序
いよいよ2004年度より卒後研修の義務化が開始され,これまでとは異なって全ての研修医が外科で修練することになり,研修医自身のみならずそれを教育するスタッフにとっても大きな課題が待ちかまえています.特に消化器外科は外科の基本であり,安全で安心できる質の高い医療の提供が求められている現在,しっかりとした消化器外科での修練を積むことがきわめて大事であります.
そこで本書はこのようなことを念頭に,病気のみをターゲットとするのではなく,病気で悩んでいる患者さんをトータルで把握し,適切な診断・治療・ケアのために必要な基本的な知識,チームワーク医療にとって不可欠な要素,そして外科の基本である術前,術後管理における要点を中心として記載をしました.特に最近の医療において専門化が高まる中で,それぞれの階層,それぞれの分野での活動を積極的に行うだけではなく,横の拡がりとしての各分野同士とのコミュニケーションを図り,質の高い全人的医療を実践することが求められて来ております.したがって,自分の分担する領域での知識,技倆の向上はいうまでもありませんが,お互いの分担領域を認識し,スムーズな連携とチームワークもきわめて大事な要素であります.その意味では,本書は研修医のみならず若手の医師,そして指導的な立場にある医師にとって,どのように教育するのか,また自分自身で不足している部分をどのように勉強するかの指針としても役立つものと思っています.
具体的には,各項目について箇条書きにして読みやすくし,さらに図表を豊富に掲載して理解しやすいよう配慮しました.したがって,どのページからみてもわかりやすく,また,辞書的に使える内容となっております.特に,疾患のことのみならず,外科病棟や手術室,検査室での勤務に必要な知識や心構えを具体的に示し,さらに外科の基本である術前・術後管理や患者の急変時の対応についても重点をおいて記載しました.
以上のようなことを基本とし,実際に現場で活躍し,苦労している中堅・若手の外科医が中心となって執筆しましたが,本書の意図が十分組み込まれ,充実してまとまった内容となったことも本書の特徴となっています.研修医や若手の消化器外科医が,外科病棟で勤務をするに当たってのマニュアルとして,大いに利用されることを願っております.
2003年9月
東京大学大学院消化管外科学・代謝栄養内分泌外科学教授 上西紀夫
目 次
§ 1.総論的事項
A.病室勤務医・スタッフに必要な知識
1.スタッフの対応の心得と注意点 <上西紀夫> 4
2.病棟でのコミュニケーション <上西紀夫> 6
1.患者さんに対して 6
2.看護師に対して 6
3.インフォームドコンセント(IC) <上西紀夫> 8
1.IC にあたって必要な基本的事項 8
2.IC の種類について 9
3.内視鏡検査および内視鏡治療についての IC 10
4.手術についての IC 11
4.問診と身体所見の取り方 <里見 進,阿部啓二> 13
A.問診 13
B.身体所見 15
5.術前栄養状態の把握と対策 <里見 進,亀井 尚> 21
A.栄養障害の種類とその病態 21
B.栄養状態の評価 22
C.予後判定アセスメントと PNI 23
D.栄養必要量の計算 24
E.術前栄養不良例に対する対策―術前栄養療法 25
1.静脈栄養法 25
2.経腸栄養法 27
6.緊急時の見分け方と対策 <青木克憲> 29
A.「緊急」の認識 29
B.超緊急事態―心停止 29
1.心停止の判断 29
2.人工呼吸 29
3.胸骨圧迫心臓マッサージ 30
4.心電図モニターの開始 30
5.原因診断 32
C.緊急事態 32
1.意識レベルの急激な低下 32
2.呼吸不全―低酸素血症 33
3.ショック 34
4.不整脈 35
5.痙攣など切迫する中枢神経障害 35
D.家族への対処 35
7.ICU 入室基準と約束事項 <青木克憲> 37
A.集中治療室入室基準 37
1.入室優先基準 37
2.退室基準 38
B.消化器外科患者を対象とした入室基準 38
C.院内感染対策 38
1.MRSA 対応 39
2.結核対応 39
D.集中治療医への引継ぎ 39
E.患者,家族への説明 40
F.病棟における重症度評価および臓器不全診断基準 40
8.抗癌剤投与における注意点 <萩原明於,山岸久一> 42
A.化学療法計画書作成の必要性 42
B.化学療法の到達目標を明確に 43
C.指示の記載様式を統一する 44
D.副作用チェックと副作用把握の一元化 44
E.その他 46
9.病室における患者の観察と管理 <真船健一> 47
A.病棟医としての心構え 47
