序文

 最近の精神医学関係の書籍をみると,内容や対象という点から大まかに言えば,ふたつの種類に大別される.ひとつは入門書的・教科書的なものであり,もうひとつは専門書的なものである.前者が急に増えたのは,新医師臨床研修制度が始まったために研修医用に書かれたり,福祉系・看護系・心理系の大学が増えたり,薬学部が六年制に高学歴化するなど,医療系の教育のなかでコミュニケーション・心理・精神医学などの授業が増えてきたためである.あるいは,現場,たとえば学校や企業や在宅介護サービスなどの場において,メンタルヘルスの知識や技術が要求されることが多くなり,いわば非精神科医のために書かれる精神医学関係の書籍が増えたためだとも言える.
 その意味では,本書はずばり後者の,精神科医のために書かれた専門書である.編集作業の最初の段階で,10年程度の臨床経験のある精神科医に,日頃の疑問点をブレインストーミング的に出していただいた.次の段階で,それらを因子分析的にまとめテーマを絞り込んでいった.そして,そのテーマに詳しい著者にお願いして,その最新の知見やご経験を書いていただき出来上がったのが本書である.そのため内容は多岐にわたっている.
 まず代表的な精神疾患についての診断・治療・副作用に関して最新の知見に多くのページを割いている.読者の方の日頃の疑問点と似通ったものがあれば幸いである.次に,緩和ケアや企業・学校の現場でみられる新しい精神医学についても詳述し,最近始まった新しい専門医制度についても述べ,最後にどこにもジャンル分けできなかった項目をまとめてみた.
 原稿がそろった段階で改めて全体を俯瞰すると,最近の薬物療法による副作用の項目がやはり多く,次に緩和ケア・児童思春期・産業精神医学のように,精神医学が新たに要請されている項目が多いことに気づいた.しかも従来のジャンルに入らない「その他」の項目が多いことにも気づくが,これこそが従来の教科書とは違う「新しい精神医学」の方向性を反映しているのかもしれない.発展的に言えば,これからの精神医学の教科書の一例を,時期尚早とは思うが,提示することができたのではないかと,編者としては当初の意図とは別の成果に驚いている.
 最後に,原稿をお願いしたところ一番目にご玉稿を賜りながら,その直後の平成16年6月19日に急逝された村岡真理・日本大学医学部精神科講師に原稿のお礼を申し上げるのに加えて,先生の総合病院精神医学・リエゾン精神医学の発展へのご貢献に,この場を借りて心より感謝申し上げ,本書を捧げたいと存じます.

平成17年9月
編者


目次

 §1.統合失調症
1.統合失調症の遺伝子研究でどこまでわかってきたのか? <尾崎紀夫>  2
2.統合失調症と非定型精神病の幻覚妄想状態の相違 <広沢正孝>  6
3.神経画像解析からみた統合失調症 <大久保善朗>  9
4.統合失調症薬物療法のスタンダード <小林美穂子・藤井康男>  12
5.Rapid tranquilizationはどのようなときに行う? <平田豊明>  19
6.小児統合失調症について <市川宏伸>  22
7.統合失調症の脳の構造異常について <宮本聖也>  25
8.統合失調症の陰性症状の治療方法は? <宮本聖也>  29
9.統合失調症に対する心理社会療法 <東 睦広・人見一彦>  33

 §2.感情障害
1.双極性障害の薬物療法スタンダード <樋口輝彦>  38
2.一般人口におけるうつ病有病率 <大野 裕>  42
3.うつ病の予後 <大森哲郎>  45
4.プライマリケア(一般身体疾患診療現場)における大うつ病治療 <岸 泰宏> 48
5.初発うつ病の維持療法はいつまで? <人見佳枝>  51
6.血管性うつ病,血管性躁病 <木村真人・下田健吾>  53
7.精神病後うつ病の治療は? <渋谷孝之・長谷川朝穂>  56
8.スルピリドはうつ病治療に有効か? <吉川栄省>  58
9.うつ病治療にベンゾジアゼピン併用の意義は? <西村 浩>  61
10.うつ病のクリニカルパスについて教えてください <和田 健>  64
11.自殺企図の予防について <智田文徳・酒井明夫>  68

 §3.せん妄,器質性精神障害
1.老年期の幻覚妄想状態で鑑別すべき疾患は何か? <古茶大樹>  72
2.老年期の痴呆を診断するコツ <古茶大樹>  75
3.精神科診療で髄液検査を行う場面とは? <和田 健>  78
4.身体疾患患者の精神疾患合併率について <保坂 隆>  82
5.認知症前駆状態の診断 <朝田 隆>  85
6.パーキンソン病の精神症状と治療について <平林直次>  87
7.せん妄に対する薬物の選択について <八田耕太郎>  90
8.脳外傷後精神障害に対する向精神薬療法 <堀川直史>  93
9.DRS-R-98について <加藤雅志>  96
10.HIV痴呆について <平林直次>  99
11.インターフェロンによる精神障害 <山崎友子>  102
12.アルコール離脱予防,治療方法は? <國澤正寛・山下達久・福居顯二>  105

