今日の社会において,前例のない数の高齢者が,信じられないくらい多くの挑戦を行っている.人々は,生理学的,人生経験,環境,また経済的や文化的な影響などから考えても,年齢相応というよりも不相応な生活を送るようになってきている.この不同性こそが,高齢者を治療する医療従事者にさまざまな問題を与えている.

 このような高齢者人口の増加に伴い,高齢者のためのヘルスケアの需要の拡大が問題となってくる.このような需要に対して,著者が示したような診療を行うCOTA(訳者注参照)が必要になってくるのである.

 高齢者の生活や治療の状況に関係なく,彼らに影響を与えるものとして,年齢を重ねていく過程の結果として起こる身体上,感覚上,認知機能の変化があげられる.この本(Occupational Therapy with elders: Strategies for the COTA)の編集者らは,COTAが高齢者のために働くときに気をつけなければいけない問題に関し,経験と知識のある著者らを集めてこの本を作成した.

 このテキストには社会学的,生物学的,心理学的な理論を老化の基礎概念として述べ,特に,健康維持や疾患予防法を強調している.個人の機能,また介護する人たち(ケアギバー)との相互作用に影響する生物学的,心理的,感情的,そして文化的問題がさらに取り上げられ,また実践的な場となるホスピスについても述べられている.

 この本の中では,疾患に関する注意や介護方法を,総まとめにして理論的順序を追って著述している.著者らの経験と知識は組織的に組みこまれ,このテキストを論理的,そして目的にそった構成としている.このテキストは医師,作業療法士,理学療法士,看護婦など医療専門職の人ばかりでなく,学生や介護人にも使えるようにしたので,このようなアプローチはとても実践的であるといえよう.

 高齢者を対象に働くにあたり,考慮すべき問題点をあげたので,学ぼうとする人にとって有益なものとなるだろう.また,COTA自身が,経験のない疾患や問題をもった患者の介護にあたるたびに,この本を読んでいただくであろうことは間違いない.これまでに高齢者のクライアントと働いた経験のないCOTAのためには,この本は新たなる挑戦の概要を示すであろう.また,これまでに高齢者と働いたCOTAらには,最近の取り扱い件数に応じた新しい技術を学ぶのに役立つであろう.

 このテキストでは,プログラムの開発的な面として,高齢者人口の増加に伴い生じた必要性により,学生にこの科目の履修課程を計画している作業療法学科の教官にも有効であるといえる.これらのプログラムを構成する上で,高齢者と働くための最も最近の考えを述べた.この本は学士号やそれ以上の学位をとるために構成されたプログラムにも付加的教材となりうるであろう.

 初めてCOTAを採用した医療施設にとっても,このテキストはCOTAの役割についての概説と説明を与えることであろう.また,以前に,そして今後COTAと働く作業療法士にも役立つであろう.作業療法士とCOTAのお互いの役割のよりよい理解こそが,理想的な作業療法を共同で行う上で不可欠なのである.

 この本が“高齢者の人生経験の現実を認め,彼らを人として敬意を示す”ことに貢献できるテキストになるようにという編集者らの思いと希望を込めてこの序文を記述した.そしてここに,彼らの目的が達成したことへの喜びの意を表す.

  MARGARET CHRISTENSON, MPH, OTR, FAOTA

  President

  Lifease, Inc.

  New Brighton, Minnesota

原著者のまえがき

 高齢者に最善の介護を提供できる正確な知識をもち,また専門家として自信をもって介護にあたることのできるCOTA(訳者注参照)の需要をはっきり示している統計が以下のように,いくつかあげられる.まず,高齢者の治療にあたっている作業療法のうち,大半は認定を受けた作業療法助手らによって行われている.また,COTAの2/3が65歳以上の高齢者を対象に働いている2).さらに,1990年以来,ナーシング ホーム(特に看護ケア ホーム: 訳者注参照)が,作業療法助手らの実践の場となっている1).このような現状のもと,この本は作業療法助手の実践的で基礎的な知識の提供を目的とする.

 この本は目的に沿った構成になっている.まず,第1部は“老化の概念”である.この基礎的概念は,高齢者の生活体験を理解するうえで必要なものである.老化の傾向,概念,理論に関する一般的な論述の後に,高齢者に関する作業療法の具体的な概念が続いている.第2部の“高齢者の介護”では,第1部よりも広い意味での作業療法的ストラテジー(戦略)の具体的な利用法を提案している.第2部の主題は,高齢者文化の多様化,高齢者への作業療法理論の適応,倫理上の問題,記録,そして家族や看護する人々の役割なども含んでいる.また,精神医学的または,整形外科的,神経学的な障害をもつ高齢者の実地介護に適応できる,具体的な作業療法も記述されている.

