序
消化性潰瘍つまり胃十二指腸潰瘍は，わが国はもちろん国際的にみても，もっとも多い疾患の一つであり，これまで種々の治療法が試みられてきた．食事療法，手術，そしてH2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬，種々の防御因子剤などの登場によって，消化性潰瘍の治療は容易かつ迅速になってきたといえる．さらに，思いもかけず，H. pyloriという細菌の除菌によって，その再発も大方予防できるようになった．わが国でも遅ればせながら，一昨年，H. pylori除菌が健康保険適用になった．その結果，消化性潰瘍治療の主流はH. pylori除菌ということになり，消化器専門医のみならず，一般の第一線の医師もH. pylori除菌に向けて一斉に動き出したのが現状である．しかし，H. pylori除菌にはまだまだ多くの問題点があることが理解されていないともいえる．やはり，潰瘍治療の原則を理解し，除菌は潰瘍のバックグラウンドである胃炎を治療し，再発を防止するものであることを認識しておくことが重要である．
本書は，このような観点に立って，内科臨床一般と研修医を対象として，消化性潰瘍の治療のあり方をコンパクトに図表を用いてわかりやすく解説したものである．外来に，ベッドサイドに本書をおいて，問題のある問いにはすぐに参照できるように企画した．各項の「ワンポイントアドバイス」もその工夫の一つであり，皆さんの理解の助けになると思われる．
最後に，多忙の中を本書執筆に時間を頂いた執筆者の各位ならびに辛抱強く遅れた原稿を待っていただいた中外医学社荻野邦義氏にお礼申し上げる．
2002 年5月
獨協医科大学消化器内科 寺野 彰
目次
1 成因と機序 1
A．胃酸分泌のメカニズム〈中田裕久，千葉 勉〉 2
1．壁細胞における胃酸分泌 2
2．酸分泌促進のメカニズム 4
a．ガストリン 6
b．アセチルコリン 6
c．ヒスタミン 6
3．酸分泌抑制のメカニズム 7
a．ソマトスタチン 8
b．プロスタグランジン E2 9
c．EGF／TGFα 10
d．IL-1β 11
B．胃十二指腸粘膜防御のメカニズム〈太田慎一，伴場裕巳，藤原研司〉 14
1．プロスタグランジン（PG） 14
2．Nitric oxide（NO） 17
3．増殖因子 18
C．消化性潰瘍発生のメカニズム〈小林壮光，矢花 剛〉 23
1．潰瘍発生要因の多様化とバランス説の見直し 23
a．攻撃因子面からの見直し 23
b．防御因子面からの見直し 24
c．調節因子面からの見直し 24
d．Hp感染からみたバランス説の位置づけ 26
2．原因別にみた消化性潰瘍発生のメカニズム 27
a．酸分泌亢進面から 27
b．Hp感染と消化性潰瘍発生のメカニズム 30
c．NSAIDと消化性潰瘍発生メカニズム 32
D．Helicobacter pyloriと消化性潰瘍〈島田忠人，米田政志，寺野 彰〉 37
1．消化性潰瘍という疾患概念 37
2．胃粘膜におけるH. pylori感染 37
3．消化性潰瘍患者では対照者に比べてH. pylori感染率が高いか？ 38
4．プロスペクティブな疫学研究でH. pylori感染が
消化性潰瘍発症のリスクとなっていることが証明できるか？ 38
5．健常ボランティアにH. pyloriを経口投与すると消化性潰瘍を発症するか？ 39
6．H. pylori除菌治療のみで活動性潰瘍は治癒するか？ 40
7．実験動物モデルでH. pylori感染により消化性潰瘍が生じるか？ 40
8．H. pylori 除菌により消化性潰瘍の再発を予防できるか？ 41
9．H. pylori による消化性潰瘍発症メカニズム 41
E．NSAID 起因性潰瘍〈平石秀幸，島田忠人，寺野 彰〉 44
1．消化管合併症の疫学 44
2．消化管粘膜傷害の特徴 45
3．NSAID 起因性潰瘍の危険因子 45
4．NSAID 起因性潰瘍の発症機序 46
5．直接的な傷害作用 48
6．PG（プロスタグランジン）の作用 48
7．その他の機序 50
8．消化管傷害性の少ないNSAIDの開発 50
2 診断 〈妹尾恭司，伊藤 誠〉 53
1．病歴聴取・診察のポイント 54
a．主訴・現病歴 54
b．既往歴 55
c．家族歴 55
d．生活歴 55
e．理学的所見 55
2．X線診断 56
a．胃潰瘍のX線診断 56
b．十二指腸潰瘍のX線診断 58
3．内視鏡診断 59
a．活動期 59
b．治癒過程期 61
c．瘢痕期 61
4．超音波内視鏡診断 62
