序
眼科のある分野（例えば角膜）を勉強するうえで重要なことはなんであろうか？
治療法や手術に関する情報は，至るところに溢れている．講演会を聞いたり，雑誌の総説を読むだけでも，かなりの知識を得ることができる．しかしながら，そうして得られた知識は具体的ではあるものの，断片的になりやすく，応用が利きにくい．応用が利く知識を手に入れるには，系統だ った勉強がどうしても必要である．例えば，最近話題とな っているオキュラーサーフェスの外科的再建法にしても，角結膜上皮や涙液のバイオロジーに関する知識の積み重ねがあ って初めて，なぜ羊膜や輪部組織を移植するかの意義がわかる．表面だけの手術法をまねしてみても，手術の成功に欠かせない術後の上皮管理や免疫抑制などを正しく行うことはおぼつかないであろう．この時代において教科書を手に入れる意味は，まさにそこにある．
教科書を読むうえで障害となることの一つに，著者による記述の相違がある．現代のように専門が細分化している場合，分野によ って複数の著者が執筆を分担することは避けられない．別に明らかな誤りがあるわけでなくても，微妙な記述の違いがあると，読む方は混乱してしまう．その点本書は，「ハーバ ードで学んだ」著者，あるいはその仲間が分担して執筆しているという特徴がある．今や角膜の一流臨床医である各著者が，その修業時代にハーバードという，共通でかつ一流の場所で学び，これを日本に持ちかえ ってこれを発展させた．本書は，こうした共通のバックグラウンドを持つ先生方に執筆を依頼することで，できる限り統一性のある内容とすることに成功したと自負している．
肝心の内容も，「いわゆる教科書」，すなわちもれがないようにカバ ーすることを優先させるあまり，読んでいる方は何が重要なのかわからなくなる，という弊害に陥らないように留意した．系統だ った知識を得るうえで重要な情報を優先して載せ，通して読んだだけで一応の知識が得られることと思う．さらに本書と同様の形式をもった「手術編」が刊行予定となっている．この2冊を併せて読んでいただくことで，診断・治療の両面をカバ ーする知識を手に入れることができると考えている．
1999年11月
島崎 潤
目 次
§1．オキュラーサーフェス ocular surface 1
A．オキュラーサーフェスのバイオロジー ＜島崎 潤＞ 1
1．オキュラーサーフェスのユニークさ 1
2．角膜上皮の機能－バリア機能 2
3．結膜の不思議 3
4．たかが涙，されど涙 3
5．オキュラーサーフェスの協調 4
6．オキュラーサーフェスのバイオロジー :各論 5
1．角膜の透明性維持とアポトーシス 5
2．角結膜上皮の分化 6
3．ステムセルの概念 6
4．角膜上皮のホメオスターシス 7
5．上皮－実質のinteraction 8
7．オキュラーサーフェスの検査法 8
1．生体染色 8
2．上皮バリア機能の測定 9
3．上皮スペキュラーマイクロスコピー 9
4．涙液スペキュラー検査 10
B．角膜上皮と薬剤 ＜山田昌和＞ 11
1．点眼薬は眼表面の環境をどう変えるか 11
1．点眼液のwash out作用 11
2．pHや浸透圧の変化 12
3．防腐剤による変化 13
2．薬剤の角膜への沈着 13
1．内服薬の沈着 13
2．点眼薬の沈着 14
3．薬剤毒性による角膜障害 15
1．点状表層角膜症 16
2．渦巻き角膜症とepithelial crack line 17
3．遷延性上皮欠損 18
4．輪部機能不全 18
5．その他 20
4．薬剤アレルギーによる角結膜障害 20
1．即時型結膜炎 21
2．薬剤起因性偽眼類天疱瘡 21
3．Stevens－Johnson症候群 22
4．接触性皮膚炎，結膜炎 22
§2．ドライアイ dry eye syndrome 25
A．涙液の生理と異常 ＜渡辺 仁＞ 25
1．涙液の構造およびその供給源 25
2．涙液の分泌 27
3．涙液の成分 28
4．涙液中に存在する代謝に必要な物質 28
5．涙液中の抗菌性物質 28
1．リゾチーム 29
2．ラクトフェリン 29
3．βリジン 29
4．免疫グロブリン 29
6．涙液中のプレアルブミン 29
7．涙液中の成長因子 29
1．epidermal growth factor（EGF） 30
2．transforming growth factor（TGF）－α 30
3．transforming growth factor（TGF）－β 30
4．その他 30
8．ビタミンA 30
9．生理活性物質の涙液への供給 31
1．涙腺からの供給 31
2．角結膜からの供給 31
3．血清からの供給 31
