序文
 腎臓は,尿を生成し代謝の終末産物を排泄するばかりでなく,昇圧系・降圧系ホルモンの産生によって血圧の調節に重要な働きを演じている.高血圧患者では腎臓に存在する糸球体の数が,先天的に減少しているため血圧の上昇をきたすともいわれている.現在,わが国の高血圧患者は約3700万人であり,代表的な「国民病」の一つである.わが国の1日の平均食塩摂取量は,約11グラムで目標とする摂取量には程遠いのが現状である.また,1日の運動量・歩行数も目標にはいまだ達成されていないことから,食事や運動などの生活習慣の改善が叫ばれている.高血圧は腎臓のみならず脳,心臓,大血管など多くの臓器に様々な障害を及ぼしている.一方,腎臓病は高血圧の大きな原因疾患である.このように,腎臓と高血圧は,互いに密接な関係をもっており,これらを分けて論ずることができないほどである.
 これまで,国内・外から優れた腎臓病と高血圧に関する教科書や解説書が数多く出版されている.そんななか,私が浅学菲才の身をかえりみず,あえて本書を上梓させていただいた意図は,外来やベッドサイドでいつも腎臓病と高血圧の関連性を考え,患者の診断と治療にすぐに活用できるような実践的マニュアルを作り,臨床の場で生かしていただきたいと考えたからである.これまで刊行した自著を中心に,諸家の優れた論文・著書を参考にし私なりにまとめてみた.
 本書では,「高血圧はなぜ問題なのか?」,「最近出版された高血圧ガイドラインをどう読んだらよいのか?」,「高血圧患者を診たときにどう診察していくのか?」,「腎障害を伴った高血圧患者をどう診察するのか?」,「患者から日ごろよく聞かれる質問にどう答えるのか?」,「腎臓病・高血圧の治療で,してはいけないことはなにか?」について簡明にまとめた.さらに,腎臓病・高血圧の診療でよく用いられる臨床検査値の基準値と略語の一部の正式名を参考資料として載せた.
 本書が,腎臓病・高血圧の診療における実践書として一般臨床医ならびに研修医に役立つよう心がけたが,内容の過不足や不備な点も多々あろうかと思われる.読者の皆さんのご批判やご叱正を心から願う次第です.
 最後に,いろいろご尽力いただきました関係各位に深謝致します.

 2006年新春 神田川のほとりにて
 富野康日己


目 次

第 1 章◆高血圧はなぜ怖いか?  1
 1.高血圧はなぜ怖いか  1
 2.血圧とは?  1
  a.血圧を規定する因子  1
  b.収縮期血圧と拡張期血圧  3

第 2 章◆高血圧ガイドラインの読み方・使い方  4
 1.ガイドラインにみる高血圧の定義  4
 2.治療開始基準  5
 3.降圧目標  6
 4.腎疾患を伴う高血圧の治療指針(JSH2004)  8
 5.他疾患を合併する高血圧  10

第 3 章◆高血圧患者を最初に診たときの診察手順  11
 1.血圧測定  11
  a.外来診察室での血圧測定  11
  b.家庭血圧測定  11
  c.24 時間自由行動下血圧測定(ABPM)  12
 2.二次性高血圧の診断  15
  a.二次性高血圧の頻度  15
  b.二次性高血圧を示唆する所見とその鑑別に必要な検査  15
  c.専門医との連携  16
 3.慢性腎臓病の診断  17
  a.高血圧による腎障害  17
   1)良性腎硬化症(benign nephrosclerosis)  18
   2)悪性腎硬化症(malignant nephrosclerosis)  21
  b.腎性高血圧  25
   1)腎実質性高血圧  25
   2)腎血管性高血圧(renovascular hypertension: RVH)  29
 4.血圧と腎臓  39
  a.高血圧に伴う合併症  39
  b.高血圧とレニン-アンジオテンシン(RA)系  39
  c.腎機能とアンジオテンシンII  40
   1)糸球体血行動態に対する作用  40
   2)糸球体メサンギウム細胞に対する作用  41
   3)尿細管糸球体フィードバック(tubuloglomerular feedback: TGF)  41
   4)尿細管作用  42
   5)血管内皮機能  42
   6)酸化ストレス  44
   7)インスリン抵抗性44
  d.レニン-アンジオテンシン(RA)系の遺伝子多型と高血圧  44
   1)レニン遺伝子  44
   2)アンジオテンシノーゲン遺伝子  44
   3)アンジオテンシン変換酵素遺伝子  45
   4)アンジオテンシンII受容体遺伝子  45
  e.腎とカルシウム(Ca)チャネル  46
   1)Caチャネルの基礎  46
   2)腎細動脈とCaチャネル  47

