はじめに
肉屋でロ−スとかヒレ,サ−ロイン,スペアリブといった言葉を聞いてもだれも不思議には感じない.焼肉店に行っても,何の疑問もなくハツ,カルビ,タン,サガリなどと言って注文している.しかし大半の人はどこの部分か分っていないで食べているようだ.それでも食べるのをやめて考え込んだりせず,これらの言葉と気楽につきあっている.ところが,これが解剖学となると途端に拒絶反応が起こる.とくに学生は必要もないのに肩肘張って勉強しようとし,楽しむことを放棄してしまうのである.
多くの学生は「解剖学を勉強するには暴力的な暗記が必要不可欠である」と考えている.また,医師になってからも同じように考える人は少なくない(こういう人々は解剖学に憎しみさえ感じているかもしれない ・・・).解剖学がこのように評価されるのは,解剖学が医学教育の最初にでてくる科目であることが影響している.なにせ,今まで聞いたこともない医学用語が大挙してでてくるため,学生たちの多くはパニックに陥るのである.
本書はこのような悲惨な状況を少しでも和らげ,解剖学を気楽に学べる導入となることを目的としている.単なる項目の羅列ではなく,黒板に描く程度の図も含めて小講義の体裁をとった.各章は器官系ごとにまとめてあるが,どこから読んでも良いように1頁ごとの読切形式を原則とした.気楽に「なるほど」を繰り返して頂ければ,著者の目的は遂げられたということになる.
もちろん本書には不満も数多く残されており,機会があればより良いものに直して行きたいと考えている.そのためには読者のご批判やアドバイスが不可欠であり,切にご協力をお願い申し上げる次第である.
本書の執筆に際しては,適格なご助言を頂いた小林靖博士(杏林大学医学部講師)はじめ,第一解剖学教室員各位にご助力を頂いた.この場をお借りして感謝申し上げる.また,出版に当たっては中外医学社企画部の小川孝志氏,編集部の久保田恭史氏にご協力頂いた.深く感謝申し上げたい.
1997年7月
松村讓兒
目次
第I章 解剖学の基礎知識
人体の区分 2
細胞について 3
組織について 4
腫瘍について 5
器官と器官系について 6
ヒトの発生について 7
受精から二層性胚盤まで 8
胚と呼ばれる時期 9
三層性胚盤と胎生期以後 10
第II章 運動器系
【骨・筋の基礎知識】
骨について 12
骨の役割 13
骨の構造 14
骨組織の話 15
骨の発生 16
骨の連結 17
関節について 18
関節の分類 19
筋について 20
骨格筋について 21
筋の補助装置について 23
【背部の骨格と運動】
脊柱について 24
ヒトの脊柱の役割と特徴 25
高さの基準としての椎骨 26
椎骨の基本形態 27
特殊な形の椎骨 28
頚椎・胸椎・腰椎・仙骨 29
脊椎の連結 30
脊柱の運動 31
脊柱各部の運動 32
頚・胸・腰椎の違いと運動性 33
脊柱の運動に働く筋 34
脊柱起立筋 35
横突棘筋 36
頚部の運動と働く筋 37
胸鎖乳突筋の話 38
居眠りの筋と後頭下筋 39
首や背骨を動かす筋の支配神経 40
背部の筋のまとめ 41
頚部の筋のまとめ 42
脊柱の疾患について 43
ぎっくり腰と椎間板ヘルニア 44
【胸腹部の骨格と運動】
胸郭 45
胸部の打診と聴診 46
肋骨を中心として 47
胸郭:骨の連結 48
胸郭の運動:呼吸運動 49
横隔膜について 50
腹壁の筋 51
腹直筋について 52
腹壁の筋の支配神経 53
腹壁の筋はどんな働きがあるか? 54
鼠径管ってどんな管? 55
ヘルニアについて 56
腹壁の筋膜について 57
【骨盤の骨格と運動】
骨盤とその機能 58
寛骨について 59
骨盤の全体像 60
産道としての骨盤と性差 61
骨盤径と骨盤計測 62
骨盤の連結 63
会陰とは? 64
骨盤底の筋:骨盤隔膜 65
尿生殖隔膜 66
【上肢の骨格と運動】
上肢とその骨 67
鎖骨とは? 68
肩甲骨と肩の運動 69
肩甲骨の運動に働く筋 70
肩関節 71
肩関節の運動 72
肩関節の運動に働く筋 73
腋窩と腋窩隙 75
肩関節の運動に働く筋の支配神経 76
腕神経叢の障害 77
上腕骨の近位端〜上腕骨体 78
上腕骨の遠位端 79
肘関節について 80
肘関節の運動と筋 81
肘の臨床関連事項 82
橈骨と尺骨 83
橈骨と尺骨の連結 84
手の骨について 85
手の関節 86
