はじめに

 著者は,愛知県東部に位置する東三河地方の中核都市である豊橋市(人口38万人)の市中総合病院で働く神経内科を専門とする臨床医です.そこで認知症患者さんの早期発見とその後の適切な対応を目的に1996年から「物忘れ外来」を開設しています.認知症疾患は,将来的には高血圧や糖尿病などと同じようにごく普通の疾患common diseaseとなってくるものと思われます.その際,一部の認知症専門医だけがその診断や治療,介護に係わるだけでは認知症診療に破綻を来すことは目に見えています.日常臨床の場で活動されている医院・クリニックを開設されているかかりつけ医の先生方に認知症という病気に関心を持って頂きその診療を担って頂きたい,さらにこれから日常臨床の場に出られる若い先生方に認知症疾患に関心を持ってもらいたい,ということが本書を書き始めた著者の希望です.認知症の診療で最も大切なことは,認知症と診断したあとの対応の仕方でありケアの問題であると著者は考えています.
 本書は,アルツハイマー病に関する最新情報の提供を目的としたものではなく,アルツハイマー病あるいは認知症全般について系統的に記述したものでもありません.認知症を疑われる患者さんがかかりつけの先生方の外来を受診した際,どのように診察を進め,どのように診断を下していったらよいのか,さらに認知症患者さんあるいは介護家族の立場に立ってどのように介護の援助を行っていくべきかについて「物忘れ外来」での経験をもとに具体的かつわかりやすさを基本として記述したものです.認知症疾患を診断し治療するあるいは介護に関して家族を指導するためには診断と治療,介護に関するスキルが必要となってきます.本書は,このスキルをわかりやすくまとめたものです.
 本書の構成として,まず,典型的なアルツハイマー病患者さんの臨床像を呈示して正確な診断と治療・介護に至るプロセスを解説しています.ついで,実際の臨床の場面で疑問に感じることを中心に「診断」と「薬物治療」,「介護」に分けてアルツハイマー病の臨床に役立つ60の事柄について簡潔に解説を行っています.かかりつけ医の先生方が実際の診療で困った点や知りたい点について実践的な立場から説明を加えています.必要に応じて各項目を読んで頂けるようにしています.
 本書を通じて,日常臨床の第一線で活躍されている臨床医の先生方の認知症疾患に対する診断スキルの向上に少しでもお役に立つことができればと著者は希望するものです.

 2006年2月
 著者


目 次

A◆アルツハイマー病の臨床診断の手順  1
  症例1  1
    病歴から認知症を疑うポイント  2
    実際の診察から認知症を疑うポイント  5
    臨床検査から認知症を疑うポイント  7
    心理学的検査から認知症を疑うポイント  8
    脳画像から認知症を疑うポイント  11
    臨床経過から認知症を疑うポイント  13
    症例1の解説  14

B◆診断  21
  1.アルツハイマー病の診断基準  21
  2.アルツハイマー病の危険因子  27
  3.アルツハイマー病と血管性危険因子  31
  4.家族や介護者にアルツハイマー病について
      どのように説明すると理解されやすいか?  34
  5.アルツハイマー病と診断した後,かかりつけ医が行うべきこと  37
  6.アルツハイマー病の初期症状として重要なものは何か?  40
  7.日常生活上の行動の変化も早期診断に役立つ  44
  8.医院・クリニックの再来患者さんで認知症を発見するきっかけは?  47
  9.認知症に進展しているのか否か判断できない患者さんへの対応  50
  10.「治療可能な認知症」を見逃さないことが重要  53
  11.BPSDとは何か?  57
  12.老年期にみられる認知症を伴わない幻覚・妄想  62
  13.アルツハイマー病にみられる抑うつ状態・うつ病  65
  14.改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)  70
  15.Mini-Mental State Examination (MMSE)  74
  16.時計描画テストclock drawing test  77
  17.脳形態画像検査(CTスキャン,MRI)の臨床的意義と解釈  81
  18.脳機能画像検査(脳血流SPECT)の臨床的意義と解釈  86
  19.アルツハイマー病と脳血管性認知症の鑑別  91
  20.アルツハイマー病とレビー小体型認知症の鑑別  95
  21.アルツハイマー病と前頭側頭型認知症の鑑別  100
  22.アルツハイマー病の重症度判定をどうするか?  104
  23.せん妄の病態と診断  109
  24.専門外来としての「物忘れ外来」開設の手順と活動  112
  25.脳血管性認知症の概念とその不確実性  116
  26.脳血管障害を伴うアルツハイマー病混合型認知症との関連  120
  27.見落とされやすい脳血管性パーキンソニズム  125

C◆薬物治療  129
  1.アルツハイマー病の治療ガイドライン  129
  2.抗認知症薬開始の条件は?  133
  3.ドネペジル使用に際しての注意点  135
  4.ドネペジルの具体的な使用方法  139
  5.自験例からみたドネペジルの臨床効果  143
  6.認知症の行動と心理症状BPSDに対する薬物療法の原則  147
  7.認知症の行動と心理症状BPSD解決の戦略をどう進めるか?  150
  8.認知症の行動と心理症状BPSDに対する抗精神病薬の選択と使用法  154
  9.アルツハイマー病にみられる精神病症状に対する薬物療法  158
  10.不安症状や不眠に対する薬剤の選択と使用法  162
  11.せん妄に対する薬物療法  165

D◆介護  169
  1.認知症介護の原則をどう説明するか?  169
  2.事例から考える介護の問題点(1)  172
  3.事例から考える介護の問題点(2)  175
  4.事例から考える介護の問題点(3)  178
  5.事例から考える介護の問題点(4)  181
  6.認知症患者さんにデイサービス利用をどのように勧めるか?  183
  7.認知症を理解できない家族に対する対応をどうするか?  185
  8.徘徊がみられる患者さんへの対応  188
  9.尿便失禁,弄便がみられる患者さんへの対応の説明  191
  10.自宅に居るのに夕方になると「家に帰る」と訴える  193
  11.物盗られ妄想が頻繁で困る患者さんへの対応  195
  12.外出などの予定があると数時間前からそわそわして落ち着かない  197
  13.理解力が低下している患者さんへの対応  199
  14.抑うつ症状・うつ病に対する非薬物療法ならびに薬物療法  201
  15.怒りっぽい,易怒性に対する対応  204
  16.睡眠障害に対する環境整備と対応  207
  17.認知症患者さんの自動車の運転をどのように指導するか?  210
  18.施設入所をどのように考えるか?  213
  19.成年後見制度の利用を勧める  217
  20.認知症高齢者に多い事故・不測の事態  220
  21.愛知県東三河地方における認知症啓発活動  223
  22.介護家族からしばしば質問される疑問とその対応  229

索引  237