序 文

 「脳卒中集中治療」の概念は決して新しくない.冠動脈疾患を対象としたcoronary care unit(CCU)の効果が明らかとなった1960年代には,脳卒中への応用も試みられた.例えば,1970年のAm Heart J誌のKennedy論文で,stroke intensive care unit(SICU)の効果が検討された.ただし,SICUの死亡率抑制効果は証明されなかった.わが国では,秋田県立脳血管研究センターが,1969年の開設時より,内科的集中治療病床と術後回復病床とを組み合わせたneurological care unit(NCU)を運用したのが最初であろう.その主眼は,脳卒中への脳外科治療の積極的応用と急性期死亡率の抑制とにあった.
 国立循環器病センターでは,創立翌年の1978年に脳卒中集中治療室(stroke care unit, SCU)が15床で開設された.翌1979年には,脳外科系集中治療室(neurosurgical care unit, NCU)が分離独立し,ここから内科系集中治療病棟としてのSCUの歩みが始まった.同年5月にレジデント生活をスタートした私の脳卒中医人生は,SCUの全歴史とほぼ重なる.SCUやNCUで生まれた多くの臨床研究成果は世界に発信され,研修を受けた若者たちは国内の脳卒中診療の屋台骨を支える中堅的人材に育った.これまでのSCUの意義は,研究 ・情報発信と教育とにあったのかもしれない.
 2005年10月,わが国でも血栓溶解薬アルテプラーゼが承認され,日本脳卒中学会の推奨するアルテプラーゼ静注療法の施設基準には「SCUまたはそれに準ずる設備(を有する施設)」との文言が入れられた.さらに2006年の診療報酬改定で,「脳卒中ケアユニット入院管理料」が新設された.国立循環器病センターでも,SCU,NCUさらに脳リハビリテーション部門を再編統合して脳卒中急性期診療を包括的に行う「大SCU構想」が提案されている.急性期診療の場としてのSCUは,今まさに新たな時代に突入しつつある.
 私は,1998年,2003年に中外医学社より刊行された「脳卒中診療ハンドブック(初版,第2版)」の編集に携わった.しかし,脳卒中診療を取り巻く時代の流れはあまりに速く,激しい.そんな中,中外医学社よりSCU診療に主眼を置いた新書籍「SCUルールブック」刊行の提案があった.今回は,SCU及びNCUの診療現場指揮官である豊田一則,飯原弘二両医長に編集をお願いすることとした.両氏が選んだ執筆陣は,脳血管内科 ・外科のレジデント,専門修練医の現役やOB,リハビリテーション部スタッフ,ソーシャルワーカー,看護スタッフと,まさにSCUらしい多職種チームである.
 現在,欧州では,多職種専門チームによる急性期ケアとリハビリテーションに力点を置いた脳卒中ユニット(stroke unit, SU)が普及しつつある.集中治療という意味の薄いSUではあるが,死亡率や要介護率の抑制という確かなエビデンスがあり,その普及は全ヨーロッパ的運動となっている.一方,国土が広大で,急性期病院の入院期間が極端に短い米国では,アルテプラーゼ療法普及に主眼を置いた超急性期拠点病院,すなわち一次及び総合脳卒中センター(primary and comprehensive stroke centers, PSC and CSC)の整備が始まっている.SCUを軸として展開するわが国の脳卒中診療体制も,欧州,米国の体制の良いところを導入しつつ,わが国の諸条件に適合した独自のものを創っていく必要がある.脳卒中診療に携わる全ての医療職にとってのルールブックである本書は,わが国のこれからの脳卒中急性期医療のルールブックでもある.

2006年9月
峰松 一夫


目次

1章 SCU総論
 1.SCUの概念 〈豊田一則〉
 2.SCUにおける診療チーム 〈豊田一則〉
 3.SCUで診る疾患 〈豊田一則〉
 4.SCUと救急搬送体制 〈豊田一則〉
 5.SCUと院内救急医療体制 〈豊田一則〉
 6.SCUのカルテ 〈豊田一則〉
 7.SCUのクリティカルパス 〈豊田一則〉
 8.SCUのインフォームド ・コンセント 〈豊田一則〉
 9.SCUの医療安全 〈豊田一則〉
 10.SCUの医療経済 〈豊田一則〉
 11.SCUの地域連携 〈豊田一則〉
 12.SCUの医学教育・研修 〈豊田一則〉
 13.国立循環器病センターにおけるSCU 〈豊田一則〉

2章 SCUにおける診察
 1.一般身体学的診察 〈井上 勲〉
 2.神経学的診察 〈井上 勲〉
 3.神経心理学的診察 〈宮下史生〉
 4.神経眼科的診察 〈宮下史生〉
 5.神経学的重症度の評価尺度
   (NIHSS,JSS,JCS,GCS) 〈米村公伸〉
 6.生活能力の評価尺度
   (Barthel Index,FIM,mRS) 〈米村公伸〉

3章 SCUにおける初期管理
 1.呼吸・酸素,体温 〈尾原知行〉
 2.血圧 〈尾原知行〉
 3.頭痛,嘔吐 〈松本典子〉
 4.痙攣,不穏,異常行動 〈松本典子〉
 5.血糖・栄養 (嚥下障害) 〈中島 誠〉
 6.感染症 〈中島 誠〉

