はじめに

 厳しい長い夏が終わり,秋風が吹き始める季節となりました.随分すごしやすくなりましたが,風邪などの急性呼吸器感染症が心配される季節の到来でもあります.先日,外来診療中に「インフルエンザワクチンの接種はいつからですか?」と聞かれました.また,別の施設では「鳥インフルエンザにタミフルは効くのですか?」との質問を受けました.このように,この季節になると“インフルエンザ”が注目されてくるのがよくわかります.インフルエンザは,突然の発症,38℃を超える発熱,上気道炎症状,全身倦怠感などの合併症の4基準すべてを満たすものと理解されています.また,病原体の検査や血清学的診断も用いられています.インフルエンザは,感冒(急性上気道炎)とは違い感染力が大変強く,ヒトからヒトへと短期間で拡大し,時に大流行し死亡例も多く認められます.また,高齢者や妊婦,心・肺・腎・代謝疾患等の慢性疾患を有する患者,免疫能の低下した患者などは,インフルエンザのハイリスク群と言われています.このように,インフルエンザは多くの疾病を有している患者のみならず,それまで健康であったヒトにも罹りうる重篤な疾患といえます.また,私達医療関係者にとってインフルエンザは,全ての診療科で遭遇しますが,この疾患をやや軽視している向きがあるように思います.
 今回,永井厚志先生とともに「インフルエンザ診療ハンドブック」を編集させていただきました.インフルエンザを始めとする感染症について,これまで優れた成書や解説書が刊行されていますが,本書では私のような呼吸器や感染症を専門としない医師が日常の疑問点を専門医に率直に質問する形式に致しました.本書は2部構成になっています.第1部では,インフルエンザの基礎と臨床(診断・治療)の30の質問について,専門医が答えています.専門外のものでも日常診療にすぐに役立つものと思われます.第2部では,インフルエンザ治療の実際が書かれています.特に,小児,妊婦,高齢者,肝機能異常者,腎機能異常者でのインフルエンザの治療・管理が述べられています.これまでにない診療ハンドブックとして,コンパクトにまとまっていると自負しています.内科医のみならず,一般臨床医,臨床研修医,看護師,薬剤師の皆さんにご一読いただければ望外の喜びです.諸家のご意見をいただきながら一層充実していきたいと思いますので,皆さんのご批判やご叱正を心から願う次第です.  最後に,ご協力・ご尽力いただきました共同編集者の永井厚志先生,執筆者ならびに中外医学社の皆さまに厚く御礼申し上げます.

2006年初秋 神田川のほとりにて
富野康日己


目次

第1部 専門医にきく30の質問

 Q1.インフルエンザはどのような病気か?
   〈宮下修行 小司久志 上野史朗 岡 三喜男〉
 Q2.インフルエンザウイルスは,どのようなウイルスか? 〈畠山修司〉
 Q3.インフルエンザはどうして流行するのか? 〈畠山修司〉
 Q4.インフルエンザの流行に周期があるか?流行するシーズンはあるか?
   〈関雅文 河野茂〉
 Q5.インフルエンザはどのようにして他の人にうつるのか? 〈寺本信嗣〉
 Q6.インフルエンザは遺伝による病気か? 〈寺本信嗣〉
 Q7.最近,鳥インフルエンザが流行しているが,どのような病気か?
   〈川名明彦〉
 Q8.新型インフルエンザとは? SARSと違うのか? 〈川名明彦〉
 Q9.SARSの原因はわかったのか? 〈金澤 実〉
 Q10.インフルエンザウイルスに感染するとすぐ症状がでるのか? 〈近藤光子〉
 Q11.インフルエンザウイルスに感染するとどういう症状がでるのか?
    どういう症状がみられたらインフルエンザを疑うのか? 〈近藤光子〉
 Q12.インフルエンザでは,高熱が出るか? 〈永武 毅〉
 Q13.ほかに何か別の病気を合併するか? 〈永武 毅〉
 Q14.鼻とのどの検査では,どのようなことがわかるか? 〈永武 毅〉
 Q15.血液検査では,どのようなことがわかるのか?
    〈宮下修行 小司久志 上野史朗 岡 三喜男〉
 Q16.胸部X線検査では,どんな異常がみられるか? 〈松島敏春〉
 Q17.インフルエンザにかからないようにするにはどうすればよいか?
    会社,老人ホーム,病院,学校などでは,施設ごとの留意点は?
    〈青木信樹〉
 Q18.インフルエンザワクチンは接種したほうがいいか?
    いつごろまでに注射したらいいか? 〈吉澤定子 山口惠三〉
 Q19.インフルエンザワクチンはどのような仕組みで効くか?
    〈吉澤定子 山口惠三〉
 Q20.インフルエンザワクチンを接種できない人はいるか?
    〈吉澤定子 山口惠三〉
 Q21.インフルエンザワクチンは鳥インフルエンザや新型インフルエンザにも
    効くのか? 〈板村繁之〉
 Q22.自宅での安静,水分や食事など,インフルエンザ患者への注意点は?
    〈青木信樹〉
 Q23.薬は何が効くか? タミフルはどういう薬で,どんな効果があるのか?
    〈鈴木康夫〉
 Q24.タミフルの副作用が取りざたされているが,どんな副作用か?
    〈山脇 功〉
 Q25.タミフルは新型インフルエンザにも効くのか? 〈山脇 功〉
 Q26.タミフル以外に用いられる薬の服用法・注意点・副作用は? 〈橋本章司〉
 Q27.肺炎を合併した場合には,どんな薬を使うか? 〈橋本章司〉
 Q28.インフルエンザは治るのか? 何か後遺症は出るのか? 〈橋本章司〉
 Q29.どのような場合に患者の入院を考えるか?
    〈杉原栄一郎 乾啓洋 礒沼弘〉
 Q30.死亡率はどのくらいか? どういう人が重症になるか?
    〈壇原高 内藤俊夫 三橋和則 饗庭三代治〉

