本書でいう“外科系急患”とは,主として,交通事故や労働災害などによる外傷患者を意味している.このような外傷患者は,診療科目が細分化されている大病院の場合,最初から脳神経外科や整形外科など,症状に応じた診療科の医師による治療を受けることが多い.特に大学病院ではその傾向が強く,たとえ夜間であっても専門領域外の医師が診察することは稀である.そのため,大病院で特定科目の初期研修を行っている医師にとって,専門領域外の外傷患者を診察する機会は極めて制限されたものとなっている,しかし,初期研修が終わり第一線の病院へ派遣されると,外科系の医師は,夜間当直の際など,専門領域に限らず全ての外傷患者を診ることになる.特に“外科”の医師は,専ら胸部や腹部の外科を研修してきているにもかかわらず,日常の診療ではむしろこのような外傷患者を診ることの方が多い,本書はそのような,初期研修を終了した外科系医師のための外傷初期治療マニュアルである.

 さて本書では見出しを“交通外傷”や“スポーツ外傷”というように,受傷原因別に設定した.理由は,外傷患者を前に無用な検索をしないで済むようにと考えたことである.むろん骨折の治療方法が交通外傷とスポーツ外傷で異なるはずもなく,重複する記載が多くなってしまったことは否めない.この点,紙面を借りてお詫びしたい.しかしこれも一方では,複数の医師の考え方を並記することで,診療のポイントを明らかにするというメリットをもたらした,時間があるときに通読してもらいたい,自然と,ポイントが明らかになってくるはずである.

 なお今回執筆を依頼するにあたっては,本書の主旨から,専門的治療を最小限に止め,初期治療に関する記載を重視するようお願いした,そして理解を助けるため,なるべく図を用いるよう頼んだ.さらに本書の特色として,当直医師のために,“専門的治療を翌日まで待てるか,それともすぐに転送すべきか”明記してもらった.そのほか,患者や家族への説明の参考となるように“予後”について略述するようお願いした.このような勝手な申し出にも拘らず,多忙な中をご快諾,執筆戴いた各位には深甚の謝意を表する.また,企画から制作まで多大の御尽力を戴いた中外医学社の荻野邦義,秀島悟の両氏に心から感謝する.

 最後になったが,本書が外科系急患の診療にたずさわる医師の助けとなり,いつまでも活用されることを祈る次第である.

1996年12月  

平林慎一  

星野雄一  

執筆者一覧(執筆順)

平林慎一 帝京大学形成外科教授

星野雄一 自治医科大学整形外科教授

中村満司 ケン調剤薬局

山田直司 自治医科大学大宮医療センター

脳ドック科助教授

松永若利 熊本市民病院形成外科部長

池田弘人 帝京大学救命救急センター

井伊京一郎 自治医科大学整形外科講師

田尻康人 東京大学整形外科

三好光太 東京大学整形外科

関矢 仁 自治医科大学整形外科講師

福井尚志 東京大学整形外科

税田和夫 自治医科大学整形外科

刈谷裕成 自治医科大学整形外科講師

松林薫美 国立国際医療センター形成外科医長

岡部勝行 湯河原厚生年金病院形成外科部長

星地亜都司 東京都立駒込病院整形外科

安達実樹 帝京大学第二外科講師

岡崎裕司 東京大学整形外科

宮田 守 自治医科大学耳鼻咽喉科講師

星野 十 公立雲南総合病院泌尿器科医長

重松 潤 レディースクリニックしげまつ

釣巻 穣 自治医科大学大宮医療センター

総合医学第II講座助教授(眼科)

