抗菌薬の使い方は難しい.筆者にとっても,簡単な作業ではない.けれども,この難しさを認識し,飲み込んでしまえば,そこにあるのは何とも楽しい知的作業である.この悩ましさ,楽しさを共有したかった.

 本書は,2002年11月から2004年5月まで「まぐまぐプレミアム」から連載したメールマガジン,「抗菌薬の考え方,使い方」を下敷きに,図などを加え,文章も改めて一冊の本にまとめたものである.臨床現場で直接役に立ち,それでいてマニュアル本,ハウツウ本にならないよう,相反する条件を模索しながら執筆した.医学生や研修医だけでなく,病院勤務医,開業医の皆さんにもお役に立つよう,欲張りに欲張って書いた.帯に短しタスキに長しかもしれないが,必死に二兎を追いかけまくった末の本書である.

 小児抗菌薬の章はテネシー州のSt. Jude Children's Research Hospitalで感染症のフェローとして奮闘されている宮入烈先生にご執筆いただいた.これだけで,本書の価値,有用性がずいぶん高まった.ご多忙のところ快く原稿執筆に応じて下さった宮入先生にこの場を借りてお礼申し上げます.ダンディーで優しく,頭も切れる小児科医の宮入先生と私には共通点がほとんどないが,奥さんがきれいで子どもが可愛いところで似通っている…と主張するのは私のほうだけか(家族が親切なのをいいことに世界中放浪してしまうのも共通点か).

 中外医学社の荻野邦義さん,上村裕也さんにも大変お世話になった.執筆は筆者が米国,それに中国滞在時であったため,まともな会合ひとつ持てず,何とも迷惑な著者であったと思う.お二方にもお礼申し上げる.

 本書の内容については著者が充分に吟味検討したもので,最善,正確たるものを目指したものでございますが,医学の進歩によりその内容が適切ではなくなる場合もございます.また,本書に記されている内容は,必ずしも個々の患者さんには当てはまらない場合もございましょう.本書に記されている診療,治療内容はあくまで一般的に適応されるものとして記載しております.本書内容を個々の患者さんに使用される際には上記の点にも留意してご使用くださいませ.また,著者の記載に誤りがございましたら,出版社宛にご指摘くださいましたら幸に存じます.

 最後に,例によって深夜早朝たまの休日をつぶして原稿を書いていた私に愛想も尽かさずバックれもせず,支えに支えてくれた妻と娘に改めて感謝の意を表したい.

  北京にて

    岩田健太郎

 「小児抗菌薬の使い方」の章では小児と抗菌薬の特殊な関係を理解してもらうことを目指した.ある抗菌薬の使用法や副作用が小児と成人とで異なるのはなぜか,臨床診断が同じでも起因菌が年齢によって異なるのはなぜか,といった疑問に答えるための薬理学,微生物学的な根拠をまとめた.個々の感染症に対する抗菌薬の選択といった一対一対応はここでは避け,どの抗菌薬を処方したらよいかという答えをひねり出すために必要な基本的原則を伝えたいと考えている.

 岩田先生にはニューヨークで感染症科フェローとして活躍していた頃から仕事,執筆活動,講演まで手がけるスーパーな働き振りを見せ付けられ自分のスケールの小ささを思い知らされている.公私共にずっとお世話になっているがこの場を借りてお礼申し上げます.

 自分のわがままに付き合ってくれている妻の直子と力の源である優里,健そしておなかの中の我が子に感謝したい.

