序
近年,乳癌は激増しつつあることは論をまたない.したがって,再発乳癌に対する治療もますます重要性を増している.再発乳癌とは組織学的(細胞学的)に確認された乳癌が治療によって,いったん臨床的に消失したのち,ふたたび出現したものをさす.再発乳癌はたとえ臨床的に顕在化している病巣が限局的であっても,全身病として理解されねばならない.
したがって,治療の主体は薬物療法となるが,再発後治癒を得るのはきわめて困難で,現状では症状の緩和,quality of lifeの改善と延命が治療の主たる目的となっている.
しかし,1990年代以降,新しいマーカーの発見,新規抗癌剤(タキサン系薬剤,ナベルビン,TS─1など),ホルモン剤(特にアロマターゼ阻害剤),分子標的薬(ハーセプチン)などの出現により,われわれは多くの治療選択肢を有するようになった.
その結果,再発乳癌の治療体系として金貨玉条のごとく考えられてきたHortobagyiのアルゴリズムもそろそろ考えなおされてもよい時期ではないか? 従来,特に欧米では軽視されてきた経口フッ化ピリミジンも十分再評価に値するのではないか? 多数のホルモン剤の選択,switchの方法, 投与期間はどのように考えたらよいのだろうか? 代替療法の今後の可能性はあるのだろうか? 再発乳癌患者さんの高齢化にむけてどう対応するべきか?
さまざまな疑問がわく.一方では医療者側につよい説明義務が求められている現状においても,再発乳癌患者さんに対しては,「説明と同意」というより,「誠意をもって長く付き合い,決して心無い言葉を口にしない」態度が望ましいこともまた事実である.
本書はこうした再発乳癌の取り扱いについて,現在最前線で苦労している医師たちによって書かれたものである.日常臨床でハンドブックとしてご利用いただき,我々著者一同の熱意を少しでも感じていただければ幸いである.
2006年6月
福富隆志
目次
I ◆ 総論 <福富隆志> 1
1.治療の基本方針 -- Hortobagyiのアルゴリズムは絶対ではない!? 1
2.ホルモン依存性乳癌であれば,転移部位に化学療法,
ホルモン療法別に治療効果の差はない! 1
3.転移再発巣に対して局所療法単独はあり得ない! 1
4.主な初再発部位とその予後は? 3
5.薬物療法の進歩と予後の改善 3
6.治療効果の判定基準とは? 4
a)測定可能病変と測定不能病変
b)標的病変(target lesions)と非標的病変(non-target lesions)
c)病変の評価
d)奏効期間
7.再発時のICは? 6
II ◆ 薬物療法 7
A.化学療法 <田部井敏夫> 7
1.再発乳癌治療の考え方 7
2.抗がん剤開発の推移 7
3.再発乳癌の治療成績 8
4.再発乳癌に対する化学療法の考え方 9
a)乳癌の化学療法の推移
b)化学療法の選択順序
B.内分泌療法 <内海俊明> 15
1.抗エストロゲン剤 16
a)tamoxifen
b)toremifene
2.LH -- RH analogue 17
3.アロマターゼ阻害剤 18
4.Medroxyprogesterone acetate(MPA) 20
C.分子標的療法 -- ハーセプチンRによる抗体療法を中心に -- <清水千佳子>23
1.乳癌における分子標的治療 23
2.trastuzumab 23
3.trastuzumabの治療成績と副作用 24
4.trastuzumab治療の臨床的問題点 26
a)trastuzumabの適応の決定:HER -- 2スクリーニング
b)脳転移
c)trastuzumab抵抗性など
5.分子標的療法の最近の話題 27
D.新規抗がん剤 <景山明彦 佐治重衡> 30
1.ビノレルビン(ナベルビンR:NVB) 30
2.ゲムシタビン(ジェムザールR) 31
3.S -- 1(TS -- 1R) 32
4.今後臨床導入が期待される薬剤 33
III ◆ 放射線治療 <加賀美芳和 今井 敦> 37
1.局所再発 37
a)乳房切除後の局所再発
b)乳房温存療法後の局所再発
2.転移性脳腫瘍 38
3.骨転移 40
4.脊髄圧迫 41
5.脈絡膜転移 41
IV ◆ 臓器別あるいは特異な病態 43
