アテローム性動脈硬化に伴って起こる「冠動脈疾患」,「脳血管疾患」,「末梢動脈閉塞症」,「腎動脈狭窄」は,高血圧や腎性貧血に伴って起こる心筋肥大とともに慢性腎臓病患者の生命予後を規定する最も重要な要因であることは周知の事実である.本書は“世界腎臓デー”設立の目的である“今後10年間に世界全体で約3,500万人と推定される慢性腎臓病患者が循環器合併症で死亡するのを回避するためには,腎臓病専門医,循環器病専門医のみならずプライマリケア医や現場のパラメディカルスタッフにこの事実を認識してもらう”ことを主たる目的として企画した.そして,非常にタイムリーなことに,“K/DOQI clinical practice guideline for cardiovascular disease in dialysis patients(以下K/DOQI CVDガイドライン)”が2005年にこの分野のガイドラインとしては初めて“Am J Kidney Dis”に掲載された.そこで“K/DOQI CVDガイドライン”に沿いつつ,より最近のエビデンスを加えた本書の製作を企画し,刊行することとした.また,“K/DOQI CVDガイドライン”には記述されていない保存期腎臓病患者における循環器合併症に関するエビデンスを加え,他のK/DOQIガイドラインに記述されている“高血圧症の管理・治療”,“透析管理”,“腎動脈狭窄症の管理・治療”を同時に掲載することによって,循環器合併症の全体像をわかりやすくすることも目的の一つとした.
 慢性腎臓病は3カ月間以上持続する形態的または機能的異常(蛋白尿),および糸球体濾過率(GFR)<60ml/min/1.73m2と定義されている.このような慢性腎臓病患者の一部は腎臓病専門医によって管理されているが,多くはプライマリケア医によって管理されているのが現実と考えられる.したがって,心血管合併症をきわめて高頻度に合併する慢性腎臓病を早期に発見し,早期に治療するためには,プライマリケア医に“慢性腎臓病と循環器疾患”が相互に深く関わっているという事実を理解してもらうことが最終的なゴールと考えた.この最終ゴールを達成するための第一段階は,まず,腎臓病専門医と循環器病専門医が上述した事実を十分に理解し,プライマリケア医と腎臓病専門医,プライマリケア医と循環器病専門医,そして腎臓病専門医と循環器病専門医とが連携を緊密にすることが大切である.
 腎臓病専門医は慢性腎臓病が進行する過程のどの時点で,循環器合併症のスクリーニングが必要なのかを理解するのが基本であるが,循環器合併症を疑った時には速やかに循環器病専門医のコンサルトを受けなければならない.また,循環器病専門医あるいは心臓血管外科専門医には,慢性腎臓病患者に対する検査や治療を行う上で如何なる注意が必要であるかを理解することが求められている.
 これらの目標を達成するため,本書ではプライマリケア医から相談を受ける立場にある,腎臓病専門医を対象とした「慢性腎臓病管理の重要性」,「慢性腎臓病と循環器疾患の関連性」を中心とした内容にすることにした.それは,循環器病専門医ではない腎臓病専門医,腎臓病専門医ではない循環器病専門医や心臓血管外科専門医にとっても重要なメッセージとなるものと信じている.
 今回執筆をお願いした諸先生は現在それぞれの分野の第一線でご活躍され,臨床経験も豊富であるばかりではなく,ご自身自らエビデンスを積極的に作られている.お忙しい中,本書の企画に快く賛同され,執筆をお受け頂きましたことを,この場を借りて深く感謝申し上げる.最後に,本書を刊行するに当り,ご尽力頂いた中外医学社 宮崎雅弘氏に感謝する.

2007年4月
東邦大学医療センター大橋病院 腎臓内科
長谷 弘記


目次

§1.総論

1.世界における慢性腎臓病対策の潮流とCVDガイドライン 〈塚本雄介〉
  A.CKDという用語の創出
  B.CKD診療ガイドラインの世界統一基準の作成―KDIGO設立
  C.KDIGOの目標と性格
  D.CKD対策の根幹をなすCVD心血管病の早期予防/
    治療介入の国際的運動の展開
  E.K/DOQI―透析患者におけるCVDガイドライン
   1.第1章心血管病CVDの評価および治療法ガイドライン(1〜10)
   2.第2章心血管病リスクファクター管理ガイドライン(11〜16)
   3.第3章ステートオブザアート:CVDにおける最先端および
     議論のあるトピックス

