メタボリックシンドローム診断基準作成の目的は,心血管疾患のリスクを早期に発見し,対策を立て,治療することにある.
 2005年4月,日本でも関係8学会の代表者により1年間かけて検討された,メタボリックシンドロームの診断基準が発表された.それ以後,メタボリックシンドロームの病態,アウトカムさらにはこの基準そのものに関しても,多くの議論が各方面で盛んに行われるようになった.2006年5月には国民栄養調査により,日本人でこの基準に該当する人が成人男子では25%以上,女子では10%以上にものぼることが明らかとなった.メタボリックシンドローム基準でウエスト周囲径と2項目に該当する人と,1項目のみ該当する予備群を合わせると,男性の2人に1人,女性の5人に1人が,メタボリックシンドロームか,その可能性の高い人という記事は,多くの人を驚かせ,瞬く間にメタボリックシンドロームに対する注目度が高まった.以後「メタボ」と略されることも多く,医学界のみならず,社会的にも大きな関心を集めることになった.
 厚生労働省は,医療費の膨張を防ぐための予防策として,2008年より内臓脂肪蓄積に着目した特定健診・保健指導を開始することとし,体重減少,内臓脂肪蓄積減少からスタートし,国民の健康増進とそれに伴う医療費の節減を目指している.
 ところが,メタボリックシンドロームの対策は健康上重要であると認識しているにもかかわらず,一般人だけでなく医師はじめ医療関係者も,メタボリックシンドロームの予防・治療を,やせること,お腹まわりを小さくすること,血糖や血圧を下げることと考えている風潮があるように思われる.
 メタボリックシンドロームの予防・治療の目的とは単にやせて,お腹がひっこむことでもないし,血糖や血圧が下がることでもない.メタボリックシンドロームでの最も重要な課題は,内臓脂肪蓄積を軽減することによって,動脈硬化性疾患,特に心血管疾患を予防し,改善させることにある.
 この本では,メタボリックシンドロームの病態とそのアウトカムである心血管疾患に的を絞って,各方面での第一人者に執筆をお願いした.現在どこまで究明されているのか,現時点での問題は何か,今後どのような展開が予想されるのか,そして臨床・健診現場で注意すべき点は何か,指導するためのポイントは何かを平易に書いていただいた.
 後半の心血管疾患合併症についての章の取りまとめをお願いした代田浩之先生には,メタボリックシンドロームが誕生して間もないということもあって,心血管疾患との関連を扱うことに,編者として大変御苦労されたのではないかと思う.先生のお骨折りの結果,メタボリックシンドロームと心血管合併症との関連を明快に理解できるようになった.心よりお礼申し上げたい.
 臨床医,研究者の先生のみならず,研修医やコメディカル,医療関係者の方々もぜひ手にとって,「メタボリックシンドロームと心血管疾患合併症」の理解を深めていただき,日常診療,研究に多少でもお役に立てていただければ幸いに思う.

2007年9月
宮崎 滋


目次

1章 メタボリックシンドロームの現状

1 概念と歴史 〈宮崎 滋〉
  背景
  Beyond Cholesterol
  歴史
  基盤となる病態
  診断の目的

2 診断 〈船橋 徹〉
  メタボリックシンドロームの定義と診断基準
  メタボリックシンドロームの意義
  メタボリックシンドローム診断基準の検討点
  メタボリックシンドロームの現状: 診断基準は正しく理解されているか

3 疫学
【A】世界 〈藤岡滋典〉
  メタボリックシンドロームの診断基準
  メタボリックシンドロームの頻度
  メタボリックシンドロームの予後

【B】日本 〈宮脇尚志,平田雅一,森山賢治〉

4 脂肪細胞は肥大し増殖する 〈杉原 甫,青木茂久,田端寿美〉
  ヒト成人普通体重者の脂肪細胞
  脂肪細胞の肥大と増殖
  萎縮とアポトーシス
  メタボリックシンドロームにおける脂肪組織

5 脂肪細胞の機能
【A】代謝 〈益崎裕章,泰江慎太郎,中尾一和〉
  脂肪細胞が全身の糖脂質代謝に与えるインパクト
  インスリン感受性ホルモン,レプチン
  抗動脈硬化アディポサイトカイン,アディポネクチン
  脂肪組織の機能と細胞内グルココルチコイド活性化