10．ムチン 31
11．涙液動態 32
12．ドライアイでの涙液の異常 33
B．病態と診断 ＜小野眞史＞ 34
1．ドライアイとは 34
2．涙液の役割と構造 34
3．ドライアイの定義と分類 35
4．ドライアイの検査と診断基準 36
1．問診 36
2．検査 36
3．診断基準 42
5．Sjogren症候群とその診断 42
1．ドライアイ検査 44
2．ドライマウス検査 45
3．血清学的検査 45
C．治 療 ＜戸田郁子＞ 47
1．非特異的治療 47
1．涙液の補充療法 47
2．涙液の保持療法 49
2．各涙液層に対する特異的治療 51
1．涙液水層における活性物質の補給 51
2．ムチン層の異常の治療 52
3．涙液油層の異常の治療 53
3．ドライアイの病因に基づく治療 55
1．内分泌系の調整 55
2．神経系の調整 55
3．免疫学的療法 56
4．その他の治療 57
1．手術 57
2．東洋医学的療法 58
§3．免疫学的異常 ＜深川和己＞ 61
A．角膜の免疫学的異常の考え方 61
1．免疫学的特異性 61
1．角膜の部位による免疫応答性の相違と疾患 61
2．Langerhans細胞 61
2．免疫学的異常による角膜疾患の発症機序の考え方 61
1．I型アレルギー 62
2．II型アレルギー 64
3．III型アレルギー 64
4．IV型アレルギー 65
3．免疫学的異常によって惹起される主な角膜障害の考え方とマネージメント 66
1．周辺角膜潰瘍 66
2．周辺角膜菲薄化 66
3．角膜浸潤 66
4．角膜への血管侵入 67
B．角膜の免疫学的異常による疾患 68
1．蚕食性角膜潰瘍 68
2．自己免疫疾患 68
3．ブドウ球菌性周辺角膜浸潤，カタル性角膜浸潤 69
4．角膜フリクテン 69
§4．アレルギー 71
A．病態と検査法 ＜雑賀寿和＞ 71
1．I型アレルギー反応と結膜炎 71
2．結膜アレルギー炎症とサイトカイン 73
1．IgE産生とIL－4，IFN－γ 74
2．FcεRⅡとIL－4 74
3．マスト細胞とIL－3 74
4．好酸球とIL－3，GM－CSF，IL－5 74
5．リンパ球とサイトカイン 75
3．結膜アレルギー検査 75
1．conjunctival cytology 75
2．眼誘発テスト 76
3．涙液検査 76
B．アレルギー疾患と治療 ＜藤島 浩＞ 78
1．アレルギー性結膜炎の治療 78
1．抗原除去 78
2．T細胞を主体とした細胞性免疫の抑制 79
3．肥満細胞での治療 80
4．アラキドン酸抑制 80
5．環境因子 80
2．春季カタルの治療 82
3．アトピー性皮膚炎に併発したものの治療 83
4．巨大結膜乳頭結膜炎の治療 83
5．ドライアイとアレルギー性結膜炎の中間型の治療 83
§5．角膜実質の構造・生理機能および創傷治癒機転 ＜西田輝夫＞ 86
1．角膜実質の構造 86
1．角膜実質細胞 87
2．間充質 90
2．角膜実質の創傷治癒 91
1．創傷治癒過程 91
2．切開に対する角膜実質の反応性 91
3．細胞の相互作用 92
1．上皮との相互作用 92
2．内皮との相互作用 93
4．屈折矯正手術 93
§6．角膜変性症 97
A．dystrophy ＜真島行彦＞ 97
1．上皮 97
1．Meesmann角膜変性症 97
2．Coganジストロフィ 98
2．Bowman膜 99
Reis－Buckler角膜変性症 99
3．実質 100
1．顆粒状角膜変性症 100
2．アベリノ角膜変性症 101
3．格子状角膜変性症 103
4．斑状角膜変性症 104
5．膠様滴状角膜変性症 105
6．Schnyder角膜変性症 105
4．内皮 106
1．後部多形性角膜変性症 106
2．Fuchs角膜変性症 108
B．degeneration ＜林 研＞ 112
1．加齢による角膜変性 112
1．老人環 112
2．white limbal girdle of Vogt 113
3．crocodile shagreen of Vogt 113
2．カルシウム沈着 113
1．帯状角膜変性 113
2．calcareous degeneration 114
3．鉄沈着 114
4．角膜脂肪変性 115
5．spheroidal degeneration 115
6．Salzmann’s nodular degeneration 116
7．角膜アミロイドーシス 116
8．Terrien周辺角膜変性症 117
9．ペルシド角膜変性症 117
§7．感染症 119
A．ウイルス（内皮炎を除く） ＜高村悦子＞ 119
