序
本書はパーキンソン病の臨床症候を主に取り上げました.臨床症候の理解には,パーキンソン病そのものの理解が不可欠であり,基底核の生理学,パーキンソン病の診断,自然経過等は必須の知識であり,内外の優れた執筆者により詳細に述べられています.殊に海外の執筆者の論文はひときわ優れています.このことは本書の価値を一層高めるものと信じます.
我々はパーキンソン病を知っているけれども,「本当に理解し,識っているのであろうか?」という疑問から本書は成り立っています.知っているつもりで,パーキンソン病では当たり前の知識であると考えている根拠はどこにあるのか,あるいはないのかを,本書は可能な限り追求しています.そして,そのことにより我々は如何にパーキンソン病の理解からまだまだ遠い所にいることを識ることになるでしょう.しかし,このことはパーキンソン病患者を診療している臨床医に対する大きな挑戦となります.臨床医にはまだまだ残された未知なるパーキンソン病の臨床症候の解明の義務があるということを本書は示しています.現時点では分子遺伝学や分子生物学だけではこうした臨床症候の解明にはほど遠いところにあり無力でさえあります.時代の流行に流されることなく臨床の醍醐味を本書から感じ取っていただければ本書の目的は十分に達せられたと考えます.
症候学には原典にもどってみるという視線で,巻末にJames Parkinsonの原文を掲載しました.
James Parkinsonの原文を提供いただきました三共株式会社に深謝申し上げます.また,J.Parkinsonの仕事を紹介したサルペトリエール病院のCharcot先生の火曜講座はChristo-pher Goetzの英訳本とその日本語訳が出ていますので興味のある方は参照してみてください.
パーキンソン病の症候学は運動系,非運動系症候と多彩であり,その全てを本書は網羅することはできませんでしたが,近い将来,本書の改訂,続編を出したいと希望しています.読者の皆さんが本書を読んで臨床に励み,症候学に挑戦されることを期待したと思います.
2006年3月
山本光利
目 次
第1章◆基底核機能
1.大脳基底核の機能とその障害<柳澤信夫> 2
A.基底核症候と機能研究の歴史 2
B.不随意運動 4
C.姿勢と歩行の異常 8
D.無動と動作緩徐 17
E.基底核の役割は何か 19
F.まとめ 23
第2章◆診断
1.パーキンソン病の診断上の問題点
<Eduardo Tolosa,Liliana Rodriguez,Serhat Ozcan> 30
A.パーキンソン病の臨床スペクトラム 30
B.進行性核上性麻痺 33
C.多系統萎縮症 34
D.大脳皮質基底核変性症 35
E.パーキンソン病の診断における問題点 37
F.パーキンソン病の診断における補助検査 38
第3章◆発病と進行
1.パーキンソン病の自然経過<Werner Poewe> 46
A.パーキンソン病における連動機能障害の進行 46
B.非運動症状 48
C.死亡率 50
2.パーキンソン病患者の死亡原因<久野貞子> 54
A.パーキンソン病患者における高率の死亡原因 55
B.パーキンソン病患者における突然死 56
C.パーキンソン病の心自律神経機能 57
3.パーキンソン病の病変はどこからはじまるのか?<高橋 均> 59
A.パーキンソン病の神経病理学 59
B.パーキンソン病の臨床病理学の今日的問題点 59
C.パーキンソン病の病理学的ステージ分類の試み 60
D.Preclinical Parkinson’s diseaseの自検3剖検例の呈示 62
E.パーキンソン病の病変は末梢自律神経系からはじまるのか? 66
4.神経画像からみたパーキンソン病の前臨床期間と進行<篠遠 仁> 69
A.黒質線条体ドパミン機能測定用の放射性薬剤 70
B.PETで推定された前臨床期間と進行速度 76
C.SPECTにより推定された前臨床期間と進行速度 78
D.治療薬がパーキンソン病の進行に及ぼす影響 79
5.パーキンソン病の発症前駆症状と初発症状<高橋裕秀> 85
A.パーキンソン病の発生 85
B.発症前のパーキンソン病 86
C.発症前駆症状 86
D.internal tremor 87
E.発症前の非運動症状 87
F.パーキンソン病運動症状の初発部位 89
G.パーキンソン病運動症状の左右差 90
第4章◆運動症状
1.パーキンソン病におけるジストニア
<Eduardo Tolosa,Yarko Compta> 96
A.未治療パーキンソン病におけるジストニア 96
B.内科的に治療したパーキンソン病におけるジストニア 98
C.外科的に治療したパーキンソン病におけるジストニア 100
2.パーキンソン病の側屈姿勢とPisa症候群<横地房子> 104
A.Pisa症候群の概念 104
B.パーキンソン病における側屈姿勢 105
C.パーキンソン病の側屈姿勢はPisa症候群と同じか 110
3.パーキンソン病におけるcamptocormia<Eldad Melamed> 111
A.パーキンソン病におけるcamptocormiaの定義 111
B.パーキンソン病におけるcamptocormiaの臨床特徴 111
C.パーキンソン病におけるcamptocormiaの病態生理 112
D.Camptocormiaの鑑別診断 113
E.治療 113
4.パーキンソン病における首下がり症状<藤本健一> 118
A.首下がりに関するこれまでの報告 119
B.パーキンソニズムと首下がり 120
C.パーキンソン病における首下がりの特徴と頻度 121