【B】炎症 〈山崎芳浩,小川佳宏〉
  アディポサイトカイン
  脂肪細胞とマクロファージの相互作用
  炎症性アディポサイトカインとしての遊離脂肪酸
  肥満の脂肪組織におけるTLR4の病態生理的意義

6 危険因子からみたメタボリックシンドローム
【A】肥満 〈武城英明〉
  メタボリックシンドロームの病態と肥満のかかわり
  肥満とインスリン抵抗性
  インスリン抵抗性における脂肪細胞の役割
  脂肪細胞の質的(病的)変化とメタボリックシンドローム
  メタボリックシンドロームの診断と肥満の位置づけ
  肥満からみたメタボリックシンドロームの管理

【B】耐糖能異常 〈川田剛裕,田中 逸〉
  メタボリックシンドロームの診断基準
  メタボリックシンドロームにおける耐糖能異常と動脈硬化
  メタボリックシンドロームにおける耐糖能異常と心血管疾患
  メタボリックシンドロームにおける耐糖能異常の管理

【C】高血圧 〈島本和明,三浦哲嗣〉
  メタボリックシンドロームにおける高血圧の頻度
  メタボリックシンドロームにおける血圧上昇の機序
  メタボリックシンドロームにおける高血圧の管理

【D】脂質異常症 〈川村光信〉
  メタボリックシンドロームとCVD,2型糖尿病との関連
  メタボリックシンドロームにおける脂質異常症の成因
  メタボリックシンドロームにおける脂質異常症とCVD
  ─大規模臨床試験およびそのサブ解析からの知見─
  メタボリックシンドロームにおける脂質異常症の治療

【E】高尿酸血症 〈中島 弘〉
  メタボリックシンドロームの概念と世界的なコンセンサスの流れ
  診断基準と補足的かつ重要な臨床的指標
  尿酸という物質が抗動脈硬化作用あるいは動脈硬化促進作用を有するとする意見
  高尿酸血症が動脈硬化性疾患のリスクであるとする意見
  薬剤介入による高尿酸血症のリスク分析の動き
  診療面での基本的な考え方

【F】凝固異常 〈山崎 力〉

【G】微量アルブミン尿 〈村上和敏,和田 淳,槇野博史〉
  メタボリックシンドロームにおける微量アルブミン尿のEBM
  微量アルブミン尿の測定方法
  メタボリックシンドロームにおける微量アルブミン尿の管理と治療戦略

【H】睡眠時無呼吸症候群(SAS) 〈赤柴恒人,赤星俊樹〉
  SASの病態
  SASとメタボリックシンドロームとの関連
  SASが耐糖能異常をもたらすメカニズム

7 治療
【A】食事療法 〈徳永勝人,田中芳生〉
  メタボリックシンドロームの食事療法
  メタボリックシンドローム治療の実際
  内臓脂肪蓄積者の治療
  動脈硬化危険因子を合併する場合の食事療法
  食事療法の工夫と注意点

【B】運動療法 〈押田芳治〉
  運動療法の基礎知識
  運動療法の実際

【C】薬物療法
(1)RAS 〈井上郁夫〉
  外因性脂肪,内因性脂肪
  メタボリックシンドローム
  RAS
  RASと酸化ストレス
  RASとperoxisome proliferator-activated receptor(PPAR)
(2)PPARγ・α 〈金子和真,寺内康夫〉
  PPARとは
  PPARγ
  PPARα
  PPARδ

【D】食欲抑制薬 〈吉田俊秀〉
  肥満に弱い日本人
  肥満症薬物療法の適応(日本肥満学会)
  現在日本で使用可能な食欲抑制薬
  現在日本で治験中の食欲抑制薬

8 教育・指導 〈坂根直樹〉
  効果の上がらない教育とは?
  わかりやすく説明する
  患者の心を動かす
  体重増加の体感と体重日記
  グループ指導の効果
  変化ステージと行動変容の技法
  禁煙と体重増加予防

9 小児のメタボリックシンドローム 〈大関武彦〉
  小児肥満の現状とその意義
  若年期および小児期におけるメタボリックシンドローム
  体脂肪量・分布および内臓脂肪
  小児のメタボリックシンドロームの診断基準
  メタボリックシンドロームに対する介入