 この本の編成にあたっての我々の目標を示す.

 1)年をとることへの社会的迷信(通念)を払いのけることを目的とし,高齢者の人生経験の現実的価値を認め,人としての彼らに敬意を示す.つまり,“elder”(高齢者)という言葉のもつ,固定概念的な「無力な患者」という意味でまとめることを避けた.

 2)この本の顕著な特徴は,作業療法士,COTAがチームを構成して協力作業することである.我々は編集者のチームとして,この方法の有効性を実感した.COTAを経験してその後作業療法士になった人が書いた章もあり,作業療法士やCOTAが書いた章も多くある.

 3)現場のCOTAのために,これまでなかった包括的なテキストの制作を行った.このプロジェクトが進行するにあたり,ここに書かれた情報はCOTAだけでなく作業療法士にも同じように有用であることが明らかになった.

 4)COTAの実践における本質をとらえ,COTAが有意義で,誇るべき貢献を成していることを伝えたかった.

 5)伝統的な作業療法的理論や実践に加え,この本で示すような介護のストラテジー(戦略)の基礎を示すことを目標とした.

 6)問題とその解決策の独自の話法(話術)とその使う状況について説明した.本文中の挿話は著者等の個人的経験によるものも多く使用した.

 7)専門性のレベルに関係なく,作業療法的介護のための基礎的および臨床的理論を強調して論述した.

 高齢者に対する作業療法実践のさらなる理解へとつながれば幸いに思う.

  HELENE LOHMAN, MA, OTR/L

  REN L. PADILLA, MS, OTR/L

  SUE BYERS-CONNON, BA, COTA/L, ROH

訳者まえがき

 介護保険法が2000年4月から導入実施される.政府の指導と予算措置により施設の質と量は向上し,ハード面は充実しつつある.これからの課題は高齢入居者1人1人の尊厳と生活の質(QOL)を重視し,残存機能を最大限に利用して日常生活動作(ADL)と自立した生活(IL)を支援するソフト面の充実であり,さらに長い時間と努力を要すると思われる.

 COTAはCertified Occupational Therapy Assistantの略であり,認定作業療法助手と訳されるものだが,日本にはまだない制度,資格である.COTAは医師,看護婦,作業療法士,理学療法士など医療チームを構成するメンバーと,一般人である介護者(ケアギバー)との中間に位置して実際の治療を実践する専門職である.この本はCOTAの教育校,養成校における教科書として作成されたものである.多くの著者により分担執筆され,非常に豊かな経験と知識,そして最新の医学的理解に基づいて著述されている.特に第2部では,多くの種類の疾患について詳細に説明され,実際に即して,具体的な介護と環境適応についても詳しく書かれている.各種の病院,施設,在宅で高齢者の看護,リハビリテーション,そして介護を行う際に,新しい症例に出会うたびに辞書のように項目を引いて,理解,整理できる本となっている.翻訳にあたって,各章の冒頭に小項目の見出しをアルファベットをつけて並べ,検索しやすいように工夫を行った.

 COTAは医療専門職と一般の介護者との中間に位置するので,この本は専門職の人々にも有益であり,一般の人にも読みやすい本となっている.

 1966年に第1回国家試験が行われ,最初の理学療法士と作業療法士が日本において誕生して以来,合格者累計は2万人を超えるまでに至っている.急性期のリハビリテーションは病院を中心に施設およびセラピストとも充足されつつあるが,高齢化時代を迎えて,施設あるいは在宅での老人介護が国家的命題になりつつある.

 寝たきりにせず,少しでも独立したADLを維持するように常に努力が必要である.できるだけ自宅で在宅で生活したい,介護されたいと思うのがほとんどの高齢者の願いである.家族,ヘルパーその他の介護者(ケアギバー)の意識と技術の向上を期待し,このハンドブックが助けとなるよう希望する.

 現代は高齢化が進み老人介護の専門性を高める必要が求められている.このハンドブックが介護者の専門性を高め,高齢者の自立を高める目的に少しでも貢献を成すよう希望する.

 最後に本書の制作に努力を惜しまれなかった中外医学社の小川孝志氏と,原著の表紙の写真からスケッチを描き,この本の表紙の作成に協力していただいた京都二紀会会員画家東樋口美智子氏に深く謝意を記す.

