序
21世紀初頭はER（emergency room）の時代である．米国の主要教育病院では，ERからの入院患者が全入院患者の半数以上となった．わが国でも，20世紀末から救急医療需要が急増し，患者さんは質のよい救急医療を求めるようになった．これに対応して，救命救急センターや大学病院救急部門などの三次救急医療機関では専任救急医による24時間診療体制が普通となり，二次救急医療機関の整備も急速に進んだ．平成16年には救急部門での卒後臨床研修が全ての医師に必修となる模様である．
一昔前には，救急という理由で，片手間の応急医療でも患者さんから感謝された時代があった．救急現場では個々の医師のdogmaが通用した．しかし21世紀は違う．救急医療にもscienceが求められ，診断・治療法の客観的検証から救急医療の質が問われる時代である．EBM（evidence based medicine）の追求はますます進み，救急患者の診断，判定，治療，予後推定，診療録記載などに客観的手法やガイドラインなどに沿った診療行為が必須となった．
｢救急データブック」として上梓した本書は，このような救急医療現場のニードに応えるためのレファレンス・ブックである．
本書には，多種多様な救急患者の診療に必要となる定義，診断基準，疾病分類，重症度分類，診断・治療のアルゴリズム，治療指針，種々の治療ガイドライン，プロトコール，フローチャート，フローシート，治療法の適応・禁忌，リスクファクター，種々の指標，法則，公式，算出式，正常値，あるいは英語で表現される種々のclass，level，scale，score，grade，stage，index，ruleなどを収録した．研究方法や統計手法についても簡便に解説した．
慶應義塾大学病院救急部とその関連病院において過去12年間に扱った28万人以上の救急患者の診療経験から，救急現場ですぐに必要となる情報を整理し，現存の資料から抜粋した．救急医療の最前線で，臨床と教育にあたっている救急専任助教授2名が精力的に編集にあたった．ERの書架に20冊ほどの教科書が揃っていれば，どこかのページに本書中の情報をみつけることはできるが，本書があれば必要な情報にたちどころに行きつける．スピードと正確さとが求められる救急医療現場には重宝なレファレンスだと思う．
救急医療に従事する救急専門医のみならず，各診療科の研修医，救急やクリティカル・ケア現場の医師と医療従事者などに，広く本書が役立つことを期待したい．
2001年10月
慶應義塾大学医学部・救急部教授
相川直樹
目 次
1 神経，脳死，環境障害 〈山口啓二〉
1 わが国の脳死判定基準…2
2 Japan Coma Scale（JCS）--3-3-9度方式による意識障害の分類…5
3 Glasgow Coma Scale（GCS）…6
4 Japan Stroke Scale（JSS）…7
5 NIH Stroke Scale（NIHSS）…10
6 Barthel Index…12
7 修正Rankinスケール（The Modified Rankin Scale）…15
8 くも膜下出血の分類…〈黒島義明〉16
9 FisherのCT Group分類…〈船曵知弘〉18
10 一過性脳虚血発作の診断基準（1990年，米国NINDS）…19
11 てんかん，てんかん症候群の国際分類（1989年）…20
12 国際頭痛学会の頭痛分類（1988年）…22
2 循環器，CPA 〈中村岩男〉
A ショック
1 ショックの分類…26
B 心肺停止
2 心肺停止における心肺蘇生開始までの時間と予後…27
3 心室細動（VF）または脈を触れない心室頻拍（Pulseless VT）のアルゴリズム…28
4 Pulseless Electrical Activity（PEA）のアルゴリズム…29
5 心静止（Asystole）のアルゴリズム…30
C 不整脈
6 心室頻拍（VT）とQRS幅の広い上室性頻拍（wide QRS SVT）の鑑別…31
7 頻脈性不整脈の治療指針…32
8 心房細動・粗動の治療…33
9 上室性頻拍の治療…34
10 (血行動態の安定した）心室頻拍の治療…35
11 緊急ペーシングの適応…36
12 徐脈性不整脈のアルゴリズム…38
D 心不全と心機能
13 うっ血性心不全の診断基準…39
14 心不全増悪の誘因…40
15 New York Heart Association（NYHA）の心機能分類…41
