第2版のまえがき
「抗菌薬の考え方,使い方」の原稿を書いていたとき,私は米国とか中国といったところで,少し長めの外国生活をしていました.今読み直してみると,少々文章がバタくさいのはそのためです.その後日本に仕事の場を移しました.日本の現場の状況がだんだん理解できるようになり,これに合わせた内容に書き換えなくてはいけないなあ,と考えるようになりました.また,この間,私の抗菌薬に対するとらえ方や考え方も若干の変化を起こしています.本書は当初,病院で仕事を始めた初期研修医のために書かれたものでした.ところが,筆者の思惑に反して学生さんや指導医の方もけっこう読んでくださっていることが分かりました.文章こそ軟らかいですが,内容は学生さんにはちょっときついなあ,と思いましたので,学生さんを意識して書き改める必要も出てきました.
 もちろん,時を経て新しい抗菌薬も登場しました.こうした新薬に対しても若干の加筆をしています.しかし,新しい薬ができても基本的な抗菌薬の理解の仕方,アプローチの仕方に変更は生じません.自分でも驚くほど,新薬が本書に与えた影響は小さいものでした.
 書いているときはハイテンションになっているので,自分では爆笑ものと思っていたギャグも,日を改めて読み直してみると背筋が凍る代物だったりして,赤面しながらカットしました.ガンダムネタが多すぎる,という批判もありますが,その通りです.今回も批判をおそれず,多いです.
 今回の新版を出す上で,中外医学社の荻野邦義さん,秀島悟さんにお世話になりました.心よりお礼申し上げます.私の抗菌薬に対する思考に磨きをかけてくれた亀田総合病院総合診療・感染症科医長の細川直登先生,同科フェローの岩渕千太郎先生,土井朝子先生,大路剛先生,後期研修医の木村俊一先生に感謝したいと思います.たくさんの素朴な,しかし本質的な質問をたくさん出していただき,私を鍛えに鍛えてくれた亀田総合病院の医師のみなさんに感謝します.最後に,いつも私の心の支えになり,心配したり励ましたりしてくれる葉子,葉奈子,ショコラに感謝します.

2006年6月
岩田健太郎


 小児科医でこどもしか診ない私は普段小児ならではの抗菌薬の特殊性なんて考えることはほとんどありません.ところが研修医の先生からよく受ける質問を整理すると日常的に遭遇する小児感染症特有の病態を理解していないことが混乱のもとになっていることに気づきました.そこで本章では小児の薬物動態と小児特有の病態の考え方,抗菌薬の使い方という二点を強調して書きました.あくまでも基本的な思考過程を身に着けることと日常的に遭遇する素朴な疑問に答えることが目的です.初版から2年の歳月がながれ新しい抗菌薬の小児使用経験も増え特に抗真菌薬では大きな展開がみられています.一方で細菌をターゲットにする新薬については抗菌スペクトラムの広さを売りにしているものが多く,逆に狙いがはっきりしている古い薬の有用性を際立たせているように思えるのです.結局のところ本章は古典的な抗菌薬投与の原則を強調する内容になっています.
この場を与えてくださった岩田先生と中外医学社の荻野様と秀島様に心よりお礼申し上げます.好き勝手なことをしている自分を支えてくれている直子,優里,健,佳那,どうもありがとう.