4章 SCUにおける検査
 1.急性期検査総論 〈湧川佳幸〉
 2.血液検査 〈湧川佳幸〉
 3.髄液検査(腰椎穿刺) 〈堂坂朗弘〉
 4.心電図(ホルター心電図を含む) 〈石神 崇〉
 5.X線単純撮影(頭蓋,胸部など) 〈石神 崇〉
 6.CT 〈岡田俊一〉
 7.MRI 〈和田邦泰〉
 8.MRA,CTA 〈和田邦泰〉
 9.SPECT 〈福嶌由尚〉
 10.PET 〈福嶌由尚〉
 11.脳血管造影 〈野越慎司〉
 12.頸部血管超音波 〈伊佐勝憲〉
 13.経口腔頸部血管超音波 〈伊佐勝憲〉
 14.経頭蓋超音波(TCCS) 〈脇田政之〉
 15.HITS/MES 〈脇田政之〉
 16.心臓超音波 〈神田直昭〉
 17.経食道超音波 〈神田直昭〉
 18.下肢静脈超音波 〈桑城貴弘〉
 19.脳波,神経電気生理学検査 〈桑城貴弘〉

5章 SCUにおける脳梗塞の治療
 1.時間軸に基づく治療総論 〈古賀政利〉
 2.病型に基づく治療総論 〈古賀政利〉
 3.経静脈的血栓溶解療法 〈粕谷潤二〉
 4.局所血栓溶解療法 〈井上 剛〉
 5.脳保護療法 〈井上 剛〉
 6.経静脈的抗血栓療法 〈松本省二〉
 7.内服抗血栓療法 〈松本省二〉
 8.脳浮腫管理 〈中垣英明〉
 9.血液希釈療法 〈中垣英明〉
 10.脳循環代謝改善薬,抗うつ薬 〈橋口良也〉
 11.急性期の危険因子の管理 〈橋口良也〉
 12.血管内治療 (血栓溶解療法を除く) 〈佐藤 徹〉
 13.外科的血行再建術
    ―頸動脈内膜剥離術と頭蓋内外バイパス術 〈飯原弘二〉
 14.減圧開頭術 〈吉田英紀〉
 15.一過性脳虚血発作の治療 〈有廣昇司〉
 16.進行性脳梗塞の治療 〈有廣昇司〉
 17.動脈解離による脳梗塞の治療 〈板橋 亮〉
 18.奇異性脳塞栓症・大動脈原性脳塞栓症の治療 〈板橋 亮〉
 19.特殊な心疾患による脳塞栓症の治療
   (心内膜炎,心臓腫瘍) 〈薬師寺祐介〉
 20.その他の特殊な原因による脳梗塞の治療
   (抗リン脂質抗体症候群,高ホモシステイン血症) 〈薬師寺祐介〉

6章 SCUにおける脳出血の治療
 1.時間軸に基づく治療総論 〈藤本 茂〉
 2.出血部位に基づく治療総論 〈藤本 茂〉
 3.血栓止血学的療法 〈緒方利安〉
 4.降圧療法 〈緒方利安〉
 5.脳浮腫管理(開頭外減圧を含む) 〈吉田英紀〉
 6.血腫除去手術 〈脊山英徳〉
 7.水頭症に対する外科手術 〈山本宗孝〉

7章 SCUにおけるくも膜下出血の治療
 1.治療総論 〈飯原弘二〉
 2.薬物療法 (出血源不明例の対応を含む) 〈菱川朋人〉
 3.脳動脈瘤の直達手術 〈高田英和〉
 4.脳動脈瘤の血管内治療 〈石橋敏寛〉
 5.脳血管奇形によるくも膜下出血の治療 〈菊池隆幸〉
 6.解離性脳動脈瘤の治療 〈綾部純一〉
 7.脳血管攣縮の治療 〈菱川朋人〉

8章 SCUにおけるその他の脳血管障害・脳障害の治療
 1.脳静脈血栓症 〈脊山英徳〉
 2.もやもや病 〈菊池隆幸〉
 3.外傷性頭蓋内血腫 〈綾部純一〉
 4.脊髄血管障害 〈大川将和〉
 5.正常圧水頭症 〈山本宗孝〉
 6.一過性全健忘 〈原 靖幸〉
 7.Reversible posterior leukoencephalopathy syndrome
   (RPLS) 〈原 靖幸〉

9章 SCUにおけるリハビリテーション
 1.総論 〈尾谷寛隆〉
 2.理学療法 〈尾谷寛隆〉
 3.作業療法 〈尾谷寛隆〉
 4.言語聴覚療法 〈大畠明子〉
 5.嚥下訓練 〈大畠明子〉
 6.医療福祉相談室 (ソーシャルワーカー) 〈長松耕平〉

10章 SCUにおける看護
 1.緊急患者の受け入れ態勢 〈西村由美子〉
 2.神経徴候の観察と異常の早期発見 〈藤井千代〉
 3.呼吸・循環・体温管理 〈森本朱美〉
 4.合併症予防 〈松浦ゆきみ〉
 5.嚥下障害のある患者の看護と栄養管理 〈苅山有香〉
 6.早期リハビリテーション 〈中嶋幸恵〉
 7.高次脳機能障害への援助 〈竹末のり子〉
 8.緊急時の精神的ケアと家族支援 〈宮本典子〉
 9.リスク管理 〈永見紀子〉
 10.クリティカルパス 〈藤本 愛〉
 11.術前・術後管理 〈浮田優子〉
 12.t-PA治療時の看護 〈川口桂子〉
 13.多職種カンファレンス 〈衣笠ゆかり〉
 14.在宅・転院へのマネージメント 〈生野一子〉

索 引