序
児童虐待がわが国の大きな社会問題となり,児童虐待防止法が制定されて久しいが,虐待相談通告の年間件数は増加の一途を辿っている.なぜ,このような社会になったのか? 全ての社会人が,あるいは国民全員が真剣に考える時期にきていると思われる.価値観の多様化,そして社会の複雑さなど育児環境を取り巻く変化はすさまじい.止むに止まれぬ事情での消極的なchild maltreatmentではなく,己れが生活していくこと自体に負担の多い大人が増加し,そのストレスのはけ口が子どもに向かい,積極的な児童虐待としての結果を残しているといえる.このような観点から,もっと虐待を受ける子ども達は増加するであろうと予測される.
児童虐待という最終の社会的診断は一体誰が行うべきなのか? 誰が理想なのだろうか? という疑問を個人的に思いつつ,地域社会全体で最終診断すべきと思っている.その最終診断の根拠として医療機関のはたすべき役割は大きいし,公的な意見としての診断価値の高さが求められている.今後,その役割を担うことが多くなるし,医療機関の専門的意見が,関係機関の中でもっと重要視されるよう,医療機関は努力すべきである.
いかに児童虐待ヘアプローチして,的確な対応〜診断・治療,そして公的な意見を述べることができるかが最も重要になると思われる.そこで,色々な医療保健福祉現場で児童虐待を疑ったり,遭遇した時に,このような正確なアプローチをいかに行うかを念頭に,その対応のノウハウを各々の第一線の専門家に,経験した症例を中心に,解説をいただいた.特に「対応でうまく行えた点」,「症例で反省すべき対応点」,「うまくいくコツ」を書いていただいたことにより,実際の医療現場での対応実践書として,きわめて貴重かつ参考になる書として完成したと考えている.是非とも,子ども達の診療を行う立場の医療スタッフは,仕事場に1冊備えていただき,対応に迷われた時を含めて,活用していただければと願うものですが,本書が活用されない時代が早くくることも一緒に願いたいと心底から思っている.
最後に,全国の小児医療関係者にとって,大事な子ども達の重篤な危急疾患である児童虐待を看過せずに早く的確な治療を開始してあげること,そして,対応する医療スタッフ自身のストレス過多の防止になることに,本書がきっと役立つであろうと信じている.
2007年2月
市川光太郎
目次
総論―児童虐待と医療機関との関わり― 〈市川光太郎〉
■虐待の本質とは?
■医療機関と虐待の接点
1.虐待の連続性と医療機関との関わり
2.小児救急医療現場での虐待
3.医療機関の役割
■医療機関での児童虐待アプローチの問題点と課題点
■医療機関における児童虐待アプローチの理想像
1.医療機関の全職員が児童虐待に関する知識の共有
2.グレーゾーン・イエローゾーン症例の見逃し防止と関連機関への連携
3.レッドゾーン症例をいかに迅速・的確に保護できるか
4.医学的重症度診断および治療が適切にできるか
5.医療的バックアップ(事後支援)の実施
各論
1.健診など保健福祉業務での対応―(1) 〈山崎嘉久〉
■乳幼児健診場面での児童虐待の発見と予防的対応
■ことば遅れを契機とした虐待予防の支援
症例(1) 3歳3カ月男児
■健診受診後のフォロー中に死亡した乳児例
症例(2) 生後4カ月女児
■コラム:健診未受診例を地域の支援につなげるには
■健診を利用して地域の虐待対応を再構築した事例
症例(3) 生後4カ月男児
■コラム:乳幼児健診の判定にある2つの考え方
■学校検診での養護教諭から校医への相談
症例(4) 小学4年生女児
2.健診など保健福祉業務での対応―(2) 〈二宮恒夫〉
症例(1) 1歳6カ月健診で発見された虐待例
3.小児科外来診療における対応―(1)〈森田好樹〉
■コラム:ネグレクトを見逃さない
症例(1) 8カ月女児
症例(2) 2歳男児
■コラム:障害児への虐待の予防と早期発見
症例(3) 13歳女児
■コラム:診察室での親の態度から虐待を否定しない
症例(4) 6歳女児
4.小児科外来診療における対応―(2) 〈泉 裕之〉
■身体的虐待症例への対応
症例(1) 5歳男児
■身体的虐待を見逃した症例
症例(2) 1歳4カ月女児
■身体的虐待の可能性がある症例への対応
症例(3) 1歳8カ月女児
■ネグレクトによる死亡例への対応
症例(4) 1カ月女児
5.救急外来における対応―(1)(死亡症例の対応を含む) 〈市川光太郎〉
■児童虐待疑い症例に対する対応
症例(1) 3カ月男児
症例(2) 4歳男児
症例(3) 4.6歳女児
■虐待診断症例における対応
症例(4) 2歳男児と4.5歳女児
症例(5) 4.8歳男児
■虐待死症例への対応
症例(6) 11カ月男児
症例(7) 2歳9カ月女児
6.救急外来における対応―(2) 〈雨田立憲〉
■ことば遅れを契機とした虐待予防の支援
症例(1) 8歳男児
■しつけとの区別が困難だが来院形態より支援体制をとったケース
症例(2) 8歳男児
■支援の際に面談等の組み立てについて考えさせられたケース
症例(3) 10歳男児
■家庭内に様々な問題を抱えているケースのアプローチ
症例(4) 2歳女児
■コラム:救急外来での診療上の体制
7.小児外来診療における対応 〈上野 滋〉
■身体的虐待と小児外科診療
■ネグレクトと小児外科診療
■小児外科疾患と虐待
■症例呈示
症例(1) 1歳女児
症例(2) 2歳女児
8.脳外科診療における対応 〈吉田雄樹〉
■児童虐待疑い症例に対する対応
症例(1) 3カ月女児
症例(2) 5カ月女児
■児童虐待診断症例に対する対応
症例(3) 3歳9カ月女児
■虐待死症例に対する対応
症例(4) 2歳4カ月女児
症例(5) 6カ月男児
9.整形外科診療における対応 〈廣島和夫〉
症例(1) 4カ月男児
症例(2) 2歳女児
症例(3) 4歳男児
10.婦人科診療における対応―性的虐待を中心に―
〈島本郁子 島本太香子 宮代とし子〉
■性的虐待を疑う症例の対応
症例(1) 12歳女児
症例(2) 11歳女児
症例(3) 14歳女児,10歳女児
■性的虐待児の婦人科診療のポイント
■性的虐待の要因とリスク因子
11.各医療機関(開業医)の紹介例への対応 〈松田博雄〉
症例(1) 1歳7カ月男児
症例(2) 2歳男児
症例(3) 5歳男児
12.関係機関からの紹介例への対応―臨床法医診断を中心に― 〈美作宗太郎 恒成茂行〉
■児童虐待疑い症例に対する対応
症例(1) 9歳男児
症例(2) 14歳女児
13.入院中に疑われた症例への対応 〈芥 直子〉
症例(1) 6歳男児
14.虐待を受けた子どもたちへの精神心理的支援 〈岩田泰子〉
■虐待を受けた子どもにみられる状態像
■初期対応とその重要性
■精神医学的疾患や障害のチェックおよび診断と治療
■自己快復過程への援助
■家族への援助
■親子関係修復に対する援助
■学校や児童福祉施設での対応
■虐待された子どもと親への精神心理的支援の実際
症例(1) 1歳10カ月男児A:実母による乳幼児期からの虐待
症例(2) 13歳女児B:実父からの性的虐待
索 引