改訂10版の序

 本書は1989年に初版を刊行してから18年になった.免疫学の進歩の速さを踏まえ,2年ごとに見直し,そのつど大幅な改訂を行ってきたので,今回は改訂10版目ということになるが,新しく加えた図表,改正した図表はそれぞれ20を超し,本文についても相当に手を入れた.
 対象を一応,医学系大学生や一般臨床医に設定しているので,理解を助けるべく模式化した図や表を多用しているし,文章もなるべく噛みくだいた表現にするよう心がけている.臨床に関連した部分にも重点を置いている.しかし一方,興味深い免疫現象をより深く紹介したいという欲もある.そこで本文とは別にAdvanced Knowledgeという欄をもうけ,そこに別に記すこととした.それは大学院生や研究生にも御利用頂ける内容と思う.また,ちょっとした詳しい知識についても註として記した.本文を読むうちとくに詳しく知りたいと思うところがあったら折にふれ読んで頂ければと思う.そうでなければ,そこを飛ばして本文だけ読み進んで下さればよいようにしてある.各章ごとに,要点のみ記したものを付してあるので,概略の知識を得たいとき,簡単に復習したいときは,その部分を読み流すだけでお役に立つと思う.なお,註で青字となっているものは言葉の定義などを記した重要なものなので,ぜひ読んでおいて頂きたい.図表のうち,番号にアンダーラインを引いたものはAdvanced Kowledgeに相当するものなので,詳しく知りたいと思った時だけ利用して下さればよいと思う.
 一人の著者ですべての分野をカバーするのは大変なことであるが,それなりの努力はしてきているつもりである.むしろ,2年ごとの大幅な改訂は単独著者だからこそ可能であり,内容の統一性という意味でも利点があると考えている.頻繁な改訂をお許し頂いている出版社には感謝している次第である.

2007年3月
著  者



初版の序

 免疫学の教科書はすでに多くの優れたものが出版されている.あえて本書を世に送ろうと意図した理由にはいくつかある.とかく難解であるといわれるので,なんとか内容を噛みくだいて読む人がアプローチしやすいようにしたいということがひとつである.難解であるとされる理由の一部は,いきなり新しい概念の用語が出てくることにあると思われるので,なるべく簡単な用語の説明をそえながら記載することとした.また免疫学に固有な概念については,卑近な例をひいて説明を加えるようにした.さらに,なるべく多くの模式図や表を載せて理解を助けるようにした.
 もうひとつの本書の特徴は臨床医学にたずさわる方を念頭においたという点である.臨床の場では免疫学を応用した検査や治療が数多く行われているし,疾患の病態の理解に免疫学の知識が要求されることも多い.基礎的な事項であっても,それが臨床にどう結びついていくのかということに常に留意した.しかし一方では,なるべく最新の免疫学の知見も盛り込むよう心がけた.
 各章の冒頭に要約をかかげる試みも行った.重要なポイントをまとめてある.本文を読んだ後に知識を整理するのに役立つであろうし,時間のない方は,この部分だけ読み本文中の図表だけを参照することでも,ある程度の知識が得られるであろう.学生諸君には試験直前の追い込みに有用と思う.
 なお,本書は単行本として上梓すべく,まず雑誌「臨床医」に1987年11月号より1989年12月号まで連載し,その後の新しい知見を加え,また読者の便宜のために「序説」や「要点」の項を追加したものである.
 臨床医学を学ぶにあたっては基礎医学の知識が欠けていては充分な理解は不可能である.逆に,臨床の場において何が求められているかという動機に導かれて基礎医学を学ぶこともまた重要である.免疫学のこのような基礎と臨床との橋渡しに本書が役立てばと願っている.

