本書は近年著しい進歩をとげた乳癌診療の実際と,多くの解決せねばならない問題について各分野の第一線の若き専門医たちによって作成された意欲的な「乳癌診療ハンドブック」である.
 特に新しい話題に最新のデータ(evidence)を取り入れて記述するように心がけた.乳癌は従来日本には比較的少ない癌であったが,近年の乳癌の増加は微増というより激増といってよいものである.こうした乳癌に対し,乳房温存療法の適応はどこまで拡大できるか,術前化学(内分泌)療法による乳房温存療法は妥当か,そのためにはどのような画像診断が必要か,センチネルリンパ節生検の意義と方法は,術後追跡の適切な方法は何か,再発進行癌に対する延命効果はどの程度あるのか,医師に要求される説明義務とは法律的にはどういうことなのか,などの問題について最新の知見がもりこまれている.同時にベッドサイドマニュアルとしても使用していただけるように画像,アルゴリズムなどを可及的に使用した.
 諸問題の多くは臨床試験を通して一歩一歩解決されるべきものも多いが,遺伝子レベルでの「コペルニクス的転換」も充分期待しうる成果をあげてきている.また近年,日本乳癌学会により「乳癌診療ガイドライン」などの書物も出版され,各種の項目について「推奨グレード」が記載され,現時点での標準医療が示されている.しかし,これらによって乳癌診療が硬直化することなく,新たなる蹉跌を打破し,次のステップに進むことも重要である.
 本書がこうした問題の理解の一助となり,またベッドサイドでも手元において活用していただければこれにすぎる幸せはない.

2005年8月
福富隆志


◆目次◆

1.総説 乳癌診療における近年の進歩[福富隆志] 1
 1.乳房温存療法(乳房温存手術)  2
 2.術前化学療法  3
 3.センチネルリンパ節生検法  4
 4.新規抗癌剤およびホルモン剤  4
 5.最も妥当な術後追跡法とは?  5
 6.ハイリスクグループ(遺伝性乳癌など)とその対策  6
 7.インフォームドコンセント(IC)と医師の説明義務  7

2.疫学と病期分類[岩瀬弘敬・山本 豊・川添 輝] 9
 1.乳癌の疫学  9
 2.乳癌の分子疫学  14
 3.病期分類  16

3.診断  23
A.問診・視触診[安藤二郎] 23
 1.問診  23
 2.視触診  25
   1)体位  25
   2)視診  25
   3)乳房の触診  28
   4)腋窩・鎖骨上リンパ節の触診  29
 3.視触診で用いる診断用語と鑑別診断について  30
   1)皮膚陥凹とえくぼ症状  30
   2)膨隆  31
   3)浮腫  31
   4)発赤  31
   5)乳頭陥凹,陥没乳頭  32
   6)乳頭部びらん,湿疹様変化  33
   7)乳頭分泌  34
   8)腫瘤  34
B.マンモグラフィ[岩本恵理子] 38
 1.撮影法  38
 2.読影  38
   1)石灰化病変の評価  39
   2)腫瘍性病変の評価  43
   3)その他の所見の評価  47
C.超音波[角田博子] 49
 1.超音波診断  49
   1)腫瘤像形成性病変  49
   2)腫瘤像非形成性病変  57
 2.乳癌術前の精査超音波診断  60
   1)腫瘤のサイズ計測  61
   2)乳頭腫瘍間距離  61
   3)病変の広がり診断  61
   4)多発病変の検出  63
   5)リンパ節の評価  63
D.CT・MRI[明石定子] 65
 1.乳癌の広がり診断  65
   1)CT  65
   2)MRI  68
   3)CTとMRIの比較  70
   4)偽陽性,偽陰性  71
 2.術前化療法における広がり診断  72
   1)化療後の広がり診断  73
   2)縮小パターンの予測  74
 3.非触知乳癌の局在診への応用  75
 4.リンパ節転移診断  76
E.細胞診[尾松睦子・長谷川 匡] 79
 1.穿刺吸引法  79
   1)採取方法  79
   2)得られた検体の取り扱い方法 −塗抹固定法  81
   3)検体不良の場合の標本  81
 2.乳頭分泌細胞診断  83
 3.乳頭部擦過・捺印  83
 4.乳管内視鏡による乳管洗浄細胞診  83
 5.乳房温存手術時の細胞診断  83
 6.乳腺細胞診断の患者に及ぼす合併症  84