2.日本におけるCKD(chronic kidney disease:慢性腎臓病)への
  取り組みの現況と展望 〈松尾清一,湯沢由紀夫,安田宣成〉
  A.米国におけるCKD対策の原点としてのK/DOQI-CKD-GL
   1.Public health problemとしてのCKD
   2.なぜ“kidney”か?
   3.なぜCKDの定義や分類が新たに必要か?
   4.なぜ腎機能の指標としてGFR(glomerular filtration rate:
     糸球体濾過量)を用いるのか?
   5.なぜガイドラインに行動計画を盛り込んだのか?
   6.K/DOQI-CKD-GLの与えたインパクトと今後の課題
  B.K/DOQI-CKD-GLの概説
   1.ガイドライン1:定義とCKDのステージ分類
   2.ガイドライン2:評価と治療
   3.ガイドライン3:CKDのリスクの高い群
   4.ガイドライン4:GFRの推定
   5.ガイドライン5:蛋白尿の評価
  C.わが国におけるCKD対策の現状と今後の展望

3.国際的調査研究DOPPSの役割 〈斎藤 明〉
  A.DOPPSとその意義
  B.DOPPSで得られた循環器関連データ
   1.DOPPSにおける国際的な透析患者の心血管系合併症比率
   2.心血管合併症リスクファクター

4.慢性腎臓病患者および慢性腎臓病を原因とする循環器合併症の疫学 〈井関邦敏〉
  A.慢性腎臓病が注目されている背景
  B.CKDには古典的危険因子が多い
  C.新規の循環器合併症の危険因子としての慢性腎臓病
  D.メタボリック症候群との関連
  E.慢性腎臓病による循環器疾患合併の機序

5.慢性腎臓病患者の循環器合併症研究史 〈常喜信彦,長谷弘記〉
  A.冠動脈疾患
   1.Lindnerらの主張
   2.透析歴と動脈硬化
   3.透析導入時の横断的研究
   4.アテローム性動脈硬化への寄与因子
   5.アテローム性動脈硬化・心血管イベントの寄与因子としての腎機能低下
   6.絶対的心筋虚血と相対的心筋虚血
   7.冠動脈石灰化
   8.積極的薬物介入治療
  B.心肥大
   1.心肥大の合併率
   2.心肥大の危険因子
   3.積極的薬物介入治療における心肥大改善

§2.各論―A.慢性腎臓病患者の循環器合併症

1.心不全と心筋症 〈田中友里,長谷弘記〉
  A.心不全
   1.分類
   2.臨床症状
   3.検査
   4.対策と治療
  B.心筋症
   1.分類
   2.臨床症状
   3.検査
   4.対策と治療

2.冠動脈疾患 〈益田春香,長谷弘記〉
  A.分類
   1.急性冠症候群
   2.慢性冠動脈疾患
   3.無症候性冠動脈疾患
  B.臨床症状
   1.急性冠症候群
   2.安定狭心症
  C.検査
   1.心エコー図
   2.核医学検査
   3.心電図
   4.バイオマーカー
   5.冠動脈造影
   6.血管内超音波
   7.マルチスライスCTおよびEBCT
   8.MRI
  D.検査頻度
   1.外科的冠動脈バイパス術(CABG)施行患者
   2.経皮的冠動脈インターベンション治療(PCI)施行患者
   3.腎移植待機患者

3.冠動脈疾患に対する治療
 a.内科的治療 〈石川裕泰,長谷弘記〉
  A.急性冠症候群
  B.慢性冠動脈疾患
  C.治療効果の比較
  D.冠動脈疾患の予防
 b.外科的治療 〈尾崎重之〉
  A.慢性透析患者に対する冠動脈再建治療―PCIとCABGの成績
  B.慢性透析患者の術前管理
  C.手術
   1.グラフト選択
   2.末梢側吻合
  D.術後管理

4.心臓弁膜症 〈鈴木真事〉
  A.大動脈弁狭窄症
   1.症状
   2.診断
   3.経過観察の仕方
  B.大動脈弁閉鎖不全症
    診断
  C.僧帽弁狭窄症
    診断
  D.僧帽弁閉鎖不全症
    診断

5.心臓弁膜症に対する治療 〈尾崎重之〉
  A.透析患者の弁膜症の特徴
  B.透析患者の各種弁膜症手術の適応とタイミング
   1.大動脈弁疾患
   2.僧帽弁疾患
   3.三尖弁疾患
  C.術前の問題点
   1.血液検査
   2.全身の画像診断
  D.手術中の問題点
   1.人工心肺装着の問題点
   2.僧帽弁輪石灰化
   3.出血
  E.弁の選択
  F.周術期管理

