まえがき

 ペースメーカー手術は比較的侵襲の少ない手術であるが,その手技は細かく複雑である.伝統ある施設ではその独自の手法が受け継がれているところもあるが,実際はなかなかじっくりと手術手技を見学したり,伝授できる時間がないことが多い.また手術手技を詳細に記載した文献も巷では少ない.そういった事情もあり本書はペースメーカー植込み手術手技のマニュアルとして当初は企画された.
 自治医科大学附属病院は1974年に創設された比較的新しい施設である.創設当初はペースメーカー植込みの手術は胸部外科医が執刀し,循環器内科医は外回りをすることが多かった.1994年頃,すなわちより複雑な機能を有するDDDペースメーカーが出現する頃から胸部外科より手術手技を伝授し,1995年には完全にペースメーカー手術は循環器内科で施行することになった.
 この本では著者が試行錯誤した経験も含め,初めて植込みに携わる医師にもできるだけわかりやすく,ペースメーカー手術の方法を示した.著者は循環器内科医であり,その視点から手術に対する個人的見解も記載した.さらに,当初予定していたものは手術手技に関係した事項のみであったが,術前の評価や機種の選択なども重要な問題である.房室ブロックでVDDあるいはDDDのどちらを選択するか,洞不全症候群でAAIあるいはDDDのどちらを選択するかは悩ましい問題である.これらの問題に関しては循環器内科医の立場から詳細に考察した.
 この本で呈示した症例は,著者が所属していた自治医科大学附属病院および派遣病院(宇都宮社会保険病院,厚生連石橋総合病院,紀南病院組合立紀南病院,猿島赤十字病院)で経験したものである.これらの病院の手術部・臨床工学部スタッフには,ペースメーカー手術の際はいろいろご助言いただきました.これらの方々とこの本の出版の機会を与えて下さった中外医学社企画部小川孝志氏・編集部上村裕也氏にお礼申し上げます.
 本書がこれからペースメーカー植込み手術をしようとする医師の助けになれば幸いである.

 2005年7月
  林 祐次


目次

第1章  ペースメーカー植込みの適応と術前の評価  1
永久ペースメーカーの植込みの適応  1
  1.ガイドライン  1
  2.ACC/AHAのガイドライン(1998年)  1
  3.日本循環器学会の不整脈の非薬物治療のガイドライン(2001年)  5
術前の評価  7
  1.病歴の聴取  7
  2.身体所見と胸部X線写真をはじめとする画像診断  8
   1.身体所見  8
   2.胸部X線写真  8
   3.胸部CT検査  9
   4.心エコー検査  9

第2章  ペースメーカー機種の選択  15
房室伝導障害−DDDかVDDか  15
  1.シングルリードVDDペースメーカーの利点と問題点  15
   1.利点  15
   2.問題点  15
  2.シングルリードVDDペースメーカーの使用頻度  16
  3.AV synchronyはどの程度維持されるか  16
   1.心房波高の推移  16
   2.短期的AV synchronyの維持  16
   3.長期的AV synchronyの維持  16
   4.年齢層別の検討  17
  4.シングルリードVDDペーシングで
     心房細動・心房粗動の発症率は高くなるか  18
   1.DDDペースメーカーでの心房細動への移行率  18
   2.VDDペースメーカーでの心房細動の発症率  18
  5.潜在的な洞不全症候群の予測因子はあるか  20
  6.運動時はAV synchronyは維持されるか  20
  7.AV synchronyが維持できないときの臨床予測因子  21
  8.シングルリードVDDペーシングの適応  22
  9.今後のシングルリードVDDペーシングの位置付け  22
   1.米国での位置付け  22
   2.最近の操作性に優れた双極リード  23
   3.心房細動の発症に関して  23
洞不全症候群−AAIかDDDか  23
  1.洞不全症候群−生理ペーシングか心室ペーシングか  23
   1.後向きの患者対照研究の結果  23
   2.前向きの臨床試験の結果  24
   3.無作為割り付け試験から得られた考察  30
   4.一過性心房細動・心房頻脈性不整脈での血栓塞栓症のリスク  31
  2.房室伝導障害のない洞不全症候群−AAIかDDDか  32
   1.AAIRペーシングの禁忌  32
   2.AAIRペーシングでの房室ブロックの発症頻度  32
   3.米国と欧州の考え方の違い  33
   4.AAIRとDDDRのどちらが至適ペーシングモードか−Nielsenらの報告  33
   5.右室心尖部ペーシングによる心室の非同期の影響  36
   6.室房伝導について  36
   7.最終的に現時点でAAIあるいはDDDのどちらを選択すべきか  37

