推薦のことば

 世に心電図の解説書が多く出版されているが,本格的に臨床心電図を専門としている人の手になる書は少ない.私は兼本博士とは心電図関係の研究会などを通じて古くからお付き合いさせて頂いているが,氏ほど臨床心電図に情熱をもって取り組んでいる専門家もまた少なく,その著書は貴重ともいえる.

 今回兼本博士の上梓された「新版初学者のための心電図問答」の前身である「初学者のための心電図問答」は,笹本浩先生・細野清士先生の両先生が書かれ,私どもの世代の者たちに親しみをもって読まれた懐かしい本であった.兼本博士はその改訂版に関与されていたのがきっかけで今回の出版となったが,その内容を拝見すると,更なる改訂版に「新」をつけたのではなく,質も量もかなり前書を上回って,体裁も内容も全く新しい書籍となっている.

 序文から問答を取り入れるなどユニークな構成で,会話形式で書かれているので親しみやすく,かつ問題点が明確に指摘され解説されていくために心電図の要点がわかりやすいのである.内容は心電図の記録から判読に至るまでの必要充分なものが網羅され,一般の心電図の書籍以上のものも含まれている.従って本著は初学者のみならず,他の心電図の入門書を読んだあとでも,知識や問題点の整理や心電図判読の実践のコツを体得する絶好な機会を提供するものである.

 本書を読む対象の方々は,医学生や医師のみならず,検査技師・看護師など広域にわたり,本書により,心電図がより身近で有用なものになることを確信し,ぜひ一読されることをお薦めする次第である.

 最後に本書の推薦文を博士から依頼されたことを大変に光栄に思っている.

  2004年 新春

    小沢友紀雄

「いよいよ心電図の講義が始まるのかと思うと,“医療従事者になるんだ.さあやるぞ”という気持ちが体の中に高揚し,武者震いが起こってきます.」

「そういう言葉をきくと,私も青春時代のことを思い出します.そういう気持ちを持ち続けて下さい.」

「はい.まずはじめに,心電図を学ぶ意義について教えて下さい.」

「心臓には電気的な現象と機械的な現象があります.患者さんを診察して身体所見をとることは,両面を知る上でとても重要で,医学の基本です.加えて,心臓や肺に関する愁訴で患者さんがみえた場合には,電気的な現象は心電図,機械的な現象は心エコー図と胸部X線写真で検査します.そういう意味で,これら3つの検査法に習熟することはとても大切です.また心電図は,現在でも心臓病患者ではいうに及ばず,全診療科で必須のスクリーニング的な検査法であり,またそれだけの価値は充二分にあります.」

「はい.おっしゃられたことはよくわかります.このご本のタイトルは“新版初学者のための心電図問答”ですが,新装なったということですか?」

「はい,その通り.この本の前身は“初学者のための心電図問答”です.1962年に刊行されました.私の恩師の笹本浩先生と細野清士先生のご共著でした.当時よく読まれていた教科書で,私も大変わかりやすいご本だと思っていました.1977年に大改訂をした折りに,幸運なことに著者の一人として加えて頂きました.」

「ところで,実は私も今現在そうなのですが,心電図や不整脈と聞いただけで拒絶反応を示す人が多いと思いますが…….」

「私もそうでした.だから,その辺のところは私に任せて下さい.」

「はい,期待しています.先生は多くの先生方から学ばれたんでしょうね?」

「もちろんです.古いお話で恐縮ですが,当時,慶應大学病院で記録される心電図は,1日50〜60枚でした.それを研修医と上級医がまず診断します.それをさらにお二人の講師の先生方が月水金,火木土に分かれてチェックします.当時は故片山一彦先生と中村芳郎先生がご担当でした.私はそのお二人の先生がチェックされる頃を見計らってお邪魔し,教えて頂きました.お二人とも本当に素晴らしい先生で,その知識の深さに傾倒し,毎日新しいことを海綿のように吸収でき,本当に充実した毎日でした.その後も学内外の先生方から親しくご教授を受け,学会の他,臨床心電図研究会や臨床心臓病研究会といったごく内輪の心行くまで議論する会で勉強させて頂いております.」

