序言
わが国で公にプライマリケアという言葉が使われたのは,1974年12月医師研修審議会から提出された建議書と言われている.1975年に同審議会(会長:日野原重明氏)が出した意見書では,「プライマリケアとは,一般に個人や家族と最初に接する保健医療のことをいうのであるが,ここでは,医師は初診患者の問題を的確に把握して適切な指示,緊急に必要な処置の実施および他の適切な医師への委託等を行い,また個人や家族の継続的健康の保持および慢性疾患の継続的な治療とリハビリテーションについて,いわゆる主治医としての役割を果たすことをいう」と定義されている.
1978年には日本プライマリケア学会が設置された.大学におけるプライマリケアの臨床教育は1980年川崎医科大学に,1981年には自治医科大学に導入された.以来,大部分の大学に総合診療部が設置されたが,そのめざす所は多様である.
本書は当初,『総合診療ハンドブック』というネーミングで制作を開始した.しかし,総合診療の意味するところが,診療所で展開する医療から大病院の総合内科まで包含していることから,編者間で議論を重ねるうちに地域を基盤にした家庭医療を骨格とした実践的内容にすべきであるという結論に至った.その結果,かなりの年月を要してしまったことをお詫びしたい.
「家庭医」という呼称には,わが国の医療界ではアレルギーを呈する方々がおられることは事実である.旧厚生省の家庭医構想が想起されるからであろう.1985年6月に「家庭医に関する懇談会」が設置され,1987年9月に報告書が出版された.制度化は実現しなかったが,不幸なことに「家庭医」とは厚労省が認定し,官僚統制によって家庭医を支配するといった幻影が今なお生き続けていることに驚く.
本書は米国の家庭医,英国の一般医などに範を求め,グローバルな視点で日本において展開できる家庭医療学の基本を著述したものである.著者は日本家庭医療学会のメンバーである.医学における水平型の専門分野である家庭医療学を医学生や研修医たちに学んでいただくことを主眼としている.何か垂直型の専門分野を持たなければ医者として生きていけないと考えている人たちへのアンチテーゼでもある.
2005年には世界家庭医学会アジア太平洋部会が京都で開催される.わが国の医療の質を向上させるには若い医師たちが家庭医療学の技術を習得し,何よりもその哲学と姿勢を身につけることである.
2004年6月
編集担当 前沢政次
津田 司
目次
第1部 家庭医療学総論1
I.家庭医療とは…1
1.現代医療の問題点とプライマリ・ケアの必要性…<前沢政次>2
A.医療の閉塞状態…2
B.危機を招いた原因…3
C.プライマリ・ケアの充実による解決…5
2.家庭医の専門性…<津田 司>9
A.家庭医とは…9
B.21世紀の医療システム…10
C.家庭医の専門性…10
D.家庭医療における治療の特徴…12
E.わが国の家庭医養成教育…13
F.総合診療と家庭医療の違い…15
G.これから家庭医を目指す人たちへ…15
3.世界の家庭医…<前沢政次>17
II.家庭医としての核になる臨床能力…19
1.患者中心の医療の方法…<葛西龍樹>19
A.患者中心モデルの起源…19
B.患者中心の医療の方法とは…19
2.良好な医師−患者関係の築き方…<津田 司>22
.医師と患者の3基本類型…22
B.良好な医師−患者関係はなぜ必要か…23
C.良好な医師−患者関係を築くための3要素…23
3.コミュニケーション上手になるには…<津田 司>28
A.医療におけるコミュニケーションの重要性…28
B.コミュニケーション技能教育もevidence−basedの時代へ…28
C.良好なコミュニケーションをもつにはどうすればよいか…28
D.共感的理解の態度を示すには…32
E.質問の仕方…34
4.医療面接法…<津田 司>36
A.医療面接とは…36
5.全人的医療…<前沢政次>46
A.全人的医療の提言…46
B.全人的医療の具体的方法…47
6.家庭医にとってのカウンセリング…<飯島克巳>49
A.医師にとってのカウンセリング…49
B.人々の健康と病における家庭医の“相談”機能…49
C.カウンセリングとロジャース…50
D.医療面接コミュニケーション技法とロジャースの来談者中心療法…51
E.日本でのカウンセリング,医療現場でのカウンセリング…51
7.健康教育の仕方…<石川雄一>53
A.問題解決型健康学習の方法論…53
B.健康教育と健康学習の違い…53
C.講師中心型健康教育と受講者中心型健康学習の比較…54
D.健康学習で必要とされる技能,態度,知識…54
8.医療倫理の応用(臨床倫理)…<白浜雅司>57
A.臨床倫理の4分割法による考え方…57
III.個人の医療・ケア…65
1.家庭医療のための臨床的推論…<伴 信太郎>65
A.臨床的推論とは…65
B.仮説の設定…65
C.仮説の修正…68
D.仮説の検証…69