  1999年7月

  京都大学医療技術短期大学部助教授 笠原勝幸

目 次

第1部 老化の概念

 1.老化についての考え方と統計   2

  A.健康,病気,福祉  2

  B.慢性疾患  3

  C.老化の段階  4

  D.人口統計学的データと高齢者人口の増加  7

  E.高齢者人口の高齢化  8

   1.生活環境  9

   2.経済的人口統計学  10

  F.リハビリテーション実践の領域  11

  G.高齢者に対する年齢差別(高齢者差別)・偏見・固定概念  11

 2.老化の生物学的過程   15

  A.概 説  15

  B.老化による変化  15

   1.認知機能の変化  16

   2.皮膚の変化  17

   3.心肺系の変化  18

   4.骨格系の変化  19

   5.筋の変化  19

   6.神経系の変化  20

   7.感覚系の変化  21

 3.老人の心理学的側面   24

  A.老化の心理面について  24

  B.老化についての迷信と事実  24

   1.迷信1: 暦年齢は高齢者の行動とともに感情も決定する  24

   2.迷信2: 老犬に新しい芸は仕込めない  24

   3.迷信3: 年齢と共に人はより高齢で賢明となる  25

   4.迷信4: 高齢者は非生産的である(特に労働において)  26

   5.迷信5: 高齢者は年をとるに従いさらに保守的になっていく  26

   6.迷信6: 高齢者は静かで穏やかな生活を好む  27

   7.迷信7: 年をとると皆ぼけていく  28

  C.老化に伴うストレス因子,喪失,感情  28

  D.つくられた無能力状態  30

 4.健やかに高齢期を過ごす: 健康促進と病気の予防について   32

  A.病気と障害を克服して自立した生活  32

  B.健康促進と福祉の概念  33

  C.健康のリスクと労働行為の効果  34

  D.健康促進の実践  37

第2部 高齢者の介護

 5.高齢者の移動と介護   44

  I.家庭内での移動  44

   A.家庭内での移動と転倒  44

   B.転倒の原因  45

    1.環境的原因  45

    2.生物学的原因  46

    3.精神病学的原因  47

    4.機能的原因  47

   C.転倒防止  47

  II.地域社会での移動  50

   D.地域社会における移動  50

   E.横断歩道での安全  52

   F.交通機関の選択  53

   G.安全運転  55

 6.高齢者の視覚障害と介護   60

  A.高齢者の視覚障害  60

  B.視力障害による心理的影響  60

  C.生理的老化の視力に及ぼす影響  61

  D.眼に特有な病理学的変化  62

   1.黄斑変性  62

   2.白内障  62

   3.緑内障  63

   4.糖尿病性網膜症  63

  E.治療方法の原則  64

  F.社会資源  67

  G.神経障害による視覚異常  68

7.高齢者の聴覚障害と介護   69

  A.高齢者の聴覚障害  69

  B.老化による聴覚の変化  70

  C.聴覚障害の心理社会的側面  71

  D.高齢聴覚障害者のためのリハビリテーション  71

  E.高齢聴覚障害者とのコミュニケーション  73

  F.補聴器について  75

8.高齢者の失禁と介護   77

  A.失禁について  77

  B.尿失禁および便失禁  77

   1.頻 度  77

   2.失禁に要する経費  77

  C.排尿および排便の解剖と生理  78

   1.解剖と生理  78

   2.失禁の原因  78

  D.尿失禁の分類  79

   1.切迫性尿失禁  79

   2.腹圧性尿失禁(ストレス尿失禁)  79

   3.オーバーフロー尿失禁(溢流尿失禁)  79

   4.混合性尿失禁  79

   5.機能的尿失禁  79

  E.便失禁  80

  F.尿失禁に対するガイドライン  80

  G.総合的医療チームの戦略  80

   1.時間的排尿法および習慣訓練法  82

   2.迅速排尿法  82

   3.膀胱訓練法  83

   4.バイオフィードバック法  83

   5.骨盤底筋群訓練法  84

  H.環境適応  84

  I.衣類の処理  85

  J.機能障害による失禁への適応  85

  K.皮膚障害の予防  85

 9.高齢者の嚥下障害・摂食障害と介護   87

  A.食事介護を要する高齢者について  87

  B.摂食障害の介護  88

  C.正常の嚥下運動  88

  D.嚥下運動組織の老化による変化  90

  E.嚥下困難の病因について  90

  F.介護計画  91

  G.住環境の影響  91

  H.よい姿勢をとらせる技術について  92

  I.自助具  94

  J.嚥下障害の介護技術  94

   1.第1相  94

   2.第2相(口腔内)  96

   3.第3相(咽頭部)  96

  K.食事療法と栄養学に関して  97

  L.食事介護の注意点について  97

 10.高齢者の脳血管障害と介護   99

  A.老化と脳血管障害  99

  B.脳血管障害(脳卒中)の症状  99