6.不整脈 〈伊西洋二,長谷弘記〉
    A.致死性不整脈
   1.CKD患者における致死性不整脈の原因
   2.致死性不整脈の心電図診断と臨床症状
   3.致死性不整脈に移行する可能性が高い不整脈と臨床症状
  B.失神をきたす不整脈
   1.CKD患者における徐脈性不整脈の原因
   2.徐脈性不整脈の心電図診断と臨床症状
  C.心不全をきたす不整脈
   1.心房細動/粗動の原因
   2.心房細動/粗動の心電図診断と臨床症状
  D.検査
   1.心電図
   2.Holter心電図
   3.非侵襲的CAD検査
   4.運動負荷試験
   5.心エコー図
   6.電気生理学的検査
   7.その他の検査

7.不整脈に対する治療 〈池田隆徳〉
  A.不整脈の種類
  B.不整脈の治療法
  C.不整脈に対する薬物療法
   1.発作性心房細動
   2.心室性不整脈
   3.徐脈性不整脈
   4.予後改善目的で使用する場合
  D.不整脈に対する非薬物療法
   1.カテーテルアブレーション
   2.ペースメーカー
   3.植込み型除細動器
  E.自動体外式除細動器の設置

8.脳血管障害 〈藤崎毅一郎,平方秀樹〉
  A.慢性腎臓病患者における脳血管障害の疫学
   1.脳卒中の発症頻度
   2.無症候性脳虚血病変
  B.脳血管障害の概念と分類
  C.脳血管障害の診断
   1.脳梗塞
   2.頭蓋内出血
   3.無症候性脳梗塞病変
  D.脳血管障害の治療
   1.急性期の管理
   2.慢性期の治療

9.末梢血管障害 〈宮田哲郎〉
  A.疫学
   1.日本における慢性腎臓病患者の末梢血管障害の状況
   2.ASO発症のリスクファクター
   3.ASO患者の肢予後
   4.ASO患者の生命予後
  B.診断
   1.臨床症状
   2.理学的所見
   3.機能診断
   4.形態診断

10.末梢血管障害に対する治療
 a.内科的治療 〈井上直人〉
  A.透析患者のPVDの特徴
   1.症状の発現
   2.病変の特徴
  B.血管内治療の実際
   1.腸骨動脈領域
   2.大腿膝窩動脈領域
   3.膝下動脈の治療
 b.外科的治療 〈宮田哲郎〉
  A.手術適応
   1.間歇性跛行患者の手術適応
   2.重症虚血肢患者の手術適応
  B.手術成績
   1.早期成績
   2.遠隔期成績
  C.血管内治療
 c.保存的治療(炭酸泉浴を中心に) 〈熊田佳孝,鳥山高伸〉
  A.ASO治療における保存的治療
  B.間歇性跛行患者に対する運動療法
  C.重症虚血肢に対する人工炭酸泉治療
   1.末梢循環改善効果の検討
   2.重症虚血肢に対する救肢成績
   3.炭酸泉療法の適応
 d.末梢血管障害に対する治療―LDLアフェレーシス 〈小林修三〉
  A.PADの合併が透析患者に及ぼす影響
  B.透析患者のPADの特徴
  C.早期発見のために
  D.ABI,TBI,TcPo2,SPPの診断感度と特異度
  E.LDL-Aの実際
  F.治療戦略の一つとしてのLDL-apheresisとその効果改善の機序
  G.我々の検討
  H.LAの抗炎症作用
  I.LAの今後の課題

11.腎動脈狭窄症 〈中村正人〉
  A.腎動脈狭窄症の原疾患は?
  B.動脈硬化性腎動脈狭窄症はまれな疾患か?
  C.腎動脈狭窄症の病態
   1.高血圧症
   2.腎機能障害
   3.Cardiovascular disturbance syndrome
  D.動脈硬化性腎動脈狭窄症の自然歴は?
  E.末期腎不全の原疾患としての腎動脈狭窄症
  F.予後規定因子としての腎動脈狭窄症
  G.腎動脈硬化症の診断
   1.動脈硬化性腎狭窄症を疑わせる症例とは?
   2.有意狭窄とは?
   3.診断は?