B.入院時の患者との対応 48
C.術前患者の観察と管理 49
1.術前検査 49
2.患者の全身状態の把握と管理 49
3.病状説明,インフォームドコンセント 49
D.術後患者の観察と管理 50
1.術直後―リカバリールームまたは HCU において 50
2.術後―一般病棟において 51
E.退院の指導 52
F.外来 53
B.術前状態の評価と管理
1.心疾患のある患者 <片山原子> 56
2.高血圧のある患者 <福井里佳,平田公一> 59
3.呼吸器疾患のある患者 <上田哲也> 65
4.脳血管障害の既往のある患者 <下山省二> 75
5.肝機能障害のある患者 <青木文夫> 78
6.腎機能障害のある患者 <小川利久> 82
7.血液疾患のある患者 <瀧川拓人> 87
8.内分泌疾患のある患者 <神森 眞> 90
A.甲状腺機能亢進症(Basedow 病) 90
B.甲状腺機能低下症 92
C.二次性高血圧症(副腎腫瘍) 92
9.糖尿病患者 <比企直樹> 93
10.高脂血症のある患者 <桂巻 正> 97
11.腹痛のある患者 <清水伸幸,真船健一> 104
12.消化管出血のある患者 <野村幸世> 111
13.電解質異常のある患者 <大村東生> 117
14.酸塩基平衡異常のある患者 <古畑智久> 124
15.脱水のみられる患者 <向谷充宏> 131
16.ショック患者 <江副英理> 135
17.肥満患者 <山口浩司,平田公一> 142
18.妊娠している患者 <鬼原 史> 147
19.精神神経系に異常のある患者 <鬼原 史> 154
20.AIDS 患者 <片野光男> 160
C.手術直前の処置の基本と注意点
1.腸管・胃・膀胱の処置 <鶴間哲弘> 166
A.腸管処置 166
B.胃処置 167
C.膀胱処置 168
2.食事,術前輸液 <鈴木やすよ> 170
A.脱水の補正としての輸液 170
B.栄養管理としての輸液・食事 171
C.手術部位別の輸液・食事管理 172
3.輸血 <鶴間哲弘> 175
4.薬剤投与のためのテスト,チェック事項 <鈴木やすよ> 182
1.抗生物質 182
2.輸血 183
3.麻薬・鎮痛薬 183
4.降圧薬・強心配糖体などの循環器系に作用する薬剤 184
5.抗悪性腫瘍薬 184
5.外科医に必要な麻酔の知識 <江副英理> 186
D.術中・術後の管理
1.手術直後の患者のチェック事項と管理 <桂巻 正> 196
A.全身管理におけるチェック事項 196
1.麻酔後覚醒状態の把握 196
2.バイタルサイン 197
3.尿量 198
4.鎮痛・鎮静状態 198
5.ドレーン 199
B.一般検査におけるチェック事項 199
C.ICU における管理 200
1.ICU における循環管理モニター 200
2.ICU における呼吸管理モニター 202
2.術中・術後の輸液療法の注意点 <染谷哲史> 204
A.体液の組成 204
1.体液と電解質 204
2.浸透圧 205
3.輸液の種類 206
B.手術侵襲による体液の移動 206
1.手術操作に伴う体液の喪失 206
2.非機能的 ESF の貯留 206
3.内分泌環境 207
4.術中出血に対しての輸血 207
C.術後の輸液 208
D.輸液トラブル 209
3.術中・術後の栄養管理の注意点(中心静脈栄養,経腸栄養) <染谷哲史> 211
A.侵襲下の代謝 211
1.糖新生 211
2.アミノ酸 211
3.脂肪 212
B.中心静脈栄養(IVH) 212
1.bacterial translocation 212
2.栄養素の欠乏症 213
3.IVH の合併症 214
C.経腸栄養 215
D.栄養の評価法 216
4.創傷の管理 <須田 健,木所昭夫> 217
A.創傷治癒の基礎 217
B.創傷の処置 219
5.発熱,高熱の管理 <布施暁一,木所昭夫> 222
A.体温 222
B.発熱の原因 222
C.熱型 222
D.術後発熱 223
E.治療 225
6.疼痛の管理 <木村康利> 226
A.意義と目的 226
B.手術に伴う疼痛の成因 226
C.術後疼痛に対する考え方 227
D.術後疼痛管理の実際 228
7.ドレーンの挿入と管理(胸腔・腹腔) <秦 史壮> 230
A.ドレーンの材質 230
B.ドレーンの形状 230
C.ドレーンの形態とドレナージの方式 232
D.挿入時の留意点 233
E.ドレーン管理の留意点 234
F.ドレーン抜去時の留意点 235
8.人工肛門の管理 <古畑智久> 236
A.種類 236
B.術前管理 237