2.ロジカルに考える身体診察法のエッセンシャルミニマム…<伴 信太郎>70
A.バイタルサインのとり方…70
B.頭頸部の診察…71
C.胸部の診察…72
D.腹部の診察…74
E.神経学的診察…75
3.根拠に基づいた医療(EBM)を実践に活かす方法…<山本和利>77
A.evidence-based medicine(EBM)の精神…77
B.EBMの概念と定義…77
C.EBMを実践の5つのステップ…77
D.EBMを学ぶうえでのポイント…78
E.EBMの実践…78
F.コメント…82
4.Common Problemへの対応…<山田隆司>85
A.日常的健康問題とは…85
B.日常的健康問題に対する適切な介入とは…86
C.日常病とは…87
5.Somatizationへのアプローチ―不定愁訴も家庭医の守備範囲―…<津田 司>91
A.somatization(身体化)とは…91
B.どんな場合にsomatizationを疑うか…91
C.somatizationの原因…91
D.somatizationの頻度…92
E.診断の手順…92
F.診断のための医療面接の進め方…94
G.診断の告げ方…95
H.治療法…96
I.精神科へ紹介すべき基準…97
6.高齢患者のケア…<豊島 元>99
A.老人の特性…99
B.高齢患者の特徴…99
C.高齢患者へのアプローチ―高齢者総合評価…100
7−1)予防接種の仕方…<武田以知郎>106
A.予防接種に関する法律…106
B.予防接種の種類…106
C.予防接種の実際…106
D.予防接種事故…109
E.健康被害救済制度と予防接種情報…109
7−2)健診の仕方…<武田以知郎>110
A.乳幼児健康診査…110
B.学校健診…111
C.成人・老人健診…112
7−3)禁煙カウンセリング,節酒カウンセリング…<葛西龍樹>114
A.まず大事なこと…114
B.EBMで何が知られているか―Clinical Evidenceを利用して―…114
IV.家庭指向のケア…118
1.病気が家族に与える影響,家族が個人の健康に与える影響…<前沢政次>118
A.病気が家族に及ぼす影響…118
B.家族が心身の健康に及ぼす影響…119
2.家族指向のケアとは…<松下 明>122
A.家族指向のケアにおける原則…122
B.家族指向のケアにおける具体的方法…124
3.家族のライフサイクルに応じたケア…<竹中裕昭>128
A.家庭医と家族ライフサイクル…128
B.家族ライフサイクルとは…128
C.各段階特有の発達課題…129
D.介入方法…130
4.家族指向のケアの実践(症例をふまえて)…<松下 明>132
V.地域立脚型のケア…137
1.地域包括医療とは…<前沢政次>137
A.地域包括医療の概念…137
B.地域包括医療の具体的方法…138
2.在宅ケアの仕方…<内山富士雄>140
A.歴史的背景…140
B.在宅ケアにおける医師の役割…140
C.居宅訪問…140
D.訪問以外の役割…143
E.在宅ターミナルケア…143
3.地域資源の活用法…<武田伸二>146
4.チーム医療…<武田伸二>148
5.産業医としての活動…<藤崎和彦>150
A.産業医とは…150
B.3つの管理…150
C.THP(トータルヘルスプロモーションプラン)…151
D.職域と地域の連携を…151
第2部 症状への対応
1.だるさ,疲労感…<山田昌樹>154
2.発熱(微熱,不明熱を含む)…<大滝純司>160
A.高熱(不明熱を含む)…160
B.微熱…164
3.頭痛…<生坂政臣>166
4.体重減少…<福本陽平>173
5.肩こり…<飯島克巳>178
6.胸痛…<細江雅彦>184
7.腹痛…<北守 茂>200
8.腰背部痛…<桜井隆>208
9.膝関節痛…<内藤貴文>214
10.動悸…<涌波 満>219
11.リンパ節腫大…<豊島 元>225
12.発疹…<生越まち子>229
13.不眠…<大池ひとみ>236
14.健診異常所見…<藤沼康樹>239
15.生理不順と生理痛…<林 義夫>242
A.生理不順(月経異常)…242
B.更年期と閉経…242
C.生理痛…243
16.小児の発熱…<武田伸二>245
17.小児の腹痛…<一木崇宏>248
第3部 よくみる病気への対応255
1.かぜ…<前沢政次>256
2.高血圧…<佐々木正人>260
3.糖尿病…<松井直樹>277
4.高脂血症…<中泉博幹>282
5.肺炎,気管支炎…<前野哲博>292
6.気管支喘息…<前野哲博>301
7.過敏性腸症候群…<福永幹彦>309
8.うつ状態…<飯島克巳>315
9.不安障害…<中野弘一>324
A.パニック障害とは…324
B.全般性不安障害とは…328
10.痴呆…<内山富士雄>332
11.褥瘡…<松尾美由起>341
12.尿路感染症…<木澤義之>347
13.外傷(傷の縫合)…<大滝純司>353
索引…361