本書は肝臓病学の教科書ではなく,肝疾患患者の日常診療に役立つことを目的として編集された実践の書である.この目的を達成するために質疑応答の形をとり,設定された質問に対し肝疾患診療に経験の深い専門家の方々に日常診療における経験を踏まえて答えて頂く形式をとった.

 20世紀も数年で終わろうとしている.20世紀の科学は物理の世紀であったとよくいわれる.現象,物質を分析し,現象,物質を構成する最小単位を明らかにすることが最終的な目標であった.医学,生物学もこの大きな潮流から逃れることはできなかった.そして今世紀も終わり近くなって生物現象の最小単位を構成する要素の一つ,遺伝子を分離,解析する手段を手中に入れた.その結果,病態,疾患を遺伝子レベルで解析し,説明することが可能となった.しかし,日常診療においては現象を説明するだけでは不十分であることを,日常診療に携わる臨床医はよくご存知と思う.患者からは日常生活,食事内容,運動などさまざまな質問がある.それぞれに対し適切な答えが必要である.一方,肝疾患を専門とする医師には,肝臓病学の知識を背景にした診療経験から演繹された多くの事実の蓄積がある.また,第一線での診療の現場では成書には十分に記述されていない現象に遭遇することがしばしばある.これに対し的確に判断し,対応することは肝疾患の臨床においては是非とも必要である.

 このような観点から本書は編集され,そのため系統だった構成とはなっていない.しかし,本書が日常診療に役立ち,成書に書かれた肝臓病学を補完するものとして役立って欲しいと思う.

 終わりにご多忙にもかかわらずご寄稿頂いた諸先生,また編集にあたられた中外医学社の諸兄姉に深甚の感謝を申し上げる次第である.

     1997年10月

戸田剛太郎

沖田 極

田中直見

執筆者

戸田剛太郎  熊田博光  林茂樹  福井博  上野幸久  沖田英明  渡辺明治  佐藤俊一  滝川康裕  飯野四郎  伊藤俊雄  山田剛太郎  池田有成  青柳豊  江原正明  持田智  戸島恭一郎  福田浩之  税所宏光  土屋幸浩  斎藤明子  大友邦  多田信平  佐久間亨  古井啓  池田健次  岡崎宗子  奥田道有  沖田極  柴山隆男  大竹寛雄  上村朝輝  矢野右人  茶山一彰  松村雅幸  小俣政男  奥野忠雄  西森弘  樋口清博  松島照彦  田中照二  袖山健  清澤研道  村上武司  銭谷幹男  谷川久一  山内眞義  与芝真  矢田豊  萱野幸三  和崎秀二  市田隆文  佐藤祐一  林紀夫  萩原秀紀  正木尚彦  黒崎雅之  榎本信幸  佐藤千史  柘野浩史  村脇義和  川崎寛中  恩地森一  堤幹宏  高瀬修二郎  別府倫兄  神代正道  田中直見  久保圭子  佐田通夫  小野典之  見田有作  柳雅彦  五十川修  鈴木康文  田村興子  祐徳浩紀  加藤彰  北見啓之  浪久利彦  神坂和明  松田春甫  塚田真子  與那覇政智  山田春木  足立幸彦  伊藤正  上硲俊法  原田英治  加藤義和  柏木元実  三橋容子  鈴木孝典  井戸健一  玉田喜一  木村健  松村康博  坪内博仁  松下隆司  藤井香  金井文彦  望月圭  丸山稔之  安部井誠人