第 4 章◆腎障害を伴う高血圧の基本診療スキル  49
 1.日常生活上のマネジメント  49
  a.禁煙  49
  b.肥満の改善  49
  c.減塩  50
  d.摂取エネルギーの制限  54
   1)肥満を合併している場合  54
   2)高脂血症を合併している場合  55
   3)糖尿病を合併している場合  55
   4)腎障害を合併している場合  55
  e.水分の摂取  55
  f.アルコール摂取  56
  g.コーヒーなどのカフェイン飲料  57
  h.運動療法  58
 2.一般検査を使いこなす  59
  a.血尿をみたら  59
  b.糖尿をみたら  62
  c.蛋白尿をみたら  62
  d.外来血圧の使い方と解釈のポイント  64
  e.家庭血圧・24時間血圧の使い方と解釈のポイント  64
  f.早朝高血圧  65
  g.白衣高血圧  66
  h.仮面高血圧  66
  i.腎障害を伴う高血圧のチェックポイント  66
 3.血圧の上手な下げ方・降圧薬の使い方  68
  a.良性腎硬化症  68
  b.悪性腎硬化症  68
  c.腎血管性高血圧  69
 4.保存期慢性腎不全での高血圧に対する降圧薬治療 --降圧薬の選択--  70
  a.ACE阻害薬  70
   1)ACE阻害薬の特徴  70
   2)ACE阻害薬と腎臓  70
  b.アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)  72
   1)ARBの特徴  72
   2)ARBと腎臓  73
  c.Ca拮抗薬(CCB)  73
   1)Ca拮抗薬の特徴  73
   2)Ca拮抗薬と腎  75
  d.その他の降圧薬  75
 5.透析患者での降圧薬の使い方と血圧コントロール  76
  a.カルシウム拮抗薬(CCB)  76
  b.アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬  77
  c.アンジオテンシンII受容体遮断薬(ARB)  77
  d.β遮断薬  78
  e.α1遮断薬  78
  f.交感神経抑制薬・中枢作動薬  78
  g.利尿薬  78