「先生が医学生の頃は心電図の講義はどうだったのですか?」

「時間の関係でしょうが,系統だった講義はありませんでした.今はますますそういう傾向だと思います.私が東海大学在職中は試行錯誤しながら10時間ほどは心電図の講義をしていましたが…….」

「そうすると初めは独学ですか?」

「はい.国家試験にはよく出題され,口頭試問の格好の問題ともされていましたので,インターン時代に独学しました.初めの頃はなぜそのような波形が描かれるのか,皆目理解できませんでした.なにしろ必要に迫られていますから,教科書を何冊も読みやっと手掛かりを得ました.それ以後は先程述べたように幸運なことに諸先輩に恵まれ,興味をもって学ぶことができるようになりました.」

「そうするとご自分で苦労したことを,わかりやすく説明して頂けるということですね.このご本のコンセプトはどういうことですか?」

「コンピュータになったつもりでご説明して,“科学的に心電図を学んで頂きたい”ということで,初版からの趣旨を継承しました.」

「心電図にはP波からU波までありますから,それぞれの異常について順番にご説明して頂くのですね.」

「それぞれの波形の異常の見かた,評価のしかた,それに不整脈の診断と治療など,順次,お示ししたのが本書です.我々は活字になっているものをつい信用しがちです.強調したいことは,現在,市販されている心電計でなされているコンピュータ診断は,まだまだ発展途上で,全面的には信用できないということです.それにおいおいわかってきますが,P波など小さな波形は読み取りが難しい,心電図の波形は特徴的な所見ではあっても特異的ではない,正常範囲が広い,それに医学の診断基準の精度はよくても60〜70%ですから,コンピュータに診断を全面的に任せるわけにはいきませんね.」

「わかります.そうすると,本書は初学者にとっては心電図の字引みたいなもので,自分で記録した心電図を,この本で見くらべながら説明して頂く,という筆法ですね.学ぶのが楽しみです.」

「とにかく“自分で心電図を正確に診断できなければ,正しい治療ができるわけがない”ということを肝に銘じて下さい.」

「くじけないで,とにかく最後まで頑張ります.」

「私がコンピュータになったつもりで,ご説明します.“継続は力なり”です.最後までついてきて下さい.」

「はい,もちろんです.お願いいたします.」

「最後になりますが,本書の前身の“初学者のための心電図問答”の改訂以来,終始激励くださると共に,多くの発表の場をご提供頂き,今回も暖かくご支援頂いた企画部の荻野邦義氏,ならびに直接編集や校正にご尽力頂いた稲垣義夫氏に心からお礼申し上げます.また,本書が,お読み頂いた方々に些かなりともお役に立てたとすれば,ひとえに小生をこれまで育てて頂いた多くの方々の賜であることを深く感謝します.」