1．ヘルペスウイルス感染症 119
1．単純ヘルペスウイルス 119
2．帯状ヘルペスウイルス 125
2．その他のウイルス性角結膜炎 127
流行性耳下腺炎ウイルス 127
B．細菌性角膜炎 ＜松本光希＞ 129
1．緑膿菌 129
2．セラチア 131
3．肺炎球菌 131
4．ブドウ球菌 132
5．モラクセラ菌 133
C．真菌性角膜炎 135
D．アカントアメーバ角膜炎 138
§8．角膜内皮 141
A．角膜内皮細胞の生理と検査 ＜千葉桂三＞ 141
1．解剖と生理 141
1．角膜内皮 141
2．Descemet膜 142
3．角膜実質 142
4．前房 143
2．角膜内皮細胞による実質水分の調節機構 143
1．バリア機能 143
2．ポンプ機能 143
3．代謝 144
1．糖 144
2．酸素 144
4．角膜内皮とフリーラジカル 144
5．角膜内皮と増殖関連物質 145
1．成長因子とインターロイキン 145
2．実質細胞の関与 145
6．角膜内皮と免疫 145
7．角膜内皮細胞の創傷治癒 146
1．形態の修復 146
2．機能の回復 146
8．検査 146
1．細隙灯顕微鏡 146
2．スペキュラーマイクロスコープ 147
3．機能検査（透過性検査） 149
4．代謝の検査 150
B．角膜内皮の疾患と治療 ＜岡本茂樹＞ 154
1．滴状角膜 154
2．Fuchs角膜内皮変性症 154
3．後部多形性角膜変性症 155
4．posterior corneal vesicle 156
5．虹彩角膜内皮症候群（ICE症候群） 156
6．先天性遺伝性角膜内皮変性症 157
7．外傷性角膜内皮障害 158
8．その他の続発性角膜内皮障害 158
9．角膜内皮炎 159
1．進行性周辺部浮腫型（1型角膜内皮炎） 159
2．傍中心部浮腫型（2型角膜内皮炎） 159
3．急性中心部浮腫型（3型角膜内皮炎） 159
4．ぶどう膜炎型（4型角膜内皮炎） 160
§9．コンタクトレンズ 162
A．コンタクトレンズと角膜生理 ＜坂田実紀＞ 162
1．コンタクトレンズ装用と酸素 162
1．角膜外界表面（大気中）からの拡散 162
2．前房水 163
3．周辺部血管 163
2．コンタクトレンズ装用と角膜上皮 163
3．コンタクトレンズ装用と角膜実質細胞 165
4．コンタクトレンズ装用と角膜内皮細胞 166
5．コンタクトレンズ装用による角膜血管新生 167
6．コンタクトレンズ装用と角膜知覚 168
B．コンタクトレンズの選択とフィッティング ＜秦誠一郎＞ 171
1．コンタクトレンズの種類 171
1．素材による分類 171
2．装用時間による分類 171
2．コンタクトレンズの選択 172
1．PMMA CL 172
2．ガス透過性HCL 172
3．非含水性SCL 172
4．低含水性SCL 172
5．高含水性SCL 172
3．CL使用システムの選択 172
1．デイリーウェア 172
2．連続装用 173
3．頻回交換法 173
4．ケア用品 173
4．ハードレンズかソフトレンズか？ 173
1．ハード系レンズの選択 174
2．RGPL処方における注意点 174
3．PMMA CL処方における注意点 175
4．ソフト系レンズの選択 175
5．コンタクトレンズのフィッティング 175
1．SCLのフィッティング 175
2．RGPLのフィッティング 176
3．涙液交換 177
6．特殊コンタクトレンズ 178
1．円錐角膜 178
2．老視用コンタクトレンズ 179
C．合併症とその治療 ＜渡邉 潔＞ 182
1．CL装用による角膜障害 182
1．角膜障害の新しい分類 182
2．角膜障害の定義 182
2．酸素不足による角膜障害 185
1．びまん性のSPK 185
2．角膜びらん 185
3．急性上皮浮腫 186
4．角膜内皮の障害 186
5．角膜新生血管 187
3．ドライアイによる角膜障害 187
1．3時－9時ステイニング 187
2．スマイルマークのSPK 188
3．角膜上部のSPK 189
4．機械的刺激による角膜障害 190
1．エッジ痕（弓状） 190
2．角膜上部のepithelial splitting 190
3．角膜浸潤 190
5．感染による角膜障害 191
1．角膜浸潤 191
2．角膜びらんと角膜潰瘍 191
3．その他の感染性角膜炎 191
6．点眼薬の薬剤毒性による角膜障害 192
1．防腐剤 192
2．血管収縮剤 192
3．緑内障治療薬やビタミン剤の点眼 192
7．自覚症状と他覚的所見 192
索 引 195