4.手術85
A.術式の適応基準[藤田崇史・岩田広治] 85
 1.乳房温存療法  86
   1)整容性  89
   2)切除断端  89
   3)放射線療法  90
   4)術前化学療法  91
   5)インフォームドコンセント  92
 2.乳房切除術  93
   1)単純乳房切除術  93
   2)胸筋温存乳房切除術  94
   3)胸筋合併乳房切除術  95
   4)拡大乳房切除術  95
 3.乳房再建術  95
B.胸筋温存乳房切除術[井本 滋] 99
 1.適応  99
 2.術前から入室まで  99
 3.体位から消毒まで  99
 4.皮膚切開から乳房切除まで  101
 5.レベル?リンパ節の郭清  103
 6.レベル?リンパ節の郭清  105
 7.レベル?・Rotter・胸骨傍リンパ節のサンプリング  106
 8.郭清のコツ  107
 9.閉創と消毒  108
C.乳房温存術[高杉みゆき] 109
 1.術式  109
   1)乳房円状部分切除  109
   2)乳房扇状部分切除  110
 2.体位・消毒  110
 3.手術デザイン  111
   1)乳腺の切除範囲  111
   2)皮膚切開線  112
 4.色素マーキング  114
 5.皮膚切開・皮弁形成  115
 6.乳腺切除  116
 7.腋窩リンパ節郭清・センチネルリンパ節生検  119
 8.術後照射の指標のマーキング  121
 9.欠損部の補填  121
 10.閉創  121
 11.術後管理  122
D.センチネルリンパ節生検法[木下貴之] 124
 1.実施基準  125
 2.適応基準  127
 3.方法  127
   1)準備  127
   2)試薬(色素)  127
   3)試薬(放射性製剤)  127
   4)投与部位  128
   5)リンフォシンチグラフィ  128
   6)色素法  130
   7)ガンマプローブ法  130
   8)併用法  132
 4.センチネルリンパ節の病理検査  133

5.薬物療法  135
A.術前化学内分泌療法[菰池佳史] 135
 1.術前化学療法  135
   1)術前化学療法の意義  136
   2)どのような対象に対して術前化学療法が推奨されるか  139
   3)術前化学療法の至適レジメン  140
   4)病理組織学的効果判定について  141
   5)術前化学療法の効果予測因子について  141
   6)術前化学療法後の乳房温存療法  142
   7)術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検  143
   8)術前化学療法を行った症例に対する術後化学療法  144
   9)術前化学療法の進歩によって手術は省略できるか?  144
 2.術前内分泌療法  144
   1)術前内分泌療法の利点・欠点  145
   2)術前内分泌療法の臨床試験の結果  145
B.術後補助化学内分泌療法[長内孝之] 149
 1.術後補助化学内分泌治療法の基準(適応)  149
 2.術後補助化学療法に関してのEBM  150
   1)アンスラサイクリン系薬剤の有用性  150
   2)タキサン系薬剤の有用性  151
   3)術後化学療法の治療期間は?  151
 3.術後補助内分泌療法に関してのEBM  152
   1)TAMに関する有用性  152
   2)卵巣機能抑制療法に関しての有用性  153
   3)閉経後乳癌におけるAIの有用性  153
   4)術後補助化学療法後の内分泌療法追加に関してのEBM  154
 4.St.Gallenの国際会議で推奨された治療法(2003&2005)  155
 5.最終的に治療の「決断」を下すのはだれか?  156
 6.具体例に関しての検討  157
C.再発進行乳癌の薬物療法[清水千佳子] 162
 1.転移性乳癌の薬物療法  162
   1)治療の目的と意義  162
   2)転移性乳癌の治療方針  162
   3)転移性乳癌の薬物療法  163
 2.炎症性乳癌の薬物療法  173
   1)炎症性乳癌の診断と特徴  173
   2)炎症性乳癌の治療  173