第3章  ペースメーカーリードの選択  42
心筋リードか心内膜リードか  42
単極か双極か  42
  1.単極リード・双極リードの長所と短所  43
   1.リードのサイズ(太さ)  43
   2.骨格筋の筋電位  43
   3.体外の電磁場の干渉  43
   4.骨格筋の刺激  44
   5.信頼性  44
  2.双極か単極どちらを選択するか  44
タインドかスクリューインか 47
  1.タインドリード  47
  2.スクリューインリード  48
   1.スクリューインリードの種類  48
   2.スクリューインリードの閾値  48
   3.利点と問題点  49
リードの材質−絶縁素材はシリコンかポリウレタンか  49
  1.シリコン  49
  2.ポリウレタン  50
リードの長さ  50
シングルリードVDD ペーシングでの電極間距離  51
リードの選択に関する著者の考え  53
  1.単極か双極か  53
  2.シリコンかポリウレタンか  53
  3.スクリューインかタインドか  54
   1.心房リード  54
   2.心室リード  54

第4章  植込み部位の選択  58
前胸部皮下−右か左か  58
  1.かつてのペースメーカーの表と裏  58
  2.現在のペースメーカーの表と裏  58
  3.植込み−右か左か  60
前胸部皮下以外の部位に植込む場合  60

第5章  植込み手術直前の準備  62
手術の場所の選択−手術室か心臓カテーテル検査室か  62
  1.循環器内科・心臓血管外科のどちらが主導か  62
  2.感染症の発生頻度  62
患者へのペースメーカー手術の説明および事務手続き  63
  1.手術の説明  63
  2.事務手続き  63
  3.内服薬  63
  4.抗凝固療法  64
   1.ペースメーカー手術の際の抗凝固療法のジレンマ  64
   2.抗凝固療法の指標  64
   3.周術期の抗凝固療法  65
   4.著者のペースメーカー手術時の抗凝固療法のガイドライン(試案)  65
  5.手術当日の準備  67
   1.点滴はどこに確保するか  67
   2.食事  67
   3.一時的ペースメーカーの挿入されている患者  67

第6章  植込み手術に必要な器械と手技  69
外科医か内科医か  69
  1.心臓血管外科医から循環器内科医へ  69
  2.循環器内科医と手術室  69
必要な手術器械  71
簡単な手術手技  71
  1.縫合  72
  2.電気メスの使用法  72

第7章  植込み手術の実際[その1]ポケット作成とリードの挿入法  73
患者が入室したらすべきこと  73
  1.モニター電極・心電図電極の装着  73
  2.透視装置の確認  73
  3.胸部写真や静脈造影写真をシャーカステンにかける  73
  4.抗生剤の点滴セットをつなぐ  74
  5.皮膚の消毒  74
皮膚切開とペースメーカーポケットの作成  74
  1.横切開法  74
  2.外側斜切開法  75
  3.2つの皮膚切開法  76
   1.鎖骨下静脈穿刺法による2 つの皮膚切開法  76
   2.静脈切開法による2つの皮膚切開法  77
  4.ポケットの作成  77
   1.どこに作成するか  77
   2.筋膜直上にポケットを作成するコツ  77
   3.いつポケットを作成するか  78
リードの挿入と固定  79
  1.リードの挿入法  79
  2.静脈切開法と穿刺法(鎖骨下静脈穿刺標準法)のリードの生存率  79
  3.静脈切開法  79
   1.橈側皮静脈の走行  80
   2.皮膚切開の位置  80
   3.静脈切開の方法  81
   4.リードの挿入  81
  4.橈側皮静脈を用いたガイドワイヤー法・直接穿刺法  83
   1.ガイドワイヤー法  83
   2.橈側皮静脈直接穿刺法  83
   3.著者が好んで施行している方法  83
  5.鎖骨下静脈穿刺法  84
   1.鎖骨下静脈穿刺標準法  84
   2.鎖骨下静脈胸郭外穿刺法  85

第8章  植込み手術の実際[その2]リードの固定とペースメーカーの装着  89
リードの心房・心室への固定  89
  1.リードをまず右房まで挿入する  89
   1.腕頭静脈・上大静脈合流部でリードがつかえるとき  89
   2.シースが屈曲してリードが進まないとき  90
  2.右房へのリードの固定  90
   1.右心耳への固定  90
   2.Bachmann束・心房中隔への固定  94
  3.心室リードの右室への固定  95
   1.スタイレットの曲げかた  95
   2.右室への挿入  96
   3.右室心尖部に到達しないとき  96
   4.閾値の測定  96
   5.スクリューインリードは刺入した直後は
     ペーシング閾値が高いことがある  97
   6.右室心尖部以外への固定  97
   7.右心系が拡大しているとき右室にリードを留置するコツ  97
リードスリーブの大胸筋筋膜への固定  99
  1.リードの「たるみ」の程度の調節  99
  2.大胸筋筋膜への固定  99
ジェネレーターとリードの接続  101
  1.ペースメーカーはかつて右用であった  102
  2.リードにトルクをかけない  102
  3.ネジを締めるときの注意  102
  4.再手術時の注意  103
ペースメーカーの大胸筋への固定  103
創部の縫合  103
  1.ペースメーカー手術時の抗生剤  103
  2.皮下の縫合  104
  3.皮膚の縫合  104
圧迫固定  104
手術室を出る前にすべきこと  105
  1.リード抵抗の測定  105
  2.胸部X線写真の撮影  105