C.術後の管理 238
9.高齢者の管理 <本間敏男> 240
A.身体的特徴 240
B.術中管理 241
C.術後管理 242
E.術後合併症・症状急変とその対策
1.術後高血圧 <味村俊樹> 246
2.術後心不全 <片山原子> 249
3.術後呼吸不全 <渡辺健一,呉屋朝幸> 253
4.術後肺塞栓・肺梗塞 <増井一夫,呉屋朝幸> 258
5.術後脳血管障害 <下山省二> 261
6.術後肝障害・黄疸 <永井英司,山口幸二,田中雅夫> 264
7.術後高血糖 <永井英司,山口幸二,田中雅夫> 267
8.ショック,DIC <江副英理> 270
A.ショック 270
B.DIC(播種性血管内凝固症候群) 272
9.術後腎不全・腎障害 <木村康利> 276
10.排尿障害と尿路感染 <古畑智久> 281
A.排尿障害 281
B.尿路感染症 282
11.感染創の管理 <大村東生> 285
A.術後創部の管理 285
B.感染創の処置 286
C.腹腔内膿瘍の治療 287
12.褥創の管理 <向谷充宏> 289
13.術後精神障害 <秦 史壮> 295
14.合併症再手術の考え方 <本間敏男> 299
A.基本的な考え方 299
B.各種合併症の手術適応と術式 300
1.共通する合併症 300
2.各術式に特有の合併症 301
F.院内感染の注意点とその対策
1.外科病棟における院内感染とその対策 <長尾二郎,中村陽一,炭山嘉伸> 306
院内感染予防対策 306
1.手洗い・清潔操作・手袋着用の励行 306
2.患者の隔離 308
3.infection control doctor の役割 308
2.抗菌薬の使い方 <長尾二郎,中村陽一,炭山嘉伸> 310
A.術後感染予防薬とは 310
B.手術の汚染の程度と術後感染症 310
C.術後感染の分類 311
D.各世代セフェム薬とカルバペネム系抗菌薬の比較 311
E.術後感染予防薬の選択 312
F.投与開始時期と投与期間 313
G.術後感染予防薬の実際 314
3.特殊感染症(MRSA を含む)の対策 <長尾二郎,中村陽一,炭山嘉伸> 318
A.MRSA による術後感染症の治療とその適応 318
1.手術部位感染 318
2.術後呼吸器感染症 318
3.術後腸炎 319
B.真菌感染症 319
G.腹腔鏡下手術の術中・術後の注意点<平田公一> 321
A.術中の合併症と注意点 321
1.トロッカー挿入・留置に伴うもの 321
2.気腹操作に伴うもの 323
3.視野展開の制限に伴うもの 325
4.鉗子操作に伴うもの 325
5.リトラクターに伴うもの 326
B.術後の注意点 327
H.末期癌の疼痛対策<岩瀬 哲,中川恵一> 329
A.WHO 方式の 5 原則 329
B.WHO 除痛ラダー 330
C.レスキュードーズ 331
D.モルヒネの副作用 331
E.鎮痛補助薬 331
F.モルヒネに対する誤解 332
§ 2.消化器疾患の外科治療と管理
1.食道癌 <北村道彦> 336
2.食道アカラシア <近藤泰理> 343
3.食道静脈瘤 <近藤泰理> 349
4.胃癌 <熊谷一秀> 356
5.胃粘膜下腫瘍 <磯崎博司> 363
6.Mallory−Weiss 症候群 <旭 博史> 369
7.胃・十二指腸潰瘍 <旭 博史> 375
8.胃悪性リンパ腫 <松倉則夫> 382
9.大腸癌 <権田 剛,樋口哲郎,杉原健一> 385
10.大腸ポリープ・ポリポーシス <樋口哲郎,榎本雅之,植竹宏之,杉原健一> 391
A.大腸ポリープ 391
B.大腸ポリポーシス 395
11.直腸癌 <金澤昌満,白水和雄> 401
12.潰瘍性大腸炎 <板橋道朗,亀岡信悟> 406
13.Crohn 病 <亀岡信悟,板橋道朗> 414
14.虚血性腸炎 <板橋道朗,亀岡信悟> 421
15.イレウス―特に機械的イレウスについて <中根恭司,桜本和人,中野誠人,渡辺健太郎> 426
16.肝臓癌 <広橋一裕> 433
17.胆石,胆嚢炎 <宮崎耕治> 441
A.胆石症 441
B.総胆管結石症 443
C.肝内結石症 445
18.胆道癌 <宮崎耕治> 447
A.胆嚢癌 447
B.胆管癌 449
19.膵臓癌 <平田公一> 455
20.急性膵炎 <平田公一> 460
21.脾腫をきたす疾患 <田渕崇文> 468
22.ヘルニア <加藤道男,藤原英利> 474
23.虫垂炎 <横畠徳行> 483
24.大腸穿孔 <村田宣夫,石田秀行> 490
25.肛門疾患 <河原正樹> 498
索引 507