はじめに

 この風変わりな本のもとは,医学雑誌『最新医学』に1999年1月から2000年8月まで連載されたエッセー“脳と心臓”である.朝日生命成人病研究所所長を辞任した直後にエッセー執筆の依頼を受けたので,解放感に助けられて20回の連載を無事終わることができた.連載終了後に加筆,訂正,文献追加などの作業をし,一書とするにあたっては掲載順序を変更したほかエッセー風の各篇の題をやや堅苦しい題に置き換えた.

 プロローグにも書いたように,臨床医は脳と心臓の支配関係,依存関係を観察する機会に恵まれている.この特権を生かし,本書の各篇は臨床医の観察を出発点として書き上げた.脳と心臓の相互関係については,M. I. Weintraub & A. E. Fass(Ed.)『Heart and Brain(PMA, 1991)』,G. D. Pasquale & G. Pinelli(Ed.)『Heart-Brain Interactions(Springer,1992)』,J. A. Armour & J. L. Ardell(Ed.)『Neurocardiology(Oxford University Press,1994)』などの単行書が出版されている.これらの成書は多数の専門家の共同執筆によるもので,いわば綜説集である.本書に特徴があるとすれば,一臨床医が単独で執筆した点である.しかし,論考不足の箇所が多々あり,また目障りなエッセー風文章が混入している.そこで,本書の題に“物語”の2字を追加することにした.これは非力な筆者の弁解である.

 本書が出版に至ったのは,エッセー転用を快諾された最新医学社 庄野 宏社長,出版を引き受けていただいた中外医学社 青木三千雄社長,中外医学社荻野邦義企画部長,原稿の清書を煩わした朝日生命成人病研究所田辺和恵元秘書のお蔭である.これらの方々に改めて深謝を捧げる.

  2001年4月

  藤井 潤


目 次

I.プロローグ:こころと心臓--

   清書/心のすみか/こころと心臓…1

II.脳に支配される心臓…6

 1 不整脈--結滞からみた予後/くも膜下出血に伴う期外収縮/中枢性不整脈…6

 2 T波逆転--PQRST/冠性T/中枢性T波逆転…12

 3 異常Q波--心臓へのシグナル/異常Q波/気絶心筋…17

 4 メンタルストレスと心臓--こころの語義/暗算による心拍数増加/暗算により誘発される狭心症…22

 5 寒冷狭心症--冷点/寒気と狭心症/寒冷…28

 6 Neurogenic Hypertension--白衣高血圧/Neurogenic Hypertension/循環中枢圧迫による高血圧…33

III.心臓からのシグナル…38

 1 心臓痛--心臓神経/心臓痛/除神経心…38

 2 胸痛と心臓--胸痛と心臓/胸痛と心電図/胸とこころ…44

IV.心原性脳障害…48

 1 心原性失神--意識と脳/失神発作中の心電図/Adams-Stokes症候群…48

 2 心原性脳塞栓--脳卒中/Apoplexie,Stroke/血栓が跳ぶ…53

 3 心房細動と心房内血栓--震える心房/心房内血栓/心房性ナトリウム利尿ペプチド…58

 4 心臓手術後の脳障害--目が覚めた/目が覚めない/バイパス手術後の脳障害…63

V.脳卒中と心臓病…68

 1 血管攣縮--ウサギの耳/狭心症/一過性脳虚血発作…68

 2 血液凝固--粥腫崩壊/凝固因子と凝固能/両刃の剣…74

 3 梗塞--梗塞という言葉/塞栓,血栓/脳梗塞と心筋梗塞…80

 4 ストレスと血液濃縮--ストレス学説/ストレスの評価/ストレスによる血液濃縮…85

 5 降圧薬療法--悪性高血圧/降圧薬療法による脳卒中予防/降圧薬療法と冠動脈疾患…90

 6 突然死--突然死の定義/脳死か心死か/突然死の受容…96

 7 心脳卒中--心臓痛/非典型発作/心脳卒中…101

あとがき…107

索 引…109