はじめに

 「高齢者とは?」と問われれば,「65歳以上」と暦年齢で答えるのが常識的だろうし,多くの法律が65歳でもって成年と老人を区分する.しかし65歳以上の高齢者に対するアンケート調査(平成16年厚生白書)では,多くの高齢者が「老人とは70ないし75歳以上」と考えている.それは,老人のイメージは,寝たきりないしはヨボヨボした状態であり,多くが「自分は老人ではない」と考えているからである.65歳以上で体力と思考力が健在な人を「老人としてひとくくりにすること」に問題があろう.だから長寿社会の現在として,60〜65歳を高齢前期,65〜70歳を早期高齢者,それ以上を晩期高齢者に分け,前者を過去に納付した積み立て金の還元としての年金を給付され快濶な生活を送る層,後者を過去の社会への貢献に対して祝福を受け,介護中心の福祉を受ける権利を有する老年層としたらどうだろうか?
 暦年齢はさておき,30歳を過ぎると顔には小皺が出始め,走ったり重いものを持つ能力が衰えを見せ始める.40歳台は中間管理職となり気苦労が絶えない.50歳を過ぎると女性では閉経が,男性ではテストステロン減少に伴う精力の減退が出る.60歳を過ぎれば身長の縮みが生じ,自分で体感的に体力の衰えを感じる.70歳過ぎで思考の中断や物忘れを感ずるようになり,80歳を過ぎると歩みにフラツキが出て,仰臥している時間が多くなる.このように不確定な自覚的・他覚的徴候が老人を階層分類する目安になるものの,医学的身体年齢区分はハッキリと規定されていない.このため元気な高齢者は「年より若く見られた」と,一人悦にいることになる.
 本書の基本構成は,高齢者の健康を評価するための基本的な考え方を示す基礎,具体的項目の高齢化に伴う変化を記した各論と,健康評価数値を示した付章となっており,それぞれの項目に関して,現場での経験と知識の豊富な先生方に執筆をお願いした.このことから本書が,老人医療・看護・介護,そして老人福祉に従事される方々にとって老化健康度評価を考える最良の指針となることを期待している.読者諸氏が本書を活用されることを期待して.
 2005年4月
 巽 典之


目次
I.基礎
 1.高齢者の概念と身体的特徴  <三木隆己>  2
  1.高齢者の定義  2
  2.高齢者の概念  3
  3.身体的特徴  6

 2.総合健診成績からみた高齢者基準値  <菅沼源二>  13
  1.総合健診と健康評価  13
  2.健康評価と基準値  15
  3.国際的な標準としての基準値設定法  16

 3.縦断的基準値設定の試みとその臨床的有用性
               <風呂田 晃,巽 典之>  23
  1.縦断的基準値算定に用いた対象と統計法  24
  2.血液検査値の年齢層別変化と基準値(基準値Aと基準値Bの比較)  31
  3.集団検査値の加齢変化の型と範囲  33
  4.赤血球数の加齢変動の型(増加,変化なし,減少)  35
  5.基準値と個人内変動  38
  6.おわりに−集団基準値と個人間変動の測定の重要性  42

II.各論
 1.尿検査の高齢者基準値  <伊藤機一,金子良孝,加島準子>  48
   1.尿一般検査  48
   2.腎機能検査  62
     近位尿細管機能検査  63
     遠位尿細管機能検査  68
     (腎)皮質機能検査  69
     (腎)髄質機能検査  71
 2.臨床化学検査の高齢者基準値  75

  A.タンパク・電解質  <大澤 進,岡部紘明>  75
   1.総タンパク(TP)  75
   2.アルブミン(ALB)  77
   3.ナトリウム(Na,NA)  78
   4.カリウム(K)  80
   5.クロール(Cl,CL)  81

  B.耐糖能  <植村和正,井口昭久>  83
   1.糖尿病の診断基準の歴史的変遷  83
   2.基準値設定における「年齢」の考慮  85
   3.新しい糖尿病の診断基準  86
   4.加齢に伴う耐糖能低下の機序  88
   5.加齢に伴う耐糖能低下の疾患としての意義  91
   6.高齢者糖尿病のコントロール基準  93
   7.その他の糖代謝指標に対する加齢の影響  94

