呼吸器疾患は,循環器,消化器と並ぶメジャーなのに,茫漠としており取っ付きにくいということを耳にするが,なぜだろう.そもそも,呼吸器の臨床の特徴は何だろうか.

 第1は,なんといっても呼吸器疾患の種類の多さだろう.肺感染症,気管支喘息,COPDと慢性気道感染症,間質性肺炎,過敏性肺炎などのアレルギー性肺疾患,膠原病肺,じん肺症,肺循環障害,肺腫瘍と,外因的にも内因的にもきわめて多種多様である.それは,呼吸器系がガス交換臓器であることに由来する宿命ともいえる.肺はヒトの臓器のなかで最も直接に広く外界に曝されており,しかも,その肺を守るための精緻な防御系は同時に炎症・免疫反応の場でもある.さらには,心臓と直列の血流配置のために全身の影響を受けやすいといった理由である.第2の特徴は,こうした疾患の種類を縦軸とすれば,横軸ともいうべき基盤となる学問領域も,当然のことながら多岐にわたっていることである.病理学,生理学,免疫学,といった病因・病態を理解するための学問だけでなく,診断・治療に直結する画像診断,気管支鏡,呼吸管理,抗生物質や抗癌剤の使い方など,技術面でも学ぶべき分野は実に広い.

 呼吸器疾患の診断と治療で遭遇する様々な場面は,このような縦軸と横軸が織りなす無数の交点であり,それに適切に対処することが専門医の役割ともいえるだろう.本書では,呼吸器臨床におけるこうした無数の交点のうち,主要なものを実地に即して選び,105項目の設問に置き換えた.そして,それぞれの設問に最も相応しい専門医が答えるかたちでまとめたものである.実地医家の方々にとって日常診療にすぐに役立つだけでなく,呼吸器の臨床を問題解決型の思考のなかで学んでいただけたらと願っている.その意味では,研修医や呼吸器専門医を目指す若い内科医にとっても,本書を身近において役立てていただければ幸いである.

