序文
 脳血管障害は,悪性新生物,心臓病についでわが国の死因の第3位であり,年間13万人の方が亡くなっている.脳梗塞は脳血管障害のうち最も多く約70%を占める.脳出血の発症頻度は減少しつつあるが,脳梗塞は高齢化社会の到来により今後むしろ増加する可能性もある.脳梗塞の急性期死亡率は5%前後と高くないが,脳梗塞後遺症で苦しむ人は多く,高齢者の寝たきりの原因の約40%は脳卒中である.これまでわが国の脳梗塞急性期治療は,諸外国と大きな違いがあった.わが国では血栓溶解療法(静脈内投与)が認可されておらず,脳保護薬が世界で唯一認可された.2005年10月よりrt‐PA(アルテプラーゼ)静注療法がわが国でようやく認可され,新しい脳梗塞治療の時代が幕開いた.この治療法は,脳梗塞急性期治療法のなかで,高いエビデンスがあり,その効果が期待されている.発症後3時間以内という狭いtime windowであるが,患者さんにとっては大きな福音である.しかし,この治療法は1996年に米国で認可されて以来,約10年が経過しているが出血性合併症をはじめ多くの問題点を抱えている.本治療法を実施するためには,まず病院内で診療システムの整備(救急体制,迅速な検査体制など)が必須である.また,医師,看護師,薬剤師,検査技師,放射線技師などとの密接な連携が重要である.本書は,本治療法の理論的背景,使用の実際,市販後成績,治療の問題点などを取り上げ,実地診療者の立場にたって,できるだけわかりやすく解説した.本書をお読みいただければ,rt‐PA(アルテプラーゼ)静注療法の全貌が理解できるよう工夫したつもりである.本書がrt‐PA(アルテプラーゼ)静注療法の安全な施行,普及に役立てば幸いである.
2006年2月
 棚橋 紀夫


目次
1◆はじめに…〈棚橋紀夫〉 …1

2◆rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法の実際…〈古屋大典〉 …3
A.第1段階(来院まで)…4
B.第2段階(病歴,診察,臨床検査)…7
  1.過去の病歴の聴取
  2.NIHSS
  3.臨床検査
  4.脳卒中以外の患者との鑑別
C.第3段階(画像診断)…17
D.適応の判定…17
  1.慎重投与例に対する対応
  2.プロトコール違反
E.インフォームドコンセント…21
F.投与開始…23
G.rt-PA投与後の全身管理…23
H.併用薬について…24

3◆血栓溶解療法の基礎知識…〈上嶋繁 松尾理〉 …27
A.血栓溶解のメカニズム…27
B.フィブリン親和性をもたない血栓溶解剤…29
  1.ウロキナーゼ
  2.ストレプトキナーゼ
C.フィブリン親和性を有する血栓溶解剤…32
  1.Anisoylated plasminogen streptokinase activator complex(APSAC)
  2.1本鎖u-PA,別名プロウロキナーゼまたはナサルプラーゼ
  3.組織性プラスミノゲンアクチベーター
  4.改変型t-PA
D.開発中の血栓溶解剤…36
  1.スタフィロキナーゼ
  2.デスモテプラーゼ

4◆血栓溶解療法の大規模臨床試験…〈星野晴彦〉 …41
A.血栓溶解療法全体のメタアナリシス…41
  1.7-10日以内の全死亡
  2.致死性頭蓋内出血
  3.症候性頭蓋内出血(致死性を含む)
  4.予定された経過観察期間内の全死亡(早期死亡)
  5.経過観察終了時の死亡あるいは重篤な後遺症
  6.投与開始時間との関係
B.t-PA臨床試験…46
  1.発症3時間以内の経静脈性t-PA臨床試験
  2.発症後6時間以内の経静脈性t-PA投与臨床試験
  3.発症6時間以内の経静脈t-PA臨床試験のメタアナリシス
  4.経静脈投与t-PAの臨床試験のPooled Analysis
C.Streptokinase(SK)投与試験…56
  1.経静脈性SK投与臨床試験
  2.経静脈SK投与のPooled data analysis
  3.経静脈SKによる血栓溶解療法のメタアナリシス
D.Desmoteplase血栓溶解療法…58
E.経動脈性血栓溶解療法…59
  1.個別の臨床試験
  2.経動脈proUK投与による血栓溶解療法のメタアナリシス
F.血栓溶解療法の今後の課題…61
  1.高齢者に対する有効性の検証
  2.3時間を超えた場合の有効性があるかどうか
  3.他の新しい血栓溶解薬の有効性
  4.経静脈と経動脈の血栓溶解薬投与の組み合わせ
  5.新しい抗血小板薬と血栓溶解薬との組み合わせ
  6.機械的な方法あるいは超音波を用いた血栓溶解の促進治療
  7.脳底動脈系脳梗塞に対する有効性

5◆ガイドライン…〈棚橋紀夫〉 …66
A.日本の“脳卒中治療ガイドライン2004”…66
B.米国脳卒中協会(2003)のガイドライン…66
C.Royal College of Physicians(英国2004)のガイドライン…68

6◆大規模臨床試験のサブ解析および市販後成績…〈棚橋紀夫〉 …69
  1.rt-PA静注療法は実際にはどの程度行われているか
  2.rt-PAの使用頻度の低い理由
  3.治療成績
  4.症候性脳出血の予測因子
  5.予後関連因子
  6.病変の左右差
  7.年齢
  8.性差
  9.rt-PA療法後の血管の再開通および再閉塞
  10.椎骨脳底動脈領域の梗塞での効果
  11.rt-PAによるアナフィラキシー反応および血管浮腫
  12.医療経済への影響

7◆血栓溶解療法と脳画像検査…〈野川茂〉 …77
A.“NINDS Box”と“Time is Brain”…77
B.脳卒中急性期におけるMRIの有用性…80
C.超急性期におけるDWI陰性例…82
D.脳梗塞急性期における脳血流(灌流)画像の意義…85
E.急性期脳梗塞治療のパラダイム -- 今後の展開…88

8◆血栓溶解療法に対するQ&A…〈棚橋紀夫〉 …92
 1)CT所見:earlyCT signsの読影,椎骨脳底動脈系梗塞の場合は
 2)CTのかわりにMRIで診断する場合
 3)脳血流量測定は必要か
 4)軽症例の判定,適応は
 5)ラクナ梗塞にもアルテプラーゼの適応はあるのか
 6)慎重投与例に対する対応
 7)インフォームドコンセントは口頭でも可能か
 8)脳出血例に対する外科的治療は有効か
 9)脳保護薬(エダラボン)との併用は可能か
 10)アルテプラーゼ投与後はアルガトロバン,オザグレルは使用不可か
 11)局所線溶療法をどのように位置づけるか
 12)降圧療法として最も適応となる治療法は
 13)アルテプラーゼ静注療法を施行できる施設は

◆おわりに
索引