高次脳機能障害と画像診断という本を,日々脳血管障害や外傷の患者さんをみる機会の多い方にお読みいただきたい.高次機能障害についての診断はいろいろな検査法の進歩も相まってかなり正確になってきたように思われる.そのことはこの本をお読みいただければ実感できるはずである.また,たとえ正確に診断できたとしても,よい修復士がいなければ直せないじゃないかという方もおられよう.だが高次機能障害に対する適切なリハビリテーションがなされれば,その障害の回復に貢献することも知られてきている.脳血管障害や頭部外傷をみる機会の多い医師は,この高次機能障害を看過しないということはきわめて重要なことといえる.
 また,この本をできたら脳の研究者の方にも読んでいただきたい.脳の MRI などの画像診断について理解し,脳のどの領域が障害されるとどのような症状が生じうるのかということを知っておくことは脳の研究において必要なことである.この本には,ほとんどの章において症例が呈示されており,脳の病変部位と症状の対応がわかりやすく書かれている.
 さらに最近マスコミなどで高次脳機能障害という言葉を聞いてそれについて興味をもたれた多くの方にもお読みいただければ幸いである.例えば脳血管障害の後に運動マヒが生じればそれが問題であることはすぐにみてとれる.しかしその方が再び就労しようとする時に,最も問題であるのは,失語や記憶障害,遂行機能障害などの高次脳機能障害であることがわかってきた.その高次機能障害に対する実態調査や,支援モデル事業もようやく行われてきているのである.残念なことに高次脳機能障害という言葉が 2 通りに用いられている.1 つは科学的な用語としての高次脳機能障害であり,もう 1 つはいわば行政の用語である.行政的な用語としての「高次脳機能障害」は,記憶障害,意欲障害,注意障害,そして遂行機能障害だけを高次脳機能障害としている.このような用いられ方をする背景には,交通外傷などによって生じた前頭葉の障害によって,明らかな失語・失行・失認などの障害がないのにもかかわらず社会復帰ができない主に若年の患者の救済ということがある.このような患者が福祉行政の谷間におかれ,社会福祉の対象となってこなかったため,厚生労働省が高次機能障害支援モデル事業を立ち上げたのである.そこで用いられる高次脳機能障害は,失語・失行・失認を含んでいない.しかし従来から用いられているいわば科学的用語としての高次脳機能障害は,当然ながら失語・失行・失認を含んでいる.例えば東京都の実態調査では,これらのすべてを含めて高次脳機能障害としている.この本は科学的な用語としての高次脳機能障害について述べてある.高次機能障害の発現には,脳の器質的病変の存在が基本となる.以上のそれぞれの目的のためにぜひこの本を活用していただきたい.

2006 年 七夕の頃
国際医療福祉大学附属三田病院神経内科
武田克彦


目次

序論 今さら神経心理学  <武田克彦> 1
  I.神経心理学の今まで
  II.神経心理学の現状
  III.神経心理学の臨床および研究についての貢献

1 失語 9
 1)古典的失語症候群の症候と画像診断  <松田 実> 9
  I.古典的失語症候群の意義づけ
  II.古典的失語症候群の症状と病巣
 2)失語の画像診断 ‐ 病変局在をめぐる諸問題  <波多野和夫> 25
  I.問題の所在
  II.前方病変による流暢性失語 ‐ 超皮質性感覚失語
  III.復唱路の問題 ‐ 混合型超皮質性失語
  IV.再帰性発話 ‐ 流暢性全失語
  V.同時発話 ‐ 非流暢性全失語の流暢性発話
  VI.努力性反響言語 ‐ 超皮質性運動失語
 3)失語の病変部位とそのリハビリテーション  <中村 光> 38
  I.病変量・病変部位と失語の回復
  II.右半球と失語の回復
 4)全体構造法(JIST 法)による失語症訓練  <道関京子> 51
  I.症例
  II.当院入院時の言語症状: JIST 法開始時の言語症状
  III.言語訓練と経過
  IV.結果
 5)失読と動詞活用障害の認知神経心理学  <辰巳 格> 60
  I.英語の動詞活用と読みのモデル
  II.日本語の動詞活用と読みの障害

2 失行症  <元村直靖> 71
  I.失行と鑑別すべき症状
  II.失行検査法
  III.失行の種類

3 視覚性失認  <平山和美> 84
  I.視覚性失認とは?
  II.視覚情報処理の 4 軸
  III.4 軸内における視覚性失認の位置づけ
  IV.視覚性失認に関連する脳部位
  V.視覚性失認の分類
  VI.視覚性失語

4 聴覚失認  <佐藤正之> 101
  I.皮質聾,皮質性聴覚障害,皮質性難聴
  II.聴覚失認
  III.pure amusia の自験例

5a 半側空間無視  <今福一郎 武田克彦> 116
  I.定義
  II.検査法
  III.消去現象
  IV.責任病巣
  V.症例呈示

5b 半側空間無視のリハビリテーション  <網本 和> 124
  I.USN の評価
  II.半側空間無視のリハビリテーション

6 脳損傷と記憶障害  <橋本律夫 田中康文> 133
  I.認知脳科学と記憶
  II.さまざまな記憶と健忘症候群
  III.側頭葉内側面
  IV.視床
  V.前脳基底部
  VI.その他の脳部位損傷と健忘
  VII.前頭葉と記憶

7 前頭葉 156
 1)遂行機能  <三村 將> 156
  I.遂行機能障害の症候と評価
  II.前頭葉と前頭葉損傷
  III.遂行機能障害と画像診断
 2)強迫的行動  <下村辰雄> 179
  I.強迫性障害
  II.強迫的行動
 3)前頭葉,情動・社会行動  <村井俊哉> 191
  I.前頭前野の下位区分とその働き
  II.眼窩前頭皮質損傷と社会行動: Phineas Gage
  III.眼窩前頭皮質損傷と社会行動: E.V.R
  IV.Iowa Gambling Task
  V.症例呈示
  VI.症例の考察: IGT と OFC 損傷について
  VII.症例の考察: 画像診断の意義について
  VIII.攻撃性
 4)記憶障害・前頭葉障害のリハビリテーション  <原 寛美> 200
  I.記憶障害リハビリテーションの理論的枠組みと原則
  II.前頭葉障害(遂行機能障害)のリハビリテーション

8 認知症(痴呆)  <西川 隆> 212
  I.Alzheimer 病
  II.Lewy 小体型認知症
  III.前頭側頭葉変性症
  IV.皮質基底核変性症
  V.進行性核上性麻痺
  VI.原発性進行性失語および後部皮質萎縮症ほか
  VII.脳血管性認知症
  VIII.特発性正常圧水頭症

9 脳梁  <鈴木匡子> 250
  I.脳梁の構造およびその損傷
  II.脳梁離断症状
  III.多彩な脳梁離断症状を呈した症例

10 神経心理に必要な画像読影の基本  <板東充秋> 263
  I.画像で何がわかるか
  II.画像の読み方
  III.画像ソフトとその問題点

索引  277