16 肺動脈カテーテル（Swan-Ganzカテーテル）の適応…42
17 肺動脈カテーテルおよび左心カテーテル検査の正常値…43
E 虚血性心疾患
18 Canadian Cardiovascular Society（CCS）による狭心症の分類…44
19 不安定狭心症のBraunwald分類…45
20 胸痛患者の入院基準…46
21 急性心筋梗塞の急性期死亡率…47
22 急性心筋梗塞のKillip分類…48
23 Forresterの心機能分類…49
24 急性心筋梗塞に対する血栓溶解療法の適応と禁忌…50
25 急性心筋梗塞に対するprimary PTCAの適応…51
26 急性心筋梗塞の早期再潅流の効果…52
27 急性大動脈解離の分類…〈船曵知弘〉53
28 急性大動脈解離におけるCT撮影指針…〈船曵知弘〉54
F 高血圧
29 高血圧緊急症…55
G 失神
30 失神の診断アルゴリズム…〈鈴木 昌〉56
3 呼吸器 〈藤島清太郎〉
1 脂肪塞栓症候群の診断基準…58
2 喘息急性期治療の基本指針（NIHガイドライン1997）…59
3 喘息症状（急性憎悪）の管理…60
4 喘息患者の気管内挿管，人工呼吸の適応…62
5 慢性呼吸器疾患における息切れの程度分類（Hugh-Jonesの分類）…63
6 アレルギー性気管支肺アスペルギルス症の診断基準…64
7 ALI，ARDSの定義と診断基準…65
8 成人市中肺炎の重症度分類…66
9 原因菌不明の成人市中肺炎に対する初期治療…67
10 成人市中肺炎における原因菌判明時の抗菌薬選択…68
11 COPD急性増悪患者の管理のためのフローチャート…70
12 肺塞栓症における心電図上の右室負荷所見…71
4 消化器 〈木村裕之〉
1 食道・胃静脈瘤内視鏡所見記載基準…74
2 胃潰瘍の組織学的分類・内視鏡的病期分類…76
3 Helicobacter Pyloriの除菌ガイドライン…78
4 クローン（Crohn）病診断基準…79
5 潰瘍性大腸炎診断基準…80
6 肝硬変Child分類…82
7 劇症肝炎…83
8 肝性脳症の昏睡度分類…84
9 急性膵炎CT Grade分類…〈船曵知弘〉85
10 急性膵炎重症度判定基準…86
11 慢性膵炎診断基準…88
5 感染症 〈藤島清太郎〉
1 感染症新法による感染症分類…92
2 感染性心内膜炎の診断基準（Duke大学）…94
3 SIRSの診断基準とsepsis関連病態の定義…95
4 MODS重症度分類…96
5 sepsis，septic shockに対するステロイド投与…〈鈴木 昌〉99
6 劇症型A群溶連菌感染症（STSS）の診断基準…100
7 結核を疑うべき患者，結核リスク者…101
8 HIV感染者よりの血液，体液への曝露の定義…102
9 針刺し事故対策…103
6 中 毒 〈鈴木 昌〉
1 中毒患者に対する胃洗浄…106
2 中毒患者に対する活性炭投与…107
3 中毒患者に対する下剤投与…108
4 解毒薬一覧…109
5 一酸化炭素中毒に対する高圧酸素療法…110
7 血 液 〈木村裕之〉
1 播種性血管内凝固症候群診断基準…112
2 特発性血小板減少性紫斑病診断基準…114
3 急性白血病のFAB分類…116
4 溶血性貧血診断基準…118
5 血栓性血小板減少性紫斑病の5症候…119
8 腎 臓 〈鈴木 昌〉
1 腎不全と薬物投与量…122
2 慢性腎不全に対する透析導入基準…125
3 急性腎不全に対する高用量ループ利尿薬投与…126
4 急性腎不全に対するドパミンの投与…127
5 造影剤による腎機能障害…128
6 高カリウム血症の救急治療…129
7 低ナトリウム血症の診断アルゴリズム…130
9 内分泌，代謝 〈鈴木 昌〉
1 糖尿病性ケトアシドーシスの診断と治療…132
2 糖尿病性ケトアシドーシスのフローシート…134
3 甲状腺機能障害の主要徴候…135
4 急性副腎不全の救急治療…136
5 SIADH（ADH分泌過剰症）の診断基準…137
6 アルコール性ケトアシドーシス…138
10 膠原病，その他 〈鈴木 昌〉
A 膠原病
1 SLE（全身性エリテマトーデス）の分類基準…140
2 RA（慢性関節リウマチ）の分類基準…141
B その他
3 アナフィラキシー…142
11 外傷総論 〈青木克憲〉
1 外傷の疫学…144