A.肺 <大住省三> 43
1.がん性リンパ管症の治療 43
2.がん性胸膜炎の治療 44
3.乳癌術後に出現した孤立性肺腫瘤の扱い 46
B.肝 <元村和由> 50
1.肝障害を呈する症例に対する薬物療法 50
a)アンスラサイクリン系
b)タキサン系 1
c)ビンカアルカロイド系(ビノレルビン)
d)トラスツズマブ 52
e)5 -- FU系経口抗がん剤(カペシタビン)
2.孤立性肝転移に対する外科療法 52
a)外科的切除
b)マイクロ波凝固療法とラジオ波凝固療法
C.骨 <海瀬博史> 55
1.ビスホスホネート使用のコツ 55
a)乳癌骨転移の成因
b)ビスホスホネートの作用機序
c)ビスホスホネート製剤について
d)ガイドラインによる位置づけ
e)ビスホスホネート製剤の適応
f)ビスホスホネートの投与方法
g)当施設における実際の投与方法
h)副作用について
i)ビスホスホネート製剤のエビデンス
2.放射線科・整形外科との連携が必要な場合(骨転移に対する局所療法) 62
a)放射線療法
b)整形外科手術の適応
D.局所・乳房内再発 <寺田琴江 福富隆志> 66
1.乳房切除後の局所再発(Loco-regional Recurrence) 66
a)局所再発の部位と形式
b)局所再発の治療
c)局所再発例の予後
2.乳房温存療法後の乳房内再発 68
a)乳房内再発の頻度
b)乳房内再発のrisk factor
c)乳房内再発の治療
d)炎症性乳癌型再発
E.脳・中枢神経:脳転移 71
E-1.脳転移および髄膜転移 <安藤正志> 71
1.乳癌の脳・髄膜転移の頻度 71
2.病変の分布 71
3.乳癌の中枢神経系転移のリスクファクター 71
4.中枢神経系転移の症状 72
5.中枢神経系転移の診断方法 73
6.脳転移に対する治療 73
a)放射線治療
b)化学療法
c)支持療法
7.髄膜転移に対する治療 76
8.乳癌の中枢神経系転移の予後 76
E-2.脳転移に対する手術療法の適応と管理 <成田善孝> 80
1.乳癌脳転移の頻度 80
2.神経学的診断 80
3.画像診断 81
4.治療方針 82
5.外科手術+全脳照射 83
6.定位放射線照射+全脳照射 84
7.全脳照射による副作用 84
8.手術・放射線治療後の再発 85
9.がん性髄膜炎 85
10.ステロイドの使用 85
11.抗てんかん薬 86
12.予後 86
F.Oncological emergency <青儀健二郎> 89
1.高カルシウム血症 89
2.脊髄圧迫 91
3.上大静脈症候群 92
G.高齢者の再発と薬物療法 <河野 勤> 96
1.本邦における高齢化社会の進行 96
2.高齢者乳癌患者の増加 96
3.高齢者乳癌の特徴 96
4.高齢者乳癌患者をみる上での特別な事情 97
5.高齢者乳癌患者における術後化学療法 97
6.高齢者における老化,脆弱性の評価 97
a)高齢者総合的機能評価
(Comprehensive Geriatric Assessment:CGA)の歴史
b)CGAのドメイン
7.高齢がん患者におけるCGAの応用 99
8.Vulnerable Elders Survey(VES -- 13) 99
9.高齢者転移性乳癌における薬物療法 99
V ◆ 緩和医療 <高橋秀徳 村上敏史 戸谷美紀 下山直人> 103
1.緩和医療とは 103
a)がん診療における緩和医療の意義
b)緩和医療を提供する方法
2.再発乳癌診療における主な症状マネージメント 106
a)がん性疼痛
b)呼吸困難
c)リンパ浮腫
d)せん妄
e)難治性の苦痛症状 6
VI ◆ 再発乳癌患者に対する精神的支援 <岡村優子 内富康介> 117
1.再発後の精神疾患(適応障害,大うつ病) 118
a)適応障害
b)大うつ病
2.不安,抑うつへの対応 118
a)精神療法
b)薬物療法
VII ◆ 代替療法 <奈良林 至> 127
1.代替療法とは? 127
2.がん患者はCAMを利用する? 128
3.健康食品について 129
a)健康食品とは?
b)健康食品は安全で効果がある?
c)繁用される健康食品
4.CAMの利用を相談されたら 131
索引 135