はじめに
「アルツハイマー病の臨床診断は難しくない!」.これが,著者が10年以上にわたって「物忘れ外来」で認知症診療を行ってきた経験から導き出した結論です.アルツハイマー病と聞くとなにか難しい脳の病気であり,神経系の専門的な知識がないと診断できないと考えていませんか? 典型的なアルツハイマー病の臨床診断は難しくありません.診断のコツあるいはスキルを習得すると,アルツハイマー病ほど診断の容易な病気はないかもしれません.本書は,認知症を専門とされない臨床医の先生方,研修医の先生方,医学生の方々を対象に,アルツハイマー病診療のコツやスキルを学ぶための事例集です.本書では,物忘れを訴える患者さんを診察した際,どのように考えながら診断と治療・介護を進めていくのかをいろいろなパターンを通じて学んで頂けるように構成しております.
「アルツハイマー病診療は診断後から始まる」.アルツハイマー病診療で大切なことは,診断後の上手な介護,適切な対応を介護家族にわかりやすくかつ具体的に説明できるスキルを身につけることです.介護家族は,患者さんにみられる行動障害・精神症状に困って医療機関を受診するのです.医師にどうしたらよいか相談をしたいのです.相談を受けた医師は,介護家族が困っていること,悩んでいることに対して具体的かつわかりやすい対策を呈示できるスキルを身につけることが求められます.アルツハイマー病に対する根治的な治療が見出されていない現在,大切なことは上手な介護,適切な対応です.本書の後半では,事例を通じてこの介護スキルを習得できるよう日常で遭遇しやすい行動障害・精神症状を挙げて解説しております.
 前書「物忘れ外来ハンドブック─アルツハイマー病の診断・治療・介護」(中外医学社刊)と本書を読んで頂ければ,アルツハイマー病の日常診療に必要な事柄はほとんど網羅されております.本書を通じて,認知症を専門とされない先生方のアルツハイマー病診療のスキル向上に多少なりともお役に立てれば著者の喜びとするものです.

2006年8月
著者


目次

第1章 病歴と診察からみたアルツハイマー病の診断スキル
 A.典型的なアルツハイマー病の診断
   事例1 家族が病状を正確に把握している患者さん
   事例2 家族は病状を把握していないがアルツハイマー病の典型的な病像を
       示す患者さん
   事例3 家族が認知症に関心なく認知症が高度に進展してから医療機関を
       受診した患者さん
 B.行動障害が目立つアルツハイマー病の診断
   事例4 迷子が目立つ患者さん
   事例5 重ね着,放尿が目立つ患者さん
 C.精神症状が目立つアルツハイマー病の診断
   事例6 物盗られ妄想を訴え夫に刃物を突きつける患者さん
   事例7 幻覚,妄想,夜間不穏が目立つ患者さん
 D.アルツハイマー病の判断が困難な事例の診断と方針
   事例8 家族の話からアルツハイマー病の可能性が考えられるが,
       本人の診察と検査では正常範囲を示す患者さん
   事例9 家族からの病歴聴取では問題ないようだが本人の診察あるいは
       検査の結果でアルツハイマー病の可能性が考えられる患者さん
   事例10 連れてきた家族間で病状の把握が異なる患者さん

第2章 検査・画像からみたアルツハイマー病の診断スキル
 A.臨床検査からみたアルツハイマー病の診断スキル
 B.テスト式認知機能検査からみたアルツハイマー病の診断スキル
   事例11 テスト式認知機能検査で正常範囲に位置するアルツハイマー病
       患者さん
 C.画像検査からみたアルツハイマー病の診断スキル
   事例12 脳SPECTが臨床診断に役立った患者さん
   事例13 脳SPECTでアルツハイマー病を疑い臨床経過で診断が確実となった
       患者さん

第3章 アルツハイマー病と他の認知症疾患との鑑別スキル
   事例14 脳血管性認知症と診断される患者さん
   事例15 レビー小体型認知症と診断される患者さん

第4章 アルツハイマー病と鑑別すべき
    治療可能な疾患・病態の診断スキル
   事例16 年齢に伴う心配いらない物忘れ
   事例17 慢性硬膜下血腫
   事例18 アルツハイマー病の経過中に慢性硬膜下血腫を合併
   事例19 外傷性脳損傷による記憶障害
   事例20 脳血管障害急性期
   事例21 脳腫瘍
   事例22 うつ病
   事例23 せん妄
   事例24 老年期にみられる認知症を伴わない幻覚・妄想
   事例25 病前性格の尖鋭化?

第5章 認知症の行動・心理症状(BPSD)の病態と介護
    --このように対応するとBPSDは軽減する--
 A.なぜ認知症の行動・心理症状(BPSD)の理解が必要か?
 B.何回も同じ質問をする,同じことを聞いてくる
   事例26 ご飯を食べたのに食べていないと何回も訴える患者さん
 C.物盗られ妄想
   事例27 物盗られ妄想,嫉妬妄想が前景となる患者さん
 D.徘徊
   事例28 無断外出や徘徊が目立ち頻繁に警察に保護される患者さん
 E.易怒性,威嚇行為
   事例29 易怒性と家族への威嚇行為がみられる患者さん
 F.弄便行為,不潔行為
   事例30 便器内の水で手を洗ってしまう患者さん
 G.自発性の低下,意欲の減退
   事例31 自宅で一日中何もしない患者さん
 H.自動車運転の是非
   事例32 アルツハイマー病と診断されているが自動車の運転を止めない患者さん
 I.家族が病気を理解できず不適切な対応をしている
   事例33 妻によっていつも叱られる,怒られる,注意されている患者さん
 J.成年後見制度を利用する
   事例34 訪問販売にしばしば騙され高価な売買契約を結んでしまう患者さん
 K.不安症状
   事例35 不安症状が目立ち家族が困っている患者さん
 L.家族は認知症を心配しているが患者さん本人が受診したがらない
   事例36 病院受診を拒否する患者さん

第6章 ドネペジル(アリセプト)の上手な使い方
   事例37 ドネペジル投与が開始された患者さん
   事例38 ドネペジル投与で消化器系副作用が認められた患者さん
   事例39 ドネペジル5mgで攻撃性や易怒性が増悪する患者さん

文献と参考資料

索引