2 初期徴候からみた外傷出血性ショックにおける失血量および輸液量の予測…145
3 生理学的重症度指標（1）外傷スコア（Trauma Score）…146
4 生理学的重症度指標（2）修正外傷スコア Revised Trauma Score（RTS）…148
5 解剖学的重症度指標（1）Abbreviated Injury Score（AIS)-85…149
6 解剖学的重症度指標（2）Injury Severity Score（ISS）…154
7 生理学的指標と解剖学的指標を総合した重症度指標 Trauma and Injury Severity Score（TRISS）…156
8 重症外傷の栄養必要量…159
12 頭部・顔面・頚部外傷 〈黒島義明〉
1 頭部外傷の分類…162
2 脊髄損傷のメチルプレドニゾロンプロトコール…164
3 頚部のレントゲン撮影基準…165
4 頚椎側面像の評価…166
5 環椎骨折 Jefferson骨折…167
6 頚椎開口位撮影…168
7 軸椎歯突起骨折の分類（Anderson）…169
8 脊髄損傷の分類…170
9 頭部レントゲン撮影と頭部外傷患者入院基準…172
10 頭部外傷におけるCT撮影基準…173
11 Le Fort分類…174
12 永久歯と乳歯…175
13 顔面骨折の発生部位…176
14 頚部の穿通外傷…178
15 下顎骨骨折の発生部位…180
13 胸・腹部外傷 〈山崎元靖〉
1 日本外傷学会胸郭・肺損傷分類…183
A 胸郭損傷分類 183
B 気管・気管支損傷分類 186
C 肺損傷分類 190
D 横隔膜損傷分類 192
E 胸部損傷分類の表記 195
2 日本外傷学会心・大血管損傷分類…196
A 心臓損傷分類 196
B 大血管損傷分類 199
3 日本外傷学会肝損傷分類…204
4 日本外傷学会脾損傷分類…208
5 日本外傷学会膵損傷分類…211
6 日本外傷学会腎損傷分類…212
7 日本外傷学会消化管損傷分類…217
A 食道損傷分類 217
B 胃損傷分類 218
C 十二指腸損傷分類 218
D 小腸損傷分類 219
E 大腸損傷分類 223
8 AAST頚部血管損傷分類（Cervical vascular organ injury scale）…225
9 AAST末梢血管損傷分類（Peripheral vascular organ injury scale）…226
10 AAST胸部血管損傷分類（Thoracic vascular organ injury scale）…227
11 AAST肺損傷分類（Lung organ injury scale）…228
12 AAST心損傷分類（Cardiac organ injury scale）…229
13 AAST横隔膜損傷分類（Diaphragm organ injury scale）…230
14 AAST食道損傷分類（Esophagus injury scale）…231
15 AAST胸壁損傷分類（Chest wall organ injury scale）…232
16 AAST腹腔内血管損傷分類（Abdominal vascular organ injury scale）…233
17 AAST胃損傷分類（Stomach injury scale）…234
18 AAST肝損傷分類（Liver injury scale, 1994 revision）…235
19 AAST肝外胆管損傷分類（Extrahepatic biliary tree injury scale）…236
20 AAST副腎損傷分類（Adrenal organ injury scale）…237
21 AAST脾損傷分類（Spleen injury scale, 1994 revision）…238
22 AAST膵損傷分類（Pancreatic organ injury scale）…239
23 AAST腎損傷分類（Renal injury scale）…240
24 AAST十二指腸損傷分類（Duodenum organ injury scale）…241
25 AAST小腸損傷分類（Small bowel organ injury scale）…242
26 AAST大腸損傷分類（Colon organ injury scale）…243
27 AAST直腸損傷分類（Rectum organ injury scale）…244