10 性差 〈小竹英俊,及川眞一〉
  メタボリックシンドロームの有病率と性差
  内臓脂肪蓄積と性差
  ウエスト周囲径と危険因子の重積
  ウエスト周囲径と心血管イベント
  診断基準におけるウエスト周囲径の意義

11 健診
【A】職場健診 〈山門 実〉
  健康診断の種類
  定期健康診断
  労災保険による二次健康診断等給付について
  二次健康診断として行う検査
  二次健診結果に基づく事後処置
  特定健診・特定保健指導

【B】人間ドック 〈林  洋〉
  人間ドックの現況
  当院人間ドックにおけるメタボリックシンドロームの現状
  人間ドック全国集計成績
  考察

【C】地域医療 〈金澤眞雄〉
  メタボリックシンドロームにおける地域医療の必要性
  メタボリックシンドロームと医療連携
  メタボリックシンドロームの予防と地域医療

12 今後の展開(ウエスト周囲径など) 〈中村 正〉
  ウエスト周囲径測定法の実際とその基準値について
  メタボリックシンドローム診断の今後の展開
  実際の予防システム活用の試み

2章A メタボリックシンドロームに合併した循環器疾患の病態

1 冠動脈疾患
【A】急性冠症候群 〈土手慶五,加藤雅也,佐々木正太,土田健太郎〉
  急性冠症候群の画像
  古典的糖尿病性冠動脈という考え方
  expansiveかconstrictiveか
  動脈硬化の進展過程─ドミノが倒れていく順番

【B】慢性冠動脈疾患 〈久保田直純,葛西隆敏,宮内克己〉
  慢性冠動脈疾患におけるメタボリックシンドロームの病態
  慢性冠動脈疾患におけるメタボリックシンドロームの意義
  慢性冠動脈疾患におけるメタボリックシンドロームの管理

2 心不全 〈柴 信行,下川宏明〉
  心不全発症のリスクとしてのメタボリックシンドローム
  慢性心不全患者におけるメタボリックシンドロームの意義

3 脳梗塞 〈丸山健二,内山真一郎〉
  メタボリックシンドロームの診断基準
  脳梗塞とメタボリックシンドローム
  メタボリックシンドロームにおける脳梗塞発症のメカニズム
  メタボリックシンドロームの治療

4 末梢血管障害 〈池田宇一〉
  病態
  危険因子
  診察のポイント
  画像診断

5 頸動脈硬化症 〈片上直人,山崎義光〉
  頸動脈硬化症の評価
  頸動脈硬化症と冠動脈疾患
  心血管イベントの予測因子としてのIMT
  メタボリックシンドロームと頸動脈硬化症

2章B メタボリックシンドロームに合併した循環器疾患の治療と予防
1 冠動脈疾患
【A】内科的治療 〈木庭新治〉
  メタボリックシンドロームの冠動脈疾患患者における頻度と予後への影響
  メタボリックシンドローム合併冠動脈疾患の治療方針

【B】外科的治療(CABG) 〈梶本 完〉
  冠動脈バイパス術の進歩
  メタボリックシンドロームと周術期合併症
  メタボリックシンドロームとCABG後の遠隔期予後
  冠動脈バイパス術(CABG)か経皮的冠動脈形成術(PCI)か

【C】血管内治療(カテーテルインターベンション) 〈柚本和彦,加藤健一〉
  PCIの変遷
  メタボリックシンドロームにおけるBMSの成績
  メタボリックシンドロームとDES
  糖尿病を合併するメタボリックシンドローム
  DESの問題点
  PCI後の長期成績
  我々の施設でのPCI
  症例

2 心不全 〈吉川 勉〉
  心不全治療薬がメタボリックシンドロームに及ぼす影響
  メタボリックシンドローム治療薬が心不全に及ぼす影響

3 脳梗塞 〈卜部貴夫〉
  超急性期〜急性期脳梗塞の治療
  脳梗塞の発症予防と慢性期治療

4 peripheral arterial disease(PAD) 〈中村正人〉
  PADの頻度と危険因子に関する報告
  メタボリックシンドロームのPADにおけるインパクト

5 頸動脈硬化症 〈大石英則〉
  予防と内科的加療
  外科的治療の適応とその術前評価
  頸動脈硬化症の外科的治療
  内膜剥離術
  ステント治療
  合併症と周術期管理
  内膜剥離術とステント治療の比較


索引