  2004年6月

    宮入 烈


目次

はじめに  1

1 薬理学はヤクニタツ?  4

2 いよいよ実践編  8

 a.実践その1〔外来で〕  8

 b.実践その2〔入院患者は〕  11

 <コーヒータイム> 米国の医者をギャフンといわせる方法  16

3 ペニシリンを知り,使いこなすには  19

 a.すべての基礎はペニシリンにあり  19

 b.ペニシリンの作用とは?  20

 c.ペニシリンの薬理作用  21

 d.おそるべし,ベータラクタマーゼ  22

 e.ペニシリンの分類を試みる  23

 f.ペニシリンGは基本中の基本  26

 g.ペニシリンG点滴  30

 h.筋注用ペニシリン  39

 i.ペニシリン系抗菌薬の副作用  41

 j.アミノペニシリン  48

 k.黄色ブドウ球菌に効くペニシリン  51

 l.緑膿菌に効果のあるペニシリン  54

 m.ベータラクタマーゼに対抗する  57

 <コーヒータイム> 「熱病」のすすめ  62

4 セファロスポリンの正しい使い方  67

 a.セファロスポリンの魔  67

 b.セファロスポリンの基礎  69

 c.黄色ブドウ球菌やレンサ球菌に使えるセファロスポリン  72

 d.肺炎球菌その他を狙うセファロスポリン  75

 e.第3のグループ,セファマイシン  80

 f.第4のセファロスポリン

  ―緑膿菌をたたけ! セファロスポリン最終進化系  83

 g.偽膜性大腸炎の治療  87

5 血液培養の取り方―血液培養こそすべて  90

 a.いつ取るのか?  91

 b.何セット取るのか?  93

 c.どこからどうやって取るのか?  95

6 ESBLの問題点  98

7 スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)  103

 a.ST合剤とは  103

 b.サルファ剤の副作用  105

 c.ST合剤に対する耐性のメカニズム  107

 d.尿路感染  108

 e.呼吸器感染  109

 f.軟部組織感染症  110

 g.ST合剤とHIV感染  111

 h.ウィップル病  113

 i.Wegener肉芽腫症  113

8 重症感染症におけるエンピリックな治療―そのジレンマ  115

 a.対策その1―エンピリック治療は広げまくれ,後で狭くしろ  116

 b.対策その2―耐性菌のアウトブレイクのために用意する

  抗菌薬の備蓄を改正しろ  117

 c.対策その3―抗菌薬ローテート制  118

 d.耐性菌を考える  119

 e.提言1―エンピリックな抗菌薬は必要な場合にのみ使う  122

 f.提言2―よくなっている患者さんの抗菌薬を変えることを

  ためらってはいけない  123

 g.提言3―きちんと培養を取る  124

 h.提言4―ヤルナラやる,やらないならやらない,

  中途半端ではモテません  124

 i.提言5―手を洗おう  124

 j.耐性菌のメカニズム,もう少し  125

 k.提言6―充分な量の抗菌薬を投与すること  127

9 耐性菌を発見する  130

 a.感受性試験のすすめ  130

 b.サーベイランス  133

10 投与量にまつわる問題  136

 a.なぜ医師は抗菌薬の量を「でっちあげて」しまうのか  136

 b.殺菌性? 静菌性?  137

 c.トレランスとは何か  141

 d.イーグル効果  142

 e.ポストアンティビオティック エフェクト  142

 f.抗菌薬の投与量の原則  144

 <コーヒータイム> シナジー効果について  150

 g.時間依存性と容量依存性  152

 <コーヒータイム> PK,PDは役に立つ?  155

 h.最小阻止濃度(MIC)に対する,ミックりする,

  いやびっくりする誤解  158

11 アミノグリコシド  162

 a.アミノグリコシドの薬理学  162

 b.アミノグリコシドの使い方  165

 c.アミノグリコシドと毒性  172

 <コーヒータイム> 抗菌薬の名称について  175

 <コーヒータイム> 病原体の名称について  177

12 キノロン系抗菌薬―フルオロキノロン  181

 a.フルオロキノロンの構造と作用  182

 b.フルオロキノロンの使い方  190

 c.トロバンの栄光と失墜  193

13 抗結核薬  195

 a.新しいガイドライン  196

 b.ファーストラインの抗結核薬  204

 c.セカンドラインの抗結核薬  211

 <コーヒータイム> レボフロキサシン(クラビット)の乱用に注意!    216

14 高齢者への抗菌薬  218

 a.吸収  219

 b.腎機能  219

 c.薬の相互作用  221

 d.コンプライアンス  223

 e.副作用  223

 f.肺炎  224

 g.尿路感染症  225

 h.褥創感染  226

15 抗菌薬と腎臓  228

16 マクロライド系抗菌薬の問題  232

 a.マクロライド  232

 b.マクロライドの臨床的な使用法  238

 c.クリンダマイシン  241

 d.ケトライド  244

17 寄生虫の治療薬  248

 a.アメーバ  249

 b.マラリア  251

18 その他の抗菌薬  261

 a.バンコマイシン  261

 b.カルバペネム(イミペネム)  268

 c.アズトレオナム  272

 d.テトラサイクリン  275

 e.クロラムフェニコール  279

 f.メトロニダゾール  283

19 目の感染症の,抗菌薬の使い方  286

20 HIV感染へのアプローチ  292

 a.抗HIV薬について  292

 b.日和見感染について  297

21 抗ウイルス薬  302

 a.インフルエンザ薬  302

 b.サイトメガロウイルス治療薬  306

 c.単純ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス感染症の薬  311

22 抗真菌薬  316

 a.アゾール  316

 b.アムホテリシンB  321

 c.エキノカンディン  323

23 新しいタイプの抗菌薬  327

 a.キヌプリスチン-ダルフォプリスチン  327

 b.リネゾリド  330

24 小児抗菌薬の使い方  333

 a.小児抗菌薬の基礎的知識  334

 b.各種抗菌薬の使い方  345

 <コーヒータイム> A群溶連菌咽頭炎についてひとこと  346

 c.宿主と菌のかわりゆく関係  363

 d.小児エンピリック治療の考え方  367

あとがき  372

参考文献  374

索引  377