28 AAST膀胱損傷分類（Bladder organ injury scale）…245
29 AAST尿道損傷分類（Urethra organ injury scale）…246
30 AAST陰茎損傷分類（Penis injury scale）…247
31 AAST睾丸損傷分類（Testis injury scale）…248
32 AAST陰嚢損傷分類（Scrotum injury scale）…249
33 AAST子宮（非妊娠時）損傷分類（Uterus（non-pregnant）injury scale）…250
34 AAST子宮（妊娠時）損傷分類（Uterus（pregnant）injury scale）…251
35 AAST卵管損傷分類（Fallopian tube injury scale）…252
36 AAST卵巣損傷分類（Ovary injury scale）…253
37 AAST腟損傷分類（Vagina injury scale）…254
38 AAST女性外陰部損傷分類（Vulva injury scale）…255
14 四肢・骨盤骨折 〈船曵知弘〉
1 Ottawa Ankle Rule…258
2 Ottawa Knee Rule…259
3 開放骨折の分類 Gustilo分類…260
4 Salter-Harris分類…261
5 上腕骨近位端骨折 Neer分類…262
6 上腕骨遠位部T型骨折…264
7 上腕骨内側上顆骨折 Watson-Jones分類…265
8 鎖骨遠位端骨折 Neer分類…266
9 Monteggia骨折 Bado分類…267
10 Galeazzi脱臼骨折 Walsh分類…268
11 橈骨遠位骨折…269
12 骨盤骨折…271
13 寛骨臼骨折 Judet & Letournel分類…273
14 大腿骨頭骨折（股関節脱臼骨折に伴う大腿骨頭骨折）Pipkin分類…274
15 大腿骨頚部骨折 Garden分類…275
16 大腿骨転子部骨折 Evans分類…276
17 大腿骨遠位骨折 Neer分類…278
18 脛骨顆間隆起骨折 Meyers分類…279
19 脛骨顆部骨折 Hohl分類…280
20 脛骨粗面剥離骨折 Watson-Jones分類…281
21 足関節顆部骨折 A-O分類…282
22 距骨頚部垂直骨折 Hawkins分類…284
23 踵骨骨折 Essex-Lopresti分類…285
24 四肢切断の基準 Mangled Extremity Severity Score: MESS…287
15 熱 傷 〈山崎元靖〉
1 日本熱傷学会熱傷深度分類…290
2 熱傷受傷面積の計算公式…292
3 熱傷重症度の指標…294
4 熱傷輸液公式…296
5 輸液量・輸液速度の指標…298
6 熱傷患者の至適投与熱量…299
16 集中治療 〈森崎 浩〉
1 APACHE II score…302
2 集中治療室入退室ガイドライン…305
3 重症患者のアルブミン補充療法…306
4 重症患者の輸血の適否…307
5 肺動脈カテーテルの有用性…308
17 小児科 〈福島裕之〉
1 小児の意識レベル評価…310
2 小児の血圧…312
3 小児の気管内挿管チューブ…313
4 小児の蘇生薬用量…314
5 小児の血液検査データ…315
18 精神科 〈水野雅文〉
1 薬物中毒の現況…318
2 詐病：虚偽性障害の診断基準…319
3 外傷性ストレス障害の診断基準 PTSD（Posttraumatic Stress Disorder）…320
4 改訂長谷川式簡易知能検査（HDS-R）…322
5 アルコール症…324
6 ｢一般身体疾患を示すこと」によるせん妄の診断基準…326
7 パニック発作の基準…327
8 電気けいれん療法（ECT: Electrical Convulsion Therapy）…328
9 自殺の現況…329
10 精神科コンサルテーションのガイドライン…〈鈴木 昌〉330
19 臨床疫学 〈新保卓郎〉
1 感度，特異度…332
2 ROC曲線…333
3 尤度比…334
4 Clinical Prediction Rule（臨床予測式）…336
5 症例対照研究とコホート研究…337
6 ランダム化比較試験…338
7 メタ分析…339
8 費用対効果…340
9 診療ガイドライン…341
索 引…343