第 5 章◆患者からよく聞かれる27の質問 --Q&A--  79
Q1.尿の量が多いのですが,大丈夫ですか?  79
Q2.尿に泡がたつのですが大丈夫ですか?  79
Q3.蛋白尿がでると病気ですか?  79
Q4.尿の異常の見分け方と種類・原因は?  80
Q5.尿が出にくいのですが腎臓病でしょうか?前立腺肥大との鑑別方法は?  80
Q6.クレアチニンってなんですか?
    クレアチニンの値と腎臓病の程度は関係しているのですか?  81
Q7.高血圧と腎臓の働きは関連しているのですか?それはどうしてですか?  81
Q8.IgA 腎症ってどんな病気ですか?  82
Q9.腎硬化症とはどのような病気ですか?  82
Q10.糖尿病腎症とはどのような病気ですか?  83
Q11.妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)では,腎臓が悪くなるのですか?  83
Q12.痛風腎ってどんな病気ですか?  84
Q13.慢性腎不全ってどんな病気ですか?  84
Q14.腎臓病は遺伝しますか?  85
Q15.病院では血圧が高く出ますが,家庭では血圧が低いのです.
    どうしてですか?  85
Q16.家での血圧は,寝て測った方がよいですか?
    座って測った方がよいですか?  85
Q17.腎臓病でも運動(山登りや水泳)をしてもよいですか?  86
Q18.食塩はどうして高血圧や腎臓病に悪いのですか?  86
Q19.高蛋白食はどうして腎臓に悪いのですか?  86
Q20.家で測った血圧が低くても降圧薬を飲んでも大丈夫でしょうか?  87
Q21.Ca拮抗薬の特徴と副作用を教えてください.  87
Q22.Ca拮抗薬とグレープフルーツジュースは
    飲み合わせがよくないのですか?  87
Q23.ACE 阻害薬の特徴と副作用を教えてください.  88
Q24.A?拮抗薬の特徴を教えてください.  88
Q25.利尿薬の特徴と副作用を教えてください.  89
Q26.どうやったら降圧薬の服用をやめられますか?  89
Q27.続発性腎臓疾患の生活上の注意点は?  89

第 6 章◆腎・高血圧内科の治療でしてはいけない24項目  90
C1.高度のネフローゼ症候群患者に,
    大量の水分・塩分負荷を行ってはならない  90
C2.ネフローゼ症候群の患者に,
    原則として大量の利尿薬を投与してはならない  90
C3.糖尿病腎症における浮腫に対して,サイアザイド系利尿薬は,
    原則として投与してはならない  90
C4.痛風腎に,原則としてサイアザイド利尿薬を投与してはならない  90
C5.腎前性急性腎不全における乏尿,無尿に対し,
    原因の治療なしに利尿薬を投与してはならない  90
C6.糖尿病腎症における高血圧に対して,
    原則としてβ遮断薬を投与してはならない  91
C7.両側腎動脈狭窄にみられる高血圧に,
    アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を用いてはならない  91
C8.高K血症を伴う腎機能低下患者に,ACE 阻害薬を投与してはならない  91
C9.気管支喘息を伴う高血圧患者にβ遮断薬を投与してはならない  91
C10.PAN(AN69)膜のダイアライザーを用いている透析患者に
    ACE阻害薬を投与してはならない  91
C11.心機能の低下している腎不全患者に,
    精査なしにむやみに内シャントを造設してはならない  91
C12.著しい低Na血症を,急速に補正してはならない  91
C13.透析患者に,水酸化アルミニウムを投与してはならない  92
C14.高K血症患者の治療の際,ソルビトールにイオン交換樹脂を溶解し,
    注腸をしてはならない  92
C15.出血性病変(消化管出血,眼底出血など)のある患者の透析では,
    抗凝固薬としてヘパリンを投与してはならない  92
C16.カリウム(K)の急速な,
    あるいは多量の静脈内投与を行ってはならない  92
C17.妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の高血圧患者に,
    ループ利尿薬を用いてはならない  92
C18.腎不全による高度の高K血症時には,ジギタリスを投与してはならない  92
C19.高K血症を伴う腎不全に,
    スピロノラクトン,トリアムテレンを投与してはならない  93
C20.高K血症を伴う腎不全に,
    サクシニルコリン(スキサメトニウム)を投与してはならない  93
C21.糖尿病腎症によるネフローゼ症候群に対して,
    副腎皮質ステロイドを投与してはならない  93
C22.副腎皮質ステロイドは,急激に減量・中止してはならない  93
C23.シクロスポリン投与中の患者に,
    グレープフルーツを食べさせてはならない  93
C24.無症候性肉眼的血尿患者に,「血尿が続いたり,再発があったら
    精査しましょう」などとして止血薬投与などですませてはならない  93
臨床検査の基準値  95
略語一覧  101
参考文献  107
索 引  109