1998年に新しい疾患概念として認知されたNASH(非アルコール性脂肪肝炎)は内臓脂肪性肥満とインスリン抵抗性を背景とする慢性進行性肝疾患であり,10年の時を経てようやくその疾患概念が広く認識されるようになりました.しかし,なぜ,肝生検という侵襲的検査法によらなければ診断できない慢性肝疾患が,日常診療においてこれほどまでに重要視されるのでしょうか.最大の理由は,成人100人に1人が罹患するありふれた生活習慣病でありながら,しばしば肝硬変に移行し,肝細胞癌の発症母地となるからです.同じ生活習慣病でも喫煙に伴う肺癌やアルコール過飲に伴う肝細胞癌の場合には,発癌の危険性や定期検査の必要性が周知されており,早期発見が可能です.これに対して本症の場合,診断的価値の高い検査法が未だに確立されていないこともあり,本症を早期発見して治療する責任が生活習慣病の診療に携わる第一線の先生方にとって負担となっています.
 インスリン抵抗性がキーワードである糖尿病は肝細胞癌の周知の危険因子です.NASHが新しい疾患概念として認知され,さらに肝細胞癌の発症母地であることがコンセンサスとなったことを受けて,糖尿病に伴う非ウイルス性肝細胞癌のかなりの部分がNASH由来であろうと考えられるに到りました.このため糖尿病をはじめとする生活習慣病やメタボリックシンドロームの診療に当たる先生方は常にNASHやそれに伴う肝硬変・肝細胞癌の合併を考慮して診療に当たる必要があります.
 今日,発症頻度から考えてすべての先生方が少なくとも数名のNASH症例の診療に当たっていることを考慮し,日本肝臓学会からすべての医師の利用を念頭に編集された「NASH・NAFLDの診療ガイド」が発刊されています.今回,疾患概念が確立されて間もなく10年が経ち,上記の事実が広く周知されたことを機に,「NASH・NAFLDの診療ガイド」を補完する本書のご執筆を,NASH・NAFLDの診療に日々心を尽くしておられる臨床の先生方にお願い致しました.本書が第一線で生活習慣病やメタボリックシンドロームの診療に携っていらしゃる先生方の診療ハンドブックとして,日常診療の一助となることを願って止みません.

2007年5月
西原利治


目次

I.NASH/NAFLDの歴史 〈谷川久一〉

II.疾患概念 〈岡上 武 光吉博則 安居幸一郎〉
  1.NASH,NAFLDの疾患概念
  2.NAFLDの分類

III.疫 学 〈小野正文 西原利治〉
  1.本邦における肥満の現状
  2.肥満と肝障害
  3.肥満と脂肪肝
  4.本邦におけるNAFLD,NASHの頻度
  5.背景病態としての内臓肥満とインスリン抵抗性
  6.NASH発症の遺伝的背景
  7.NASHの自然史

IV.病 態
 1.血液検査所見 〈鎌田佳宏 田村信司〉
  1.NAFLDスクリーニングのための血液検査
  2.NASHの血液検査所見
  3.肝生検を勧めるべきNAFLD患者の血液検査所見

 2.病理診断 〈橋本悦子〉
  1.NASHの病理診断
  2.NAFLD simple steatosisとNASHの病理診断
  3.小児のNASH 病理診断
  4.Burned-out NASH

 3.画像所見 〈佐藤智佳子 斎藤貴史 河田純男〉
  1.NASHにおけるルーチン画像所見
  2.進行性病変としてのNASHの画像所見
  3.NASH画像診断の新たな試み

 4.メタボリックシンドロームとNASH 〈坪内博仁 宇都浩文〉
  1.メタボリックシンドロームの定義と成因
  2.メタボリックシンドロームにおける肝機能障害
  3.メタボリックシンドロームにおけるNAFLD
  4.メタボリックシンドロームとNASHの肝病変
  5.メタボリックシンドロームの肝病変としてのNASHの治療

 5.心血管イベントとNASH 〈島袋充生〉
  1.心血管イベントの予測因子としてのNAFLD/NASH
  2.NAFLDではなぜ心血管イベントが増えるのか

 6.酸化ストレスと肝発癌 〈汐田剛史 星川淑子〉
  1.NASHの発症における酸化ストレスの意義
  2.NASHにおける脂肪酸代謝と酸化ストレス
  3.NASHにおける酸化ストレスをめぐる悪性サイクル
  4.NASH発症における鉄沈着の意義
  5.NASHの肝発癌
  6.肝発癌を視野に入れたNASH症例のフォローアップと予防
  7.酸化ストレスを指標としたNASHの治療と経過観察

 7.予 後 〈田中直樹 清澤研道〉
  1.NAFLDの臨床経過
  2.NASHと肝硬変
  3.NASHと肝癌

 8.NASHの病態とサイトカイン・アディポカインクロストーク 〈竹井謙之〉
  1.TNFα
  2.アディポネクチン
  3.遊離脂肪酸(FFA)
  4.インターロイキン6(IL-6)
  5.PAI-1
  6.アンジオテンシノーゲン
  7.レプチン
  8.NAFLD/NASHにおけるサイトカインバランス

 9.小児肥満とNASH 〈大関武彦〉
  1.小児肥満の最近の動向
  2.小児におけるNASHの疫学的検討
  3.肝機能検査と組織像
  4.小児におけるNASHの発症要因
  5.小児期において注意すべき症候性肥満
  6.小児期の単純性肥満の発症要因
  7.小児の肥満症とメタボリックシンドローム
  8.小児におけるNASHの治療

V.治療・管理
 1.食事療法 〈遠藤龍人 鈴木一幸〉
  1.NASH発生・進展機序からみた治療のストラテジー
  2.NASHにおける肥満治療の意義
  3.食事療法の対象
  4.NAFLD・NASHにおける食事摂取状況
  5.食事療法の有効性
  6.食事療法の実際
  7.食事療法の継続

 2.運動療法 〈西村治男〉
  1.運動療法の概念とNASH・NAFLD
  2.運動療法の種類
  3.運動の強度
  4.運動の持続時間
  5.運動療法における個人差

 3.薬物療法 〈山田剛太郎〉
  1.インスリン抵抗性改善薬
  2.抗酸化剤
  3.肝庇護薬
  4.高脂血症治療薬
  5.アンジオテンシン II 受容体拮抗薬

索 引