  C.脳血管障害の評価  102

  D.脳血管障害の治療  103

  E.ケース スタディ(症例検討)  103

  F.運動障害  104

  G.知覚−認知の障害  111

  H.心理的適応  113

 11.高齢者の痴呆と介護   115

  A.概 説  115

  B.高齢アルツハイマー病患者の活動に焦点をあてた治療  116

  C.コミュニケーション: 理解することと理解されること  117

  D.行動と心理社会的側面  119

  E.治 療  123

   1.観察・スクリーニングと評価  123

   2.治療計画  123

   3.治療方法  124

   4.日常生活動作(ADL)  125

   5.自助具の使用  128

   6.健康促進のための活動  128

   7.意思伝達をすることと介護者の教育  128

  F.終末段階の問題  129

  G.医療費および介護費用の支払い  129

12.高齢者の精神疾患と介護   131

  A.高齢者と精神疾患  131

  B.精神疾患をもつ高齢者の介護について  131

    一般的事実  131

  C.うつ病  132

   1.大うつ病  133

   2.軽症うつ病(気分変調性障害)  134

   3.双極性障害(躁病エピソードとうつ病エピソードを呈する)  134

   4.気分循環性障害(軽躁状態と中等度うつ病の時期が交代する)  134

   5.晩年期うつ病の原因  134

   6.高齢うつ病の治療と介護  135

  D.不安障害  136

  E.精神分裂病  138

  F.心気症  140

  G.物質関連障害  141

  H.人格障害  141

  I.評価方法  142

13.高齢者の整形外科的疾患と介護   144

  A.概 説  144

  B.骨折の原因  144

  C.骨折のタイプ  145

  D.骨折に対する医学的治療  145

  E.リハビリテーションに影響する要因  146

  F.股関節骨折  146

  G.人工関節全置換術  148

  H.股関節骨折と関節置換の手術をを受けた高齢者に対する介護  149

   1.心理的問題点  149

   2.作業療法による介護  152

  I.関節炎  152

  J.関節炎の作業療法的介護  153

   1.関節可動域の維持  153

   2.関節変形の予防  153

   3.筋力維持  155

   4.関節機能の改善  156

   5.生活のバランスの維持  157

   6.心理社会的援助と援助機構  157

14.高齢者の心・血管系疾患と介護   159

  A.概 説  159

  B.循環器疾患とその治療  159

  C.心機能障害の社会心理的影響  160

  D.高齢心臓病患者の評価  161

  E.介護の目標と方針  163

   1.第1段階  164

   2.第2段階  165

   3.第3段階  166

   4.労働エネルギーの省力化,作業の単純化,その他の教育  166

  F.心臓リハビリテーション以外の場合における,

    高齢心臓病患者の治療と介護  167

15.高齢者の肺・呼吸器系疾患と介護   170

  A.概 説  170

  B.COPD(慢性閉塞性呼吸器疾患

       : chronic obstructive pulmonary disease)  170

   1.慢性気管支炎  171

   2.慢性肺気腫  171

   3.喘 息  171

  C.COPDの社会心理的影響  172

  D.性機能  172

  E.治療計画  173

16.高齢者の癌と介護   177

  A.高齢者の癌治療について  177

  B.癌の種類による特徴  177

   1.乳 癌  178

   2.肺 癌  178

   3.前立腺癌  178

   4.結腸直腸癌  179

   5.癌転移  179

  C.悪性疾患の心理社会的側面  179

  D.悪性疾患の作業療法的治療  181

   1.評価と治療計画  181

   2.治療目標  182

   3.癌性悪液質(カヘキシー)  184

   4.癌治療に伴う合併症  184

   5.退院計画  186

17.ホスピスと介護   188

  A.ホスピス成立の歴史  188

  B.ホスピスの哲学  189

  C.ホスピス チームの役割  189

  D.ホスピスと一般施設の相違点  190

  E.作業療法的治療と評価  191

  F.死にいく人の恐怖と失うもの  191

   1.能力喪失  191

   2.家族との関係および役割の喪失  192

   3.コントロールの喪失  193

   4.未来の喪失  193

   5.痛みに対する恐怖  193

   6.感情的および精神的疼痛  194

   7.死ぬことへの恐怖  194

  G.死にいく人との交流  195

    効果的に精神交流するための指針  196

  H.介護者訓練  197

   1.死に立ち合う介護者のために供給される援助  199

   2.ホスピスで介護をすることについて  199

索 引   201