精神科リハビリテーション領域において重要視されてきた視点は,精神に障害を抱える精神障害者が直面している生活の困難(生活障害)を克服し,社会生活を主体的に営めるように支援を行おうとする福祉の視点です.したがって,精神疾患に起因する機能障害や社会生活能力の低下そして社会的不利により招来する生活の困難の内容およびその回復のための援助過程について理解を深めることが重要です.
 精神科リハビリテーションを考える際には,その歴史や現状を理解し,その概念と構成を学び,地域で暮らす精神障害者への支援体制や社会復帰 ・社会参加に向けた施策などを理解することも重要です.特に精神障害者がおかれてきた過去そして現在置かれている状況を知り,精神障害者が地域でより暮らしやすい状態と環境を作り上げるために,援助者がどのような視点を持ち,いかなる技術で対応すればいいかを考えることが重要です.また,そのための援助は医師や精神保健福祉士,臨床心理士,保健師,看護師,准看護師,作業療法士だけでなく,精神科リハビリテーションにかかわる薬剤師,管理栄養士,ケアマネジャー,ホームヘルパーなどの多職種が関与します.加えて,地域における支援では,ボランティアや地域の住民などの協力を得ることも重要です.したがって,リハビリテーションに係わる専門職者は,そのプロセスにおける自分の役割を考えると同時に他の援助者や支援者のことを知ることも重要になってきます.
 以上のことを念頭においた本書の特徴は三つあります.1) 精神保健福祉士国家試験の出題基準にあわせて内容を構成したことです.これによって,本書はこれから精神保健福祉士を目指す読者の学習のお手伝ができると思います.出題基準では,精神科リハビリテーションの概念,構成,プロセス,医療機関におけるリハビリテーション,精神保健福祉士が行うリハビリテーションがありますが,本書では多職種チームで行われる精神科リハビリテーションの内容をイメージできるように,各専門家の役割についてもできるだけわかりやすく説明しました.2) 精神科リハビリテーションの総合化(出題基準の地域リハビリテーション ・職業リハビリテーション ・精神保健福祉施策と精神科リハビリテーションの部分)については,特に力を入れました.皆様もご存知のように2006(平成18)年4月1日から障害者自立支援法が施行されましたが,関連する法の変化や精神保健福祉の専門家が留意しなければならない課題についても詳しく解説致しました.3) 本書は,学生に役立つ教科書だけでなく,現場でも活用できるよう構想したものです.中外医学社からは「コメディカルのための専門基礎分野テキスト 精神医学(上野修一,大蔵雅夫,谷岡哲也,編集)」が出版されています.これとあわせて,ご利用いただければいっそう精神科リハビリテーションの理解が深まるものと思います.
 本書の出版にあたり執筆者各位,中外医学社の方には大変お世話になりましたこと,感謝申し上げます.編集者が協力して,出来る限りわかりやすく,教科書としてとして利用しやすいように,編集作業をすすめて参りましたが,不備な点があると思われます.読者の皆様からのご意見やご指導を頂戴できれば幸いです.

2007年1月
編集者一同(谷岡哲也,眞野元四郎,山崎正雄,上野修一)


目次

1 精神科リハビリテーションの概念

   1 リハビリテーションの概念と歴史 〈眞野典子〉
    A. リハビリテーションの歴史
    B. 障害の種類と国際分類
   2 リハビリテーションの理念・意義と基本原則 〈眞野典子〉
    A. リハビリテーションの理念と意義
    B. リハビリテーションの基本原則
   3 精神科リハビリテーションの概念 〈眞野元四郎〉
    A. 精神障害の現れ方とリハビリテーションのあり方
    B. 精神科リハビリテーションの構成
      1. 目的
      2. 対象
      3. 対象者
      4. 主体
      5. 領域(分野)
      6. 方法
   4 精神科リハビリテーションの理念と精神障害者の人権 〈眞野典子〉
     精神科リハビリテーションと人権
   5 精神科リハビリテーションの基本原則と技法 〈眞野典子〉
    A. リハビリテーションの基本原則
      1. 包括的なアプローチを行う
      2. 障害者本人の自己決定を尊重する
      3. 全過程を通して障害者本人の参加を保障する
      4. 環境に適応する行動変容を促す
      5. 成功体験により心理的障害の軽減を図る
      6. 障害者本人の個別性に配慮する
      7. 再発予防の視点をもつ
      8. 技法を柔軟に取り入れる
      9. 変化や「リカバリー」への希望をもつ
      10. 健全な依存を促進する
    B. リハビリテーションの技法
   6 わが国及び諸外国の精神科リハビリテーションの現状 〈谷岡哲也〉
    A. リハビリテーションの発展と精神科リハビリテーション
    B. 日本における精神科リハビリテーションの発展
    C. トータルリハビリテーションの重要性