第9章  特殊な状況での植込み  107
左上大静脈遺残症の患者  107
  1.分類  108
  2.頻度  108
  3.徐脈性不整脈の基礎疾患  109
  4.診断  109
  5.ペースメーカー植込み時の対処  109
   1.左右両方の上大静脈が存在し,
     左上大静脈が冠状静脈洞を経て右房に還流するタイプ  109
   2.右上大静脈が存在せず,左上大静脈が
     冠状静脈洞を経て右房に還流するタイプ  109
Chiari networkを有する患者  109
心臓手術後の患者  110
  1.三尖弁形成術後の患者  110
  2.三尖弁置換術後の患者  111
   1.かつては心筋電極が第一選択  111
   2.cardiac veinから左室をペーシングする方法  111
透析患者  112
  1.透析患者の徐脈性不整脈の評価  112
  2.ペースメーカー植込み部位  112
乳癌手術後の患者  113
  1.乳癌手術後の患者に対する植込み  113
  2.ペースメーカー植込み術後乳癌となった症例  114
若年女性での美容に関わる問題  114
なんらかの理由で上大静脈から心内膜リードが挿入できない場合  114
解剖学的左室での経静脈的心内膜ペーシング  116
成人になった合併心奇形のない先天性完全房室ブロック  116
  1.前向きに経過観察した報告  116
  2.小児に永久ペースメーカーを植込む際の問題  117
  3.著者の方針  118

第10章  ジェネレーター交換手術  121
ジェネレーター交換のタイミング?交換指標  121
リードはそのまま使用可能か  121
自己リズムの出ないとき  122
交換手術の実際  122
  1.感染に注意  122
  2.胸部X線写真の確認  123
  3.ペーシングレートを下げる(自己リズムの出る患者)  123
  4.局所麻酔・皮切の位置  123
  5.リードに注意  123
  6.ジェネレーターからリードを外す  123
  7.測定  124
  8.新しいペースメーカーへの接続  124
  9.閉創  124
  10.胸部X線写真撮影  124

第11章  リードを追加して留置するとき  125
リード不全であらたにリードを追加挿入するとき  125
  1.リードの評価  125
  2.同側から新規のリード挿入は可能か  125
   1.静脈造影  125
   2.鎖骨下静脈の閉塞・狭窄の頻度  125
   3.閉塞・狭窄の危険因子  125
  3.静脈造影で注意すべき所見  126
不全リードが存在するときのリードの選択と挿入時の注意  127
  1.一般的注意  127
  2.VVIあるいはAAIが植込まれリード不全となったとき  128
  3.DDDが植込まれリード不全となったとき  128
   1.心房リード不全となった場合  128
   2.心室リード不全となった場合  129
   3.心房・心室リードとも不全となったとき  129
皮下トンネルの作製?不全リードで鎖骨下静脈が閉塞しているとき  130
  1.ペースメーカーポケットはどちらへ作製するか  130
  2.皮下トンネルはどのように作製するか  130
不全リードはどうするべきか  130
  1.抜去すべきか否か  130
  2.不全リードの処理  131
アップグレイドする場合  131
  1.アップグレイドの適応  131
  2.アップグレイドする際の術前の注意点  131
   1.静脈造影は必要か  131
   2.心室リードはどのようにして挿入されたか  131
   3.手術時の注意  132

第12章  術後管理および急性期合併症と対策  134
術後の安静度と管理  134
  1.新規にリードを植込んだとき  134
   1.術後の安静度  134
   2.胸部X線写真  134
  2.ジェネレーター交換手術  136
   1.術後の安静度  136
   2.胸部X線写真  136
術後急性期の合併症  136
  1.穿刺に伴う合併症  136
   1.気胸  136
   2.動脈の誤穿刺  137
   3.その他  137
  2.リード操作・挿入に伴う合併症  137
   1.上大静脈の穿孔  137
   2.心房・心室の穿通・穿孔  138
   3.不整脈  139
   4.リードの被膜の損傷  140
  3.ポケット・創部の問題  140
   1.ポケットの血腫  140
   2.創の離開  140
   3.感染  140
   4.ペースメーカーのアレルギー  141
  4.ペーシング不全,センシング不全,リードのdislodgement  141
   1.リードのdislodgement  141
   2.リードの「たるみ」がなくなったとき  141
  5.コネクター部接合不全  142
  6.静脈血栓症  143
  7.その他  143
ペースメーカー外来  143

索引  147