6.放射線療法[山内智香子・光森通英・平岡眞寛] 179
 1.乳房温存療法における放射線治療  179
   1)放射線治療の意義  179
   2)照射方法  180
   3)非浸潤性乳管癌に対する乳房温存術後放射線療法  183
 2.乳房切除後の放射線治療(PMRT)  183
   1)放射線治療の意義  183
   2)照射方法  184
 3.乳癌術後放射線治療による有害事象  185
 4.進行・再発乳癌に対する放射線治療  187
 5.骨転移に対する放射線治療  187
   1)放射線治療の意義  187
   2)照射方法  188
 6.脳転移に対する放射線治療  190
   1)放射線治療の意義  190
   2)照射方法  191

7.術後追跡[神野浩光・池田 正・北島政樹] 197
 1.術後追跡に関する無作為化比較試験  197
 2.世界的に推奨されている術後追跡のガイドライン  200
 3.当院における術後追跡  201
   1)受診間隔  204
   2)問診  205
   3)診察  205
   4)マンモグラフィ  205
   5)自己検診  206
   6)婦人科検診  206
   7)血液検査  206
   8)胸部X線撮影  207
   9)骨シンチグラム  207
   10)超音波検査  208
   11)腫瘍マーカー  208
   12)CT  208
   13)MRI  209

8.病理診断[津田 均] 211
 1.病理標本の作製  211
   1)手術標本の固定  212
   2)標本の切り出し  212
   3)包埋,染色  213
 2.癌の組織型診断と広がり診断  214
   1)組織型診断  214
   2)浸潤成分と非浸潤成分の広がり  215
   3)病理学的悪性度診断  216
   4)脈管侵襲  218
   5)切除断端の判定  218
   6)リンパ節転移診断  220
 3.多発癌の診断  222
   1)同時性多発乳癌  222
   2)異時性多発乳癌  223
 4.治療適応決定,治療効果予測の診断  223
   1)ホルモンレセプター  223
   2)HER−2  225
 5.治療効果判定  228

9.遺伝性・家族性乳癌[三好康雄・野口眞三郎] 233
 1.家族性乳癌の定義  233
 2.家族性乳癌の遺伝子診断  234
 3.BRCA1・BRCA2乳癌の臨床病理学的特徴および予後  237
 4.BRCA1・BRCA2変異保因者の乳癌・卵巣癌の罹患リスク  239
 5.BRCA1・BRCA2変異保因者のマネージメントと予防  240
 6.スクリーニング  241
 7.化学予防  243
   1)予防的乳房・卵巣切除術  244
   2)遺伝子診断および予防的処置の実際  245
   3)日本の現状  246

10.説明義務とインフォームドコンセント[福富隆志] 251
 1.インフォームドコンセントの概念  251
   1)インフォームドコンセントとは  251
   2)では医師の「説明義務」とは何か?  252
   3)では説明事項とは何か?  252
   4)ICの際の基本的注意点  253
 2.ICに対する著者らの基本的態度  253
 3.乳癌手術術式に関する説明  255
 4.臨床試験の説明  256
 5.遺伝性・家族性乳癌の遺伝子診断に関する説明  258
 6.センチネルリンパ節生検の説明  258
 7.医療訴訟の動向と対策  259
   1)「医療水準」とは何か?  259
   2)説明義務と医療水準  260
   3)司法判断の基準  262

索引  264