12.腎動脈狭窄症に対する治療 〈中村正人〉
  A.腎動脈狭窄症の治療適応とは?
  B.治療方法について
   1.外科的な治療
   2.薬物療法対バルーン形成術
   3.ステント治療が原則か
   4.PTRAの臨床効果はどうであるか?
  C.高血圧に対する効果は?
  D.腎機能の改善は?
  E.腎不全からの離脱は?
  F.Cardiac destablization syndromes
  G.予後改善効果はあるか?
    左室肥大に対する効果は?
  H.PTRAの問題点
   1.再狭窄
   2.末梢塞栓

13.腎移植と循環器合併症 〈酒井 謙,相川 厚〉
  A.腎移植における心血管障害の現況
   1.心血管障害の現況
   2.腎移植後高血圧
   3.腎移植と喫煙
   4.腎移植と高脂血症
   5.腎移植と冠動脈石灰化
   6.移植腎機能障害とCVD
  B.腎移植における心血管障害の対策
  C.移植前のチェックポイント

§3.各論―B.心臓血管病のリスクファクター管理

1.糖尿病 〈安孫子亜津子,伊藤博史,羽田勝計〉
  A.糖尿病とは
  B.糖尿病と心臓血管病
  C.ブドウ糖負荷後高血糖と心臓血管病
  D.糖尿病性腎症(特にアルブミン尿)と心臓血管病
  E.血糖コントロールと心臓血管病の予防
  F.糖尿病患者の血圧コントロールと心臓血管病の予防
  G.糖尿病患者の脂質コントロールと心臓血管病の予防
  H.糖尿病患者の集学的治療の重要性

2.高血圧 〈浦 信行,吉田英昭,伊藤洋輔〉
  A.全身血圧と糸球体血圧
   1.自己調節
   2.外因性調節
  B.糸球体高血圧
  C.糸球体高血圧の糸球体障害の機序
  D.高血圧性腎硬化症
  E.腎機能障害に伴う高血圧
  F.保存期慢性腎疾患の高血圧治療
   1.降圧目標値
   2.生活習慣の修正
   3.降圧薬
  G.透析患者における高血圧
  H.透析患者における高血圧治療
   1.降圧目標値
   2.降圧薬

3.高脂血症 〈庄司哲雄,西沢良記〉
  A.コレステロール値と死亡リスクの逆相関
   1.リスクファクターの逆転現象
   2.透析患者の血清脂質と動脈硬化の関係
   3.透析患者における動脈壁の変化とCVD死亡リスクとの関係
   4.もう1つのreverse epidemiology
   5.死亡リスクを規定する2つの因子
  B.透析患者における脂質低下介入試験
   1.4D試験―透析患者で初のスタチントライアルとその結果
   2.CVDの内訳の重要性
   3.石灰化する前にスタチン開始
   4.観察研究の結果
   5.海外の専門家たちの意見
  C.CKD患者の脂質管理ガイドライン
   1.ターゲットとなる対象
   2.脂質の評価項目・目標レベルと採血条件
   3.脂質低下のための生活習慣の改善
   4.脂質低下薬の選択

4.貧血 〈栗山 哲,上竹大二郎,白井 泉〉
  A.貧血は脳・心・腎機能など心血管病のリスクファクター
   1.心臓と貧血
   2.脳神経系と貧血
   3.腎臓と貧血
   4.Cardio-Renal-Anemia syndrome
   5.その他CKD患者の貧血改善に伴い期待される臨床的利点
  B.EPO治療開始基準のタイミングと目標Hb(Ht)値
   1.貧血の診断
   2.腎性貧血治療のタイミングと目標Hb(Ht)値
  C.EPO使用法と鉄補充法
   1.EPO使用法
   2.鉄欠乏の診断と鉄補充法
  D.赤血球輸血の適応と注意点

5.血管および弁石灰化 〈柴田真希,重松 隆〉
  A.血管石灰化の臨床的側面
   1.血管石灰化の分類
   2.血管内膜石灰化の臨床的側面
   3.血管中膜石灰化の臨床的側面
   4.弁石灰化の臨床的側面
  B.血管石灰化の診断
   1.単純X線写真
   2.CT
   3.PWV
  C.弁石灰化の診断
  D.血管石灰化・弁石灰化の危険因子
  E.血管石灰化の成因
  F.血管石灰化の治療・予防
   1.高リン血症
   2.高カルシウム血症およびカルシウム負荷
   3.ビタミンD
   4.副甲状腺ホルモン(PTH)
   5.高血圧
   6.その他
  G.弁石灰化の治療・予防

索引