2 精神科リハビリテーションの構成
 
   1 精神科リハビリテーションの対象 〈眞野元四郎〉
    A. 障害と障害者の定義及び国際障害分類の変遷
    B. わが国の精神障害の定義と障害に関する基本的アプローチ
   2 精神科リハビリテーションにおける精神保健福祉士の役割 〈眞野元四郎〉
    A. 精神保健福祉士の業務内容
    B. 精神保健福祉士の専門性と役割
   3 精神科リハビリテーションに関わる専門職の連携 〈谷岡哲也・眞野元四郎〉
    A. 心理社会的療法を中心とした精神医療と連携の必要性
    B. 心理社会的療法と専門家の能力向上の必要性
    C. 専門家が学際的に連携するためのポイント
  〈参考資料 : 精神保健福祉関連の専門職の業務範囲と養成課程の概要〉
   4 精神科リハビリテーションの関連領域
    (知的障害者及び高齢者の入所,通所施設) 〈石神文子〉
    A. 認知症高齢者に対する地域リハビリテーション―通所施設例
      1. 保健所精神保健業務としての認知症高齢者への対応
      2. 認知症高齢者のためのデイケア施設の活動
    B. 知的障害者の地域リハビリテーションの場としての共同作業所例

3 精神科リハビリテーションのプロセス

   1 リハビリテーションの計画 〈富島喜揮〉
    A. 生活者の視点とリハビリテーション
    B. リハビリテーション計画と評価
    C. リハビリテーション計画の実際
      1. 急性期におけるリハビリテーション
      2. 回復期におけるリハビリテーション計画
      3. 慢性期におけるリハビリテーション計画
      4. 退院前期のリハビリテーション計画
    D. リハビリテーション計画における留意点
   2 アプローチの方法 〈西谷清美〉
    A. 病院におけるリハビリテーション
      1. リハビリテーションのとらえ方
      2. 病院におけるリハビリテーションの意義
    B. 社会復帰施設,その他の社会資源における
      リハビリテーション
      1. 社会復帰施設の原型
      2. 精神保健法による社会復帰施設の明文化
      3. 社会復帰施設におけるリハビリテーションの実際
      4. その他の社会資源におけるリハビリテーション
    C. 地域におけるリハビリテーション
      1. 生活者としての視点
      2. 地域におけるリハビリテーションの実際
      3. 地域におけるリハビリテーションと支援者
   3 予防と回復過程,ライフサイクルと精神科リハビリテーション 〈武田廣一〉
    A. ライフサイクルと精神科リハビリテーション
      1. ライフサイクルと精神科リハビリテーションとの関連
      2. 生活と生活モデル
    B. 医学モデルと社会モデル
    C. 生活モデル
    D. 予防と回復過程
      1. 前駆期と予防
      2. 回復過程
      3. 日本の回復過程支援の現状

4 医療機関および地域におけるリハビリテーション 〈後藤雅博〉

    A. 精神科リハビリテーションの基礎技術
      1. 心理教育
      2. ケースマネジメント
      3. グループアプローチ
      4. チームアプローチ
    B. 医療機関におけるリハビリテーション
      1. 作業療法・レクリエーション療法
      2. 集団精神療法
      3. 認知行動療法(SST)・行動療法
      4. 家族教育プログラム : 家族への心理教育
      5. デイケア及びナイトケア
      6. 入院と地域生活の連続性 : 精神科退院指導,訪問看護・指導,退院前訪問
    C. 包括的リハビリテーション

5 精神科リハビリテーションにおける各職種の役割

   1 医師の役割 〈三船和史〉
    A. 当院における作業療法の変遷
    B. 当院の地域精神医療活動とPSWの重要性について
    C. チーム医療の一員としての医師の役割
    D. 退院促進と対象者
    E. 地域生活支援とACT
    F. 職業リハビリテーションに言及
   2 PSWの役割 〈眞野元四郎〉
   3 臨床心理士の役割 〈上別府圭子・上野里絵〉
    A. 活動の場と活動内容
    B. 発達/ライフサイクルの視点
    C. 症例の検討(研究)と集団の力動
    D. リハビリテーションの効果
   4 看護職の役割 〈谷岡哲也〉
    A. 保健予防の段階と看護者の役割
    B. 学際的チームメンバーの中での看護の役割
   5 作業療法士の役割 〈出越文悟〉
    A. よりよい作業活動の選択
    B. セラピスト自身の治療的利用
    C. 地域とのつながりを保つ
    D. 学際的チームの中での作業療法の機能

