発刊によせて

 高齢者社会と少子化という日本生まれの双子は国の税制を見直させるまでに成長した.高齢者の医療・福祉の充実に必要な財源(税収)が若年労働人口の減少のために不足することは容易に理解できる.また,高齢者ほど病気にも罹りやすく,医療費が嵩む.「刹那的消費主義」が幅を利かせているこの社会にブレーキをかけるためにも,消費税を「福祉」目的税とすることを今一度国会論議の俎上に上げて欲しいと思う.と同時に,産官連携の公共事業による税金ばら撒きは止めるべきである.日本ほど公共事業に国家予算を割いている国はなく,無駄遣いを見直すことが重要課題である.
 褥瘡についても同じことが言えよう.一旦褥瘡が発症すると多額の医療費がかかる.やはり,褥瘡は予防することが最も大切であり,医療費削減に繋がる.このような発想の下,2002年秋から「褥瘡対策未実施減算」が施行された.これを契機としてようやく褥瘡もスポットライトを浴びる疾患の1つとなった.確かに医療従事者の褥瘡に対する関心は高まり,私の周囲を見ても看護師のレベルは確実に向上したと言える.しかし,一部の例外を除き,医師も含めた他職種の関心は低いままである.何故なのだろうか.地域の基幹病院で各科の専門医師として日夜活動している医師の気持ちを推し量ると,「専門医(皮膚科)にお任せする」というのが本音であろう.それはそれで良い.しかし,皮膚科医がいない病院や老健施設の医師,近隣を往診する医師は他人事では済まないはずである.同様に,栄養士,療法士も無関心であるとの謗りは免れない.医療は,ときにquality of my lifeとは両立しないことを知らねばならない.新たに学ぶということは努力を必要とし,時間がかかるのである.
 現在,医療施設内における褥瘡の予防と発症した褥瘡に対する治療レベルは向上し,標準化が進んでいる.今後,褥瘡を有しながら在宅で療養する方,およびその家族の方々への社会的サポートが一層重要となる.退院前には,家族の方々への褥瘡に関する教育と処置の実践訓練,信頼できる往診医との連携確立,利用可能な福祉サービスの利用法の周知などを行う.退院後は定期的連絡,可能であれば入院していた施設からの訪問看護や往診が望ましい.
 本書は現場の医療従事者とっての褥瘡に関する基本的事項を網羅し,知識の整理に役立つようにした.また,初めて家庭介護をされる方には理解しやすい内容となるよう配慮した.本書が病院と家庭とのギャップを少しでも埋めるための羅針盤として役立てば望外の幸せである.
 2005年 盛夏
 石川 治


目次
1 褥瘡の発症機序  1
  A.全身的要因  <安部正敏>  1
   1.なぜ今褥瘡か?  1
   2.集学的治療を要する褥瘡  1
   3.全身的要因  1
   4.社会的要因  6
   5.医療制度の中での褥瘡の位置づけ  6
   6.褥瘡を防ぐには?  9
  B.褥瘡の発症機序 どうして「床ずれ」ができるのか?  <石川 治>  11
   1.褥瘡とは?  11
   2.圧迫によって生じる応力とは?  11
   3.皮膚の血流を理解する  11
   4.皮膚血管の血圧は?  13
   5.血流障害によって褥瘡が発症する  13
   6.褥瘡の深さ・範囲を決定する因子は?  15
   7.皮膚の「ずれ」は褥瘡発症の危険性を激増させる  16

2 褥瘡発症リスクの評価  <鈴木伸代>  19
   1.ブレーデンスケール  19
   2.K 式スケール  23
   3.褥瘡危険要因(大浦スケール)  26
   4.介護状況をアセスメントする  27

3 褥瘡の予防  <山名敏子>  29
   1.高齢社会と褥瘡対策の意義  29
   2.褥瘡予防の意義  29
   3.褥瘡予防義務と安全管理対策  30
   4.個々の病みの軌跡と褥瘡予防について  30
   5.体圧管理について  31
   6.皮膚管理について  38

4 栄養を整える  43
  A.栄養の摂取方法  <塚田邦夫>  43
   1.なぜ栄養を整えるのか  43
   2.栄養投与法  44
   3.経口摂取  45
   4.経管栄養  48
   5.末梢静脈栄養  52
   6.中心静脈栄養  53
   7.まとめ  56
  B.食事の工夫  <高橋紘江>  58
   1.入院患者の栄養管理  58

5 口腔ケアと嚥下障害  <茂木健司 外丸雅晴>  78
  A.口腔ケア  78
   1.口腔ケアが必要な理由  78
   2.口腔を不潔にする物質とその性質  78
   3.褥瘡患者に対し口腔ケアが必要な理由  79
   4.口腔ケアとは?  80
   5.口腔ケアの種類と対象  82
   6.褥瘡患者の口腔ケアの実際  83
   7.口腔ケア施術時の一般的注意点  85
  B.嚥下障害  87
   1.嚥下障害とは?  87
   2.嚥下障害の見分け方  89
   3.嚥下障害の対処法(食べさせ方)  91
   4.嚥下のリハビリテーション  93
   5.誤嚥防止手術  94

6 局所治療  96
  A.外用薬  <永井弥生>  96
   1.褥瘡の評価  96
   2.浅い褥瘡  96
   3.深い褥瘡  98
   4.処置のポイント  103
  B.創傷被覆材  <鈴木伸代>  107
   1.創傷被覆材とは  107
   2.褥瘡のドレッシング法  108
    ドレッシング材  113
    1.ポリウレタンフィルム ドレッシング材  113
    2.ハイドロコロイド ドレッシング材  114
    3.ポリウレタンフォーム ドレッシング材  115
    4.アルギン酸塩被覆材  116
    5.ハイドロジェル ドレッシング材  117
    6.ハイドロポリマー  118
    7.ハイドロファイバー  119
    8.キチンドレッシング材  120
  C.消毒・洗浄  <遠藤雪恵>  121
   1.褥瘡の感染管理と消毒・洗浄  121
   2.消毒薬の使用法  122
   3.褥瘡の洗浄  126
   4.消毒・洗浄の実際  127

7 リハビリテーション  <和田直樹 白倉賢二>  130
   1.なぜリハビリテーションが必要なのか?  130
   2.褥瘡患者にできるリハビリテーション  132

8 病院から在宅へ,在宅から病院へ -看護師の役割-  <鈴木伸代>  143
   1.病院から在宅へ看護師の役割  143
   2.退院に向けての準備  146
   3.在宅から病院へ看護師の役割  147

9 病院から家庭へ -訪問看護,医療福祉制度について-  <石川 治>  149
  訪問看護  <中里貴江>  150
   1.訪問看護師の仕事の内容  150
   2.実際の仕事の内容  151
   3.介護保険の利用方法・訪問看護の利用方法  152
   4.よい訪問看護師を見分けるポイント  161
   5.訪問看護師からのお願い  161
   6.医師の診察が必要な時とは? 医師との連携  162

10 高齢者医療・介護の過去・現在・未来  <内田好司>  167
   1.2 つの出来事〜ことのはじまり〜  167
   2.2 つの出来事〜コロンブスの卵〜  169
   3.日本の医療は世界一  171
   4.これからの日本の医療・介護  174

11 資料:医療・介護提供施設について  <内田好司>  178

索引  187