1989年8月
著  者


目次

 1 免疫とは ―免疫系概説―

1.免疫系の生体における役割
2.どうやって“非自己”を識別するか
3.無数に近い種類の抗原レセプターをどうやって用意するのか
4.“非自己”の認識から“非自己”の排除へ
5.反応の増幅と制御
6.リンパ球にはいくつかの異った性質のグループがある
7.原始的な“非自己”の認識と排除の機構
8. “非自己”の排除には“自己”の犠牲も伴う――アレルギーとの関係
9.免疫と臨床

 2 抗体についての基礎知識

■要 点
1.抗体とはどのようなものか
2.抗原とはどのようなものか
3.抗体の分子構造
4.免疫グロブリン
5.免疫グロブリン各クラスの特性
6.血清免疫グロブリン値と疾患

 3 抗体のもたらす反応とそれを利用した検査

■要 点
1.凝集反応
2.赤血球凝集反応
3.菌凝集反応
4.受身凝集反応
5.沈降反応
6.ゲル内沈降反応
7.補体結合反応
8.免疫溶菌反応
9.細胞傷害試験
10.免疫粘着反応
11.中和試験
12.標識抗体法
13.ラジオ イムノアッセイ(RIA)
14.エンザイム イムノアッセイ(EIA)
15.その他のイムノアッセイ
16.ウエスタン ブロット法
17.免疫画像診断

 4 抗体を利用した疾患の予防と治療

■要 点
1.抗体をどのようにして入手するか
2.ウイルス感染症の発症予防
3.細菌感染症の治療
4.無 ・低ガンマグロブリン血症の感染予防
5.血液型不適合妊娠における感作の予防
6.がんの治療
7.血小板減少性紫斑病の治療
8.自己免疫病,免疫複合体病の治療
9.川崎病の治療
10.免疫抑制療法
11.アレルギーの治療

 5 リンパ球の働き

■要 点
1.体液性免疫と細胞性免疫
2.T細胞の発生
3.T細胞の抗原認識
4.T細胞の機能
5.B細胞の発生と機能
6.K細胞
7.NK 細胞
8.NKT 細胞
9.LAK 細胞
10.リンパ組織

 6 細胞表面機能分子 ―接着分子など―

■要 点
1.細胞表面分子の CD 表示
2.接着分子の種類
3.接着分子の役割


 7 B細胞の分化と機能発現

■要 点
1.免疫グロブリン遺伝子の再編成
2.免疫グロブリンのクラススイッチ
3.B細胞系の分化過程
4.自己反応性B細胞の除去
5.B細胞の由来と種類
6.B細胞の活性化
7.B細胞の増殖・分化へのT細胞の関与
8.抗体産生

 8 T細胞の分化と機能発現

■要 点
1.T細胞レセプター(T細胞抗原レセプター)
2.T細胞の抗原認識
3.T細胞の活性化
4.抗原の処理と提示(抗原提示細胞)
5.T細胞の分化過程
6.T細胞の分化と胸腺
7.T細胞の動態

 9 リンパ球の検査

■要 点
1.リンパ球系の状態の把握
2.リンパ球亜群の測定
3.T細胞サブセット
4.T細胞のクロナリティ
5.リンパ球の機能検査
6.特定抗原に対するリンパ球の感作の有無の測定

 10 補体とその働き

■要 点
1.補体とは
2.活性化補体の作用
3.補体の活性化
4.活性化補体の不活化
5.補体レセプター
6.補体の産生と消費

 11 サイトカインとその働き

■要 点
1.インターロイキン
2.TNF(腫瘍壊死因子)
3.インターフェロン(IFN)
4.その他のリンホカイン
5.TGF-β ・その他の細胞増殖因子
6.白血球遊走にかかわるサイトカイン(ケモカイン)
7.造血に関与するサイトカイン
8.サイトカインのレセプター
9.サイトカインの治療への応用

 12 食細胞―好中球とマクロファージ

■要 点
1.好中球の貪食作用
2.好中球の殺菌物質
3.好中球による組織傷害
4.マクロファージとその働き
5.マクロファージの活性化
6.マクロファージの多様な機能