 §4.その他の精神障害
1.てんかんによる精神症状とその治療方法は? <山寺博史>  110
2.心疾患患者のパニック障害への対応について <越野好文>  113
3.強迫性障害の成因と治療 <松永寿人>  116
4.インターネット関連精神障害 <篠原 隆>  120
5.摂食障害の集団療法,家族療法 <小林 純・山口直美>  122
6.性同一性障害 <塚田 攻>  125
7.解離性障害について <柴山雅俊>  128
8.月経関連症候群について <中山和彦>  131
9.対人恐怖症の臨床 ‐診断と治療 <鍋田恭孝>  134
10.疼痛性障害にはTCAが有効で,SSRIとSNRIはあまり効果がないのか? <堀川直史>  139
11.強迫症状とその他の「こだわり」との相違 <広沢正孝>  142

 §5.精神科的治療
1.鎮静処置を安全に行うにはどのようにすべきか? <八田耕太郎>  146
2.電気けいれん療法の感情病・統合失調症以外への適応 <土井永史・諏訪 浩・鮫島達夫>  149
3.抗うつ薬による躁転はどのように考えたらいいのか?その治療は? <辻 敬一郎・田島 治>  154
4.睡眠相後退症候群の治療について <小鳥居 望・内村直尚>  157
5.身体疾患患者への集団精神療法 <保坂 隆>  161
6.重度痴呆にアリセプト(donepezil)使用は? <伊藤敬雄>  164
7.求心路遮断性疼痛に対する電気けいれん療法の作用機序について <土井永史・鮫島達夫>  167
8.アニマルセラピーの現状と課題 <横山章光>  171
9.アルツハイマー病の治療薬としてのAchE阻害薬 <大塚太郎・木村通宏・新井平伊>  174
10.うつ病のaugmentation therapy(効果増強治療) <井上 猛・小山 司>  178
11.森田療法の今日的意義 <中村 敬>  181
12.精神科領域におけるアロマセラピー <小森照久>  184
13.心疾患とうつ病を合併した患者における抗うつ薬の使用 <堀川直史>  187
14.妊娠・授乳期の向精神薬療法 <和田有司>  190
15.腎不全・透析患者の向精神薬療法 <天保英明>  193
16.肝障害患者の向精神薬療法 <山家邦章・加藤 敏>  197

 §6.副作用
1.悪性症候群,横紋筋融解症,SIADHなど抗精神病薬の副作用 <西嶋康一>  202
2.むずむず脚症候群 <向井泰二郎>  206
3.セロトニン症候群 <宮本聖也>  210
4.ベンゾジアゼピン受容体 <丸田修史・鈴木映二>  213
5.SSRIの離脱症状 <上田展久・中村 純>  218
6.睡眠導入薬のやめ方 <松山誠一朗・内村直尚>  221
7.精神科領域における静脈血栓塞栓症(肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症)への対応 <小林孝文>  225
8.妊娠中の精神疾患症例へ向精神薬を投与する際に考慮すべき事項 <小林孝文>  228

 §7.緩和ケア
1.がん患者への精神療法 <藤田晶子・明智龍男>  232
2.尊厳死と安楽死について <松島英介>  235
3.終末期患者との会話に困ったときに <野口 海・松島英介>  239
4.予後1カ月以内のがん患者のうつ病治療は? <奥山 徹>  241
5.緩和ケア診療加算について <加藤雅志>  244
6.精神科医が緩和ケアチームに加わる際の知識や技術 <山崎友子>  248
7.遺族ケア <松島たつ子>  252

 §8.児童・思春期
1.精神科医療における子ども虐待が関与する事例への対応 <森田展彰>  256
2.アスペルガー症候群 <宮本信也>  260
3.ADHD <齊藤万比古>  264
4.成人に達した高機能広汎性発達障害と統合失調症の鑑別 <広沢正孝>  269
5.小児科とのコンサルテーション・リエゾン精神医学 <稲垣卓司>  272

 §9.産業精神医学
1.リストラ関連のうつ病 <島 悟>  276
2.職場不適応 <島 悟>  278
3.職場におけるPTSDと労災認定 <黒木宣夫>  280

 §10.新しい制度
1.日本精神神経学会専門医制度について <山内俊雄>  286
2.リエゾン精神医学と専門医制度 <堀川直史>  289
3.成年後見制度における精神科医の役割 <岡田幸之>  292

 §11.その他
1.エビデンス精神医療について <本郷 仁・古川壽亮>  298
2.精神科スタッフの受傷を防ぐ ‐病院に持ち込まれた暴力事への対処,ピース・キーピング・マニュアル‐ <一瀬邦弘・益富一郎・中村 満・竹澤健司>  301
3.コミュニケーションスキルトレーニング <奥山 徹>  306
4.精神科領域におけるインフォームド コンセント <智田文徳・酒井明夫>  310
5.スポーツ精神医学とは? <永島正紀>  313
6.運動の脳と心への効果について <内田 直>  316
7.医療者のメンタルケア <村岡真理>  319
8.救急医療における家族へのケア <村岡真理>  321

索引  325