療法
G.尿路結石症  247
  1.尿路結石症の疫学
  2.尿路結石の種類
  3.結石の形成機序
  4.結石のリスク因子とその病態生理
  5.尿路結石症の診断と初期治療
  6.尿路結石症の再発と予防策

第 9 章◆透析・移植へ向けての対応  256
A.透析療法の導入時期はいつが適切か?  256
  1.日本の透析導入基準
  2.米国(NKF K/DOQI)の透析導入基準
  3.適切な透析導入時期
B.末期腎不全治療の選択  262
  1.血液透析(浄化)療法はどのような人に向いている治療か?
  2.腹膜透析はどのような人に向いている治療か?
  3.腎移植にはどのような種類があるのか,どのような人に向いているのか?
  4.3つのオプションは背反するものではない.移行や併用も考慮される
  5.末期腎不全治療選択が適切に行われるための方策
  6.透析・移植をしないという選択
C.治療選択後の各治療法の準備と開始までのプロセスの実際  272
  1.血液透析
  2.腹膜透析
  3.腎移植

第 10 章◆腎不全・透析における輸液と体液電解質代謝異常  277
A.腎不全患者の水電解質代謝異常へのアプローチ  277
  1.体液量(ナトリウム・水の量)の異常
  2.浸透圧(ナトリウムと水の比)の異常
  3.カリウムの異常
  4.酸塩基平衡の異常
B.腎不全患者への輸液  285
  1.輸液処方の基本
  2.腎不全患者での輸液メニューの基本
  3.透析患者での水電解質補充の基本

索引  291

--- ワンポイント◆目次 ---

尿素窒素BUNは腎機能の指標として適切か?  10
β2ミクログロブリン・シスタチンCによる腎機能の推定  11
Excelによる1/Creプロットの仕方  13
年齢による糸球体濾過量GFRの“生理的”低下と日本人の平均的GFR  17
尿蛋白定性による尿蛋白量評価のピットフォール  21
日本人の1日尿クレアチニン排泄量の推定  22
蛋白摂取量の推定法  23
CKD進行のCommon Pathway  26
薬剤性急性間質性腎炎  34
尿量減少は異常な所見?  35
無尿・多尿の原因疾患は多くの場合ありふれたものである  35
起立性低血圧の診断  38
In−Outバランス推定の実際  40
溢水の身体・検査所見  45
Selectivity Indexの有用性  54
急性腎不全の鑑別のための検査  55
脱水の診断における尿中電解質など(Na,Cl,UN)の評価  55
腎エコーにてサイズが保たれる腎不全  84
収縮期血圧と拡張期血圧はどちらのコントロールを優先すべきか?  99
蛋白尿が少ないCKDでは血圧のコントロールは甘くてよいのか?  99
降圧治療による蛋白尿減少の程度は腎保護効果と相関するか?  100
アルドステロンエスケープ(アルドステロンブレークスルー)現象  102
エリスロポエチン産生のメカニズム  118
エリスロポエチン濃度測定には意義があるのか?  119
新しい腎性貧血治療薬  120
なぜエリスロポエチンは腎臓で産生されているのか?  121
EPO 抵抗性貧血の原因と対策  123
高骨回転症治療薬としてのカルシウム受容体アゴニスト(calcimimetics)  130
CKD患者の骨カルシウム代謝におけるFGF23の役割  130
高齢者の‘生理的’腎機能低下は本当に‘生理的’といえるのか?  140
Cardio−Renal−Anemia Syndrome  142
CKD患者における左室肥大の評価法  144
腎不全・CKD患者における血清CK−MB,トロポニンの評価  146
スタチンなどによるCKやGOT/GPT上昇はどこまで許されるのか?  151
メタボリック症候群とCKD  157
MRIのガドリニウム造影剤による腎毒性  185
COX−2選択的阻害薬やスリンダクはNSAIDsより安全か?  187
腎不全患者にNSAIDsは本当に禁忌か?  188
バンコマイシン,ガンシクロビルによる「腎毒性」とは?  192
フロセミドの持続投与は間歇的投与より効果がある?  196
利尿薬と高尿酸血症  196
糖尿病性網膜症と糖尿病性腎症の関係  204
どのような糖尿病+CKD症例に腎生検を行うか?  204
ピオグリタゾン(pioglitazone;アクトスR)による心不全・浮腫  209
最近の大規模臨床試験(EUVAS)からの知見  219
高血圧を合併する腎不全の原因は本当に腎硬化症か?  221
ADPKDの病態のトピックス  230
ADPKD患者の家族のスクリーニングをどうするのか?  232
ADPKDに対する新規の治療  233
急性腎不全における血清クレアチニン・
           尿素窒素とクレアチニンクリアランス  238
「尿量が少ない!」への対応  242
日本でのラシックスRの投与量  244
フロセミドと“Renal Dose”ドーパミンの腎保護効果・
           予後改善効果に疑問あり  245
利尿期における輸液の対応  246
偽性急性腎不全  246
早期透析導入のメリットに関する議論  260
残腎機能保持に腹膜透析は血液透析より有利?  265
利尿薬は残腎機能保持に有用か?  265
腎不全患者における採血・点滴の穿刺部位  285


--- コーヒーブレイク ---

日本人でもKDOQIと同じGFR基準によるCKD分類を当てはめてよいのか?  28