  2003年 晩秋

    著者


目次

SECTION1 心電図検査法とその意義  2

SECTION2 心電図検査法の実際  6

 1.心電図の記録のしかた  6

  a.電極のつけかた  6

  b.記録のスピード  8

  c.波形の大きさ  8

  d.記録上の注意  9

 2.誘導法  10

  a.標準12誘導心電図とは?  10

  b.単極誘導法とは?  10

  c.aV誘導とは?  12

  d.双極誘導法とは?  12

SECTION3 心電図に必要な基礎的事項  16

 1.心臓の構造と機能  16

 2.刺激伝導系  18

 3.心臓の大切な機能(生理的特性)  20

 4.心臓の電気生理  20

  a.活動電位  20

 5.興奮収縮連関  25

 6.心電曲線が描かれるメカニズム  26

 7.心筋の興奮と心電波形  26

 8.応用問題  28

SECTION4  心電図入門  30

 1.実際の心電図  30

  a.心電計のインテリジェント化  30

  b.正常の亜形  30

  c.自動診断の落し穴  31

 2.波形のよび方  32

 3.正常心電図  34

  a.洞調律  34

  b.PR間隔  34

  c.心拍数  36

  d.QRSの間隔  36

  e.ST部分  36

  f.T波  38

  g.QT間隔  38

  h.U波  40

 4.QRSの平均電気軸  42

  a.求め方  42

  b.異常軸偏位  42

 5.胸部誘導のQRS  44

  a.心室の興奮電波の順序  44

  b.胸部誘導の心電波形  44

  c.中隔性Q  44

 6.正常心電図の実例  46

SECTION5 Pの異常  48

 1.洞調律とは?  48

 2.陰性P  49

  a.上室性調律  49

  b.左右電極の付け間違い  49

  c.鏡像型右胸心  50

  d.心房の位置  50

 3.心房負荷  52

  a.右(心)房の負荷  52

  b.左(心)房の負荷  52

  c.両心房の負荷  54

  d.実際の症例  54

 4.Pの数が少ない心電図  56

  a.洞徐脈  56

  b.洞不整脈  57

  c.洞房ブロック  58

  d.洞停止  58

 5.明らかなPがない心電図  60

  a.心房細動  60

  b.心房粗動  62

 6.Pの数が多い心電図  64

  a.洞頻脈  64

  b.上室性早期収縮  64

  c.発作性上室性頻拍  66

SECTION6 PR間隔の変化  68

 1.PR間隔の延長  68

  a.第1度房室ブロック  68

  b.第2度房室ブロック  70

  c.第3度房室ブロック  72

  d.Adams-Stokes発作  73

 2.PR間隔の短縮  74

  a.WPW症候群  74

  b.LGL症候群  78

  c.上室性調律  80

 3.PR間隔がまったく不定  82

  ■第3度房室ブロック(完全房室ブロック)  82

SECTION7 QRSの異常  84

 1.深いQ  84

  a.異常Qとは?  84

  b.心筋梗塞  84

 2.大きいQRS  91

  a.左室肥大  91

  b.右室肥大  96

  c.両室肥大  96

 3.小さいQRS  98

 4.幅広いQRS  100

  a.脚ブロック  100

  b.WPW症候群  103

  c.ペースメーカー調律  104

  d.その他  106

 5.QRSの分裂,結節  108

  a.不完全右脚ブロック  108

  b.その他  108

 6.右胸部誘導で大きなRのある心電図  110

  a.右室肥大  110

  b.高位後壁梗塞  114

  c.その他  114

 7.左側胸部誘導でrS型を示すもの  116

  a.右室肥大  116

  b.その他  116

SECTION8 STの異常  118

 1.ST偏位  118

 2.一次性ST-T変化  120

  a.虚血性心疾患  120

  b.狭心症  120

 3.ST偏位の機序─傷害電流  124

  ■心内膜下心筋虚血  124

 4.運動負荷試験  127

  a.方法  128

  b.実際の心電図  131

  c.偽りのST-T変化  131

  d.「Bayes」理論  134

  e.偽陽性をきたしやすい病気  134

  f.運動負荷試験の禁忌  135

 5.二次性ST-T変化  136

 6.ST上昇  138

  a.急性心筋梗塞  138

  b.急性心膜炎  140

  c.冠攣縮性狭心症  141

  d.心室瘤  143

  e.Brugada症候群  144

SECTION9 T波の異常  146

 1.左右対称性で大きなT波  146

  a.急性冠虚血  146