目次

§1.肝臓病の考え方と臨床

  1.肝臓病の病因別分類  2

  2.肝臓病の病態別分類  4

  3.HCV−RNA陽性,その他肝機能検査が正常な人のフォロー  5

  4.肝障害が起きやすい全身疾患  8

  5.脂肪肝の対策  10

§2.症状,症候

 A.どのような場合,肝疾患を考えるか

  1.肝疾患の主訴  14

  2.手掌紅斑があれば肝硬変か  15

  3.潜在性肝性脳症とは  16

  4.肝性昏睡の診断  17

 B.肝機能検査の考え方

  1.効率のよい肝機能検査項目の組み合わせ  18

  2.AST(GOT),ALT(GPT)と組織学的活動度の相関  20

  3.プロトロンビン時間とヘパプラスチンテストの違い  21

  4.TTT,ZTTの上昇の意義  22

  5.α−フェトプロテインと肝細胞癌  23

 C.腹部エコー診断のポイント

  1.肝臓全域を描出するためのプローブ操作  24

  2.慢性肝障害のエコー所見  27

  3.脾腫大の診断  30

  4.肝限局性疾患のエコー所見  32

  5.腹部エコーによる肝血流測定法  35

  6.肝内占拠病変とは  38

  7.腹部エコーによる胆道疾患発見のコツ  40

  8.腹部エコーの慢性肝疾患所見  42

  9.アンジオエコーの有用性  45

 D.CT診断から何が分かるか

  1.肝内占拠性病変とは  48

  2.びまん性肝疾患における意義  50

  3.造影CTの意義  52

  4.ヘリカルCTの意義  54

  5.脳のCT検査の意義  56

  6.胆道疾患のCT診断  58

 E.MRI診断から何が分かるか

  1.肝細胞癌のMRI所見  60

  2.T1強調画像とT2強調画像の意味  62

  3.肝血管腫と肝細胞癌の鑑別  64

  4.造影MRIの意義  66

 F.血管造影の意義

  1.よりよい肝血管造影を行うには  68

  2.肝血管造影で何がわかるか  70

  3.肝血管造影の適応と禁忌  72

  4.肝血管造影法の手技に伴う合併症  74

 G.腹腔鏡診断の役割

  1.腹腔鏡の意義  76

  2.腹腔鏡検査・肝生検の禁忌  78

 H.肝生検診断の意義

  1.組織診断に必要な標本採取と染色法  80

  2.サンプリングエラーの防止対策  82

  3.超音波映像下肝生検の意義  83

 I.遺伝子診断の現状と方向

  1.ウイルス性肝炎の遺伝子診断  84

  2.肝炎ウイルス遺伝子のPCR法  86

  3.肝癌の遺伝子診断  88

§3.治 療

 A.生活指導のポイント

  1.禁酒の必要性  92

  2.ゴルフの制限は  93

  3.C型肝炎ウイルスキャリアに垂直感染はあるか  94

  4.家族内にウイルス肝炎患者がいる場合  96

  5.肝硬変患者の入浴上の注意点  97

  6.東南アジア,中近東,アフリカへの長期派遣者のA型肝炎

   ワクチン接種  98

  7.肝硬変患者の車の運転  100

  8.筋力アップと肝性脳症  102

  9.食後の安静の必要性  104

 B.栄養,食事療法

  1.高蛋白,高カロリー食の意味.油物,香辛料の指導  105

  2.肝性脳症を伴う肝不全例の低蛋白食  106

  3.糖尿病合併肝硬変患者の食事療法  107

  4.過栄養性脂肪肝患者の栄養指導  108

  5.腹水時の塩分制限  109

 C.インターフェロン療法

  1.インターフェロン療法の適応と禁忌  110

  2.インターフェロンの種類と有効性  112

  3.慢性B型肝炎とC型肝炎のインターフェロン投与法の違い  115

  4.インターフェロン−βの投与期間  118

  5.インターフェロンの副作用  119

  6.効果を左右するウイルス要因  122

 D.肝臓用薬

  1.肝庇護剤の種類とその薬効薬理  124

  2.BRMの種類と薬効薬理  126

  3.抗ウイルス経口薬の種類と薬効薬理  127

§4.肝臓病の診断と治療

 A.急性肝炎

  1.急性肝炎と診断する根拠  130

  2.肝炎ウイルスによる急性肝炎の病像の違い  132

  3.肝炎ウイルス以外の急性肝炎の原因ウイルス  134

  4.HBsAg陽性はB型肝炎か  136

  5.急性肝炎は慢性化するか  137

  6.重症肝炎の診断・治療  138

  7.肝炎ウイルスマーカー陰性の急性肝障害の診断  140

  8.グルコース点滴の必要性  141

  9.退院時期の決め方  142

 B.劇症肝炎

  1.劇症化の予知法  143

  2.急性型と亜急性型の臨床的特徴  146

  3.劇症肝炎の治療法  148

  4.急性肝炎の劇症化と肝炎ウイルス  150

  5.劇症肝炎経過のモニター法  151

  6.血漿交換適応と効果  152

  7.劇症肝炎に対する肝移植の評価  153

 C.慢性肝炎