6 精神科リハビリテーションの総合化

   1 地域生活支援としての社会的リハビリテーション 〈宮部由起代〉
    A. 日常生活への援助
      1. 生命の維持への援助
      2. 金銭管理への援助
      3. 生活をしていく地域の土壌づくり
    B. 社会参加のための援助
      1. 包括的なアセスメントの重要性
      2. ともに歩むこと
      3. 「自分らしい」生き方を目指すこと
   2 地域リハビリテーション
    A. 地域リハビリテーション 〈多田敏子〉
      1. 地域ネットワークとは
      2. 地域ネットワークの変遷
      3. 地域ネットワークにおける留意点
    B. ケアマネジメント 〈多田敏子〉
      1. ケアマネジメントの定義と目的
      2. 精神科におけるケアマネジメントの特徴
      3. ケアマネジメントの担当者
      4. ケアマネジメントの留意点
    C. 地域生活支援センター及び訪問援助 〈多田敏子〉
      1. 地域生活支援センターの定義
      2. 地域生活支援センターの必要性
      3. 地域生活支援センターの担当者
      4. 地域生活支援センターの事業内容
      5. 地域生活支援センターの活動の特徴
      6. 地域生活支援センターにおける支援の留意点
      7. 訪問援助
    D. セルフヘルプグループおよび家族会 〈橋本文子〉
      1. セルフヘルプグループとは
      2. 専門職のセルフヘルプグループへの介入方法と留意点
    E. ボランティアの育成と活用 〈橋本文子〉
   3 職業リハビリテーション 〈倉知延章〉
    A. 職業リハビリテーションの概念
      1. 精神障害者が企業で働く意味
      2. 職業リハビリテーションの定義
      3. 職業リハビリテーションの視点
    B. 精神障害者に対する職業リハビリテーションの現状
      1. 企業で働く精神障害者
      2. 精神障害者雇用制度の仕組み
    C. 職業リハビリテーションのプロセス
      1. 就業相談
      2. 就業準備
      3. 職場開拓
      4. フォローアップ
   4 精神科保健福祉施策と精神科リハビリテーション 〈山崎正雄〉
    A. 障害者基本法と精神科リハビリテーション
      1. 「障害者基本法」の誕生
      2. 障害者基本法改正
    B. 障害者基本計画(1992年,2002年)
    C. 社会福祉基礎構造改革と障害保健福祉施策改革
    D. 精神保健福祉法の改正と精神科リハビリテーション
      1. 精神病者監護法から精神保健及び精神障害者福祉に
         関する法律(精神保健福祉法)成立へ
      2. 精神保健福祉法改正(1999年改正)(2000年施行,
         一部2002年施行)
      3. 精神保健福祉法改正(2005年改正)(2006年施行,
         一部2005年施行)
    E. 障害者プランと精神科リハビリテーション
    F. 精神障害者保健福祉手帳
    G. 「通院医療費公費負担制度」から「自立支援医療費制度」へ
    H. 「障害者自立支援法」誕生へ
      1. 精神保健医療福祉の改革ビジョン(2004年9月)
      2. 改革のグランドデザイン案(2004年10月)
      3. 障害者雇用促進法(障害者の雇用の促進等に関する
         法律)の一部改正
      4. 障害者自立支援法

7 障害者自立支援法 〈武田廣一〉

    A. 「障害者自立支援法」誕生前の改革案
      1. 精神保健医療福祉の改革ビジョン
        〔(2004(平成16)年9月)〕発表まで
      2. 精神保健医療福祉の改革ビジョン
        〔(2004(平成16)年9月)〕
    B. 「今後の傷害保険福祉施策について(改革のグランド
       デザイン案)」〔2004(平成16)年10月〕
      1. 改革のグランドデザイン案の概要
      2. 改革のグランドデザイン案の基本的視点への留意点
      3. 障害者自立支援法の誕生
    C. 障害者自立支援法における精神科リハビリテーションの資源
      1. 訪問系サービス
      2. 日中活動系サービス
      3. 居住系サービス
      4. 地域生活支援系サービス
      5. 雇用と福祉のネットワーク
      6. 支給決定と利用手続き
      7. 認定調査と障害程度区分
      8. 福祉サービス利用者負担と自立支援医療費自己負担
  索引