5．鑑別診断 62
a．早期胃癌（IIc） 62
b．早期胃癌（III＋IIc または IIc＋III） 63
c．早期胃癌悪性サイクル 64
d．進行胃癌 64
e．悪性リンパ腫 65
3 薬物療法 67
A．消化性潰瘍治療の基本的な考え方--初期治療と維持療法〈荒川哲男，樋口和秀，藤原靖弘〉 68
1．H. pylori除菌で消化性潰瘍は消滅するか--ピロリ神話のパラドックス 68
2．H. pylori除菌で解決しないとなれば？ 71
3．潰瘍治癒の質からみた消化性潰瘍再発の機序 72
4．初期治療をどうするか？ 75
5．維持療法はどうするか？ 75
B．酸分泌抑制薬〈綱田誠司，岩切龍一，藤本一眞〉 79
1．変遷する消化性潰瘍の成因論と治療 79
2．酸分泌抑制薬の成り立ち 79
a．抗コリン薬 79
b．選択的抗ムスカリン薬 81
c．抗ガストリン薬 81
d．H2ブロッカー 81
e．プロトンポンプ阻害薬 82
3．H2ブロッカーの使い方 82
4．H2ブロッカー使用上の注意 84
C．プロトンポンプ阻害薬〈加藤元嗣，浅香正博〉 86
1．PPIの薬理学的特徴 86
2．PPIの酸分泌抑制力 89
3．PPIの薬物動態 90
4．PPIの潰瘍治癒作用 90
a．胃潰瘍 90
b．十二指腸潰瘍 93
5．NSAID潰瘍に対するPPIの効果 93
6．PPIの使用方法 94
7．PPI使用上の注意点 96
D．防御因子増強薬の使い方〈大高道郎，神 万里夫，渡辺純夫〉 98
1．胃粘膜防御機構 98
a．粘液 99
b．重炭酸塩 99
c．粘膜血流 99
d．プロスタグランジン 99
e．その他 99
2．防御因子増強薬 100
a．潰瘍病巣保護薬 100
b．組織修復促進薬 100
c．粘液産生分泌促進薬 100
d．微小循環改善薬 102
e．PG合成促進薬 102
f．PG製剤 102
3．防御因子増強薬の使い方 102
a．Hp除菌療法に対する有用性 103
b．NSAID潰瘍 104
E．消化管運動調節薬の役割−主に空腹期消化管運動の検討から〈河村 修，草野元康〉 107
1．内圧測定法と健常人の空腹期胃十二指腸運動および胃液動態 107
2．胃潰瘍・十二指腸潰瘍患者における空腹期胃十二指腸運動および胃液動態 110
3．消化管運動賦活薬の役割 113
4 Helicobacter pyloriの診断と治療 117
A．Helicobacter pyloriの診断法〈兒玉雅明，藤岡利生〉 118
1．保健適用の感染診断 118
2．各種診断法 118
a．迅速ウレアーゼ試験 119
b．培養法 120
c．鏡検法 120
d．抗H. pylori抗体 121
e．尿素呼気試験（UBT） 122
f．その他の検査 122
3．各検査法の特性 123
4．除菌判定時期 124
B．Helicobacter pyloriの除菌法〈佐藤貴一〉 127
1．除菌療法の適応 127
2．3 剤併用療法 128
3．本邦のH. pylori除菌治療のデータ 129
4．PPI＋AMOX＋CAMの最近の知見 131
5．耐性菌の除菌 132
6．潰瘍の治療 134
C．Helicobacter pylori除菌後の問題点〈寺野 彰，島田忠人，玉野正也〉 138
1．攻撃因子に対する影響 138
2．胃防御機能に対する影響 139
3．逆流性食道炎の発生 139
4．胃・十二指腸びらんの発生 140
5．潰瘍再発 141
6．耐性菌の発生 141
7．副作用 142
8．再感染 142
9．NSAID潰瘍 142
10．萎縮性胃炎 142
11．発癌との関係 143
5 合併症とその対策--特に出血性潰瘍の治療〈三輪洋人，佐藤信紘〉 147
1．消化性潰瘍からの出血 147
2．出血性潰瘍の病態把握と全身管理 147
3．出血性潰瘍に対する胃酸分泌抑制薬の効果 148
4．出血性潰瘍に対する内視鏡的止血術 149
5．出血性潰瘍治療に対するその他の選択 150
6．再出血の抑制とH. pyloriおよびNSAID 152
7．潰瘍穿孔への対策 153
6 特殊な潰瘍〈桑山 肇，秋山 博〉 157
1．Zolliger-Ellison症候群 158
a．病態生理 158
b．診断 160
c．治療 161
2．Dieulafoy潰瘍 162
a．病態生理 162
b．診断 163
c．治療 165
3．吻合部潰瘍 166
a．病態生理 167
b．症例 169
7 治療薬一覧〈寺野 彰〉 173
索 引 185