2006年6月
宮入 烈



 抗菌薬の使い方は難しい.筆者にとっても,簡単な作業ではない.けれども,この難しさを認識し,飲み込んでしまえば,そこにあるのは何とも楽しい知的作業である.この悩ましさ,楽しさを共有したかった.
 本書は, 2002年11月から2004年5月まで「まぐまぐプレミアム」から連載したメールマガジン,「抗菌薬の考え方,使い方」を下敷きに,図などを加え,文章も改めて一冊の本にまとめたものである.臨床現場で直接役に立ち,それでいてマニュアル本,ハウツウ本にならないよう,相反する条件を模索しながら執筆した.医学生や研修医だけでなく,病院勤務医,開業医の皆さんにもお役に立つよう,欲張りに欲張って書いた.帯に短しタスキに長しかもしれないが,必死に二兎を追いかけまくった末の本書である.
 小児抗菌薬の章はテネシー州のSt. Jude Children,s Research Hospitalで感染症のフェローとして奮闘されている宮入烈先生にご執筆いただいた.これだけで,本書の価値,有用性がずいぶん高まった.ご多忙のところ快く原稿執筆に応じて下さった宮入先生にこの場を借りてお礼申し上げます.ダンディーで優しく,頭も切れる小児科医の宮入先生と私には共通点がほとんどないが,奥さんがきれいで子どもが可愛いところで似通っている…と主張するのは私のほうだけか(家族が親切なのをいいことに世界中放浪してしまうのも共通点か).
 中外医学社の荻野邦義さん,上村裕也さんにも大変お世話になった.執筆は筆者が米国,それに中国滞在時であったため,まともな会合ひとつ持てず,何とも迷惑な著者であったと思う.お二方にもお礼申し上げる.
 本書の内容については著者が充分に吟味検討したもので,最善,正確たるものを目指したものでございますが,医学の進歩によりその内容が適切ではなくなる場合もございます.また,本書に記されている内容は,必ずしも個々の患者さんには当てはまらない場合もございましょう.本書に記されている診療,治療内容はあくまで一般的に適応されるものとして記載しております.本書内容を個々の患者さんに使用される際には上記の点にも留意してご使用くださいませ.また,著者の記載に誤りがございましたら,出版社宛にご指摘くださいましたら幸に存じます.
 最後に,例によって深夜早朝たまの休日をつぶして原稿を書いていた私に愛想も尽かさずバックれもせず,支えに支えてくれた妻と娘に改めて感謝の意を表したい.

北京にて
岩田健太郎


「小児抗菌薬の使い方」の章では小児と抗菌薬の特殊な関係を理解してもらうことを目指した.ある抗菌薬の使用法や副作用が小児と成人とで異なるのはなぜか,臨床診断が同じでも起因菌が年齢によって異なるのはなぜか,といった疑問に答えるための薬理学,微生物学的な根拠をまとめた.個々の感染症に対する抗菌薬の選択といった一対一対応はここでは避け,どの抗菌薬を処方したらよいかという答えをひねり出すために必要な基本的原則を伝えたいと考えている.
 岩田先生にはニューヨークで感染症科フェローとして活躍していた頃から仕事,執筆活動,講演まで手がけるスーパーな働き振りを見せ付けられ自分のスケールの小ささを思い知らされている.公私共にずっとお世話になっているがこの場を借りてお礼申し上げます.
 自分のわがままに付き合ってくれている妻の直子と力の源である優里,健そしておなかの中の我が子に感謝したい.

2004年6月
宮入 烈


目次

抗菌薬一覧

1 日本における抗菌薬使用の問題点
  a.投与量が間違っている
  b.投与間隔が間違っている
  c.投与期間が間違っている
  d.必要な抗菌薬が存在しない
  e.そのわりには,よけいな抗菌薬が多すぎる
  f.抗菌薬の保険適用が不適切である

2 薬理学はヤクニタツ?

3 いよいよ実践編
  a.実践その1(外来で)
  b.実践その2(入院患者は)
   米国の医者をギャフンといわせる方法

4 ペニシリンを知り,使いこなすには
  a.すべての基礎はペニシリンにあり
  b.ペニシリンの作用とは?
  c.ペニシリンの薬理作用
  d.おそるべし,ベータラクタマーゼ
  e.ペニシリンの分類を試みる
  f.ペニシリンGは基本中の基本
  g.ペニシリンG点滴
  h.筋注用ペニシリン
  i.ペニシリン系抗菌薬の副作用
  j.アミノペニシリン
  k.黄色ブドウ球菌に効くペニシリン
  l.緑膿菌に効果のあるペニシリン
  m.ベータラクタマーゼに対抗する
  [コーヒータイム]“熱病”のすすめ

5 セファロスポリンの正しい使い方
  a.セファロスポリンの魔
  b.セファロスポリンの基礎
  c.黄色ブドウ球菌やレンサ球菌に使えるセファロスポリン(オレセファ)
  d.肺炎球菌,尿路感染を狙うセファロスポリン,ハニセファ
  e.第3のグループ,セファマイシン,嫌気性菌に効くケセファ
  f.第4のセファロスポリン─緑膿菌をたたけ! セファロスポリン最終進化系
  g.偽膜性大腸炎の治療

6 血液培養の取り方─血液培養こそすべて
  a.いつ取るのか?
  b.何セット取るのか?
  c.どこからどうやって取るのか?