 13 感染防御免疫機構

■要 点
1.局所免疫
2.ウイルスの排除
3.ウイルスの拡散の阻止
4.ウイルス感染の予防
5.クラミジアの防御
6.化膿菌の防御
7.細胞内寄生性細菌,真菌の防御
8.寄生虫の防御
9.感染防御における自然免疫と獲得免疫
10.感染症診断のための免疫学的検査

 14 免疫不全

■要 点
1.免疫不全とは
2.免疫不全と感染
3.免疫不全症の成因
4.原発性免疫不全症の主な病型
5.免疫不全症の治療
6.免疫不全症の検査
7.好中球異常症
8.好中球機能検査
9.好中球異常の治療
10.補体欠損症
11.続発性免疫不全症

 15 免疫応答の制御および免疫トレランス

■要 点
1.抗イジオタイプ抗体
2.免疫制御T細胞
3.T細胞以外の免疫制御細胞
4.免疫グロブリンのクラス特異的サプレッサーT細胞
5.Fc レセプターを介する免疫抑制
6.細胞死による抑制
7.抑制シグナルを送る表面分子
8.シグナル伝達制御分子
9.神経ペプチドによる抑制
10.免疫トレランス
11.自己抗原に対して免疫トレランスが成立しやすい理由

 16 アレルギー

■要 点
1.I 型アレルギー
2.I 型アレルギーの検査と治療
3.II 型アレルギー
4.III 型アレルギー
5.免疫複合体の測定
6.IV型アレルギー

 17 自己免疫現象と自己免疫疾患

■要 点
1.自己免疫と自己免疫疾患
2.自己免疫の成因
3.臓器特異的自己免疫疾患
4.抗核抗体
5.全身性自己免疫疾患
6.自己免疫疾患の治療

 18 輸血と臓器移植

■要 点
1.血液型
2.輸血反応
3.血液型不適合妊娠
4.組織適合抗原
5.HLA 抗原の決定法(タイピング)
6.拒絶反応の機序
7.移植細胞対宿主反応
8.移植拒絶反応の抑制
9.各臓器の移植
10.免疫応答遺伝子と組織適合抗原
11.HLA 抗原と病気の発症危険率
12.血液型,組織適合抗原以外の同種抗原

 19 腫瘍と免疫

■要 点
1.腫瘍に対する免疫は存在するか
2.腫瘍関連抗原
3.抗腫瘍免疫のメカニズム
4.抗腫瘍免疫が回避されてしまう機序
5.腫瘍の免疫療法

 20 生殖と免疫

■要 点
1.胎児の免疫学的拒絶(流産)の阻止機構
2.原発性習慣性流産
3.妊娠中毒症
4.胞状奇胎
5.抗精子抗体と不妊
6.抗卵透明帯抗体と不妊
7.自己免疫性卵巣炎,精巣炎と不妊
8.母親からの抗体による児の疾患
9.児のリンパ球の侵入による母の病気
10.妊婦の免疫機能

 21 免疫系の発達と老化

■要 点
1.免疫系の系統発生
2.ヒトにおける免疫系の個体発生
3.免疫系の老化


 附 免疫学に応用されている分子生物学的研究法

I.特定の DNA を増幅する方法 : ポリメラーゼ連鎖反応
II.特定の DNA の検出と異常の解析
III.遺伝子異常の解析法
IV.DNA 塩基配列の決定法(シクエンシング) ―dideoxy 法―
V.特定の mRNA の検出法
VI.特定の mRNA を増幅する方法 : 逆転写 PCR 法
VII.転写因子と DNA の結合の検出法
VIII.DNA シスエレメント/転写因子の活性解析
IX.特定の遺伝子の発現を抑える方法
X.細胞への遺伝子導入法
XI.遺伝子 (cDNA) のクローニング
XII.遺伝子ターゲッティング/遺伝子ノックアウト
XIII.遺伝子導入マウス(トランスゲニックマウス)
XIV.DNAマイクロアレイ


和文索引
欧文索引