第2部 インフルエンザ治療の実際

1.インフルエンザの迅速診断法について:
   キットの使い方と結果の判断 〈三田村敬子〉
   1 インフルエンザ迅速診断法の特徴
   2 迅速診断キットの有用性
   3 迅速診断キットの測定原理
   4 迅速診断キットの性能評価
   5 診断に際しての注意

2.かぜとインフルエンザの見分け方:
   外来診療で見落としてはならない所見 〈三木誠 渡辺彰〉
   1 臨床的特徴による鑑別診断
   2 インフルエンザの迅速診断
   3 インフルエンザ迅速診断キットの上手な利用法
   4 おわりに

3.インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを組み合わせて使う方法 〈川名明彦〉

4.インフルエンザ脳症の治療・管理 〈三田村敬子〉
   1 インフルエンザ脳症の概念
   2 インフルエンザ脳症の臨床像と診断
   3 インフルエンザ脳症の治療と管理

5.小児のインフルエンザ治療・管理 〈柏木征三郎〉
   1 小児のインフルエンザの特徴
   2 一般的治療
   3 抗インフルエンザ薬による治療
   4 おわりに

6.妊婦のインフルエンザ管理・治療 〈柏木征三郎〉
   1 妊娠時期によるインフルエンザの影響
   2 妊婦のインフルエンザ罹患による死亡
   3 妊婦のインフルエンザ治療
   4 インフルエンザワクチン接種
   5 おわりに

7.高齢者のインフルエンザ管理・治療 〈柏木征三郎〉
   1 高齢者の臨床的特徴
   2 高齢者におけるインフルエンザの影響
   3 治療
   4 予防
   5 おわりに

8.肝機能異常者でのインフルエンザの治療・管理 〈前田光一 三笠桂一〉
   1 わが国における慢性肝疾患
   2 インフルエンザウイルス感染による肝臓への影響
   3 肝機能異常者に対する抗インフルエンザ薬治療
   4 肝機能異常者に対するインフルエンザワクチン接種

9.腎機能異常者に対するインフルエンザワクチンと抗ウイルス薬 〈来栖 厚〉
   1 インフルエンザウイルスの特徴
   2 インフルエンザワクチン
   3 腎機能障害者へのインフルエンザワクチン接種
   4 腎機能障害者に対するインフルエンザ感染症の治療

10.インフルエンザの診断が遅れた場合の治療・管理 〈堀 賢〉
   1 診断が遅れた場合の治療
   2 インフルエンザの対症療法
   3 患者個人のインフルエンザ罹患後の管理
   4 入院患者におけるインフルエンザの管理
   5 インフルエンザ発生後の対応
   6 接触者の追跡と感染経路の同定
   7 発病者の診療および看護
   8 病棟閉鎖の決定
   9 予防投与についての注意点

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