手首の運動と筋 87
前腕の屈筋 88
前腕の伸筋 89
屈筋支帯(手根管)と伸筋支帯 90
手と指の筋 91
手のひらの筋:虫様筋と骨間筋 92
上肢の筋の神経支配 93
【下肢の骨格と運動】
下肢とその骨 94
大腿骨について 95
股関節の話 96
股関節の運動 97
股関節の屈曲に働く筋 98
股関節の伸展に働く筋 99
股関節の内転に働く筋 100
股関節の外転・内旋と殿筋注射 101
股関節の外旋に働く筋 102
大殿筋の深層 103
筋裂孔・血管裂孔・大腿三角 104
内転筋管〜膝窩 105
股関節の発達と先天性股関節脱臼 106
大腿骨頭の栄養血管 107
膝関節の話 108
膝関節の動きと働く筋 109
脛骨・腓骨・足関節 110
足関節の動きと働く筋 111
ヒラメ筋とアキレス腱 112
足の屈筋支帯(足根管)と伸筋支帯 113
足の骨と足弓 114
足の筋について 115
下肢の筋の神経支配は? 116
【頭部の骨格と筋】
頭蓋の話 117
頭蓋を構成する骨 118
頭蓋の骨の連結 119
頭蓋冠とその表面 120
外頭蓋底について 121
内頭蓋底について 122
頭蓋の発育 123
新生児頭蓋:泉門を中心として 124
眼窩について 125
鼻腔の話 126
鼻腔を構成する骨 127
副鼻腔とは? 128
副鼻腔の臨床 129
翼口蓋窩とそこにあるもの 130
側頭骨について 131
耳の構造と側頭骨 132
鼓室の周辺 133
内耳の構造 134
側頭骨岩様部の管 135
頭蓋の孔を構成する骨 136
頭蓋の孔を通るものをまとめる 137
表情をつくる筋 138
表情筋にはどんなものがあるか 139
咀嚼筋 141
鰓弓について 142
第III章 循環器系
【循環器系の総論】
循環器系 144
心血管系について 145
特殊な血管系 146
血液・血管系の役割 147
血管の構造 148
血管の臨床関連事項 149
心拍出量ほか 150
【動脈系の概略】
大動脈の枝と分布先 151
脈拍を触れる動脈 152
上行大動脈〜大動脈弓 153
胸大動脈の枝 154
腹大動脈の枝 155
大動脈瘤の話 156
【頭頚部の動脈】
総頚動脈を中心に 157
外頚動脈とその枝 158
顎動脈の走向と枝の行方 159
内頚動脈を中心として 160
【上肢に向かう動脈】
鎖骨下動脈 161
鎖骨下動脈と斜角筋隙 162
鎖骨下動脈の枝の追跡 163
腋窩動脈とその枝 164
胸背部の動脈連絡について 165
上腕動脈とその周辺 166
前腕の動脈を中心に 167
手の動脈について 168
【腹部と骨盤部の動脈】
前腸・中腸・後腸動脈って? 169
腹腔動脈 170
上腸間膜動脈とその枝 171
下腸間膜動脈とその枝 172
骨盤部の動脈分布 173
内腸骨動脈の枝はどこに行く? 174
閉鎖管と陰部神経管 175
【下肢に向かう動脈】
大腿動脈と大腿深動脈 176
内転筋管について 177
膝周辺の動脈 178
下腿〜足の動脈 179
【静脈系について】
静脈系の概要 180
上大静脈とその領域:頭頚部 181
上肢の静脈系と皮静脈 182
肝門脈の話 183
門脈系の発生:初期の段階 184
門脈が形成される頃 185
門脈系の側副路 186
門脈圧亢進症って? 187
奇静脈系 188
下肢の皮静脈 189
【リンパ系について】
リンパ管系について 190
リンパ管系の全体像 191
ウィルヒョウとロッテル 192
リンパ本幹について 193
リンパ組織とリンパ器官 194
脾臓について 195
胸腺の話 196
【心臓の解剖と機能】
心臓について 197
心臓の形 198
心臓の位置 200
X線でみる心臓:正面像 201
X線でみる心臓:斜位像 202
縦隔について 203
心臓の内景 204
心臓の壁と心膜(心嚢) 206
心膜洞・心タンポナ−デ 207
線維輪と心筋の構築 208
心臓の弁について 209
乳頭筋の働き 210
心音とその聴診 211
心雑音について 212
刺激伝導系 213
心臓収縮のコントロ−ル 214
不整脈って何だ? 215
心臓が痛いとき 216
冠状動脈とその分布 217
狭心症と心筋梗塞 218
心臓の静脈 219
【循環器系の発生】
心臓発生の始まり 220
心臓発生の初期 221
心房心室の区分 222