     2000年1月

工藤翔二

永井厚志


目 次

1.症状,症候

  1.呼吸器疾患の主訴  2

  2.持続性の咳嗽  4

  3.持続性の喀痰  6

  4.血痰・喀血の原因  8

  5.呼吸困難  10

  6.胸痛の原因  14

  7.呼吸器疾患の打聴診所見  16

  8.呼吸器疾患に伴う眼所見  18

  9.呼吸器疾患に伴う皮膚所見  20

2.検 査

 A.一般検査,血液検査,胸水検査

  1.喀痰の細菌検査  24

  2.ツベルクリン検査  26

  3.粘液線毛輸送能検査  27

  4.肺真菌症の血清診断  28

  5.アレルギー検査  30

  6.膠原病性肺疾患における自己抗体測定  32

  7.P-ANCAとC-ANCA  34

  8.腫瘍マーカー測定  36

  9.胸水の原因  38

 B.血液ガスと呼吸機能検査

  1.呼吸機能検査  40

  2.気道過敏性試験  45

  3.動脈血液ガス分析  48

 C.画像診断

  1.胸部X線単純写真  53

  2.胸部CT  59

  3.胸部エコーの読影  64

  4.胸部MRI  66

  5.シンチグラフィ  70

 D.気管支鏡検査と生検

  1.気管支鏡検査の適応と合併症  74

  2.経皮・経気管支・胸腔鏡下肺生検  76

  3.気管支肺胞洗浄  78

3.治 療

  1.呼吸器疾患に対するマクロライド療法  82

  2.インフルエンザワクチン  83

  3.肺炎球菌ワクチン  84

  4.胸腔鏡による治療  85

  5.在宅酸素療法  88

  6.人工呼吸管理  90

  7.胸膜癒着術  93

  8.呼吸器疾患に対する漢方療法  96

  9.妊娠時の呼吸器用薬の使用  98

4.呼吸器疾患の診断と治療

 A.肺感染症

  1.市中肺炎のエンピリックセラピー  102

  2.院内肺炎のエンピリックセラピー  104

  3.肺膿瘍の診断と治療  107

  4.MRSA肺炎  110

  5.マイコプラズマ肺炎とクラミジア肺炎  112

  6.レジオネラ肺炎  114

  7.肺結核の診断と治療  116

  8.非結核性(非定型)抗酸菌症の診断と治療  118

  9.肺真菌症  120

  10.ニューモシスチス カリニ肺炎  122

 B.気管支喘息

  1.気管支喘息の機序  124

  2.気管支喘息の診断  127

  3.気管支喘息の治療  130

  4.ピークフローを用いた喘息管理  134

  5.難治化の原因と治療  136

  6.アスピリン喘息の診断と治療  138

  7.咳喘息の診断と治療  140

  8.気管支喘息患者の妊娠と出産の管理  142

 C.慢性閉塞性肺疾患と慢性気道感染症

  1.慢性閉塞性肺疾患(COPD)の定義と分類  144

  2.肺気腫症の診断と治療  146

  3.肺気腫症の外科療法  149

  4.禁煙指導  152

  5.慢性気管支炎の診断と治療  154

  6.気管支拡張症の診断と治療  156

  7.びまん性汎細気管支炎(DPB)の診断と治療  158

 D.間質性肺炎

  1.特発性間質性肺炎の慢性型(特発性肺線維症)の診断と治療  161

  2.特発性間質性肺炎の急性型(急性間質性肺炎)と慢性型の急性増悪  165

  3.分類不能型間質性肺炎(NSIP/NCIP)の診断と治療  168

  4.BOOPの診断と治療  170

  5.薬剤性肺傷害の診断と治療  172

  6.放射線肺炎の診断と治療  175

 E.アレルギー性肺疾患

  1.PIE症候群の診断と治療  176

  2.急性好酸球性肺炎の診断と治療  178

  3.慢性好酸球性肺炎の診断と治療  180

  4.過敏性肺炎の診断と治療  183

  5.アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)の診断と治療  186

  6.薬物によるアレルギー性肺疾患の診断と治療  188

  7.アレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)の診断と治療  190

  8.Goodpasture症候群の診断と治療  192

  9.Wegener肉芽腫症の診断と治療  194

 F.全身性疾患およびその他のびまん性肺疾患

  1.サルコイドーシスの診断と治療  197

  2.膠原病性肺疾患の診断と治療  200

  3.アミロイドーシスの診断と治療  203

  4.リンパ球系増殖性肺疾患の診断と治療  206

  5.じん肺の診断と治療  210

 G.呼吸不全,肺循環,呼吸調節

  1.慢性呼吸不全と肺性心  213

  2.急性呼吸促迫症候群(ARDS)  216

  3.肺血栓塞栓症の診断と治療  218

  4.原発性肺高血圧症の診断と治療  220

  5.先天性肺脈管疾患の診断と治療  224

  6.睡眠時無呼吸症候群  227

  7.原発性肺胞低換気症候群  230

  8.過換気症候群  232

 H.肺腫瘍

  1.肺癌の診断と病期  234

  2.肺癌の外科療法の実際  237

  3.小細胞性肺癌の化学療法  238

  4.非小細胞性肺癌の化学療法  240

  5.肺癌の放射線療法の適応とその実際  243

  6.細気管支肺胞上皮癌の診断と治療  246

  7.肺癌以外の肺腫瘍  248

  8.縦隔腫瘍の診断と治療  249

 I.胸膜疾患

  1.細菌性胸膜炎・膿胸の診断と治療  250

  2.気胸の診断と治療  252

  3.乳び胸と血胸の診断と治療  254

  4.胸膜中皮腫の診断と治療  256

5.院内感染対策

  1.結核の院内感染対策  260

  2.MRSAの病院感染対策  262

索 引  265