7 ESBLの問題点

8 スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)
  a.ST合剤とは
  b.サルファ剤の副作用
  c.ST合剤に対する耐性のメカニズム
  d.尿路感染
  e.呼吸器感染
  f.軟部組織感染症
  g.ST合剤とHIV感染
  h.ウィップル病
  i.Wegener肉芽腫症

9 重症感染症におけるエンピリックな治療─そのジレンマ
  a.対策その1─エンピリック治療は広げまくれ,後で狭くしろ
  b.対策その2─耐性菌のアウトブレイクのために用意する抗菌薬の備蓄を改正しろ
  c.対策その3─抗菌薬ローテート制
  d.耐性菌を考える
  e.提言1─エンピリックな抗菌薬は必要な場合にのみ使う
  f.提言2─よくなっている患者さんの抗菌薬を変えることをためらってはいけない
  g.提言3─きちんと培養を取る
  h.提言4─ヤルナラやる,やらないならやらない,中途半端ではモテません
  i.提言5─手を洗おう
  j.耐性菌のメカニズム,もう少し
  k.提言6─充分な量の抗菌薬を投与すること

10 耐性菌を発見する
  a.感受性試験のすすめ
  b.サーベイランス

11 投与量にまつわる問題
  a.なぜ医師は抗菌薬の投与量を「でっちあげて」しまうのか
  b.殺菌性? 静菌性?
  c.トレランスとは何か
  d.イーグル効果
  e.ポストアンティビオティック エフェクト
  f.抗菌薬の投与量の原則
  [コーヒータイム]シナジー効果について
  g.時間依存性と濃度依存性
  [コーヒータイム]PK,PDは役に立つ?
  h.最小阻止濃度(MIC)に対する,ミックりする,いやびっくりする誤解

12 アミノグリコシド
  a.アミノグリコシドの薬理学
  b.アミノグリコシドの使い方
  c.アミノグリコシドと毒性
  [コーヒータイム]抗菌薬の名称について
  [コーヒータイム]病原体の名称について

13 キノロン系抗菌薬─フルオロキノロン
  a.フルオロキノロンの構造と作用
  b.フルオロキノロンの使い方
  c.トロバンの栄光と失墜

14 抗結核薬
  a.米国のガイドライン
  b.ファーストラインの抗結核薬
  c.セカンドラインの抗結核薬
  [コーヒータイム]レボフロキサシン(クラビット)の乱用に注意!

15 高齢者への抗菌薬
  a.吸収
  b.腎機能
  c.薬の相互作用
  d.コンプライアンス
  e.副作用
  f.肺炎
  g.尿路感染症
  h.褥創感染

16 抗菌薬と腎臓

17 マクロライド系抗菌薬の問題
  a.マクロライド
  b.マクロライドの臨床的な使用法
  c.クリンダマイシン
  d.ケトライド

18 寄生虫の治療薬
  a.アメーバ
  b.マラリア
  c.疥癬

19 その他の抗菌薬
  a.バンコマイシン
  b.テイコプラニン
  c.カルバペネム
  d.アズトレオナム
  e.テトラサイクリン
  f.クロラムフェニコール
  g.メトロニダゾール

20 目の感染症の,抗菌薬の使い方

21 HIV感染へのアプローチ
  a.抗HIV薬について
  b.日和見感染について

22 抗ウイルス薬
  a.インフルエンザ薬
  b.サイトメガロウイルス治療薬
  c.単純ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス感染症の薬

23 抗真菌薬
  a.アゾール
  b.アムホテリシンB
  c.エキノカンディン

24 新しいタイプの抗菌薬
  a.キヌプリスチン―ダルフォプリスチン
  b.リネゾリド
  c.ダプトマイシン
  d.チゲサイクリン
  e.リファキシミン

25 小児抗菌薬の使い方
  a.小児と抗菌薬の関係
  b.各種抗菌薬の使い方
  [コーヒータイム]A群溶連菌咽頭炎についてひとこと
  c.抗真菌薬
  d.宿主と菌のかわりゆく関係
  e.小児エンピリック治療の考え方

参考文献
索 引