肺動脈幹と大動脈基部の形成 223
弁の形成 224
刺激伝導系の発生 225
心臓の静脈系の発生 226
発生初期の血管系 227
鰓弓動脈と生後の主要動脈 228
胎児循環の特徴 229
【先天性心疾患】
先天性心疾患 231
右心症あるいは右胸心 232
ファロ−四徴症について 233
心房中隔欠損症と卵円孔開存 234
心内膜床欠損症 235
心室中隔欠損症 236
アイゼンメンゲル症候群 237
動脈管開存症 238
第IV章 内臓系
【消化器系の概略】
内臓と五臓六腑 240
消化器系 241
消化管の機能:消化と吸収 242
下痢についての話 243
排便と便秘について 244
消化器の神経支配 245
腹痛を中心として 246
消化管壁はどうなってんだ 247
【口から食道まで】
口腔について 248
歯の話 249
舌について 250
舌を動かす筋 251
舌の発生と神経支配 252
唾液腺・口腔腺 253
唾液の分泌 254
咽頭とは? 255
嚥下について 256
嚥下に働く筋:口腔期〜咽頭期 257
嚥下に働く筋:咽頭期 258
食道の走行 259
食道の構造 260
食道の筋層 261
噴門の構造 262
下部食道括約筋とゲップ 263
食道の血管分布 264
のど元過ぎれば熱さ忘れる理由 265
【胃から肛門まで】
腹部消化管について 266
胃について 267
胃の位置 268
胃の形態 269
胃の腺と粘膜 270
胃の筋層の特徴 271
嘔吐はどのようにして起こるか 272
小腸について 273
十二指腸 274
十二指腸に関するメモ 275
空腸と回腸 276
メッケル憩室と腸管の発生 277
大腸について 278
消化管内ガスについて 279
回盲部を中心に 280
結腸の構造 281
腸管の構造と臨床 282
直腸と肛門 283
発生からみた肛門 284
痔について 285
【腹膜と腸間膜について】
腹膜・腹膜腔とその底部 286
腹膜後器官 287
腹膜腔の発生を中心に 288
腸間膜の形成 290
大網の形成 291
十二指腸付近の腹膜 292
消化管と間膜 293
【肝・胆・膵】
肝臓のかたち 294
肝臓の区域 295
肝臓の機能 296
肝臓と腹膜との関係 297
小網と網嚢孔 298
胆嚢 299
胆路の神経支配と胆汁 300
膵臓:すべて(pan)肉(creas) 301
膵臓の外分泌機能 302
膵臓の内分泌機能 303
膵臓の発生 304
【呼吸器系:気道】
呼吸器系の区分 305
鼻腔の話 306
クシャミについて 307
鼻腔・咽頭・眼窩・中耳 308
のどの仕組み:喉頭の支柱 309
喉頭の筋と発声 310
気管 311
気管支 312
気道:少しだけ組織学 313
咳としゃっくり 314
【呼吸器系:肺】
肺の話 315
肺の葉と区域 316
胸膜と胸膜腔 317
肺の組織はどうなってんだ 318
呼吸器の発生 319
組織でみる肺の発生 320
肺の機能血管と栄養血管 321
肺の臨床関連事項 322
【泌尿器の話】
泌尿器系の全体像 323
腎臓について 324
腎臓の断面 325
尿の生成と腎臓の組織学 326
腎盤(腎盂)と尿管 327
尿路結石と神経・血管 328
膀胱について 329
膀胱の構造 330
排尿のしくみ 331
尿道について 332
泌尿器の発生 333
【生殖器について】
男性生殖器 334
精巣と精巣上体 335
陰嚢と精巣下降 336
精巣の臨床関連事項 337
精管と精索 338
精嚢・前立腺・尿道球腺 339
おチンチン(陰茎)について 340
勃起の起こる機序 341
射精のメカニズム 342
女性生殖器の話 343
子宮・卵巣の支持装置 344
卵巣について 345
卵管を中心に 346
子宮〜腟にかけて 347
生殖器の発生 348
第V章 神経系と感覚器
【神経系の総論】
神経とは? 350
神経系の誕生と進化 351
末梢神経の分類 352
神経組織について 354
神経細胞の話 355
神経細胞の進化 356
髄鞘と神経鞘 357
神経の連絡:シナプス 358
ニュ−ロンの変性と再生 359
神経膠細胞 360
神経系の初期発生 361
神経細胞と神経膠細胞の発生分化 362
血液・脳関門 363
脳浮腫になると 364
【脳のかたち】
中枢神経系 365