目次

【総論】

I.麻酔法 〈平林慎一〉 1

II.新鮮軟部組織損傷の処置法 〈平林慎一〉 4

III.顔面外傷に対する初期治療 〈平林慎一〉 9

IV.四肢外傷に対する初期治療の常識 〈星野雄一〉 12

V.外傷に関する薬の知識 〈中村満司〉 15

【各論】

$1,交通外傷

総論 〈平林慎一〉 22

A.車両事故

 1.脳損傷 〈山田直司〉 24

 2.顔面外傷 〈松永若利〉 34

 3.胸腹部損傷 〈池田弘人〉 42

 4.四肢損傷(含頸椎損傷) 〈井伊京一郎〉 47

B.二輪車

 1.脳損傷 〈山田直司〉 54

 2.顔面外傷 〈松永若利〉 57

 3.胸腹部損傷 〈池田弘人〉 60

 4.四肢損傷(含スポークインジャリー) 〈田尻康人〉 63

C.歩行者

 1.脳損傷 〈山田直司〉 74

 2.顔面外傷 〈松永若利〉 76

 3.胸腹部損傷 〈池田弘人〉 80

 4.四肢損傷 〈三好光太〉 83

$2.スポーツ外傷

A.総論 〈星野雄一〉 94

B.軟部組織損傷 〈平林慎一〉 97

C.頭部打撲(脳震盪) 〈山田直司〉 99

D.顔面骨折 〈平林慎一〉 101

E.四肢骨骨折 〈関矢 仁〉 105

F.頸椎〈福井尚志〉 112

G.肘関節、手関節 〈税田和夫〉 115

H.肩 〈刈谷裕成〉 117

I.突き指 〈福井尚志〉 122

J.股関節 〈福井尚志〉 125

K.膝関節 〈刈谷裕成〉 128

L.足関節 〈刈谷裕成〉 133

M.アキレス腱断裂 〈関矢 仁〉 137

$3.労働災害

A.総論 〈星野雄一〉 142

B.旋盤、プレス機械 〈松林薫美〉 143

C.農機具 〈松林薫美〉 149

D.ローラー (含degloving injury) 〈松林薫美〉 152

E.鋸・鋭器による損傷 〈岡部勝行〉 156

F.エアガンなどによる損傷 〈岡部勝行〉 161

G.電撃傷 〈池田弘人〉 165

H.転落 〈池田弘人〉 168

I.熱傷 〈岡部勝行〉 174

J.切断指(肢) 〈松林薫美〉 180

K.腰痛 〈星地亜都司〉 185

$4.その他の外科的処置を要するもの

A.切創、刺創 〈岡部勝行〉 195

B.咬傷 〈岡部勝行〉 200

C.蜂刺傷 〈岡部勝行〉 206

D.熱傷 〈池田弘人〉 209

E.凍傷 〈池田弘人〉 213

F.釘踏み 〈岡部勝行〉 215

G.皮下異物(伏針) 〈平林慎一〉 217

H.指挾み(含爪下血腫) 〈平林慎一〉 219

I.顎関節症(筋・筋膜疼痛症候群) 〈平林慎一〉 221

J.痔 〈安達実樹〉 223

$5.炎症性疾患 〈松永若利〉

A.面疔 226

B.粉瘤 229

C.爪周囲炎 232

D.陥入爪 235

E.壊死性筋膜炎 239

$6.その他の整形外科処置を要するもの

A.殴打、転倒、階段からの転落 〈税田和夫〉 242

B.肘内障 〈岡崎裕司〉 248

C.ぎっくり腰 〈井伊京一郎〉 251

D.寝違え 〈星地亜都司〉 255

$7.耳鼻咽喉科的処置を要するもの 〈宮田 守〉

A.気管内異物症 259

B.魚骨異物症 262

C.鼻出血 266

$8.泌尿器科的処置を要するもの 〈星野 十〉

A.下部尿路損傷 269

B.男子外性器損傷(精巣損傷、陰茎損傷) 274

$9.産婦人科的処置を要するもの 〈重松 潤〉

A.妊娠中の外傷および交通事故 277

B.外陰損傷(裂傷、血腫) 280

C.炎症(付属器炎、骨盤腹膜炎) 282

D.卵巣嚢腫の茎捻転 284

E.子宮外妊娠 286

F.妊娠中(妊娠の可能性のある)での外科治療の問題点 289

$10.眼科的処置を要するもの 〈釣巻 穣〉

A.感染症、腫瘤 290

B.異物 293

C.外傷 297

$11.小児の特殊性

A.脳神経外科から 〈山田直司〉 301

B.整形外科から 〈星地亜都司〉 305

C.形成外科から 〈平林慎一〉 309

$12.老人の特殊性

A.脳神経外科から 〈山田直司〉 310

B.整形外科から 〈三好光太〉 312

C.形成外科から 〈平林慎一〉 305

○休憩室

むち打ち損症 〈星野雄一〉 89

慢性硬膜下血腫 〈山田直司〉 91

スキーによる骨折 〈福井尚志〉 140

切断指再接着の歴史 〈松林薫美〉 188

皮弁 〈松林薫美〉 190

付表 労働者災害補償保険法による障害等級早見表 316

索引 320