D.首下がりの原因 124
E.ドパミンアゴニストと首下がり 125
F.パーキンソン病に伴う首下がりの治療 126
5.パーキンソン病におけるすくみ足の病態と治療<大熊泰之> 129
A.すくみ現象とは 129
B.すくみ足の頻度と特徴 130
C.すくみ足の病態生理 132
D.すくみ足の治療 135
6.Restless legs syndromeとパーキンソン病:
病因的関連性は存在するか?<Eng-King Tan> 142
A.下肢静止不能症候群とパーキンソン病 142
B.下肢静止不能症候群とパーキンソン病との関連性研究 143
C.臨床観察研究 144
D.下肢静止不能症候群とパーキンソン病との間の差異 145
7.矛盾性運動<南雲清美 河村 満> 149
A.歴史的背景 149
B.症候学 150
C.原因 150
D.歩行分析の結果 151
E.病態生理 151
8.パーキンソニズムと開眼失行<川上忠孝> 154
A.開眼失行:原著論文の紹介 154
B.開眼失行が出現する病態と責任病巣 156
C.開眼失行は失行か,それともジストニアか? 157
D.開眼失行の治療 159
9.パーキンソン病の手指の変形について<沖山亮一> 163
A.手指の変形の最初の記載 163
B.手指の変形の特徴 164
C.手指の変形の原因,治療,原疾患 166
D.手指の変形をきたす種々の疾患 167
10.パーキンソン病と五十肩<山本光利> 169
A.五十肩(Frozen shoulder)とは:定義,疫学 169
B.パーキンソン病における五十肩に関するレビュー 170
11.レオナルド・ダ・ヴィンチ,鏡像書字,
そしてパーキンソン病<田代邦雄> 173
A.James Parkinsonについて 173
B.パーキンソン病の歴史的記載 174
C.Parkinson’s disease, Essential tremor, Mirror writing 176
D.Leonardo da Vinci, Mirror writing and Parkinson’s disease 178
第5章◆非運動症状
1.パーキンソン病と睡眠<Werner Poewe> 182
A.パーキンソン病における睡眠障害のスペクトル 182
B.パーキンソン病における日中の眠気 185
C.パーキンソン病における睡眠障害の管理 187
2.パーキンソン病における行動障害
--特に反復常同行動(punding)について--<三輪英人> 191
A.症例提示 191
B.Pundingの概念 192
C.自験例での検討 193
D.常同行動の鑑別診断 194
E.常同行動と前頭葉 - 基底核 - 視床回路 195
F.Pundingの病態仮説:線条体におけるドパミン依存的常同行動 196
G.パーキンソン病患者におけるpundingの治療 198
3.Apathyと基底核<Richard Levy,Virginie Czernecki> 201
A.Apathyの定義 201
B.無感情はうつ病ではない 203
C.パーキンソン病における無感情 204
D.基底核に影響を及ぼす他の疾患における無感情 205
E.基底核の局所病変発現後の無感情 206
F.無感情の評価及び管理 209
G.治療 209
4.パーキンソン病と疲労<吉井文均> 217
A.疲労とは 217
B.疲労の疫学 217
C.パーキンソン病でみられる疲労 218
D.重症度・他の症状との関係 219
E.使用薬剤との関係 220
F.疲労の原因 220
G.疲労についての認識 221
H.治療 221
I.疲労の評価スケール 222
5.パーキンソン病とやせ<柏原健一> 228
A.パーキンソン病患者における“やせ”の分布 228
B.エネルギー摂取の障害 228
C.エネルギー消費の増加 229
D.治療の影響 231
6.パーキンソン病における発汗過多<平山正昭> 234
A.発汗の種類 236
B.発汗障害の頻度 236
C.発汗障害の進行 238
D.発汗過多の出現時間 238
E.抗パーキンソン病薬の影響 239
F.発汗障害と他の自律神経障害との関係 239
G.発汗障害の原因 239
H.定位脳手術後の影響 240
7.パーキンソン病の嚥下障害<丸山哲弘> 243
A.嚥下の基礎的メカニズムと病態生理 244
B.嚥下障害に関連する臨床症状 246
C.嚥下障害 247
D.嚥下障害の治療 252
8.パーキンソン病と便秘<永井将弘> 257
A.便秘の定義と頻度 257
B.便秘の原因と危険因子 257
C.便秘の治療 258
9.パーキンソン病における体性感覚症状
--痛みを中心に--<堀内惠美子 川嶋乃里子 長谷川一子> 261
A.パーキンソン病における感覚障害の概要 262
B.非特殊感覚障害各論 264
C.うつ症状と痛みとの関連 267
D.パーキンソン病における感覚症状の原因について
(主にprimary painについて) 267
E.家族性パーキンソン病,若年性パーキンソニズムと感覚障害 268
10.パーキンソン病における嗅覚異常
<武田 篤 菅野重範 長谷川隆文> 272
A.嗅覚の特殊性 272
B.嗅覚検査法 273
C.パーキンソン病および関連疾患と嗅覚異常 274
D.神経病理との関連 275
E.神経生理学的検討 276
F.早期診断への応用と今後の展開 276
An Essay on The Shaking Palsy<James Parkinson> 281
索引 301