脳の区分 366
脳の発生 367
脳を包む膜:髄膜の話 369
硬膜について 370
脳ヘルニア 371
頭蓋内圧亢進 372
【脳室・髄液・血管系】
脳室について 373
髄液の循環 374
髄液から何が分かるか? 375
水頭症って? 376
脳に分布する動脈 377
脳に向かう血管の障害 378
脳における各動脈の分布域 379
脳表面の動脈 380
脳の中に入る動脈 381
脳の静脈と硬膜静脈洞 382
海綿静脈洞 383
【大脳の外観と皮質】
終脳のしくみ 384
大脳半球の表面 385
前頭葉の外観 387
頭頂葉の外観 388
側頭葉と後頭葉の外観 389
大脳皮質 390
大脳皮質の組織をのぞく 391
新皮質の機能局在:ブロ−ドマン領域 392
新皮質の機能局在:運動中枢 393
新皮質の機能局在:感覚中枢 394
新皮質の機能局在:言語中枢と失語 395
視覚野と聴覚野 396
連合野について 397
【辺縁系・大脳核・大脳髄質】
嗅脳系 398
大脳辺縁系について 399
大脳核あるいは基底核 400
大脳核の機能と線維連絡 401
大脳髄質と神経線維 402
交連線維と左右大脳半球の連絡 403
投射線維 404
内包って? 405
内包の神経線維束 406
内包の血管分布 407
【間脳】
間脳について 408
視床とは? 409
主な視床核と線維連絡 410
視床上部と松果体 412
視床下部 413
視床下部の内部構造 414
【脳幹を中心に】
中脳ってどこ? 415
中脳の形と働き 416
中脳上丘レベルの構造 417
中脳下丘レベルの構造 418
橋についての話 419
橋の中身 420
延髄 421
延髄の中身 422
脳幹に分布する動脈 424
延髄外側症侯群 425
脳神経核の分類と配列 426
脳幹網様体 428
網様体の入力・出力 429
【小脳】
小脳 430
機能から見た小脳 431
小脳の内景 432
小脳の核について 433
小脳の線維連絡:入力線維 434
小脳の線維連絡:出力線維 435
大脳・小脳連関 436
小脳に分布する動脈 437
小脳障害の部位診断 438
【脊髄について】
脊髄の外形(1) 439
脊髄の外形(2) 440
脊髄の動脈 441
脊髄髄膜の話 442
腰椎穿刺 443
脊髄の輪切り 444
脊髄灰白質はどうなっているか 445
脊髄にみられる神経細胞 446
脊髄白質の神経路(1) 447
脊髄白質の神経路(2) 448
脊髄反射 449
脊髄分節と感覚・運動・反射 450
【伝導路の話】
伝導路 451
錐体路 452
皮質延髄路 453
錐体外路系とは? 454
脊髄レベルの錐体外路系 455
感覚路(1):識別型精細触・圧覚 457
感覚路(2):非識別型粗大触・圧覚 458
感覚路(3):温・痛覚 459
感覚路(4):深部感覚 460
顔面の感覚路 461
感覚解離? 462
【特殊感覚の伝導路】
味覚の伝導路 464
嗅覚の伝導路 465
視覚路 466
視覚中枢 467
対光反射とその経路 468
調節反射とその経路 469
視覚路の障害 470
【視覚器を中心に】
視覚器:眼球 471
眼球外膜:強膜と角膜 472
脈絡膜・毛様体・虹彩 473
網膜と眼底 474
網膜の組織構造 475
うっ血乳頭 476
水晶体 477
眼房水と眼圧 478
外眼筋とは? 479
眼球運動と外眼筋 480
眼球運動と支配神経 481
眼瞼とモノモライ 482
涙の話 483
涙の分泌に関わる神経 484
【聴覚・平衡感覚器】
耳の仕組み:音を聞く 485
聴覚の伝導路 486
平衡感覚器 487
平衡感覚の伝導路 488
前庭動眼反射 489
【脳神経について】
脳神経について 490
脳神経の区分と線維構成 491
三叉神経について 493
三叉神経の伝導路 495
顔面神経 496
顔面神経の中枢性麻痺 497
顔面神経の末梢性麻痺 498
舌咽神経 499
迷走神経 500
副神経と舌下神経 501
【脊髄神経と自律神経系】
脊髄神経 502
皮膚分節 503
脊髄神経叢とは 504
頚神経叢 505
腕神経叢 506
腰・仙骨神経叢 507
自律神経系について 508
自律神経系の全体像 509
付.人名のついた用語 511
日本語索引 529
外国語索引 545