  b.高カリウム血症  148

  c.陳旧性後壁梗塞  150

 2.平坦(平低)なT  151

 3.陰性T  152

  a.心室肥大  152

  b.脚ブロック,心室性早期収縮など  152

  c.心筋虚血  154

  d.ジギタリス効果  156

 4.冠性T  157

 5.巨大陰性T  158

SECTION10 QT間隔の異常  160

 1.QT間隔とは?  160

 2.QT延長  161

 3.QT短縮  163

SECTION11 Uの変化  164

 1.正常なU  164

 2.異常なU  165

  a.大きなU  165

  b.陰性U  168

SECTION12 不整脈入門  170

 1.不整脈とは  170

 2.不整脈が発生するメカニズム  172

  a.リエントリー  172

  b.異常自動能の亢進  172

  c.撃発活動(誘発活動)  174

SECTION13 早期収縮  176

 1.早期収縮(期外収縮)  176

 2.自覚症状  178

 3.上室性早期収縮  179

  a.心房性早期収縮  179

  b.房室接合部性早期収縮  181

  c.診断基準  182

  d.基礎にある病気  182

 4.心室性早期収縮  183

  a.完全代償性  183

  b.間入性  185

  c.診断基準  185

  d.Lownの重症度分類  185

  e.R on T  187

  f.鑑別診断  188

  g.基礎にある病気  190

 5.早期収縮の治療  191

  a.上室性早期収縮  191

  b.心室性早期収縮  192

SECTION14 不整脈の治療  194

 1.一般的な事項  194

  a.健康なヒトにみられる不整脈  194

  b.すべての不整脈は治療が必要か?  194

  c.病気をもっている患者さんの不整脈  196

 2.抗不整脈薬  199

  a.Vaughan-Williamsの分類  199

  b.Sicilian Gambitの分類  201

  c.薬の使い方  203

  d.抗不整脈薬の副作用  204

SECTION15 心拍数の多い(頻拍性)不整脈  214

 1.頻拍性不整脈とは?  214

 2.頻拍性不整脈が起こると?  216

 3.洞頻脈  218

 4.心房細動  220

  a.心房の細動波と心房機能  220

  b.心房細動の原因  223

  c.心房細動を起こしやすい病気  223

  d.治療  224

 5.心房粗動  225

 6.発作性上室(性)頻拍  226

  a.実際の心電図  226

  b.診断基準  226

  c.メカニズム  226

  d.頻拍発作が停止したときの心電図  230

  e.治療  232

 7.心室(性)頻拍  234

  a.臨床  234

  b.診断基準  234

  c.メカニズム  234

  d.分類  236

  e.治療  240

SECTION16 心拍数の少ない(徐拍性)不整脈  242

 1.徐拍性不整脈とは?  242

 2.洞不全症候群  243

  a.洞不全症候群とは?  243

  b.心拍数が少ない理由  243

  c.補充収縮・補充調律  244

  d.洞徐脈  246

  e.洞房ブロック  246

  f.洞停止  248

  g.房室接合部性補充調律  248

 3.房室ブロック  250

  a.第2度房室ブロック  250

  b.完全房室ブロック  250

 4.治療  255

SECTION17 致死的な不整脈  256

 1.心室細動  257

 2.Brugada症候群  261

 3.wide QRS tachycardia  262

 4.torsades de pointes  268

 5.洞不全症候群  270

 6.両脚ブロック  272

SECTION18 心電図モニター  274

SECTION19 Holter心電図  278

 1.Holter心電図  278

 2.誘導法  280

 3.検査の目的  281

 4.解析  281

 5.実際の記録  282

SECTION20 人工心臓ペースメーカー  286

 1.人工心臓ペースメーカーとは  286

 2.一時的(緊急)ペーシングの適応  288

 3.永久(恒久,長期)ペーシングの適応  288

 4.ペースメーカーの形式と機能  290

 5.ペーシングモード  292

SECTION21 His束心電図  296

 1.His束心電図とは?  296

 2.His束心電図からわかること  299

 3.実際の症例  300

SECTION22 体表面加算平均心電図  302

 1.体表面加算平均心電図とは?  302

 2.何がわかるのか?  303

付録1 まとめ  306

付録2 略 語  316

索引  325