  C-1.酵素の年齢変化と加齢変化  <片山善章>  97
   1.酵素活性の年齢変化と高齢者基準値  97
   2.年齢変化  98
   3.高齢者の基準値と加齢による変動  99
   4.高齢者基準値の問題点  103
   5.まとめ  104

  C-2.高齢者酵素値の変動とその解釈  <巽 典之,近藤 弘>  106
   1.健常高齢者における酵素検査値の推移  106
   2.高齢者でのAST(GOT),ALT(GPT)値の見方  107
   3.高齢者におけるLDH値の見方  108
   4.高齢者におけるγGPT値の見方  109
   5.高齢者におけるALP値の見方  109
   6.高齢者におけるAMY値の見方  109
   7.高齢者におけるCK値の見方  110
   8.酵素検査測定の将来予測  110

  D.脂質  <岡部紘明>  112
   1.血漿総コレステロール(T-Chol,TC)  112
   2.HDL-C(HDLコレステロール)  116
   3.LDL-C(LDLコレステロール)  117
   4.TG(トリグリセライド,中性脂肪),VLDL  118

  E.腎関連検査  <徳永賢治>  120
   1.加齢による腎臓の組織的・機能的変化  120
   2.クレアチニン(Cr,CR)  121
   3.クレアチニンクリアランス(Ccr)  124
   4.BUN(血中尿素窒素,UN)  126
   5.尿酸(UA)  127

  F.骨代謝関連検査  <三木隆己>  131
   1.カルシウム  132
   2.リン(P)  135
   3.骨型ALP  136
   4.デオキシピリジノリンおよび1型コラーゲンN末端
               テロペプチド(NTX)  137

  G.ホルモン  <市川和夫,橋爪潔志>  141
   1.TSH,T4,T3  142
   2.副甲状腺ホルモン(PTH)  145
   3.LH,FSH,エストロゲン,テストステロン  149

 3.免疫・血清学的検査の高齢者基準値  154
  A.血清・免疫能  <吉田 浩>  154
   1.免疫グロブリン(G,A,M)  154
   2.補体(CH50,C3,C4)  156
   3.外来抗原に対する抗体産生  156
   4.自己抗体157

  B.免疫  <大田雅嗣,森 眞由美>  162
   1.はじめに−加齢による免疫学的変化  162
   2.T細胞  162
   3.B細胞  163
   4.NK細胞  164
   5.参考となる基準値  165

 4.血液検査の高齢者基準範囲(CBC)  <今村文章>  168
   1.解析方法  169
   2.施設間差対策  169
   3.比較検討とt検定  170
   4.結果  170
   5.基準範囲  176
   6.基準範囲設定の問題点  177
   7.考察  179

 5.介護老人保健施設で得られる高齢者臨床検査値
               <近藤 弘,大下弘介,巽 典之>  181
   1.介護老人保健施設の概要  183
   2.介護老人保健施設入所前に実施する一般的な臨床検査  183
   3.老人保健施設における基準値の設定  184

 6.地域・職域集団の健診成績と予後よりみた健康危険度評価システム
               <嶋本 喬,磯 博康>  189
   1.集団を対象とした健康危険度評価システムの考え方  189
   2.対象と方法  190
   3.結果  192

 7.臨床検査医の立場からみた高齢者基準値の見方・考え方  <熊坂一成>  201
   1.“正常値”の意味の持つ問題点  202
   2.基準値・基準範囲の設定に必要な検査の制度管理と標準化  203
   3.基準範囲の定義とその意味  204
   4.高齢者の検査値に変動を与える要因  206
   5.高齢者の基準範囲を求めることは可能か?  209
   6.高齢者の基準範囲の臨床的意味は  211
   7.むすびに代えて?高齢者の“異常値”の意味  213

付表   1.高齢者の身長と体重  <大下弘介,兵頭弘美>  215
     2.高齢者体力の基準値  <増原光彦>  215
臨床検査室における高齢者基準値の扱い方  <朝山 均>  217
おわりに  <三木隆己,近藤 弘>  219

索引   221