  1.慢性肝炎の病理組織診断  154

  2.HCV抗体陽性はC型肝炎か  158

  3.B型慢性肝炎とC型慢性肝炎の腹腔鏡像,肝生検組織像  160

  4.B型肝炎とC型肝炎のインターフェロンの有効性  163

  5.慢性肝炎の進展と血小板数  164

  6.C型肝炎ウイルス遺伝子におけるハイパーバリアブルリー

  ジョン  165

  7.B型肝炎ウイルスキャリアの劇症化(重症化)  169

  8.肝硬変移行判断法  172

  9.針刺し事故の対応  174

  10.肝炎以外の疾患が併発した場合の薬物療法  176

 D.肝硬変

  1.肝線維化,肝硬変の血清マーカー  178

  2.腹腔鏡肝生検の有用性  181

  3.AST(GOT)・ALT(GPT)の治療目標値  182

  4.血小板数10万以下は肝硬変か  184

  5.アルコール性肝障害と断酒の効果  185

  6.インターフェロン療法の適応  186

  7.急性増悪時の治療法  188

  8.食道静脈瘤の治療法の選択  190

  9.HBVとHCVによる肝硬変の差異  196

  10.肝硬変患者の薬物療法  198

 E.肝 癌

  1.肝癌の種類  200

  2.小肝細胞癌の画像診断  202

  3.肝細胞癌の腫瘍マーカー  206

  4.腫瘍生検の適応,方法,合併症  208

  5.胆管細胞癌の画像診断  212

  6.肝細胞癌の内科的治療と外科的治療  214

  7.PEI療法の実際  216

  8.TAE療法の実際  218

  9.肝臓の前癌病変とは  220

  10.早期肝細胞癌とは  222

 F.アルコール性肝障害

  1.血清γ−GTP値の意義  223

  2.ウイルスマーカー陽性でかつアルコール多飲者の診断  224

  3.断酒とAST(GOT),ALT(GPT),γ−GTPの正常化  226

  4.アルコール性肝障害と肝癌の合併  227

 G.自己免疫性肝疾患

  1.自己免疫性肝疾患の種類  228

  2.自己免疫性肝炎の診断基準  230

  3.自己免疫性肝炎の維持療法  233

  4.原発性胆汁性肝硬変の診断基準  234

  5.ウルソ酸の適応と投与法  237

  6.原発性硬化性胆管炎の自己抗体  238

  7.UDCAと原発性胆汁性肝硬変,肝移植の適応  239

  8.コルチコイド無効例の対策  240

  9.Autoimmune cholangiopathyとは  241

 H.薬物性肝障害

  1.薬物服用から薬物性肝障害発症までの期間  242

  2.診断は  244

  3.治療は  246

  4.DLSTの方法  248

  5.胆汁うっ滞型で黄疸改善後もALP,γ−GTPが上昇する場合  249

 I.体質性黄疸

  1.診断は  250

  2.Gilbert病の診断と発生機序  252

  3.Crigler−Najjar症候群の診断と発生機序  254

 J.代謝性肝障害

  1.背景肝疾患のない肝性脳症を来す先天性代謝疾患  255

  2.肝アミロイドーシスを疑う臨床像  258

  3.ヘモクロマトーシスの診断と治療  260

  4.Wilson病の遺伝子医学  262

  5.ヘモクロマトーシスの遺伝子医学  264

  6.長期高カロリー輸液による肝障害  265

  7.糖尿病に伴う肝障害の治療  266

 K.感染性肝障害

  1.肝膿瘍のドレナージ治療  268

  2.胆管癌と寄生虫性肝疾患  271

 L.妊娠と肝疾患

  1.妊婦の肝疾患の診断と治療  272

§5.胆道疾患の診断と治療

  1.閉塞性黄疸の診断  276

  2.胆道ドレナージ法の選択法  277

  3.胆石症の治療法の選択  278

  4.胆嚢内隆起性病変の画像診断  280

  5.胆嚢内の小隆起性病変の腹腔鏡的胆嚢切除術  282

  6.肝内結石症の治療法  284

  7.ESWLで破砕可能な石とは  286

  8.胆道ジスキネジーとは  287

  9.コメットサインの意義  288

§6.肝臓病のトピックス

  1.ウイルス肝炎における肝細胞障害のメカニズム  290

  2.B型肝炎ウイルス発症のメカニズム  292

  3.肝線維化のメカニズム  293

  4.肝発癌の機構の考え方  294

  5.肝再生因子とは  296

  6.HCVと肝炎の消長  299

  7.肝臓病の遺伝子治療  300

  8.日本における肝移植の現状  302

  9.肝臓病とアポトーシス  304

  10.Seroconversionの意義  306

  11.Pre−core領域の遺伝子突然変異と重症肝障害  308

  12.Tumor necrosis factorの意義  310

  13.コレステロール結晶形成促進蛋白の意義  311

  14.コレステロール胆石の石灰化機序  312

索 引  313